77話
光の迷宮はその名の通り、光源には困らない程度に光が天井から降り注ぐ迷宮であった。ただ何も無い訳ではなく迷路状のダンジョンとなっており、通路が繋がっている。闇の迷宮のように真っ黒な壁ではなく普通の石造りの壁になっていて見た目だけで迷うという事は無かった。そんなダンジョンに出てくるモンスターは、確かに光の迷宮という場所に出てくるのが相応しいモンスター達だった。
「マリエル!」
「ヒートフォグ!!」
綾子の言葉に合わせてマリエルが杖から灼熱の霧を放つ。放たれた霧はパチパチと弾けながら鏡面のようにツルリとした体表の軟体物体に降り注いだ。
「ジュギュアァ!」
「纏めて処理するならこれが一番かもしれないな」
先程まで軟体動物相手に棍を用いてさんざん攻撃を行いつつ、複数の軟体動物を一箇所に寄せ集める仕事をしていた拳児の横で、フランがウンウンと大きく頷く。彼らの視線の先には、いつまでも灼熱の霧で炙られ弾けている軟体生物達がジワジワと体表を黒ずんでいく様子が見えた。やがて完全に黒い塊となったそれらは、いったい何処から鳴いていたのか分からない鳴き声が聞こえてこなくなった所で、マリエルが魔法を解いてふぅ、と肩の力を抜く。
「終わったわね」
「うん、お疲れ様」
「あー、つっかれる」
マリエルの問いかけに恵が笑顔で答えると、ふーっと大きくため息を吐きながらマリエルが両手をぐるぐると回して肩のコリをほぐす動きを行う。その様子にレテスも苦笑を浮かべながら魔法陣を黒い塊の上に展開し、黙って水を発生させて塊に振りかける。ジューっという水が沸騰する音を聞きながら、レテスが苦笑を深めた。
「ここまで熱を与えないと倒せないとは、やっぱり面倒な相手ですね、ミラースライム」
「私の場合このスライムに何も出来ないのが心苦しい」
モンスターの名前を呼びながらまだ混もっている熱を発散させるレテスの言葉に、ニアがしょんぼりしながら口を開く。そんなニアの様子にフランが彼女の肩をぽんと叩きながら告げる。
「ちゃんと走り回って短剣使ってかき集めたじゃない、この相手じゃ仕方ないわよ」
「そうなんだけどね。本来の弓攻撃が使えないってこんなに面倒なんだなって」
フランの励ましの声に頷きながら、黒い塊が蒸気を上げる状態を眺める。ミラースライムと呼ばれる体表がツルンとしたスライムは、その名の通り体表が鏡となっているスライムだ。このスライムは体表に直接当たる攻撃を低確率で跳ね返すという割と面倒な性能をしたスライムなのだが、中でも光を纏う、光で出来た攻撃は100%跳ね返し、ダメージを受けないという更にめんどくさい仕様も備えていた。なのでニアの魔力の光で出来た矢は100%跳ね返り、仕様を事前に勉強せずに攻撃していたら割と大変な事になっていた可能性が高い。今回は事前にいつもの図書館で事前勉強をしていたから良かったが、冒険者とは基本荒くれ者でもある為、勉強などせずに探索に入り痛い目を見て逃げ帰る確率が一番高いと呼ばれているダンジョンであった。そんな事前準備の大事さを考えながら黒い塊を冷やしていたレテスが魔法陣を解いた。残ったのは、金属質の黒ずんだ塊だ。
「……素材は取れるかな」
「ミラースライムの体表なら研磨剤の原料になるわね。そのまま持ち帰りましょうか」
「了解」
拳児が棍の柄で塊をいくつかの大きさに分割し、それをフランや恵達が荷物袋に放り込む。全ての作業を終えてから、拳児が天井から降り注ぐ光をぼんやりと眺めていた。
「次に行こうか」
「はーい」
「了解です」
恵とレテスが即答し、マリエルが肩のストレッチを済ませて杖を構え直す。ニアも弓を背中に回しながら、先程までのしょんぼり感を少しだけ振り払うように息を吐いた。
「次は光を跳ね返さない相手であってほしいな」
