60話
古代魔導王朝時代に開発された魔法の一端により、古代文明が作り上げた魔法の力に慄いた日本組だが、その後もシャルミスからの知識の共有を受けてその日は解散した。ドラゴンであるカミューの助言通りに古代の魔法を知った訳だが、ある意味重力操作まで魔法で行っていた事に技術力の高さが伺える。文字通り現在のこの世界よりも桁違いの技術水準だった為、ある程度の高さの技術を誘拐犯は持っていると思えば何も知らないより遥かにマシだろうと拳児達は考えていた。
シャルミスから魔法の講義を受けた翌日、いよいよ綾子が初めてダンジョンを探索する事になった。王家からの連絡も無いしガティも現在月鉱石を使用した拳児達の新たな武器を製作中で邪魔をする訳にもいかないので、今の内に綾子にダンジョンという物を知ってもらおうと思った訳だ。
綾子の武器は拳児と同じ棍で、やはりガティが用意していた拳児の予備であった。武器の準備も出来たので冒険者の聖堂から選択の間へと転移した拳児達の前には、相変わらずという感じで屋台等が立ち並び冒険者達に物資や食料の供給を行っていた。その様子に初見の綾子はやはり驚いたが、そういう場所だというマリエル達の説明により納得して、そのままモノリスの前へと到着し、マリエルが全員に告げる。
「で、行き先は『朝露の森林』でいいのね?」
「坑道の方は月鉱石で賑やかみたいだし、今なら人が少ないみたいだしね」
「まだ月鉱石祭りは開催中だからなぁ」
マリエルの問いかけに恵と拳児が同意する。ギルド職員によると坑道内は今そこら中で冒険者を連れた坑夫や鍛冶師がひたすら採掘をしている状態で、熟練の冒険者も護衛として参加している為モンスターが出現してもあっという間に倒されてしまい、戦闘らしい戦闘が起こらないような状態らしい。なので普段よりも他のダンジョンは人数が少ないという事で、拳児達は『朝露の森林』という新ダンジョンへと向かう事にした。
ギルドの持つ資料によると、『朝露の森林』というダンジョンはその名の通りひたすら森林が広がるダンジョンであり朝露、つまり朝の霞がずっと広がっているらしい。その為火魔法による攻撃はかなり威力を落とす事となり、また森林である為下手に火を付けると割と大惨事になりやすい場所であると記載されていた。ただ繰り返すが森林な為豊富な薬草や食料となる果実等が大量に手に入る場所でもある為、普段ならとても盛況なダンジョンらしい。モンスターも豊富なので、慣れた冒険者ならここだけで日銭としてはお釣りが来る程稼げる場所という事だった。
拳児達の同意を確認したマリエルがモノリスに念じて『朝露の森林』へと転移を行うと、すぐにフィールドに移動した。確かに鬱蒼と草木が生い茂ったフィールドであるが、きちんと通路もあり、何より空気が澄んでいた。牧草地であるエライ村よりも木々が多い為、とても新鮮な空気が広がっていた。
「はぁ~、空気が美味しい」
「森林浴かな?」
正直な感想を言ったフランに綾子が軽く笑いながら言うと、ニアも大きく頷きながら同意を示す。そのまま拳児達は自身の身の回りを確認してから、マリエルに視線を向けて頷いた。その様子を見てマリエルが声をかける。
「じゃ、いつも通りの配置で。今日は綾子が初戦闘だから綾子が比率多めで戦闘をお願い」
「分かった!頑張ります!」
マリエルの言葉にダンジョンデビューとなる綾子がフンスと鼻息を鳴らして返事を返す様を周囲が暖かく見ながら道を辿る事を開始した。前後左右、隙がない状態できっちり前進を行う拳児達の前に、すぐにモンスターは現れた。道の左右に生い茂る草をかき分けながら姿を表したのは、人間サイズのエリンギとしか言いようのないモンスター3体だった。胴体はエリンギで、2本ずつ白い腕と足が生えた姿は少しコミカルだったが、拳児達は侮る事無く武器を構え相手を見据える。
「ファイターマッシュですね、焼いて食べると美味しいらしいです」
「あ、小鳥の羽音亭で食べた事あるやつね」
レテスのちょっとした説明にフランが過去に食べた時の事を思い出しながら武器を構え相手の出方を伺う。ファイターマッシュと呼ばれたそれらは、腕に比べそこまで長くない足で駆け寄ってきた為、早速綾子と拳児、フランで出迎えた。真っ先に綾子が前に出て棍で突きを放ち、左右の相手は拳児とフランで行う。綾子の攻撃はしっかりファイターマッシュに効果を与え、衝撃により足を止めたファイターマッシュにそのまま棍を横薙ぎにして打撃を与え、そのまま回転して後ろ回し蹴りを頭部と思われる場所に叩き込み、倒れ込んだ所で棍を突き立てて頭を貫通させ、きっちり絶命させた。フランと拳児も危なげなく近接戦闘だけでファイターマッシュを倒した所で、ニアが恵に問いかける。
「なんか、強くない?ショダンっていうのはみんなこんなに強いの?」
「あー。武道を教えてもらった人は一般人に比べてやっぱ強いかな、普段から鍛錬しているようなものだし」
