83話
ダンジョンで行われた儀式が何とか無事に終わり、その日は全員疲弊した状態となっていた為、儀式が終わり次第すぐに解散となった。拳児達は自宅へ、エリシア達は神殿へと戻り、ダンジョンの精霊もそのまま自分の居住エリアへと戻り休息を取り、再度儀式について集まったのは、それから2日後の事だった。
朝から昼の間の時間に拳児達は神殿へと赴き、神殿内の応接室へと通されると、そこには既に着座しているマリーナとエリシアが居た。彼女の肩には白鳩が止まっていて、ここまではいつも通りであった。しかし彼女達の正面には、バリトンボイスを奏でる燕尾服のホログラムが座っていた。
『おや、ようやく来ましたか』
「来ましたかじゃないわよね。なんで外に出てるのよあんた」
『ダンジョンの機能が一部アンロックされたからですね』
相変わらずのダンジョンの精霊の言葉にフランが突っ込んだが、理由として割と適当な話をされてしまい、何とも言えない表情で全員が用意されたソファーに横並びで着席した。エリシアとマリーナに静かに用意された紅茶の香りを軽く楽しんでから、綾子が口を開く。
「それで、状況として混沌の力に関してはどうなってるんですか?」
『事態は大きく好転している。世界全体とは言えないけれど、少なくとも半分くらいは混沌の力が暴走するような過剰なエネルギーは存在しなくなった』
「半分くらいは良くなったのね、凄いわねダンジョンの機能って」
マリーナの肩に停まった白鳩、知識の神アウロラの言葉にマリエルが素直に感心していると、その横からバリトンボイスが口を開く。
『ダンジョンの中でも特にここにある起源ダンジョン、黒のダンジョンは混沌の力とこの世界で一番相性が良いですから。他のダンジョンではこうは行かなかったでしょうね』
「良く分からないけれど、ちゃんと機能が有効に働いたなら良かったね」
ダンジョンの精霊の言葉にあまり深く考えずにニアが言うが、特に触れなくても良いかとパーティーの面々は苦笑を浮かべてから、白鳩に視線を向ける。
「それで、神側の離反者の方は?」
『痕跡を消して行方不明。どこかには居ると思うけれど、こちらの神々の感知出来ない領域に逃げたと思う』
「こちらの神々……この周辺地域の神々という事ですか?」
『その通り』
白鳩、アウロラの言葉にレテスが正直な疑問を呈すると、アウロラは静かに頷く。先日の神の管轄の言葉を思い浮かべながら、拳児は彼女に再度問いかけた。
「神に他の異名があるとか他の地域では別の名前で信仰されているとか、そういうケースってそんなに多くないのか?」
『それは本当に、神話体系や地域、宗教によって様々。異教の神を自身の信仰に招き入れる事に積極的な宗派もあれば、悪魔や怪物として排斥する宗教も居るので、本当に様々。少なくとも私は他地域では信仰されていない』
「そういうものなのか」
拳児の質問に正直にアウロラが答えるが、感想としては本当にそういうものなのか、としか言えないものであった。何しろ拳児達の元いた世界の神にも、そういうケースはそこまで多くないという事を知っているから。そんな拳児の内心に同調するように、フランが紅茶で舌を濡らしてから口を開く。
「日本における弁財天とインドのサラスヴァティーとか、鬼子母神とハリティーのケースみたいに割と少ないかもしれないわね、この世界でも」
「そこまで多いケースでは無さそうだよね」
フランの言葉に綾子も同意を示して紅茶で喉を潤す。日本でもそこまで多くないケースなので、多神教がメインの信仰であるこの世界でも、他の地域や国でも信仰されている神というのが少ないというのがこの世界でもデフォルトであると考えるのが妥当である。そんな感想をフランと綾子も素直に飲み込むのを見てから、拳児がまた口を開く。
「それで、今後の行動についてどうしよっか。混沌の力で元の世界に帰るっていうミッションは半分成功したと言って良いと思うけれど、俺達はどうすべきかなぁ」
