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迷宮白書  作者: 深海 蒼
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76話


 白い壁に映し出される沢山の死という結果。誰かに、何かに殺され続けている人々の映像が流れ、消えていく。そんな映像の中でも海外スプラッターよりも地味だな、とアホな事を考えていた拳児だが、その映像は突然消えた。次に壁に現れたのは、こちらの世界の文字。


『問う。あれらの生に意味はあるのか。あれらの死に意味はあるのか』


 どうやら禅問答が始まったらしい事を拳児達日本育ちは感じ取ったが、意味を素直に理解したマリエルが壁に映された文字に反応するして声を上げる。


「生きてる事に意味があるに決まってるわ。でもあんな死に方をしなくちゃいけない理由なんて無いと思う」


 マリエルの素直な言葉にレテスもニアもこくこくと頷いて見ている。そうしたマリエルの答えを得て、文字の主は再び問いを提示する。


『問う。必ず死ぬ定めの生に意味があるのか。死という結末は覆らない。死する命に意味はあるのか』


 続けて出された問いに、マリエルはぐっと息を詰まらせる。死という結果は確かに変わらない。生命は誰もが必ず死ぬ。死ねば終わりの生に意味はあるのか。今まで考えた事も無い言葉にマリエルはすぐに答えを出す事が出来ず、その様子を見て取ったレテスが変わりに言葉を紡ぐ。


「生きているから死ぬのは必定ですが、必ず死ぬ結末になっても生きている事に意味はあると思います。何かを成し遂げる為に、生きるのは必須ですから」


 レテスの言葉に壁の文字が一瞬うねりを起こしたが、それからすぐに文字がまた変化し、問いかけてくる。


『問う。ならば何も成し遂げられなかった生命に、意味はあるのか』

「それ、は……」


 謎の存在からの問いに、レテスも言葉を詰まらせる。自分が言った言葉が返ってくる、何かを成し遂げる為に生は必要、だが何も成し遂げられなかった場合、その生に意味があるのかを測る事は出来ない。先程まで映像として映し出されていた死を迎える人々。その中にも沢山何も成し得なかった人が必ず居る。まだ子どもだった存在すら映像の中では殺されていた。そんな子どもに何かを成し遂げろ、というのも無理な話だ。だから、そこに価値が、意味があるのかと聞かれた場合、レテスは答えられなかった。そうして硬い空気が流れる中、クスリと軽く笑いながらフランが口を開く。


「何かを成し遂げるとかそうじゃないとか、そういう見方だけで命の価値基準を決めるのは浅はかな事よ。そもそもの話、生きるという事に意味を見出そうとする事自体が愚行よ」

「ま、そうよね」


 フランが微笑みながら言い放った言葉に綾子も苦笑しながら同意する。そんなフランの答えに文字はまた一瞬うねった後で新しい問いを出す。


『問う。生に意味はあるのか。死に意味はあるのか』

「だから生死の問題じゃないんだけどね。とはいえ質問に答えると、存在している事には意味がある。存在しないという事は何も無い事の証明。何も無い場合文字通り何も評価出来ないけど、存在さえしていれば何らかの価値は生まれる。良くも悪くも生命とはそういう存在なのよ」


 フランの言葉を受け、再び文字の主は文字をうねらせてから文章を変える。


『問う。必ず死ぬ生命に意味はあるのか。あれらの凄惨な死を迎えるとしても、意味はあるのか』

「なんか死ぬという事に拘ってるけど、死ぬという事をどう捉えているのか分からないわね。死ぬから意味が無いという事はさっきも言ったけどありえない。凄惨な死を迎えるとしても、その死という結果自体に意味はあるわよね。あなたが私達に映像としてあれらの凄惨な死を見せつけてきた、その時点で映像で死んだ人々を材料に問いかけをしているあなた自身が、彼らの死に価値を与えた事になるじゃない」


 再びのフランの回答に、文字の存在は文字をうねらせる。その様子を見ながら拳児が口を開いた。


「そりゃ死んだらおしまいだけど、だからって生きる事に意味が無いとは必ずしもならないよな。他人にとってその人の存在が重要だった場合、その人の生には確かに価値がある。まぁ本当にコイツ死んだほうがいいなっていうヤツも存在しているけれど、そういう存在だけじゃない。だから少なくとも、今生きている事自体には価値はある」

