81話
力が満ち、うねりを上げ、衝撃が舞い上がる。強烈な力のぶつかり合いの果てに、混沌の力は大爆発を発生させた。激しい閃光に目を焼かれまいと拳児は一瞬目を瞑り手で防いだが、一瞬の閃光だった為、すぐに視線を前へと戻す。そこに存在していたのは、ヒビの入った透明なガラスのようなモノに杖を突き込み、血眼でソレをこじ開けようとしている高木の姿だった。彼の状態を見ていた他の面々もその様子に一瞬目を奪われた所で、ダンジョンの精霊が感心したように呟く。
『まさか本当に世界に亀裂を入れるとは。混沌の力は相変わらず強烈すぎる』
「あれが世界の亀裂か」
『えぇ、間違いなく』
精霊の言葉に軽く確認をすると、精霊が頷く。それで確かに世界に帰る事が可能な手段が目の前に現れたという実感が起きた所で、恵と菅原が慌てて高木の持つ杖を一緒に掴み、共に魔力と混沌の力を杖に流し込む。
「ぐっ、これはまた硬いな!!」
「世界の壁ですもんね!そりゃ硬いですよ!」
菅原の言葉に高木が苦笑しながらも自身の力を杖に注ぎ込んでいく。魔力も混沌の力も、何もかもを全て注いでやっと生まれた世界の亀裂。これを逃せばきっと帰れなくなると理解している高木は、それこそ鬼気迫る思いで杖に力を込めていた。そんな彼の内情を理解しながら、自分達も帰れる可能性を見出した事で恵の菅原も真剣に世界の亀裂に力を込める。
必死で世界の亀裂を広げ、元の世界に帰ろうと足掻く高木達の事を見てから、すぐに空気の流れを感じてそちらに視線を向けた。視線の先では高速で飛んできた光の矢を目の前で慌てて避け、ニ刀の短剣で打ち払うウィードランナーの男が居た。矢継ぎ早に射掛けられる事で慌てて下がった男を庇うように虎の獣人がシールドを構えて光の矢を防ぐ。
「おっとと、いきなりだなお嬢ちゃん」
自身の盾で防ぐ事が可能だった威力に少しほっとしながら高木のパーティーの獣人がニアを見て苦笑するが、ニアは真剣な眼差しで彼を見つめ、弓を構える。
「そこの短剣が動いたから。あの人に仕掛けるつもりだったでしょ」
「さて、なんのことやら」
ニアの端的な問いかけに獣人はシラを切ろうとしたが、マリエルも彼らを睨みつけながら言う。
「世界の壁を破壊する力、利用したいんでしょう。今ならこの場に力は充満しているし、次々に力が送られてきているものね。本当に壁を壊してしまう為に力を消費する前に、全ての力を自分のモノにしたいのかしら、そちらのカミサマは」
「まぁ、そうですね。我が神の望みは混沌の力を今より更に手に入れる事。全て消費されるより前に世界の壁にヒビが入ったタイミングでその力を奪うのが私達の使命です。今の高木達が纏う混沌の力はそれこそ世界を破壊しうる力、欲しくない訳がありません」
マリエルの厳しい言葉に神官服の女性、レイラが素直に目的を認めると、その杖の先に魔法陣を構築し始めた。
「では仕方ありません。邪魔をするなら退治するのみ」
「仕方ねぇなぁ、人死はあんま出したく無かったんだけどな」
レイラの言葉に虎の獣人がまたもや苦笑しながら盾を構えつつ手にしたロングソードを構えると同時に、短剣を持つウィードランナーの男が飛び出してきた。それに合わせるようにフランが前に出て彼の投擲した片方の短剣を自身の短剣で弾いてから、レイピアで突きを放つ。その華麗な捌き方にウィードランナーの男は忌々しそうに視線を向けた。
「面倒だな、俺とは相性が悪い」
「俺が相手してやりてぇ所だが、こりゃ無理そうだな」
ウィードランナーの言葉に虎の獣人が応じた途端、彼は素早く盾を上段に構え、降ってきた棍の一撃を防ぐ。続けてやってきた衝撃に身を硬直させていたら、今度は横から棍が伸びてきて彼の重厚な鎧に叩きつけられた。ニ度の衝撃を受けた虎の獣人は慌てて後ろに下がり、盾とロングソードを構えて真剣な視線を目の前に向ける。
