80話
ダンジョンの機能解放という儀式が、拳児達の目の前で開始された。ダンジョン内にあるコボルト達の村落から離れた空き地に木組みで祭壇を作り、その上にフィーリアスの神殿が主神として信仰している神の像が安置された。その像の前に4つの属性球を座布団のように見える安置場所に置き、正式な神官服を纏ったエリシアが朗々と小さな声で祝福の祈りを唱えていた。
視線の先のエリシアに視線を向けてから拳児は自分達の事を確認し始め、全員何かあった時の為の準備は整っていると理解する。その中で1人、普段は神殿で過ごしていた同じ日本組で高木の先輩に当たる菅原も今回は合流しており、手に長い杖を携帯してエリシアの儀式を静かに見つめていた。
今回の儀式は神殿にとっても大事な事な上に、もしかしたら日本に帰れるかもしれない何かしらが起きる可能性があるという事で、菅原もダンジョン組に合流して機会を待つ事にしたのだ。今の所儀式は何も起きず問題無く進行している。エリシアが両手で持ったタリスマンを軽く上下に振りながら祈りを捧げる事約1時間。あまり代わり映えのしない様子に少し飽きてきた拳児だが、エリシアが大きく息を吸い込んだ所を見て次の工程に進むのを理解できた。
「我らが神と迷宮の契りの通り、今再び力を表さん!」
大きな声で祝詞を述べながらタリスマンを頭上に掲げると、エリシアの前に置いてあった属性球4つがそれぞれの魔力を濃く映し出し、宙に浮かぶ。そのままゆっくり円陣を組んでから回転を始めるのを確認してから、エリシアが再び祈りを捧げ始める。そんな彼女の肩に神の依代としての白鳩が止まると、エリシアに告げた。
『混沌の力が来た、反発の少ない経路を使って指向性を持たせて』
「はい!」
白鳩に宿るアウロラの言葉にエリシアが頷いて言う通り自身と属性球に送られてくる外部からの混沌の力を調整して流れやすい方向へ流すイメージを浮かべると、混沌の力はエリシアと属性球から拳児達へ通り始めた。
「うわ、急に来た」
「混沌の力が肉体の一部になっているから、私達を中継するのが一番ラクという事かしらね」
急激な力の高まりに驚くフランと原因を確認するように呟く恵。最初に混沌の力が宿っていると言われていた為混沌の力の受け皿として丁度良いという理屈に納得は出来ていた。そんな会話をしていた所で、それまで問題の無さそうだったエリシアが急な重みを与えられたように、軽く膝を折り曲げた。
「急に、力が別方向から!」
『他ダンジョンから送られてきたと思う。落ち着いて立て直して』
「はいっ!」
エリシアの言葉に優しく白鳩が言うとエリシアは大きく頷いて膝に力を入れ、再び綺麗な立ち姿に戻り黙々と祝詞を唱える事を再開した。その様子を見てから拳児が手に持った金属札を確認すると弱い光を発している事に気付き確認する。
「高木さんかも。転移してくる?」
『そのようですね。術者と直結した転移魔法が込められているので来てもおかしくはないかと』
「じゃあとりあえず、ちょっと離れた場所に置いておこう」
札の光り方をダンジョンの精霊に確認して転移してくるであろう事を理解した拳児は、その金属札を自分達から5メートル程度離れた場所に優しく置いてからメンバーの元へと戻る。地面の置かれた札は着々と光を増していき、激しい光を放った所で盛大な魔力の柱を作り出した。しばらく魔力の柱が立ってから収まると、そこには高木と見慣れない人物が立っていた。
「やってくれると思ったよ、小林君」
「お久しぶりです、高木さん。それにしても多いような」
「全員ダンジョン探索に協力してくれたメンバーだよ」
魔力の柱から現れた高木の姿を見てから共に転移してきた複数人を確認する。高木はローブのような上着を羽織り手には杖を持っている魔法使いスタイルをしており、その他には躯体の大きい顔が虎そのままの獣人が大きな盾と手にはロングソードを持っている人物が居る。その隣にはウィードランナーと見える身体の小さな男が、腰の左右に短剣を吊り下げて現れた。彼らの後方には神官服を着た女性と高木と同じような典型的な魔法使いの服装をした女性が二人、姿を現した。彼らは拳児達を視界に収めると、軽く手を上げて振り始めた。
