84話
神殿での話し合いを終えた拳児達が次に向かったのは、当然冒険者ギルドだ。6人で歩きながら道を進み、冒険者の聖堂に入っていつも通りカウンターの受付担当にマリエルが声をかける。
「マリエル・ベル・エライのパーティーよ、グレス様はいらっしゃるかしら」
荷物袋からいつも通り冒険者証を取り出してカウンターに置いたマリエルからそれを受け取り水晶球の前に置いてから諸々確認をした受付担当は、静かに頭を下げながら伝えてくる。
「マリエルパーティーですね、お待ちしていました。グレス様はただいま初心者講習の講義を行っておりまして、あと半刻程で終わると思います。終わり次第お声がけいたしますので、どこかでお待ちいただけますでしょうか」
「そう、ありがとう。では図書館で資料を確認するので終わったら声をかけて」
「かしこまりました」
受付からの答えにマリエルはとりあえず図書室で待つ旨を言付けてからカウンターを離れ、全員で図書館へと赴く。少し久しぶりの図書館からする紙の香りを感じていると、いつものカウンターに司書であるセーナが着席していた。彼女が拳児達に気付くと読んでいた本に栞を挟んで閉じると、手をひらひらとして挨拶してくる。
「皆さん、お久しぶりです。今日も資料の確認ですか?」
「お久しぶりです、セーナさん。グレスさんの仕事終わりを待つがてらにちょっと確認をしようかと思って」
「皆さん勤勉なのは良い事だと思います」
セーナからの言葉に拳児が無難に返事をするとそういった回答があり、本当に冒険者という存在はこの世界では資料や本なんかとは無縁な生き方をしている存在が多いんだろうなと毎度ながら察せられてしまう。彼女の褒め称える言葉に全員で苦笑しながら本棚へと移動する。拳児達が辿り着いた本棚では、主に要塞都市フィーリアス近辺の他の都市、国の情報が載った本がメインとなっていた。そこの本を思い思いに取り出してみて、全員一冊ずつで確認を行う。他の都市、国で冒険者として仕事をするならどこにするか、をとりあえず仮想目標として組み上げて実際に資料で確認する為だ。
拳児が持ち出したのは、フィーリアスから東に位置する港町、フラゼムという街の本だ。漁港であると同時に要塞都市フィーリアスへ輸出入される物品を受け入れる為の衛星都市となっている。ダンジョンは無いが海の中にもモンスターは存在する為、船旅の護衛として冒険者の需要が高く、また場合によっては長い船旅となる事から給与の割の良い依頼も多い。同時に卸売業者なども集まる街である為、そういった商人の護衛をしている冒険者すら存在する。そして開かれているページに見えるのは、そこの郷土料理の数々だ。
「コルスイの香草焼きにメリトの炒め物、オガのヒレの姿煮、これはフカヒレだな」
「あー魚介食べたいかも」
「いいわねぇ魚介」
拳児の呟きに他の本を読んでいたフランがいち早く反応し、マリエルがそれに同乗する。そんな彼女達の姿を見て軽く笑いながら、綾子が問いかけた。
「刺身ってあるのかしら?」
「サシミ……ってなに?」
「生の魚をそのまま食べるんだけれど」
「えぇっ!?」
綾子の問いかけにニアが質問で返すと、思ってもみなかった返事にニアとレテスが一緒に悲鳴に近い声を上げた。そんな彼女達の様子に日本人である3人は思わず苦笑をしながら口を開く。
「やっぱ、生魚を食べるってのは色々難しいんだなぁ」
「日本以外の国でもいくつかはあるけれど、日本ほど大っぴらに生魚食べてくる国はそう無いからね」
「やっぱ刺身無いかなぁ」
中々望みの薄い話かなと思いつつ、久しぶりに海鮮丼とか食べたいなぁと拳児達は口々に言いながら自分達の資料をめくり続ける。そんな他愛ない話をしながら図書館の読書スペースを独占して話していると、カツカツと木製の義足を鳴らしながらグレスが図書館へとやってきた。彼は拳児達を見つけると軽く手を振りながら歩み寄ってくる。
「少し待たせたようだな」
「いえ、グレス様のお仕事は重要なモノですから」
「ありがとう」
グレスの詫びを含んだ言葉にマリエルが丁寧に返事をすると、それに頷いてからグレスが拳児の隣の椅子に腰掛ける。そうして座ってからグレスはすぐに口を開いた。
「話があるのは今後の方針について、なのだろう」
「おっしゃる通りです」
「分かりますか」
「まぁな、今なお冒険者の端くれとして将来の事を考えんでもないからな」
グレスの言葉にマリエルと拳児が返事を返すと、グレスはしたり顔でそう言いながら右手の指を4本立てた。
