87話
イエイギナ王国の首都ヒッテリアに存在するヒッテリア大迷宮に現れた異形のモンスター。その容貌は確かに異形と形容するしか無い不気味な風貌をしており、共有された姿形のイラストを見ても不気味としか思えなかった。こんなモノが存在しているのかとマリエルは薄気味悪さを感じながら、ヒッテリア冒険者ギルド職員のザバスに問いかける。
「このモンスターが目撃される場所は?」
「ヒッテリア大迷宮内の風属性、ナアト森林と呼ばれる場所だ。外の時間と連動して内部で日が昇り落ちて夜になるという特徴がある。主に植物系モンスターと獣系モンスター、そして見た通りゴブリンとオークが存在する」
「ゴブリンとオークか、オークって豚?」
「顔は豚だな。精力旺盛なモンスターだ」
ザバスの説明にあったオークの単語に拳児が気になったので確認したが、この世界ではオークは木ではなく豚のモンスターという事でよくあるファンタジーの一つと同じだなと納得した。一旦そこで納得してから、拳児が言葉を続ける。
「それで、大体どの程度で遭遇できるとか、数はどのくらいとか分かりますか?」
「全体数は残念ながら分からんが、数は相当居ると思われている。常に複数体で行動し、遭遇した冒険者を片っ端から襲っているようだ。他ギルドから来てくれた者は10体程度の集団に襲われたと言っていた」
「そんなに……」
拳児の問いかけに正直に答えたザバスの言葉にレテスが唖然とする。10体もの団体で行動しているのはゴブリンやオークであれば理解できるが、それが良くわからないモンスターとなると大分勝手が違ってくる。未知のモンスターが集団で襲ってくるという状況は、対応に苦慮するのは目に見えていた。何せ相手が何を仕掛けてくるかをまず見極めなくては難しいのだから。
「でも今まで一匹も退治出来なかった訳じゃないでしょ?」
「あぁその通り、無事に退治して生還したパーティーも居るんだ。だが倒したモンスターを持ち帰る事は出来なかった。所有している荷物袋に死体が入れられないし、腹を捌いてみても魔石も存在しない。しょうがなく異形の中にあるゴブリンにそっくりな頭部の耳を切り取って持ち帰る事しか出来なかったという」
「それに一旦外に出てギルド員に声をかけて実物の死体を見てもらおうとした所、交戦した場所には交戦の形跡があってもその死体は残っていなかったんです」
マリエルの問いかけにザバスとシモーヌが大きな疑問符を浮かべながらも質問に答えるが、その回答がよりマリエル達の頭を混乱させてくる。倒したはずの死体が消える。倒したモンスターの素材が手に入らない。何が起きているのか本当に理解不能で、謎が謎を呼ぶ状態となっていた。その場で頭を捻る一同であるが、この場ではすぐに何とかなるものではないだろうと思い、一旦そのモンスターについて具体的に考えるのを止めてから、綾子がシモーヌに問いかける。
「司書さんの方では、過去に似た事例は図書館の記録にあったりしませんか?」
「それが何も。歴史書や図鑑も確認しましたが、該当する事例は一つもありませんでした」
「じゃあ本当に、未知のモンスターって事か……」
シモーヌからの回答にニアが顎に手を当てながら頷く。今までに発生した事の無いモンスターである事は確定として、次はどうするかを確認した方が良いと思ったマリエルがザバスに問いかける。
「私達は今日初めて来た訳だけれど、そのナアト森林というエリアまで直通で行く方法はあるかしら?」
「探索初日に俺が同行して『選択の間』まで転移する。そこから先の探索は任せる」
「分かったわ、それなら問題無いわね」
ザバスの説明にそれで問題無い事を確認したマリエルは全員に視線を向け、彼女達が頷いた事を確認してから発言する。
「それでは明日から、マリエルパーティーは探索を開始するわ。早朝に準備して出発するから、ザバスさんは『選択の間』まで同行をお願い」
「分かった。それでは話し合いはここまでで良いだろう。後の準備は我々で行うので、とりあえずマリエルパーティーの面々は用意した宿に送らせよう。シモーヌ、頼む」
「分かりました」
マリエルの言葉にザバスが頷くと、シモーヌに指示を出す。指示を受けたシモーヌはすぐに席を立ち、マリエル達に声をかけた。
「それでは皆さん、宿まで馬車でお送りしますのでこちらへ」
「ありがとう。それでは明日よろしくお願いします」
「あぁ、待っている」
シモーヌの案内に頷いて全員で立ち上がり誘導に沿って部屋を出て、そのままギルドの出入り口に案内され、ギルドの所有している人が乗る用の仕立ての良い馬車に全員で乗り込んだ。外からの見た目より豪華な内装に軽く驚いた拳児達だが、それに構わずシモーヌが御者に声をかける。
「シカローネホテルまで」
「分かりました」