「こっちの相手していていいのか?帰れないかもしれんぞ」
「相手しないと帰る前に死にそうだからな。無事に帰って欲しいならこの場は引いてもらおう」
「はっ、そいつは無理な相談だ」
獣人の言葉に油断無く棍を構える拳児に対し、獣人はやはり苦笑して否を告げる。彼らの中の計画が混沌の力という事なのは最初から理解していたし、裏切るならこのタイミングだろうという事も予測出来ていた。高木に力を与えて世界の壁を壊す所までは本当に彼の事を助け、その後は彼に満ちた力を奪う。分かりやすい構図に最初から疑ってかかっていれば、裏切られたなど思う必要も無かった。
最初から自分達の裏切りが読まれていた事にレイラが少し不愉快そうな表情をしながら、構築した魔法を放つ。
「フレイムピラー」
「アイスショット」
地面から唐突に立ち上った火柱に、レテスが上から氷を降り注がせてそれを封じる。そしてレテスはもう一つ魔法陣を起動し、速攻で打ち出した。
「ストーンバレット」
「ちっ、マジックシールド」
打ち出された石礫を魔法の盾で防いだレイラの後ろから、二人の魔法使いの女が構築した魔法を打ち出す。
「ロックハンマー!」
「ロックハンマー!」
打ち出されてきた勢いの強い巨岩にマリエルと綾子も同じ魔法で応じ、4つの巨岩が空中で衝突した後、すぐさま綾子が前へと飛び出し魔法使い二人に近接戦闘を仕掛けた。
「ちっ!邪魔!」
「それはこっちのセリフなのよね」
焦れた魔法使いの1人が忌々しそうに呟くが、綾子はこっちのセリフだと言い返す。綾子からすれば折角出来た帰宅のチャンスだ、みすみす逃す訳にはいかない。しかしここで彼らに応戦しなければ、元の世界に帰るどころかこの場で死が待っている。そんな事が許せるはずがないので、ここで邪魔する者は全て蹴散らそうとしていた。その気持ちは拳児達も同じな為、虎の獣人を相手取りながら拳児が儀式中のエリシアに叫ぶ。
「混沌の力を全部あっちの三人に!俺達は大丈夫だから!!」
「っ!分かりました!!」
拳児の叫びを受けたエリシアが言われた通りに儀式を続け、力を高木と菅原、恵へと優位に設定して送る。自分に送られてくる力の減少をその身で感じた拳児だが、特に問題はないと考えロングソードの剣閃を棍で軽くいなした。
「力が減っちまって大丈夫か?俺を相手にするのに」
「バカだな、勝利条件の前提が違うんだからこれでいいんだよ。俺は世界の壁に穴があくまでアンタの相手をすりゃいいけれど、アンタは俺と高木さんを殺さないと勝ちにならない。俺の方が何倍も勝利条件が有利だ」
「チッ、若い癖に小癪な事を言いやがる」
獣人が挑発するようにした言葉に拳児は冷めた表情を浮かべて告げると、獣人は苦虫を噛み潰した顔で言う。確かに拳児の言う通り勝利条件が全然違うのだから、拳児からすれば正面から相手をする必要も無く、高木に近づく事が無いよう牽制しながら攻撃をいなしていればそのうち世界の壁が崩れ拳児達の勝利になり、力を奪えなかった獣人達の負けとなる。自身に与えられた使命に対し、何としてでも達成したいと思っている虎の獣人としては、飄々と攻撃をいなして避ける拳児の戦い方は、忌々しさそのものだった。
世界の亀裂を広げようとする高木達を守る為に戦う拳児達。彼らの言葉や動きを横目で見ながら、高木は壮絶な笑みを浮かべて口を開く。
「これは、確実に成果を挙げなければな!」
「そうだな!もう少しだ!!」
