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迷宮白書  作者: 深海 蒼
第2 異世界陳列罪の章
85/92

85話


 要塞都市フィーリアスから馬車で一日走り港町フラゼムで一泊。翌朝出立の船で3日となる船旅に拳児達は出ていた。この世界に来てから初めての海上輸送を感じている拳児は、大型船の甲板に出て鉄柵の上に肘をついて目の前に広がる海を眺めていた。


 どこまでも広がる水平線の中で所々に小島があり、停泊する為の桟橋がある島と何もない島もあり、割と見ていて飽きない様子に、海風の心地よさも相まって軽く笑みを浮かべていた。そんな拳児の背後に軽く足音を立てながら綾子とフランがやってきて、拳児に声をかける。


「随分気持ちよさそうじゃないアンタ」

「まぁ、拳児君には何ともできない事だけれどね」

「仕方無いじゃん、何も出来ないんだから」


 背後からかけられたフランと綾子の若干の不満を含めた言葉に、拳児は苦笑しながら背後を振り返る。フランは憮然とした表情で、綾子は苦笑を浮かべながら拳児と同じように鉄柵に寄りかかりながら水平線に視線を向ける。


「まさかマリエルとレテスが船酔いするとは思わなかった」

「二人とも船は初めてって言ってたし仕方無いかもしれないわね」


 フランと綾子の言葉に拳児は苦笑を深めるしかない。フラン達の言う通り、マリエルとレテスの二人が船に乗ってから一時間程度で具合が悪くなり始め、今もずっと苦しい思いをしている状態なのだ。こればかりは拳児が何かできる訳でも無いし、そんな手段があるならとうに実施している。


「女性部屋に入るのは問題あるから仕方ないだろ」

「まぁ、マリエルもレテスも拳児に嘔吐してる様子を見られたくないだろうしね」


 拳児の言葉に綾子も苦笑しながら同意を示す。ギルドからの配慮で船は男女別の部屋を充てがわれていた為、拳児は1人部屋となり、女性陣は団体部屋となっていた。マリエルにとってもレテスにとっても、自分の嘔吐している様を見られない状況というだけで、割とマシなのであった。その事に一定の理解をしながら、フランが鉾を収めてから水平線に視線を向ける。


「それにしても、この世界の船舶が既にスクリューを導入しているとは思わなかったわ」

「それは同感。てっきり帆船なのかと思ってた」


 フランの言葉に綾子も同意して頷く。拳児達が乗っている大型船は帆船では無く、推進機にスクリューを用いた大型船なのである。燃料は魔石を用い、魔法使いの杖にも使用されている魔力増幅器を用いて出力を増幅し、安定したスピードで航海を行っている。港町フラゼムから3日というのも、帆船のような風に左右される船ではなく、推進機を用いた運用による安定したスピードでの進行による日程調整であった。大型船であれば多少海が荒れてても安定した航路で旅を出来る為、今拳児達が乗っている船には多数の客が乗っていた。


「割と技術の進化ツリーが俺達の世界とは違うモノになってるよな。まぁ魔力っていうエネルギーが最初からある世界で蒸気機関から石油燃料に辿り着く前に魔力で色々解決するのは理に適っていると思うわ」

「確かにね。最初から世界に魔力なんてものがあれば、技術の系統は色々変わってくるでしょうね」


 拳児の言葉にフランも同意を示し、そのまま視線を水平線から先の、船の進行方向に向ける。すると少しして声を上げた。


「あ、見えてきたみたい。灯台があるわ」

「じゃあそろそろか」

「えぇ、船から降りる用意を始めましょうか」


 フランの言葉に拳児と綾子が頷いてから、綾子が再び苦笑を浮かべる。


「とりあえずマリエルとレテスはお風呂に入れてあげないと」

「あの子達ロクに食べてないから、降りたらまずは食事に行くのが良いかしらね」

「降りてすぐはしんどいと思うぞ」

「それもそうか」


 船酔いが酷い二人の事を頭に浮かべ、3人でとりあえず用意された客室へと戻っていく。3日間の船旅を終え、拳児達は初めてのフィーリアスとは別の国、イエイギナ王国の首都ヒッテリアへと降り立つのであった。


 桟橋に用意されたラダーから静かに降りた拳児達は、まず先にヒッテリアの冒険者ギルドへと向かう事を優先した。陸地に到着してすぐの状態ではまだ酷い船酔いが覚めない状態だった為、マリエルとレテスに陸地の平衡感覚と得る事を優先して初めて来る街中を歩いて酔い覚ましをしていたのだ。その御蔭で30分程でマリエルとレテスの顔色は良くなり、目の焦点も大分定まっていた。


