59話
既に何度もお世話になっている冒険者の聖堂内にある訓練場に、拳児達全員が到着した所でギルド長とシャルミスが厳重に魔法による施錠と音の遮断をする結界を展開し、この場に起きる物音は一切外部に漏れないように封じ込めが完了した。そこまでしてから、シャルミスは一つの魔法陣を指先に展開して拳児達に見せる。
「早速だけれど、現代風に再現された古代魔法の中で一番ポピュラーな魔法がこれよ、レビテーション」
「レビテーション……浮遊魔法?」
「良く運搬業者とかが使っている魔法ね、エライ村でも多くの人が荷運びに使っているわ」
「あ、そうなんだ」
シャルミスの展開する魔法を冷静にフランが観察していると、マリエルが実際に運用されている事を話し、拳児が納得する。シャルミスはそのまま自身の懐から小さなスティックを取り出してその魔法陣から魔力を伝播させると、そのスティックが魔法陣に吸い寄せられるようにフワフワと浮かび上がり、魔法陣の動きと同時に上下左右へと動いた。その様子を見てなるほど、浮遊魔法だなと拳児達が納得した所でシャルミスが魔法の展開を終わらせる。
「と、これが一番ポピュラーな魔法。魔法の術式はこうなってるわ」
「うーん、『軽い』を付与している?」
「そうね、以前にも言ったけれど基本魔法は加算の原理だから、『軽い』を加算する事で物体を浮遊させている。物体の重量を実際に軽くしている訳では無いの」
「質量保存の法則からは外れてないのか……」
魔法陣を見て小首を傾げる綾子に向けてシャルミスが説明を行い、その内容に全員で納得する。術式も比較的簡単な物ではあったが、肝心の『軽い』を付与する部分の術式がかなり複雑な計算式となっていた。
「ここの部分は古代魔法のままですか?」
「あ、そうね。その部分はどうしても計算が出来なくて、古代魔法の術式をそのまま引用しているわ」
「なるほど、ここが……」
恵の軽い問いかけにシャルミスがそのまま正直に返事を返し、拳児達がその部分を確認しながら頷くと、シャルミスは魔法陣を消してから、また別に魔法陣を展開する。
「次の再現魔法なのだけれど、これははっきり言ってどう用いられていたか分からない魔法よ。通称、影飛ばし」
シャルミスがそう言いながら魔法陣を展開すると、何やら黒いモヤのようなものが魔法陣から滲み出たかと思えば、そのまま瞬時にモヤはシャルミスの魔法陣から離れ、真下の影へと飛び込んだ。その様子を見たが、そこから特に何の変化も無いのを確認して拳児達はシャルミスに視線を向けると、シャルミスが少し肩を竦めてから言った。
「ね、何でこんな魔法があるのか分からないのよ。何の効果も無くて、どう使うのかが分からない術式よ」
「えっと、詳しい術式を見せて下さい」
「えぇ、これよ」
シャルミスが展開する魔法陣を確認させて貰うと、確かに良く分からない術式となっていた。闇属性というのは光属性が存在する世界だから当たり前のように存在しているのだが、その闇属性を何かに付与している形の術式となっており、その何かの部分が、これまた難解な術式となっていた。その術式を確認している所で、綾子がふと口を開く。
「なんか、さっきの浮遊魔法の術式と似通っているような……」
「そうなのよ、似通っているのは分かるのだけれど、計算式が分からなくて」
綾子の呟きに答えるようにシャルミスは左手に今の影飛ばしの魔法陣を、右手に浮遊魔法の魔法陣を展開して確認させる。綾子の言う通り似通った術式ではあるのだが、決定的に何かが違う術式である事は理解できたのだが、その部分が何か分からないといった形で拳児達は頭を悩ませていたが、フランがそこで呟く。
「一旦この浮遊魔法のこの部分、解法を求めてみましょう」
