75話
フィーリアス大迷宮で催されていた一大イベント、月鉱石の採掘祭りが名残り惜しくも終わりを告げた。フィーバー状態だった坑道も平常を取り戻し、押し寄せていた多くの冒険者や鉱夫、鍛冶屋が去っていき元々定住していた者達だけが残る。そんな中拳児達のパーティーは何度目かのダンジョン探索を行っていたのだが、ある問題に直面していた。
「壁が動く通路ってアリか?」
「この黒い壁のまま道が変わるとか嫌がらせすぎる」
自分達が通ってきたルートを狩人であるニアに頼んでなぞって歩いていたのだが、先程通った通路に居るはずなのに、先程は右手が塞がれていた通路が今は左手が潰されている状態となっている。間違いなく壁が移動しているとしか思えない状況に、拳児とマリエルは呆れを含んだ声と共に頭を悩ませていた。狩人であるニアの方向感覚は抜群な為、地図に違和感を持つより自分達の認識に違和感を覚えた方が正確であると認識している拳児達は、その感覚に従い歩き、迷っていた。いくつもの十字路丁字路を通過してきた所で、元の場所へ戻ってくるという仕組みになっていたのだ。
「無限ループって事?」
「壁を塞いで道を制限して、この場所に戻ってくるという仕掛けになっているみたいです」
恵の単純な疑問にレテスも苦笑を浮かべながら彼女の質問に答える。この方向にしか道が無い、という場面を何度も繰り返して元の位置に戻されているという状況なので無限に空間が広がっている訳では無いが、壁も天井も真っ黒な状態で方向感覚が鈍りやすい上に通路自体を制限されるという罠ギミックである。これは一筋縄ではいかないなと全員が頭を悩ませていた。この状況を打開する事は出来るのか、拳児はニアとレテスに問いかける。
「魔力の流れや風の流れは?」
「全然風の流れは感じない」
「魔力も、ですね。徹底的に感知系を潰してきていると思います」
「なるほど」
ニアの精度の高い風感知も魔力の流れの感知も追えないという状況で、拳児が再びうーんと唸る。文字通り袋小路に迷い込んだ状況であるが、そこにフランが軽く問いかけた。
「魔力の流れが追えないのって、あたし達が転移してきた装置まで戻れないって事?」
「いえ、そちらの方向には戻れます。ただこの先に進めないというだけで、こちらに来た分の転移装置までの流れは分かります」
「ふーん、なるほど」
フランの問いかけにレテスが正確に情報を伝えると、フランが軽く考えてからパンと手を叩いた。
「じゃあここが到達地点で、この先には単純に何もないんじゃないの?」
「でもこっちに通路はあるわよ?」
「その通路通ってもここに戻されるなら、ここが通路の先の到達地点って事で良いんじゃないかな」
フランの言葉に綾子がライトの魔法を進ませて開いている通路を照らすが、フランはそう言うと周囲を見渡しながら自身のライトの球体を天井の方へと上がらせた。
「先が無いならここが終点で到達地点。ちょっとした空き地になってるから、この円形の広場を隈無く探索しましょ」
「まぁ、確かに悩んでいるだけでも仕方無いし、一旦この広場を探してみるか」
フランの言う事もある意味当たっているかもしれないと思い、拳児もフランの提案に乗る。その言葉で全員で円形に広がる広場の壁や床、隅の方まで分散して探す事となった。全員ライトの魔法で真っ黒な壁や床を隈無く探していた所で、あっと急に声が上がる。
「なんだろこれ、三角錐だ」
「えっ、三角錐?」
壁に左手を付けながら床を照らして歩いていた綾子の言葉に、全員が気取られてそちらへと向かう。しゃがんで足元を確認している綾子の照らす場所には、確かに真っ黒の三角錐が床から10センチほどの高さで存在していた。その状況を見て拳児は思わず苦い顔をする。
「こんなちょこんと置かれた真っ黒な物体、普通見つけられる訳ねぇだろ」
「フランの提案が無かったら、ずっと通路の探索をしていたと思うね」
拳児と恵の言葉に少し得意げに胸を張るフランの様子を見てから、床の三角錐に視線を向ける。そこには物体としてちゃんと置かれているのだが、魔力も何も感じないのでこの部屋を隈無く探す、以外の方法でその三角錐が見つけられる訳が無かったのだ。とりあえずこの三角錐が原状を打破する一つになる事を祈って、拳児は綾子に問いかける。