「はぁ……船ってあんなに揺れるのね……」

「はい……あんなに気分が悪くなるとは思いませんでした。まだ若干揺れている感覚もありますし」


 マリエルの低い声にレテスもまだ若干青い顔をしながら同意しつつ、自身の平衡感覚を矯正しようとゆっくりした足取りで街なかを進んでいく。そんな彼女達の傍で、ニアが苦笑しながらマリエルの背中を軽く支えながら歩いていた。


「私もマリーちゃんが船酔いするとは思ってなかったよ」

「ニアはなんで平気なのよ……」

「うーん、なんでかは分からないなぁ」


 ケロッとしたニアの言葉にマリエルは少し憎たらしそうに言うが、ニアとしても別に何が理由なのか理解していないが自分は大丈夫だったという意識しか無いので、マリエルから恨み言を言われても困るしか無かった。そんな彼女達のやり取りに苦笑しながら街なかをゆっくりと歩き始めて一時間程度で、辻馬車のターミナル駅に到着した。辻馬車とは文字通り馬車を利用して有料で人を運ぶサービスで、この世界の大都市と呼ばれる規模の街には、当然備え付けられていた。フィーリアスでの生活では拳児達は自分達の足で往来を歩いていたが、余り土地勘の無い場所の場合、初手で辻馬車を用いて街の位置関係を把握するのが賢い選択とされていた。


 拳児達は帆の無い大型の辻馬車一台の荷台に乗り込みながら、御者に声をかける。


「すみません、この街の冒険者ギルドまでお願いします」

「あいよー」


 拳児の言葉に御者のおじさんが気前良く返事をしてから、全員が乗り込んだ馬車がゆっくりと動き始める。落ち着いてきたマリエルとレテスは馬車によって流れる風を浴びた事で、だいぶ気分が持ち直したようだった。


「あー、こういうのでいいわ」

「そうですね、こういうのでいいですね」


 なんとも表現しずらい「こういうの」を二人で共有しているマリエルとレテスに苦笑を浮かべた拳児に対し、御者のおじさんが声をかける。


「お兄さん達、フィーリアスからのお客さんかい? 船旅がお気に召さなかったか」

「あの二人が酷い船酔いになっちゃっただけですけどね」

「そういう時は、額にゴマを一粒くっつけてそこに意識を集中するのが良いって言うねぇ」

「あ、聞いた事あるわ似たようなの」


 御者のおじさんからのアドバイスにフランが昔どこかで聞いた事を思い出す。フランが思い出したのは額に唾を付けてそこに集中するという話だが、ゴマでも用途は同じだろう。気を紛らわせるのが一番良いという事には違いなかった。


 そんな軽い雑談をしながら辻馬車で街なかを進み始めて一時間程。港からかなり離れた場所ではあるが、ほぼ街の中心部となっている場所に、フィーリアスの聖堂と似たような外観と荘厳さを讃えた建物が視界に入る。


「ここの冒険者の聖堂もデカいなぁ」

「中にゃ冒険者ギルドもダンジョンの入口も入ってるからな! そりゃあデカくもなるってもんよ!」


 拳児の言葉に御者のおじさんが景気良く口を開いてから、冒険者の聖堂前のロータリー扱いとなっている広場に馬車を停止させる。完全な馬車の停止を確認して、御者のおじさんが振り返って拳児達に視線を向けた。


「はいよ、到着! 銀貨50枚ね」

「じゃ、金貨1枚。お釣りはいらないよ」

「気前良いねぇ兄ちゃん! またお願いするよ!!」


 御者のおじさんの手のひらに金貨を1枚置いた拳児に対し、御者のおじさんが笑みを浮かべて有難そうに自分の財布の中に金貨を収める。それを見届けてから全員が馬車から降りて、聖堂前の広場へとりあえず横に並んだ。


「じゃ、行きましょうか。イエイギナ王国で初めての仕事よ、失敗は許されないからね」

「いつもの調子が戻ってきたね、マリーちゃん」

「茶々入れないのニア!!」


 ちょっと真面目ぶったマリエルの言葉に茶々を入れたニアによって、マリエルはリーダーらしさを演出しようと思っていたのが失敗に終わり、軽く顔を赤くするのであった。

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