「生まれたいから生まれたという訳ではないけれど、生きる意思がある限り生きていく事は無意味ではないかな」


 拳児の言葉に続けて恵も自身の意見を答えると、文字の主は再度文字をうねらせてから、文字を表示する。


『必ず死ぬ定めの生命。死という無に還る定めの生命に価値を見いだせない存在に、意味はあるのか』

「あー、死んだら全部終わりじゃんっていう感じなのね。何に価値を見出すかは本当にそれぞれなんだけど、自分が興味ある事に意識を向けた方が良いんじゃないかしら? 多分あなたこの仕事向いてないわよ」

「最後辛辣すぎだろお前」


 文字の正体に対し本当に思った事をそのまま言ったフランに思わず拳児が突っ込む。確かにこういう問答をするには向いていないというか、禅問答では無くお悩み相談になっていたのは否めない。問いを投げる側なのに、自分の問いに自信が無いように見える。だからきっとフランの言う通り向いてない仕事をしているのだが、それをそのまま率直に伝えるのは姿が見えない相手だとしても酷な話だと拳児は感じた。仕事向いてないって言われるの、しんどいと思ったから。そんな事を拳児が考えていたら文字はうねり、ブツリと消えた。


「……あれ、やっちゃった?」

「いやどうだろ」


 唐突に消えた文字に思わずフランが焦りながら言うが、その問いに答えられる存在は居ない。だがすぐに変化が部屋の中に起きた。床から柱がせり出してきて、四角い木箱が飛び出してきた。その木箱から漏れ出ている魔力は、今までも感じた事のある属性球の魔力だ。その魔力を感じ取ってレテスはほっと胸を撫で下ろした。


「良かった、何とか攻略したみたいですね」

「何だか頭がまだ軽く混乱しているけれど、終わったのね」


 レテスの言葉に合わせてマリエルがため息を吐いてから、フランに視線を向けて言う。


「なんか、死生観がだいぶ先鋭的な気がするわ」

「ま、尖ってるとは思うよ本当に。生きる事に意味を見出すのって難しそうだけれど簡単な事なのよ。やりたい事をやればいいだけ。結果なんて後から付いてくるんだから、余計な事考えずにやりたい事最優先で生きればいいのよ本当に。それが自己を確立させた人間の生きる原動力であり、生き続ける意味だと思うから」

「フランの言ってる事は難しいね」


 生きたいように生きれば良いと言うフランの言葉に、ニアが苦笑を浮かべる。したいようにする、生きたいように生きる、それがこの世界のどの程度の人間に許されているのか分からないが、今この瞬間生きている事に関しては、間違いなく自分達は望んで生きているという事だけは、ニアには理解できた。そんな彼女達のやり取りを横目に見ながら拳児は属性球の入った木箱をそのまま荷物袋に収納し、全員に振り返る。


「さて、とりあえず残り1個属性球を集めれば、俺達の目標は達成できるはずだ。いよいよ終わりも見えてきたし、頑張るか」

「次は光属性の迷宮ですね。火と水の属性はそれぞれ火山と深海ですから危険すぎるという事で」


 拳児の言葉に情報を収集していたレテスも頷きながら同意を告げる。危険度の高い迷宮を避けなるべく安全な道を行く、そうした堅実な者こそが、冒険者として長生き出来る存在となるのだ。とはいえ懸念事項が無い訳でもない。


「なんか、すっごい眩しい迷宮なんでしょ?」

「資料を読んだ限りは。実際に見てみないと分からないですね」

「多少眩しい程度だったらいいんだけどなぁ」


 マリエルの問いかけにレテスが答え、ニアが苦笑しながら願望を話す。あまり目に悪い環境に長く居たいとは思わないので、適度に加減をしてもらいたいものだとニアは思っている。


「とりあえずこれで攻略完了だし、戻ろうか」

「はーい」


 そんな拳児の合図にフラン達が返事を返し、みんなで近くに現れた転移装置に乗り込んで、全員無事にダンジョンから離脱するのだった。

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