既に演算が完了されているが謎の多い古代魔法の術式部分にメスを入れるという形でフランが提案し、そのまま拳児とフラン、恵と綾子で荷物袋からスマホを取り出し起動させ、手書きモードでメモ帳を開いて演算された部分の数式の分解を開始した。基本的に計算とは何でも方程式として分解する事が可能なので、演算された術式をそのまま数式として分解を開始し、全員であーだこーだと言いながら色々な解法を試してみるが、ふと綾子がその指を止める。
「あれ、この方程式……」
「何か分かった?」
「あ、うん、もしかしたらだけど」
恵の問いかけに綾子が少し考えてから自身のスマホに手書きで逆算をしてから、自身の知識にある方程式を適用させた事で解が姿を表した。
「こ、これ……運動方程式だ!」
「あー運動方程式!?物理学がああ!!」
「理系ー!!誰か理系いねーのかー!!」
「いや綾子が理系だから!!」
綾子の言葉にフランと拳児が絶叫を上げる。極度の物理学恐怖症の発作が発生した2人に対し恵が両者の頭をペシペシ叩いて回っている間に、綾子はそのまま方程式の計算を終える。
「運動方程式、第2法則、万有引力の法則」
「古典力学……うおお、身体に鳥肌が」
「蕁麻疹が、蕁麻疹が出そうだわ」
「アレルギー反応酷すぎるでしょ」
綾子の言葉に更に悶え苦しむフランと拳児を置いておき、恵が綾子に問いかける。
「で、浮遊魔法の方が運動方程式を利用していたの?」
「そうなんだけど、計算式で引力の部分を魔力に置き換える事で引力では無く魔力で重力加速度を適用しているみたい。魔力もエネルギーだからおかしくは無いんだけど、でもおかしいっていうか……」
「あー、ニュートンも重力はエーテルが~とか言ってた時期もあったみたいだしね、違和感凄いわね」
綾子の言葉に恵も同意しながらその言葉に納得する。当のニュートン自身もエーテルがなんとかと言っていた時期もあったのだし、方程式を生み出した最初の人はその方程式で合っているのか疑心暗鬼になっても仕方が無いと思えた。綾子の言葉にそんな感想を抱いてから、恵は気になる部分について問いかける。
「で、もう一方は?」
「えっと……アインシュタイン方程式」
「ぐわああああ!!」
「いやああああ!!」
「うるっさい2人とも!!」
綾子の答えに更なる絶叫を上げる拳児とフランの頭をまたペチリと叩きながら恵が抑え込み、綾子に説明を促す。
「で、どういう魔術式だったの?こっちの影飛ばしは」
「うん。まず闇属性の付与自体は全然意味が無いというか、別に闇属性じゃなくても問題無くて、視認しにくいから闇属性を付与する術式になってたんだと思う。肝心なのは自身の魔力を物質に付与する事でそこをアンカーとして機能させて、チューブを構築する事が重要な部分。魔力というエネルギーリソースのみで無理やりでも何でもチューブがあるものとして出力させてる」
「なるほどなるほど……分かった、それ試そう」
綾子がスマホで計算式を提示しながら説明をすると、それを頭に叩き込んでから恵は荷物袋から自身愛用の両手槍を持ち出して、それに生成した魔法陣を介して魔力を通した。その様子を見ていた拳児が恵に声をかける。
「何かあったらアレだから俺がやりますよ」
「何かあったらアレだから、拳児君はトラブルブレイカーとして待機してて」
「なるほど、分かりました」
恵が今やろうとしている事を理解している拳児とフランは、先程までのふざけていた様子を止めて真剣な表情で恵を見るが、恵はそんな2人に笑顔を向けてから槍をやり投げの要領で構える。
「垂直に投げるのは怖いから、山なりに投げるね、ほっ!」
恵はそう言いながら両手槍を可能な限り高く投げ、山なりの頂点に槍が届こうとした所で魔法陣を発動させた。次の瞬間恵は拳児達の目の前から一瞬で姿を消したが、すぐに上空から叫び声が聴こえてきた。
「すっごい魔力持っていかれたー助けてー!!」
