88話
シカローネホテルというヒッテリアでは一流のホテルに宿泊した拳児達だが、明朝にはスッキリした表情で全員が起床してホテルから出ている馬車で街の中心部に位置する冒険者の聖堂へと赴いた。まだ朝の早い時間であるが、前日の間に早朝に出る事を伝えていた為、朝食代わりにサンドイッチをルームサービスで用意してもらい、全員で馬車の中で食事を済ませる間に冒険者の聖堂には到着した。
聖堂内には既にまばらながら住人が存在しているが、昨日の昼時ほど多くは無かった為、拳児達は受付カウンターとなっている中央の位置で大きなクマであるザバスの姿はすぐに確認出来た。相手も同じだったようで、ザバスは拳児達に向けて軽く手を上げてからカウンターをそのまま出てきて拳児達に挨拶をした。
「早かったな。こちらとしては仕事が早いの助かるが、大丈夫なのか?」
「えぇ別に問題無いわ。毎朝この程度の時間に動いているから」
「そうか」
ザバスからの言葉にマリエルが平然と答え、それに納得したザバスが頷いて背中を向ける。
「それでは、早速だが行こう。転移装置はこちらだ」
「えぇ。行きましょう、みんな」
ザバスの声に応えながら全員で転移装置へと赴き、ザバスが無言で転移装置に入った為全員で内部に入り、そのまま一瞬で転移を行う。次の瞬間にはフィーリアスと同じく、冒険者が沢山屯しているし屋台も出ている『選択の間』へと到着した。あっという間に到着した選択の間を見渡して、フランが呟く。
「フィーリアスと変わらないわね」
「一々外に出るのも面倒くさいという冒険者も多いからな。この光景は大規模なダンジョンがある場所であればどこも変わらんだろう」
フランの言葉にザバスが苦笑しながら周囲を見渡し、そのまま全員を引き連れて中央にある『モノリス』へと誘導する。そんな彼の後に静かにマリエル達が付いていくが、その途中でザバスが声をかけられた。
「よぉザバスのおっさんじゃねぇか! もしかしてまた生贄を差し出すつもりなのか?」
「バカな事を言うな酔っ払いが。お前には関係ない事だ、スコール」
手に木製のジョッキを掲げながら赤ら顔でザバスに絡みだした細身だが長身の男性、スコールと呼ばれた男はザバスの言葉を無視し、そのままジョッキから酒を煽りながら拳児達へ視線を向けて、軽く口笛を吹いてから声をかけてくる。
「なぁ美人な嬢ちゃん達じゃねぇか! そんなクマの言う事なんか無視して俺達の相手してくれよ!」
酔っ払いの言葉にすぐさま不快感を示したマリエル達だが、次の瞬間ザバスが思い切り彼に右ストレートを食らわせて盛大に吹き飛ばす。その様子に周囲の喧騒も一瞬静かになった所で、ザバスが拳児達に振り返って頭を下げた。
「済まないな、礼儀のなってないヤツが」
「いえ、どこの冒険者ギルドも同じなのでしょう。あぁいう手合いを殴ってくれるだけで助かるわ」
頭を下げてくるザバスの言葉にマリエルも苦笑を浮かべながら頷き、それを見て取ったザバスはほっとしながら先導を続ける。その様子を見たレテスが小さな疑問をザバスに投げかける。
「あの、先程の生贄というのは?」
「あぁ。他地域に所属する冒険者に協力を頼んで同じように先導していたのだがな、それを未知のモンスターに対する生贄だと揶揄する者が現れてな。ギルドとしては遺憾ながら、そういった個人一人ひとりの口を塞ぐ訳にもいかんのでな」
「なるほど、ね」
ザバスの説明にニアが納得しながら静かに頷く。確かに他所のギルド所属冒険者すら犠牲を払っている現状、それは生贄を捧げていると揶揄されても仕方無いとは思えていた。他所の力を借りてなお問題の解決が出来ていないというのは、それだけ目立つ行動なのだから。ヒッテリアの冒険者ギルドも大変だなと一同が思っていた所で、ザバスの前に『モノリス』が現れ、拳児達がそこへ誘導された。それと同時に、ザバスが小脇に下げていた革袋をマリエル達に差し出す。