シモーヌの指示で動き出した馬車に揺られ、日が暮れゆく街並みを眺めながら道を進んでいく。ゆっくりと揺られる馬車の中で、フランがシモーヌに話しかけた。
「そのシカローネホテルってどういう所?」
「そうですね、この街では一流の宿、ホテルですよ。その中のセミスイート、内部で寝室が分かれている大部屋の一つを予約してあります」
「一流ホテルか、他から来た冒険者は全員ここに?」
「今は誰も居ない状態ですけれど……」
割と分かりやすい優遇措置に苦笑を浮かべながら問いかけた綾子だが、既にそのホテルには自分達以外の他の冒険者は存在しないという事実に、改めて今回の件が難解な出来事である事を物語っていた。馬車はそのまま見た目が豪華な大邸宅に見える建物の前、噴水が立つ広場をロータリーとした建物の正面入口で停車し、全員が馬車から降りる。すると建物の入り口前で、燕尾服を着用した執事と呼ぶに相応しい男性が拳児達に向けて頭を下げた。
「いらっしゃいませ、シカローネホテルへようこそおいで下さいました」
「事前に連絡を行っておりました、フィーリアス冒険者ギルド所属のマリエルパーティーの皆様です。よろしくお願いします」
「かしこまりました。お待ち申し上げておりました」
「え、えぇ……」
執事の言葉にシモーヌが簡単な説明を行うと、執事はそれを受けてマリエル達に向けて頭を下げる。その余りにもVIP待遇と呼べる状況に、田舎村の村長の娘でしかないマリエルも戸惑いを浮かべていた。そんな彼女の様子に苦笑を浮かべながら綾子が口を開く。
「それじゃあ、案内をお願いします。荷物はこちらで持っておくので、部屋までの案内を。それと食事を運んでくれるかしら、なるべく早めに」
「かしこまりました。どうぞ、ご案内いたします」
綾子の言葉に執事は頭を下げてから持ち上げ、自分で扉を開けて全員を内部へと誘導する。シャンデリアなどで豪華に彩られた建物のホールに圧巻を覚えるマリエル達だが、それに頓着せずに執事がハンドサインで内部のスタッフに情報を共有し、静かに全員を先導する。広い階段をゆっくり誘導しながら建物の3階部分に到着し、その角の扉まで案内して、執事は再び頭を下げた。
「それではお部屋はこちらになります。内部に浴場もありますので安心してご利用下さい。洗濯物などがありましたら当館でもクリーニングを行っておりますので、ご遠慮無くお申し出下さい」
「ありがとう、分かったわ」
「はい。それではすぐにお食事の準備をさせていただきます」
「えぇ、よろしく」
綾子は言いながら差し出された金属の鍵を受け取り、扉を開けて内部へとマリエル達を誘導する。全員でそのまま中に入ると、やはりシャンデリアなどの豪華な趣は変わらないままの、洋館のスイートと呼ぶに相応しい模様の部屋となっていた。キチンと整列されたソファーやローテーブルが配置してあり、とりあえず用意された長ソファーの一つにフランと綾子が腰を落ち着ける。
「あ、割と仕立てが良いわね」
「こういうコットン生地の方が革張りよりは好きかな」
「状況に追いついてないマリエル達が居るから多少は配慮してやれ」
ソファーに座って座り心地や肌触りを確認するフランと綾子の言葉に拳児が思わず突っ込みを入れる。ここまでのVIP待遇を受けた事の無いマリエル達は、どこかぎくしゃくしながらおっかなびっくりソファーに腰掛けて、そのフカフカした気持ちの良い弾力に思わず顔をニヤけさせながら口を開く。
「いいわねこれ、家に欲しいわ」
「欲しい欲しい!」
「初めての贅沢を覚えた子どもみたいな事言うな」
マリエルとニアの家に欲しい発言に拳児がまた突っ込みを入れるが、それに構わずレテスもソファーの肌触りを確認しながら呟く。
「ここでそのまま寝てしまっても気持ち良さそうなソファーですね。確かに1台家に欲しいです」
「機会があったら買いましょうか、フィーリアスに戻ってから」
「そうね、そうしましょう。談話室に置きましょうこのくらいのソファーを」
レテスの感想にフランが同意すると、マリエルがすかさず具体的にどこに置くのかを検討する。確かにフィーリアスでは集団生活を送っているのでソファーなどを利用しているがここまでの高級仕立ての家財は置いていなかったので、少なくとも同じくらいのクオリティの家財が家に導入されるのは既に決定事項のようであった。
「あんまり高すぎないモノにしてくれよな。汚したりしてもちゃんと洗えるヤツにしてくれ」
「分かってるわよ拳児。シャンデリアなんかはいらないけれどソファーは大事ね、ソファーは」
「ソファーがこんなに家具として大事な事知らなかったよ」
「単純に使った事が無いだけだろ君たちは」
マリエルとニアのソファー論に対し、暗に知らなかっただけだと突っ込んでしまった拳児を責める者は、とりあえずこの場には居なかった。