高木の鬼気迫る言葉に菅原も渾身の力を入れて杖を亀裂に押し込んでいく。少しずつ、本当に少しずつ杖が刺さっていき、それに応じるように亀裂も広がる。一歩一歩の歩みは遅くとも、着実に世界の壁に近づいていた。そうして亀裂と格闘していると、亀裂がパリッと音を立てて一部崩れ、向こう側が見えた。そこに見えたのは朧げながらも自然な空間。リビングに置かれた二人掛けのソファーにちょっとしたちゃぶ台。観葉植物が置かれ白いカーテンの隙間から光が差し込む空間だった。その空間を目にして、ますます高木が腹の底から力を湧き上がらせる。
「帰れる!帰れるんだ!!俺の家に!!」
「え、高木さんの家のリビングか、趣味良いなぁ」
「やっぱ思いの強さとかそんなものなのかねこれ」
亀裂の向こうに見える光景が高木の家という事でますます力を入れる恵と菅原達。3人それぞれの想いを抱えながら渾身の力を込めていくと、徐々にその亀裂は膨らみ、漏れ出す光が強さを増した。そうして力を注ぎ続けた所で、亀裂が激しい閃光を放った。
「うわぁっ!!」
あまりの眩さに目を瞑った3人だが、すぐ後に強烈な引力を感じて身体が急落下したかのような感覚を覚えた。それからすぐに周囲の空気が変わり、足元がしっかりとした感触となり、香りの良い空気を感じる。恵が恐る恐る目を開けると、そこは先程まで隙間から見えていた空間だった。
「あぁ……あぁあ……」
馴染み深い室内の香りと空気を感じ、高木は涙を堪えながら一歩、また一歩とリビングを歩く。自分がどのような格好をしていたかを全く無視して高木はリビングを通り、寝室の扉をゆっくりと開く。就寝用に遮光カーテンを掛けている寝室のベッドの一つに、人の姿が見える。彼の同棲中であり婚約をしている彼女は看護師であり、夜勤明けで昼間は就寝している時間だった。その姿を感じながら目に涙を溜めて高木は彼女のベッドサイドに座り込み、横を向いて寝ている彼女の小さな右手に、自分のカサついた手を重ねる。確かなその温もりに、高木はとうとう涙をこぼした。
ガサリと音がした事で彼女は目を覚まし、寝ぼけ眼で自身の愛する恋人を見つめてから、なんかヘンだなと気付く。スーツ姿ではなくなんだか古臭いローブのような姿。髪も整っておらずボサボサだ。それになんか煤けているように見えた事で、彼女は不可思議なモノを感じながら口を開く。
「憲之、なにそのコスプレ」
「っ……うぅ……」
「てかなんか、埃っぽい。え、ほんとになに?どうしたの??」
「っ……ま、真奈美、真奈美……」
「えぇ……いきなり泣き出した。ていうか靴履いてるじゃん!なにしてんのよ!」
「うわぁぁああああっ!!」
ドッと押し寄せた帰宅した実感に高木は滂沱の涙を流し始める。それが歓喜による涙である事を十分理解している菅原と恵は、目の前で起きている世界を超えた再会に少し瞳を潤ませてから、互いに視線を向けて口を開く。
「どうやら本当に、あの日に帰ってきたみたいですね」
「あぁ、そうみたいだ。しかしそうなると困ったな」
泣く高木とそれをあやす彼女の姿を少し眩しそうに見てから、恵と菅原は自分達の背後へと視線を向ける。その視線の先にはただ玄関へと続く通路があるだけで、先程まで見えていた亀裂のようなものは何も無い。試しに手を振ってみても何も触れず。空間は完全に、正常に戻っていた。
「タイムパラドックスか並行世界論か、ともかくこの世界とあちらを繋ぐ亀裂は、キレイに無くなったか」
「えぇ。可能性としてあり得るとは思ってましたけど、一番嫌な予想が当たってしまいました」
「さてとりあえず、高木君が落ち着くまで待とうか」
「えぇ。とりあえず靴は脱いで玄関に置いておきましょう」
「そうだな」
自分達の背後に何も無い、何も居ないという冷たい現実を見てから、再び高木に視線を向けて、恵と菅原は靴を脱いでから玄関へと向かうのであった。
高木、無事ゴールイン