「なるほど、そうなんだ」
ニアの率直な感想に恵が正直に説明すると、彼女は納得して頷いた。予想以上に綾子が戦闘になっても冷静に対処し、かなり華麗な技でモンスターを仕留めた事で、拳児達の世界じゃこれが普通なのかといった疑問が芽生えたのだった。そんな彼女を置いておいてレテスとマリエルがモンスターに近づいてそのまま剥ぎ取りに参加する。5人で剥ぎ取りを行ったのはファイターマッシュの頭部、キノコの傘を含めた顔より上の部位と胴体にある魔石だ。それらを剥ぎ取ってそのまま荷物袋に入れる。
「胴体部分はいらないの?」
「食べられるらしいですけれど、やはり顔がついてる部分は見た目が食用に適さないので」
「あー、そういう事」
全身キノコだから全身が食べられるのだが、やはり顔がある料理は嫌かとレテスの説明で納得したフランがそのまま片付けてから立ち上がった。
「じゃ、先へ進みましょうか。綾子さんも全然問題無さそうだし」
「そうね、この程度なら全然平気」
フランの言葉に同意を示しながら綾子は再度気合を入れ再び全員で前へと進むと、再び草むらからモンスターが飛び出してきた。そこには先程見たファイターマッシュと共に、100センチ程度の大きさをしたリスが現れた。先程より多くなったモンスターを見てからレテスが説明を行う。
「一緒に出てきたのは森林リスですね、このダンジョンではポピュラーなモンスターです」
「了解、やりますか」
レテスの言葉に相槌を打ってから拳児達は前へ出てキノコとリスの混成部隊に突撃する。図体のでかいキノコはともかく、リスも普通のリスの何倍もある背丈ではあるが機敏なので、相手の素早さに注意をした立ち回りを行っていた。キノコに関してはレテスとマリエル、ニアが弓矢と土魔法で生成した礫で射撃してキノコを倒し、ちょこまか動くリスも拳児と綾子、フランと恵で接近戦を行い相手を打ちのめした。その様子を確認して、レテス達がやはり剥ぎ取りに参加する。
「リスは皮と肉ですね。草食なので肉は美味しいですよ」
「草食なのか……何故襲ってくる?」
「それはもうダンジョンのモンスターだから、としか言いようが無いですね」
レテスの説明に軽く疑問を覚え割と真っ当な質問をした拳児に、レテスが苦笑しながら返事を返す。ダンジョンのモンスターだから襲ってくるというのは確かにとしか言えなかった。そんな言葉を交わしながらワイワイと道の先へと進む一行だったが、ある地点に到着すると急に地面がボコッと音を立てて盛り上がり、そこから草の根のような毛羽立ったモノがまるで鞭のように動いて拳児達に襲いかかってきた。拳児と綾子、フランがそれぞれ棍と短剣で攻撃を弾き返した所でレテスが声を上げる。
「イビルフラワーです!根を辿った茂みの先に本体があります!」
「分かった!」
レテスの助言により振り回される根を弾き返し、また避けながら根を辿って茂みの奥へ進むと、そこには3メートル程の高さの巨大な花があった。拳児達がそこに近づくとやはり地面から根と共に茎の部分から無数の茨を持ったツタが鞭のように振り回されて攻撃を仕掛けてくる。その状況を冷静に見極めて攻撃を弾き避け前進し、フランが目の前に辿り着いた所でレイピアを茎目掛けて横薙ぎに振るう。ザン、と良い音を立てて花と繋がった茎部分に斬撃が入り、もう一度振り抜いた所で茎と花は分断されて、花はまるで牡丹のように咲いた花が満開の状態で地面へと落下し、茎部分も力を失いクタリと倒れた。その様子に戦闘終了を確認した拳児達が一息ついてから物資の回収を始める。
「花部分は丸ごとで、茎もツタと根っこ以外は全部回収か」
「そうね。フランは綺麗に花部分を切り落としたわね」
「丸ごと納品した方がお金になるらしいから」
「それは確かに」
マリエルの感心した言葉にフランが正直に金の為と答えるとレテスも苦笑しながら同意する。確かにお金になる部分に余計な傷を付ける必要も無いし、そこまで強い相手でも無かったから余裕を持って対処出来ていたのだから。全ての素材を荷物袋に回収した所で、一息付いてから綾子が口を開く。
「そんなに切羽詰まった戦いをしてないから、ちょっと拍子抜けというか」
「割と戦力が充実しているグループだからねぇ、仕方無い仕方無い」
綾子のちょっと気の抜けた言葉に恵も同意しながら頷く。戦力としては申し分無いメンバーが集まっているので、サクッと終わる時はサクッと終わってしまうのは仕方無いとしか言えなかった。そんな綾子達に少し苦笑しながらマリエルが呟く。
「ま、もっと探索すれば強敵も現れるでしょ。適度に緊張感を保って前進していきましょ」
「そうね、行きましょう」
マリエルの言葉に綾子も同意を示して道の先へと進み始める。本格的な綾子のダンジョンデビューではあったが、その日は特に苦戦らしい苦戦も無く、安全にダンジョン探索を終える事が出来たのだった。