「そうだといいわね」
フランが軽く手を挙げ、先導の合図を出す。光の迷宮の奥は先程よりも通路が狭くなり天井も低い。石造りの壁には苔のような緑色の発光体が点在しており、それがこのダンジョン全体の光源を補っているようだった。足元は平らで、段差もない。迷路と呼ぶにはあまりに整いすぎていて、どこか人工的な匂いがする。
「……なんか、図書館の地下倉庫みたいだな」
「拳児、その比喩はどうかと思うわ」
「だって、棚と通路が交互にある感じだろ?」
フランのツッコミに拳児が「まあまあ」と笑う。そんな会話をしながらも、全員が無意識に周囲を警戒していた。冒険者としての癖である。三つ目の分岐を左に曲がったところで、恵が足を止めた。
「……ん?」
「どうした、恵さん」
「あそこ、動いてない?」
恵の指差す先、通路の奥の壁際に、小さな光点が五つほど浮かんでいた。直径50cmほどの六角形の結晶で、下から糸のような光線が垂れている。ゆっくりと脈動しながら、三角形の陣形を保って浮遊していた。
「……シャードスプライトですね」
「良く咄嗟に名前出てきましたね、レテスさん」
「調べましたから。単体では弱いけど、三体一組で行動するらしいですね」
レテスが杖を構えながら結晶たちを観察する。その間にも、シャードスプライトたちは気づいたのか、脈動の頻度を上げた。
「拳児、どうする?」
「倒そうか。そこまで大変そうな相手じゃないし」
「了解」
綾子の判断に全員が即座に従う。拳児が一歩前に出て棍を構え、マリエルが杖先から微かな熱気を帯びさせ、レテスが小さな魔法陣を描き始める。ニアは弓を引き、フランはレイピアを抜いて構えた。
「……来るぞ」
シャードスプライトの一つが光線を放つ。直線状の細い光が拳児の胸元を貫こうとして、拳児が半身でかわし、棍の柄で光線を弾いた。パシン、と軽い音が通路に響く。
「割と危ない遠距離攻撃してくるなぁ」
「じゃあ近づけばいいのかな」
「3体だから、それぞれよろしく」
拳児が前に出る。マリエルが彼の背後でヒートフォグを小さく展開し、接近するシャードスプライトの光線を熱気で屈折させる。レテスが地面に水膜を広げ、反射して飛んできたもう一本の光線を受け止める。ジューっ、と小さな蒸気が立ち上る。ニアは弓を引いたまま、拳児の横をすり抜けるように走り、シャードスプライトの一つに接近する。
「……あ」
「何?」
「光の矢じゃやっぱダメそう」
ニアが弓を脇に回し、すぐさま短剣に切り替えて結晶の表面を叩いた。カラン、と鈴のような音がして、シャードスプライトがひび割れる。もう一度、二度目。三度目で、結晶は砕け散り、光の粒子となって消えた。
「……あ」
「やるじゃんニア」
拳児の言葉にニアが少しだけ笑う。その笑顔に、先程までの「何も出来ない」という影が薄くなったのが、全員に見えていた。残り2体のシャードスプライトは悲鳴のような光を放ち、速度を上げて逃げるように通路の奥へ飛んでいく。拳児が棍を振って追撃して上段から棍を振り下ろして結晶を砕き、フランがレイピアで的確に結晶の真ん中を貫いて敵を屠った。
「こんなものかな」
残ったモンスターのパーツを眺めながら拳児がふーっと息を吐きながら言い、通路の奥を一度だけ眺め、小さく息を吐いた。
「そろそろ外は良い時間かな」
「そうですね、丁度転移装置の魔力も近いですし、帰りましょうか」
「うん、お疲れ様ー」
拳児の言葉に同意を示してからレテスは通路を先導して転移装置まで案内する。足音は石造りの壁に反響し、天井の光が彼らの影を長く伸ばしていた。通路の角を曲がるたびに、先程まで戦っていた部屋が、ただの静かな空間に戻っているのが見えた。
今回のダンジョン探索では特に目立った収穫も無く、モンスターの素材だけを持ち帰るのだった。