「それで、動きます?」
「うん、こっちに押すと動くね」
拳児の言葉に綾子が三角錐の頂点を後ろに押すと、地面にパカッと同じ大きさの空間が現れ、小さな丸い石で出来たスイッチが確認出来た。その様子にみんながホッとした所で、綾子がそのボタンを押し込む。するとズズズ、と鈍く重々しい音を立てながら周囲の壁が動いて四方が完全に塞がれる。それと同時に床に格子状に光が走り、ズズズと音を立てて床が沈み込み階段を構築していく。その様子を見て思わずフランが声を上げた。
「上じゃなくて下かよ」
「それな」
なんとなく上に階段が出来る事を想像していたのだが降りる階段が現れた事に突っ込んだフランに同調する拳児。その様子を見ながら作り上げられていく隠された螺旋階段をライトで確認しながら、マリエルが問いかける。
「それじゃ、行くわよ」
「えぇ、行きましょう」
マリエルの言葉に恵が頷いて、手持ちの槍の先にライトを付けて階段をゆっくりと降りていく。ニ列で螺旋階段を降りていく中で、少しずつ目に入ってくる情報が真っ黒以外に増えてきていた。
「これは……光苔?」
「自然由来の光だな、確かに」
壁と床の所々に発光する苔が見える事に気付いたレテスと拳児が、その指先で軽く苔に触れながらゆっくりと階段を降りていく。その壁に付着している苔がどんどんと増えてきた所で恵はライトの明かりを消して先へと進み、そうして一番下と思われる場所に到着し、光苔で覆われた壁に通路がある事を確認しながらそのまま進む。警戒を怠らずに光苔によって照らされた通路を先へと進んでいくと、拳児達は今までとは真逆の、四方の壁が真っ白になった四角い広場へと辿り着いた。拳児達が通路を抜け全員広場に入った所で、四方の壁の全面に映像が表示された。その映像はピンボケした状態から焦点が合う映像に切り替わり、唐突に大量の人間が出てくる映像へと変わった。今のフィーリアスとあまり変わらない人種や服装の人々が映像の中では言葉を交わしているのが喋っている口元を見れば分かるが、音声等は一切無い状態で映像は流れていった。
「昔の映像かしら」
「というか、何の意味があるんだろ」
四方に映る映像を首を振りながら見ていたマリエルとニアの言葉に、拳児とフランが表情を少し強張らせながら口を開く。
「多分これ、あんま良いヤツじゃないよな」
「だと思うけど、確実では無いからなんとも」
こういうギミックに関して多少心当たりのある拳児とフランだったが、ある意味予想通りの展開が映像内で発生する。笑みを交わして会話をしていた男の頭が、突然弾け飛ぶ。まるで並べられた果実のように映像に映る人間の尽くの頭が弾け飛び、血みどろの映像に一気に変化した。他の壁でも人はおろか動物すらも凄惨な死に様を晒しだし始めた映像を見て、拳児とフランがやっぱりとため息を吐きながら口にする。
「黒歴史、ダークヒストリーか」
「いつのモノかは分からないけれど、きっと実際にあった事なんでしょうね」
「見ていて気分の良いモノじゃないわね」
次々に起こる凄惨な事件の映像が代わる代わる映し出され、映像に映ったその尽くが種族を問わず死んでいく。そんな映像がずっと、延々と流されている状況の中、マリエルが少し青い顔をしながら呟く。
「なんで予想出来てたの?」
「闇の属性っていうと、こういうのがお約束だったりするから」
「人の闇を映し出すっていうの、割と鉄板ネタなんだよね」
「それでも平然とこの映像を見られてるのはおかしいと思うわ」
マリエルの問いかけに拳児とフランがお約束と口にするが、心構えだけで平然としているのはやはりおかしいと突っ込む。そんな彼ら、彼女らのやりとりにお構いなく映像が途切れる事無く切り替わっていく。大量に生物が死んでいき、また平和な日常を映し出し、凄惨な死を映し出す。そんな映像が、拳児達がこの部屋に入ってからずっと、次から次へと映し出されていくのだった。




