82話
視界の端で起こった強烈な発光現象。直射日光のような光に高木と菅原、そして恵が包まれたかと思えば、その光源に吸い込まれるようにしてその影は消えてしまった。まるで映画のように穴へ吸引されていった姿にポカンとしてから、次の瞬間には何の異常も無かったかのように空間に発生した亀裂など無かったかのような状態に戻った事で、拳児は苦笑いを浮かべてしまった。
「あーあー、マジか。可能性としてはあり得ると思ってたけど、マジか」
「ほんっとにこちらの都合を考えない方向に動くわよねこの世界!!」
余りにも世界が素知らぬ顔をしているようで苦笑いしか出なかった拳児だが、その横で怒り心頭な様子でフランが憤慨しているのがいつも通りだった為、こうして冷静さを保っていられるというのが正直な所だ。もし1人だったらどうなっていたかと他愛ない事を頭の片隅に置いてから、拳児は握っていた棍を改めて握り直してから、自分の対面に立つ虎の獣人に視線を向ける。
「それで、諸々が終わった訳だけど、どうする?」
「しゃあねぇなぁこうなっちまったら。引き上げ時だぜ、姫さん」
巨躯ながらも剣と盾を巧みに操る虎の獣人の言葉に、姫と呼ばれたエリシアと似たような神官服を着てこの場に現れていた女性が一つ軽いため息を吐く。
「仕方ありませんね、この場は引くとしましょう。このダンジョンから混沌の力を全て引き上げるのは無理そうですし、ダンジョンの精霊と依代とはいえ神がこの場に居る。エリシア様をここから攻撃するのも難しいでしょう」
虎の言葉に姫と呼ばれた神官、レイラの言葉にバラバラに戦闘中だった高木と共に現れたメンバー達が集合し、一箇所に集まる。レイラを中心として虎の獣人を最前面に出して警戒態勢を維持しながら、レイラは自身の杖から自分達を覆うように、魔法陣を展開した。恐らく元来たダンジョンに帰ろうとしているのを理解してから、拳児はダンジョンの精霊に視線を向けて問いかける。
「あの転移を止める方法ってある?」
『この空間から出るのを止めるのは無理ですね。ただ彼女達の生体反応は分かっているので、今後彼女達はこのエリアは出禁です』
「戻るのは阻止できなさそうね」
拳児の問いかけに素直に精霊が応じると、彼の続いてマリエルが少し残念そうに言う。既に彼女達の魔法陣は発光を始め、魔法の行使までそれほど時間を必要としない状況だという事は理解できていた。この後どういう事が待っているのかは分からないが、とりあえずただ黙って帰らせるだけでは不十分だろうと思った拳児は、彼女達に一つ言葉をぶつけてみる事にした。彼女達の裏に居ると思われる、アウロラ側の神々を裏切っているという存在について。
「最後にちょっとだけ訪ねたいんだけど、あんたらのバックに居る神って狩猟の神を名乗ったアイツか?なんだっけ、テレビデ――」
半端な笑みを浮かべながら勢いに任せて問いかけた拳児の言葉に対し、次の瞬間には強烈な怖気を感じたのと同時に高速で飛んでくる短剣に気付き、寸での所で短剣を棍で叩き落とす。背中に冷たい汗が流れるのを感じながら拳児が見たのは、明らかな怒気と殺意を浮かべた虎の獣人の姿だった。
「異名と言えど、我らの神を侮辱するなら許さん」
「……そうかい、もう言わないでおくよ」
虎の言葉に拳児は表向き動じる事無く肩を竦めて言葉を返す。自分と相対していた時とは全く違う気迫と殺意を纏った形相に、信仰心というのは本当に厄介なものだと理解させられた。自身のアイデンティティを決める事もある神への信仰というものは、時には人をここまで殺意の塊に変貌させる事もあるのだから。
拳児が彼の信仰心に驚愕を含めた感想を心の中で呟いていた所で、神官服のレイラは魔法陣に魔力を注ぎ込みながら、拳児に視線を向けた。
「ケンジ・コバヤシ。貴方の言葉は覚えておきましょう。そしていずれ、戯れに我が神を愚弄しようとした報いを」
「殺し屋でも送られてくるのかな」
「私の、神の巫女の片翼として、貴方を縊り殺します」
「そうかい、せいぜい頑張ってくれよ」
物騒な言葉が続く展開に拳児が苦笑を隠さなくなった所で、彼女が展開していた魔法陣が発動し、虎の獣人を含めた全員の姿が一瞬で消える。その様子をしばらく見つめてから、その場に居た全員ではぁ~、と長いため息を吐いた。
「いや色々ありすぎだから。たった一日でどんだけ流れ変わってるのよ状況」
「すっごいハイスピードアクション映画だったわね」
ため息の後にフランが苦情を言うように騒ぎ、綾子もそれを咎めずむしろ同意を示す。とても一日の間で起きたとは思えない展開の連続すぎて、頭と身体の動きが中々一致しない。その様子に苦笑を浮かべながら、レテスが少し心配そうな表情で拳児へ確認する。
「拳児さん、大丈夫でしたか?」
「ぜんっぜん大丈夫じゃなかった。クッソ強いヤツからのガチの殺意ってあんな怖いんだなぁ」
「やっぱり、少なくともあの虎に関しては本気じゃなかったわよね」
拳児の正直な感想にマリエルが同意を示した所で、拳児も大いに頷く。その相変わらずな様子にフランが何とも言えない表情を浮かべた後で、視線をエリシアとその肩に乗る神の御使いに向ける。
「拳児が怖い思いして得られた重大なヒントよ、大事に使いなさいよね」
『分かっている。狩人の神テレシウムが異名と呼ばれる神。この世の信仰を全て理解している訳ではないけれど、地域で絞り込めば何か手がかりは得られるはず』
「そうしてちょうだい。それじゃ、さっさと残りの儀式をどうにかしてよね」
『分かっている。あと6時間で終わる』
「長いわっ!!」
割と大仕事をしたはずなのだが、儀式自体はまだまだ時間が必要な事実に思わずフランが突っ込んでしまうのだった。
ここで章終わりにします。
次回投稿で章付けとか行いますのでレイアウト変わるかもです。