「あんた達が高木と同郷の奴らか。短い付き合いになるがよろしくな」
「えっと、よろしくお願いします?」
大きな虎の獣人が爽やかな笑顔を浮かべて挨拶してきた事に少し面食らった拳児だが、ここは穏便に頭を下げて彼と挨拶を交わす。そんな中で儀式を遂行中のエリシアが拳児達越しに現れた神官服の女性を見て、目を細めた。
「レイラさんですね、やはりもう1人はアイラさんですか」
「ご無沙汰しておりますエリシアさん。姉は貴方と同じくダンジョン内で儀式を行っていますから」
エリシアの言葉に冷静さを保ちながら答える高木側の女神官の言葉に、彼女が高木を誘導した実行犯である事がすぐに理解できた。その実行犯が素直に出てきた事に少し驚きながら、フランが高木に視線を向ける。
「それで、帰る方法は?」
「えぇ、それを行う為に来ました」
フランの簡潔な言葉に高木も簡単に応じ、手にした杖を軽く掲げる。
「混沌の力を魔法としてぶつけ合う事で生まれる反発力を極限まで高めれば、次元の壁を壊しうる、と」
「ただ魔法をぶつけ合うだけ?」
高木の説明に綾子がそんな単純な話なのかと疑問に思ったが、高木は軽く肩を竦めながら言葉を続ける。
「ただ魔法をぶつけるのでは無く、混沌の力を魔法として射出するんです。今の儀式中に送られてくる大量の混沌の力を用いなければ出来ない芸当らしいです」
「まぁ、確かに現状で魔法を撃つと威力が大きくなると思うな」
高木の説明に納得をしてから拳児が再び問いかける。
「とりあえず今は俺達に力が送られている訳だけれど、高木さん達にも力を向ける必要があるんですよね?」
「それは既にあちらのダンジョンから来ていますから大丈夫ですよ。という訳で、早速始めましょうか」
拳児の言葉にやはり簡単に答えてから高木は杖を前へと構え、高木と共に来た者達も手のひらや手にしたタリスマンなどを高木に向けて魔力を走らせていく。その魔力に応じるように、高木は杖の先に光を溜め始めた。
「あ、こっちは光魔法撃ちますね。そちらは闇魔法でお願いします」
「あ、じゃあ私が。思いっきりやった方がいいんですよね」
「そういう話みたいですね」
高木の宣言に応じる形で恵が前に出て槍を杖と同様に構え、その先に闇の力を蓄えていく。拳児達も自身の武器や手のひらを恵に向けて、彼女に魔力や自身に流れてくる混沌の力を流し込むイメージで与えていた。高木と恵の光芒が大きくなった所で、二人が同時に魔法を発動させる。
「スターライトバスター!!」
「スターレスバスター!!」
光と闇属性の射撃魔法の中でも最大火力、星の光と星を消す闇の魔法を同時に打ち合い、二人の中間点で互いの魔法が衝突した。その瞬間ドカンと盛大な音と共に凄まじい衝撃がダンジョンの空間全体に走り、とんでもない力のぶつかり合いが目の前で発生している事を全員に実感させた。その衝撃を受けてアウロラがエリシアの肩から落ちるもすぐに飛び上がってまたエリシアの肩に留まり、指示を出す。
『エリシア、あの二人に力の流れを』
「分かりました」
アウロラの言葉にすぐさまエリシアが力の流れを制御し、混沌の力の配分をこの場に居る高木と恵に対し優位に流し込んだ。それが理由で衝突し合う魔法は更に威力を増し、衝突点が左右に大きく押し引きを始める。
「まだ、まだぁ!?」
「おおおおおっ!!」
凄まじい力の奔流に流されそうになりながらも足場を固めて拳児達は恵に力を流し、高木達の方も全員が高木に力を流し込んでいる。激しいぶつかり合いを行う相反する魔法はやがて衝突点が大きく膨張し、黒と白の光が入り乱れて文字通り混沌とした様相を呈していた。そうして臨界点のように膨張した光が、虹色に輝き出す。
「絶対に、帰るんだぁああっ!!」
足を踏みしめながら、食い縛り口から血を流しながら高木が叫ぶと同時に、虹色の光は一瞬にして縮み、次の瞬間爆縮を起こして盛大に衝撃波を放出した。光の奔流と衝撃、付近に充満する魔力と混沌の力。とてつもない力のぶつかり合いの結果起きたのは、世界の壁を破壊する大爆発であった。