「中に食料や水、それと各種ポーションの類を入れてある。それと可能ならば未知のモンスターの部位だけでも良いから持ち帰って欲しいので、中に麻袋を10枚ほど入れておいた。小さな大袋には入らないという事で、申し訳ないが麻袋で引きずってでも持ち帰ってほしい」
「分かったわ、ありがたく受け取ります」
ザバスの言葉と共に差し出された革袋をマリエルが一旦受け取り、それをすぐさま拳児が受け取って腰に下げてから、軽く中身を確認しつつ頷く。その様子を見て内容に問題ない事を確認したマリエルが、そのまま『モノリス』に手を置いた。
「それじゃ、行ってくるわ」
「あぁ。まずは無事を祈っている」
「えぇ。それじゃ、『ナアト森林』」
ザバスの言葉に頷きながら転移を完了させたマリエルが、周辺環境の変化を確認してからはぁ、と軽くため息をこぼす。
「ギルドも大変ね、冒険者からあんな風に絡まれるなんて」
「事態が大事になった以上仕方無いだろうね」
マリエルの言葉に同意しながら綾子が荷物袋から棍を取り出し、全員手持ちの武器を確認してから周辺を見渡して確認する。
「風は微風、匂いに異常無し。場所は獣道よりはマシな通路、かな」
「周辺は木々が生い茂っていますが、特に問題となりそうな場所ではありませんね」
「じゃ、いつもの陣形で行きましょ」
「はいよ」
ニアとレテスが周辺環境の確認を終えた所でいつも通りの陣形、拳児とフラン、綾子が前衛となり後衛にマリエル達を置く陣形を取りながら道の中を進んでいく。軽く緊張感を持ちながら周辺を見渡して進んでいる所で、ニアが呟いた。
「なんか、周辺から全然音がしない……。モンスターの音も何もしないね」
「生物の魔力は所々感じますが、姿は見えませんね……」
ニアの感知機能とレテスの魔力の流れを読む力で周囲を確認しているが、モンスターが目立つ行動をしているのは全く感じ取れない。その様子を確認しながら、マリエルが軽くため息を吐く。
「もしかして、モンスターも必死に身を隠してるってコト?」
「恐らくそういう感じかと」
マリエルのため息混じりの言葉にレテスは苦笑しながら同意する。その様子を見て拳児が口を開いた。
「もう15分は歩いているが、モンスター一匹出てこないな」
「本当に、不気味ね」
拳児の言葉にフランも同意しながら周辺の警戒により一層注意を働かせる。警戒をしたまま森の間にある通路を進んでいるが、ここまでにモンスターには全く遭遇しなかった。
「全力で物陰に隠れてる感じね」
「そうだな」
周囲の気配を警戒する綾子の言葉に拳児も同時して、棍を持つ指を握り直す。そうして更に30分ほど進行方向へ進んだ所で、ニアが急に声を上げた。
「前方向から物音! 複数!!」
「了解! このまま待ち構えるわよ!」
ニアの言葉にすぐさま足を止めて待ち構える姿勢を取ったフラン達に合わせて後衛のマリエル達も矢を番え、魔法の準備をしながら待ち構える。そうしている中で、レテスの魔力感知に反応があった。
「2、3体のモンスターの魔力を感じます。ですがこれは……」
「足音はもっと多い、多脚にしても多すぎる」
自分の魔力感知に誤差が生じている可能性を考慮したレテスだが、ニアが彼女の説明を補足するように物音が感知できる数より多い事を伝えてくる。その事に不気味さを覚えながら、拳児達は目の前の藪がガサガサと音を鳴らし始めた事でより警戒を高めた。そうして藪を抜けて姿を現したのは、3体のゴブリンだ。3体とも手に棍棒のようなものを持っているが、目の前のゴブリン達は拳児達の姿を見ても自身の背後に視線を向けながら一目散に拳児達の隙間を抜けようと突進してくる。その様子に軽く呆気にとられた拳児達だが、その直後に背筋の凍る奇声が聞こえてきた。
「ギェヒィィイ!!」
「うわっ」