「俺が示せるのは4つだ。一つはこのダンジョンで依頼をこなしながら生活を続ける。幸いダンジョンのモンスターは枯れる事を知らんから、いつまでも依頼のダンジョン産素材の納品などの依頼も枯れる事は無い。2つ目は依頼として行商人や大口の商人の護衛をして街を渡り歩く。実は冒険者の評価はダンジョンの探索よりも護衛依頼などの方がギルドとしては高くなる。人命と物資を護衛するという事は時にはダンジョンで戦闘をするだけよりも難しい事がある。それを遂行できる冒険者の方が、ただダンジョンで採取やモンスターの討伐をするだけの冒険者よりもギルドからの評価は高くなるという事だ」
「残り2つは?」
グレスが2通りの方向性を示した所でフランが続きを催促し、グレスは指を折りながら話を続ける。
「3つ目はこの世界に存在する未開の場所を探索する。未だこの世界には未開の地が多い。そこを探索し開拓する事で名声を上げる冒険者も存在するし、国を立ち上げる事もある。今成立している国というのは往々にしてそういうモノだ」
「ですがそれは、ある意味博打ですね」
「あぁ。一番おすすめはしないな」
レテスの率直な指摘にグレスも苦笑しながら指を折り、最後の案を提示する。
「4つ目は、ギルドからの依頼を遂行する事。ギルドが依頼として信頼できる個人やパーティーに仕事を依頼する事がある。これもギルドの評価ポイントは高くなるし、基本ギルドが出す依頼は割高だ。但し相応の危険がある事は考慮すべきだ」
「つまり、グレスさんから私達に受けて欲しい依頼がある、と」
「うむ、その通りだ」
少し勿体ぶった言い回しに綾子が極めて端的に返事を返すと、グレスは苦笑しながら全ての指を折ってから懐に手を差し込み、1枚の羊皮紙を取り出す。
「どうやら他のダンジョンで異変が起きているらしい。場所はイエイギナ王国の首都ヒッテリアにあるダンジョン、ヒッテリア大迷宮。これまで観測されなかった異形のモンスターの目撃情報が多く上がっているとの事だ。しかもかなり強いらしい」
「そこのダンジョンでモンスターを討伐するだけではないでしょ? 異変の原因も突き止めろって事ですよね」
「可能ならばな。出来なければその異形のモンスターを退治するだけでも良いだろう」
グレスの差し出した羊皮紙の内容を確認しながら拳児が問いかけると、グレスは素直に問いに答えながら説明をする。
「ヒッテリアでの滞在費用や調査費用などはギルド持ちとなるので、その部分に関しては心配をしなくて良い。場合によっては長期の話ともなるので報酬も色をつける。どうだろうか」
「うーん、ヒッテリア、ね……」
グレスの言葉に少し考えながらフランが持っている本のページをパラパラと捲って該当のページを見つけ、全員の前へと広げる。
「イエイギナ王国の首都ヒッテリア。魔導技術の最先端を目指す魔導立国。魔導師の塔での魔法の研究開発が盛んであり、海際である事から海産物も多く収穫される都市である。オススメ料理はガルバーズの塩釜焼き」
「それグルメ雑誌じゃねぇか」
フランの差し出した本に思わず拳児が突っ込みを行ったが、他の面々は興味深そうに雑誌をめくっていく。
「フィーリアスから港町フラゼムを経由して3日。3日の船旅で到着するなら割と近いかしら」
「そもそも他の国に行く機会が無いから行きたいよね」
「この依頼を受領したらギルドが他国への通行を許可して下さるんですよね?」
「勿論、その通りだ。向こうのギルドにもこちらで話をつける」
雑誌をめくりながらマリエルが言うとニアが彼女の言葉に賛同する。レテスが念の為に他国への出国および入国の責任の話に触れると、グレスは頷きながら彼女の言葉に同意した。とりあえず断る理由は特に無いなと思いながら、最後に拳児が確認する。
「グレスさんは、何故俺達を?」
「実績と普段の行動の評価だ。フィーリアス大迷宮の謎の一端を解き明かしたパーティーであり、金属で出来たゴーレムも屠れる強者。何より礼節がある。戦闘の評価として同じ程度のパーティーは居ない事は無いが、そもそも礼儀がなっていないのでこちらのギルドの代表として表に出せん」
「わお、率直な意見。じゃ、決まりかな」
グレスの少し困ったような表情と合わせて出てきた答えに拳児も苦笑を浮かべるしか無い。グレスをもってしても礼儀がなっていないと言われるのはかなり問題アリなパーティーが居るんだろうなぁと思いつつ拳児がマリエルに視線を向けると、マリエルがアイコンタクトで静かに頷く。
「では、この依頼受領いたします。出立までの予定は?」
「3日後に聖堂入口で。フラゼムまでの馬車を出すので、その後は船旅となる。可能な限り安全な航路で行く予定なので、万が一の備えだけで大丈夫だろう」
「分かりました。ではそれまで準備しておきますわ」
グレスの言葉に相槌を打ってから、マリエルがニヤリと笑みを浮かべながら全員に視線を向けた。
「じゃ、ギルドの財布で海外旅行よ!」
「わーいやったー!」
マリエルの言葉とそれを喜ぶフランの反応だが、確かにそうなるよなぁと拳児達は苦笑を浮かべながら、今後の準備期間も含めやる事のタスクを頭の中で整理するのであった。