『半分成功している訳ですか。あなた方全員が元の世界に帰還できていないというのはむしろ失敗では?』
「いや、そこまで都合良く進むとは始めから思ってなかったから」
拳児の半分成功という言葉に疑問を呈したダンジョンの精霊に対し、フランが言いたい事が分からなくもないと思いつつ正直に口にする。
「全員戻れたらそりゃ最高だったけれど、まず異世界に帰るっていう前提事態が難易度高いんだから、期待値のハードルは低く見積もった方が良いのよ、精神的に。まず一番最悪な誰も帰還できなくて全滅というのは回避出来たし、その次の1人だけ帰還というのも回避出来た。まぁ異世界に帰還する手段が他にあるのか分からない状況に陥ったのも割と最悪な部類だけど、一部は異世界に帰れたっていう実績があるから、今後に期待は出来るかもしれないとは思ってるのよ私達は」
『ふむ、なるほど。中々現実的ですね』
「そこまで楽観視できる程元の世界に帰るっていうのが簡単じゃない事は普通に理解できる事だからね」
ダンジョンの精霊の納得した言葉に綾子が苦笑しながら正直に応じる。異世界に帰るという事がそれほど簡単なのであればそりゃ苦労は無いというのが正直な所だ。そんな事を思っていた拳児達に対し、アウロラが問いかける。
『帰る事自体は諦めていないのであれば、フィーリアス大迷宮の探索を今後も行うのをお勧めする』
「その理由は?」
『精霊の言う通り、ここにある迷宮はこの世界で一番混沌の力と相性が良い。今は周辺から問題になりそうな混沌の力は無くなったけれど、時が経てば残り半分の世界に残留している混沌の力が海流のように流れてくる。その時にまた帰還する手段を試してみれば良いと思う』
「なるほど、確かに。残った混沌の力が世界に広がるからまた時期を見て儀式を行えば良いって事ね」
『その通り』
アウロラの言葉に綾子が納得した表情を浮かべながら頷く。確かに残り半分の世界に漂っている混沌の力はまだ消えていない為、今後またその力が世界に広がった時に同じ事をすれば、同じ結果が得られるかもしれないというのがアウロラの言っている事だ。精霊も神も相性が良いと言っているダンジョンの力をまた行使するという事が、一番無難で手堅いと拳児達は納得した。そんな彼らに対して、精霊も軽く頷きながらちょっとした忠告をする。
『後はそうですね、他のダンジョンも探索してみるのはどうでしょうか。世界にダンジョンはフィーリアス大迷宮だけではありません。他のダンジョンへ赴いて、違う環境でも対応できるかを試してみるのも冒険者として上を目指すのには良いと思いますよ』
「確かにそうよね。他のダンジョンでも実績を積んでみるっていうのは面白いかもしれないわ」
「元々私達は冒険者として名を挙げるつもりだしね」
『そうでしょうそうでしょう』
精霊の忠告をマリエルとニアは素直に受け入れ、レテスもその言葉には納得するしか無い。元々世界に帰るといった目的の無い現地生まれの3人としては、冒険者として着実に成長できるようになるに越した事は無い。今後を見据えるなら他の地域でも実績を積むのはやるべき事でもある。とりあえず当面の目標として他の地域に関しても少し考えるとして、マリエルは拳児達に問いかける。
「私達の都合になるけれど、グレス様とかに相談してみても良いかしら」
「また混沌の力うんぬんに関しては時間かかりそうだし、俺達も当然付き合うよ」
「仲間だからね!」
「ありがとう拳児、フラン」
マリエルの言葉に拳児とフランが気前良く返事を返す。今はこうしてキチンとパーティーが機能しているのだから、当面は今の生活を維持、改良していくのが一番地に足のついた生活になるだろうというのは、日本出身の3人としても、堅実な考えで受け入れやすいものであった。