奇妙な雄叫びが聞こえたと同時にその正体が藪から飛び出してくる。それは胴体と見られる場所はゴブリンであるものの、その背中から鎌のような切っ先を蜘蛛のように動かしながら高速で移動する、先日イラストで見たよりも遥かに醜悪な姿をしたモンスターの姿だった。そのゴブリンになっている所と蜘蛛のように忙しなく動く鎌を見て、拳児達が背筋を寒くする。そうして次々と目の前に現れたのは、8体にもなる未知のモンスターの姿だった。彼らは一様に拳児達を見つけた途端、奇声を上げながら拳児達に突撃を開始した。
「迎撃する!」
「合わせる!!」
相手の速度が早いと見るや拳児がすぐに前に出て棍を横振りにして振り上げられた前足、鎌を片方弾く。それと同時に背後からフランが突撃してゴブリン部分の胴体をレイピアで思い切り突き刺した。それで終わりかと思いきや、相手は弾かれたのと逆の前足を振り上げてフランに攻撃を仕掛ける。
「効いてない!?」
自身が突き刺した胴体部を見ながら驚愕の瞳を向けるフランだが、その隙を殺すように綾子が前に出て鎌を弾く。そのまま綾子と拳児、フランによる迎撃戦が始まった。8体のモンスターが前足の鎌を振り上げては勢い良く振り下ろす。それだけを行う機械のような行動であるが虫よりも遥かに巨大な鎌による攻撃は、まともに当たれば腕の一本は斬られるだろう事は簡単に予測出来た。その脅威を弾きながらマリエルとレテスが魔法を放つ。
「ロックハンマー!」
「ライトニングショット!」
マリエルが巨岩を勢い良く打ち出しレテスが前方へ放電を行うが、岩を受けた3体程のモンスターは勢いに吹き飛ばされたがすぐに起き上がり、電気を受けた個体は何ら影響を受けずに前衛の拳児達への攻撃を繰り返していた。
「効いてない!?」
「いや、そうでもない」
放電が通用しなかった事にレテスが驚愕を受けるが、拳児はそれを否定しながら棍を振り回す。自分よりも右に振り下ろされた鎌を確認してその鎌を棍で引き込むとモンスターが一体横倒しになる。その様子を見て拳児は先日から自身の中で覚えた違和感の正体へと辿り着き、大声で叫ぶ。
「この一体を解析に持ち帰る! 後のヤツは全部吹き飛ばしてから電撃だ!!」
「いきなりどうしたの!?」
「とにかく俺とフランと綾子さんで爆発!! マリエルとレテスさんは電撃!!」
自身の足元で長い鎌を振り回そうとしたモンスターの前足を棍の先に生成した魔力の刃で根本を切り飛ばして、そのまま魔法の準備に入る。拳児の行動に若干の違和感を覚えたマリエルだが、言われた通りにレテスと共に電気の魔法を準備した。そこに拳児がすかさず空間を埋めるように魔法を炸裂させる。
「エクスプロージョン!!」
文字通りの爆発魔法をぶっ放した拳児に続きフランと綾子が同じく前に大爆発を発生させる。それでほとんどのモンスターが吹き飛んだ所で拳児が声を張り上げた。
「今だ電撃!」
「サンダーレイジ!!」
大きく吹き飛んだモンスター達の所にとっておきの雷魔法、上位ランクとなるサンダーレイジを放ち視界の見える範囲全てに雷が降り注いだ。それを確認してから拳児は足元のモンスターを確認し、切り落とした前足と後ろ足を地面から拾い上げ、その前足をフランと綾子に渡す。
「これお願い! すぐ麻袋用意するからそれまで持ってて!」
「ちょっと!?」
「キッショい! キッショいわよこれ!!」
「しばらく我慢な!」
前足を2本フランと綾子に渡した拳児は、そのまま残る後ろ足と胴体部分を小脇に抱える事で、モンスターのパーツを全て持ち上げる事に成功した。そうしてからすぐにマリエル達に呼びかける。
「撤退! 一旦撤退! このままギルドに戻るぞ!!」
「わ、分かったわ!!」
拳児の叫び声にマリエル達も慌てて行動を開始して、一目散にその場から道を遡って退却を始める。そんな中でフランが自然と拳児の横を並んで走り、問いかける。
「意味あるんでしょうねこの行動。正体分かった?」
「多分な。とにかく詳しい話は帰った後だ」
「分かったわ」
拳児の端的な言葉にフランが頷きながら前へと進む。こういう真面目な時にふざけたりしないのが拳児という男なので、今はその指示に従って全員撤退に動くのみであった。