「あ、ガス欠か」
先程まで地上に居た恵が、今は上空に投げた槍にしがみつき山なりに落下し始めた姿を見た拳児が軽く笑ってから、先程の浮遊魔法を自身にかけて上空へ高く飛び上がり、恵をお姫様抱っこの状態でキャッチしてから浮遊魔法でそのまま自身と恵を包み込む。落下のスピードが遥かに緩やかになった事で、恵がホッとして槍を抱きしめていた力を抜いた。
「ありがとう、拳児君」
「いえいえ。で、どうでした?」
「完全に引っ張られた感じで目の前にすぐ槍があったよ。本当に一瞬」
「そっか……そうですかぁ」
恵の解答に少し遠い目をしながら拳児と恵はゆっくり降下し、地面に着地した所で拳児は恵を地面に下ろし、恵が自分の足で立った所でフランと綾子が恵に問いかけた。
「どうだったの?」
「本当に一瞬だよ、音も何も無い、完全に一瞬。今は少しずつ魔力が湧いてきたけど、あの一瞬で使える魔力はほぼ無くなった」
「一瞬か、理論的にはそりゃそうなんだよね、光の速さだし」
フランの問いかけに恵が応じて綾子が納得しながら頷くが、視線を交わしてから4人ではぁ~と、とてつもない溜息を吐いてから拳児が口を開く。
「そりゃ高木さんも居なくなるわ!ワームホールを構築する物質転送魔法なんてあったらそりゃ古代魔導王朝の魔法研究するわ!!」
「当たり前と言われれば当たり前、実際に魔法でワームホールが構築できるんだったら、元の世界の日本までワームホール構築できるんじゃないかって話になるわよね」
「こればっかりは仕方無い、本当に仕方無いと思う。私も誘われたら一緒に行ってたかもしれない」
「修道女2人だったから高木さんだったんだろうけど、場合によっては私や菅原さんだった可能性は大いにあるね、行方不明者」
なぜ高木が行方不明になったのか、その見事なまでの回答が出た事に全員で納得しながら溜息を吐いて、4人で顔を見合わせて考える。
「え、どうする?高木さん追いかけて合流できる?」
「どこに行ったのか正確な場所は分からないわよね」
「世界に残ってる古代魔導王朝の遺蹟片っ端から当たってみる?」
「いやーそれも無理でしょ、世界全体に何個もあるんだし、虱潰しは一生かかるよ」
「んー、じゃあ向こうがコンタクトを取ってくるのを待つしか無いか」
4人で顔を見合わせ話し合い、やはり誘拐犯側からアクションしてくれないと当てがないという事で納得した所に、マリエルが苦笑しながら問いかける。
「で、その瞬間移動魔法で何が分かったの?」
「えっと、元の世界に帰られる魔法が構築出来る可能性と、古代魔法超ヤバい、危険って事。あともしかしたら、古代魔導王朝の生き残りが存在しているかもしれない、この大地じゃなく他の星の中で」
「ほ、他の星???」
マリエルの問いかけに拳児が洗いざらい正直に答えるが、その内容で一部理解出来なかった他の星という部分でレテスが首を大きく傾げながら問い返すと、拳児が苦笑しながら頷く。
「今の瞬間移動、あれは道標となる魔力を帯びた物体を射出すればどこまでも一瞬で移動が可能だから、地上からこの大地、星の外に向かって宇宙に物体が飛び出した所で瞬間移動すれば魔法を発動させた人とその周囲というか、宇宙船でも作っていればその宇宙船も一瞬で宇宙空間に飛び出せる。そこから魔力でも何でも推進力にして移動したり同じ要領で物質を光速以上で飛ばしてその地点に瞬間移動、なんてのを繰り返せば138億光年先の宇宙空間まで移動するのも全然夢じゃないんだよね」
「つまりこの魔法を構築した頭のおかしい集団は、今もこの星の上空に存在していても全然不思議じゃないって事なのよ」
「うわぁ、知らなきゃ良かったそんな話」
拳児とフランがしたり顔で行った説明に、ニアは心底嫌そうな表情で、面倒臭そうな話になったなと語るのだった。




