94 接触への端緒 2
お読み頂きありがとうございました。
《 Side : イザヨイ領内の街衆 》
船? が堕ちた。
何という非現実的な表現であろうか……。
そもそも、あのような大きさのモノが浮いているのが、信じられない。
そんな信じられないモノが、まだ二隻も空に浮いており此方に向かって来ているのだ。
我が眼を疑う光景だが、其れでも最初の一隻が墜落? 不時着? したという現実に、変更も変化もない。
認めがたい現実を曲解し、受け入れがたい事実を改変して、都合よく解釈する事など、当然ながら厳に慎まねばならない。
だが昨今では、こんな当然の事ですら出来ない者が多いのだと言う。
『見たいものを見て、聞きたいものだけを聞いて、己の論のみが正しい』では、視野狭窄の極致というものではないか。
冷静に現状を見極めようとする者がいる一方で、ある者は空を見上げて此方に向かってくる他の浮舟に注意を向けている。またある者は、地に堕ちた船の方へと様子を見に行く者もいる。
そして『何が起こったのか』が街中に広まると、徐々に騒ぎが大きくなっていく。
そんな時に、街長が主だった者達に招集をかけて対応を協議し始めた。
だが、いままでに見たこともない浮舟が相手、しかも其の浮舟がどうにも戦船のような外観をしているのだ。
突如に、軍用艦船と思しき船が来訪? したのだから、心中が心穏やかな訳がない。 しかも、其の滞空している二隻の他に、一隻が墜落? 不時着? した事から、事態がより混迷の度合いを深めている。
実のところ、こんな協議をしている時間があるなら、救助なりに出向いた方が良いのだ。墜落にしろ不時着にしろ、通常の降り方? ではないのは明白だろう。
しかも遠目にも煙が上がっている。端的に云って異常事態だと断言できる。
そんな異常事態に対応するためには、日常とは様相の異なる体勢で臨むのが定石となる。 という事で、まずは状況を把握するために、この街に駐留している守備隊と共に駆けつける決定となったのだ。
加えて近くで演習中である軍の中隊にも、街から伝令が向かう。
おそらくは、大音響と立ち上がっている煙を観て、中隊も街に向かっているはずであり、そう時間は掛からない筈だ。
最悪、交戦に至ったとしても、遅滞戦闘で時間を稼げればよい。
確かに浮船は脅威となるが、此方にも隠し玉がある。
先週、街に演習に訪れた『イザヨイ、驚異のビックリドッキリ機工人形!』たる、その名もマキナ装甲機兵である。
それが二個中隊も、この街の近隣での演習に出張って来ていたのだ!
マキナ装甲機兵を初めて見た時の街衆の感想と云えば『こいつァ~、たァ~んまげたなァああ~~?!』であった。
ちなみに『幼子達は大興奮! ついでに大きい子供達たる俺等も大興奮ッ!』てな具合で、マキナ装甲機兵に『まっしぐらに駆け寄った』ものよ……。
附言するならば淑女の半分も大興奮! ではあった。
そして残りの淑女の皆さまは、興奮しつつも俺等に呆れていたがな!
つまりは街衆の全てが多かれ少なかれ興奮に包まれたことになる。
そして演習域に向かうべく、巨人が隊列を成して進むという浪漫溢れるその光景は、今思い出しても心躍るッ!
こういうのを何と言うんだっけか?
ああ、ええ~……腹いっぱい……ではなくて、胸いっぱい?
昂る【たかぶる】、漲る【みなぎる】、迸る【ほとばしる】?
激熱?! 胸熱?! だっけか?
ま、まぁ……、なんにせよ血沸き肉躍る展開で感無量な訳だ。
そんな胸熱展開の源、驚異のビックリドッキリ機工人形たるマキナ装甲機兵一個中隊が、駆けつけてくるはず。
誰もが『こいつァ~、見物だぜェェエエーー~~!』と考えていたのは、言うまでもない。
そもそも内陸部にある街の街衆ゆえに、艦砲射撃という概念が乏しいのは言うまでも無い。ましてや上空からの制圧射撃という概念も当然ながら無かった。
従って、考えているほどに一方的展開にはなりようはずが無いのだが、どうしても『己の見知った常識の範囲内での想像』になってしまう。想像力にも限界があるのだから、仕方がない事なのかもしれない。
・
・
・
《 演習中のマキナ装甲機兵中隊 》
ドッゴォォオオ―――ンン~~……
街の方角から、とてつもない音が鳴り響く。
其れと共に、机の上に置かれた飲料の水面にもビリビリと微振動が伝わり波紋が広がっていく。
街からは、かなりの距離が離れているにもかかわらず、ここまで音と衝撃が伝わる程の大変事が起きたことになる。
軍士たる者、何時如何なる状況においても、適宜・的確に対応し、適切に対処をしなければならない。
また軍事という極限状況下で行動する集団は、大抵の事は自己完結している。
その為の人員と装備も揃っており、様々な訓練も受けているのだ。
そんな意思と能力があり、様々な訓練を受けた者とはいえ少数では、できる事も限られてしまうのも当然。
そうであるならば、縒り集まり纏まることで、より高度な真価を発揮する。
単純に手が増えれば、出来る事も増えるのだ。
だが分散している現状では、後手に回りかねない。
そこで、まずは分散している隊を集結せねばと思い立ち、指示を出していく。
――『こちら指揮中隊本部。演習中の各隊は、演習を中止し帰投せよ。
繰り返す、各隊演習を中止し帰投せよ』――
通信士が平文で緊急連絡をしている光景を見やりながら、状況を確認するために偵察隊を出立させるべく矢継ぎ早に指示を出していく。
それと共に、俺はある言葉を思い出していた。
――『戦いは数だよ、兄貴ッ! 数が揃えば次は質ッ、最後に気合いだ!』――
誰が云ったか、杳【よう】として知れないが、誠に至言である。
殊に精神論を最後に持ってくるあたり、よく『ワカッテいる』と云えるだろう。
先ず精神論をぶち上げる輩は多い。
装備類も整えず、準備もせず、方針も決めず、数も揃えずで、精神論を振り回す輩と云うのは雑音を振りまくだけの存在だと云えるのだろう。
順次に複数の偵察隊が出立していったのだが、程無くして、偵察隊の一つから分派された兵が戻ってきたと報告を受けた。
どうやら街からの至急の遣いの者と遭遇して戻ってきたようである。
「……つまり『船が堕ちた?』という事ですか……。なるほど?」
簡易ながらも、その街の者から口頭報告を聞いているのだが、俺の頭の中には『???』が乱舞していた。
なぜに『船が堕ちた?』という理解が及ばない表現になるのかが、まず以ってワカラナイ。
この報せを齎した街の者も、酔っているようには見えない。
それどころか、ここまで全力で駆け抜けて来たのか、息も絶え絶えで疲労困憊の態である。
それだけの緊急事態と云う事なのだろう。
確かに『船が堕ちた』のであれば、緊急事態ではある。
だが、そうなると次の疑問が生じる事になる。
その船が――、
『何時から、来ていたのか?』
『何処から、来たのか?』
『誰が乗っているのか? 誰が寄こしたのか?』
『何故、ここに来たのか?』
『何を目的に、来たのか?』
――それ等の疑問が、浮かぶのだ。
そしてその応えで、此方の対応も変わる事になるだろう。
これは未曾有の事態と云える。
もはや、悠長に集結を待っている段階ではないのかもしれない。
即座に動かせる隊だけでも、街に送るべきではないのか?
話を聞くと、一隻は墜落しているが、未だ二隻は空に浮いており援護に入る構えだと云うのだ。
こちらへの襲撃の意図があるとなれば、少数を派遣したところで各個撃破の危険もある。
また少数の派遣では、防衛力が無い、関心が薄い等と此方の意図を誤認したり、曲解したりする可能性が否定できない。
それこそ偶発的惨事に発展しかねない事態と云えるだろう。
即座に動かせる者だけでも動かすべきか?
それとも、集結してから向かうべきか?
正に……それが問題だ。
決断を迫られる……、どうする俺ッ?!。
・
・
・
現地集合という指示とも言えないような指示を追加で出して、まずは動ける隊のみで動くことにする。『平時の考えを基にして、有事の行動を決するのは危険である』と思い直したからである。
事は正に『急迫危急の事柄である』と考えての決断であり、全速で現地に赴くことにしたのだ。
そのため隊列が伸びて、マキナ装甲機兵の五機のみが突出していく。
随伴の歩兵は置き去りになる形になってしまうが、この際は致し方が無い。
とにかく急ぐべきだと、自分を納得させたのだった。
だが此の決断と行動は、正鵠を得ていたと判る。
なんと当該の船は『墜落ではなく不時着』であった。
また火の手が上がっていたが、それも収まりつつあるとの事だ。
そして何より想定外なのが、軍船らしき艤装と様態である事だ。
そして、そんな軍船に『何らかの動きがある』と云うのだ。
要するに、あと幾許かすれば『接触』せざるを得ないことを意味している。
此の『接触』が如何なる形になるかはわからないが、穏当にいけば『交渉』となるだろう。
だが、いくら街長とは言え、『浮舟を有する未知の勢力』と外交交渉の真似事までは出来ない。そんな権限も経験のない。
かと言って、全くの無視ともいかない。
其れこそ非礼と受け取られかねないからだ。
かと言って……、と云った具合に、街長の思考は無限の彼方へと旅立ちつつあった。
頭の中は堂々巡りなれど、その間にも時は無情に過ぎ去る。
そして相手方も、待ってはくれないだろう。
それでも街長は、此方に報せを持った使いが到達し、演習中の隊が駆けつけてくると見越して、時間の引き延ばしを図ろうとしていたようだ。
それでも、引き延ばせても数時間と云ったところ……。
如何にしたものか? と困惑していたところに、俺達が来たという知らせが齎されて安堵の表情を浮かべていた。
余りにも過大な重責を担えば、今でも寂しい毛髪が散り逝く事になったであろうことは、容易に想像がつくというもの。
なんにせよ、街長の毛髪は、俺の果断なる決断と英雄的行軍により守られたと云えるだろう。
髪を守れたのだから、次は街衆と街も護るのが軍士の務めである。
街長から概況を聞き及び、『はてさて如何にするか?』と悩んでいたところで、あちら側に明確な動きがあった。
不時着した艦から昇降用の階段が降ろされたのだ。
いよいよ『第一次接触【ファースト・コンタクト】』となる。
お読み頂きありがとうございました。




