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93 接触への端緒 1

 《 Side : 分遣隊 先の護民官 》


「ゥぐッ……」

 不時着した衝撃で、意識が跳びそうになった。

 朦朧とした意識を鮮明にしようと、頭を無意識に振りながら立ち上がる。


「止まった……のか?」

 横転もしていない。艦の傾斜もない。

 操舵手は、見事にその責務を果たした。

 良い腕だと断言できる。


 艦の構造も保ったようだ。流石は幸運艦と云ったところか……。

 艦橋を見回せば、各員が思い思いに身体を擦りながら、一様に安堵の表情を浮かべているのが観える。

 ただ艦橋部へも煙が流れ込んできていることから、火災は鎮火していない事が判る。


「各部署、状況を報告せよ」

 いち早く現状を把握しようと艦長が指示を出している。流石は歴戦艦の艦長だ。

 其れで判明した事だが、未だ火勢は強いものの重要区画への延焼は防がれているとの事であったが、それでも大量の煙が空へと上がっていた。

 再び空を駆けることが出来るかまでは、不明とのことである。

 歴戦の幸運艦たるトリアゾアが喪われるのは忍びない。

 なんとか修理されて再就役できる事を願うばかりだ。


 そんな事を考えていると、此方の安否を確認するためか、分遣隊の二隻が上空に回航してくるのが観えた。

 僚艦は山嶺に衝突するという難を辛くも逃れたようで、そこは安堵の一言だ。


 だが、こちらに向かってくるのは何も友軍艦艇のみではない。

 街からも、街衆が集まって来るのが観える。

 問題は、その意図だろう。

 救出の為か、はたまた略奪の為か……。

 なんにせよ、はじめての第一次接触となるのは間違いない。


 そこで、我らが採るべき方針は『融和的親交』か、はたまた『威圧的親交』か……。 いずれであるのか、まさにそれが問題となる。


 まぁ、僚艦が二隻、上空に占位しているのだ。

 遠巻きで此方を伺う街衆の姿からも、十二分に抑止効果を発揮していると云えるだろう。 事実、武装の面から見ても、そうそう此方が後れを取り、不覚の事態に陥るとは考えずらいと思う。


 ならば、かつての砲艦外交に倣って威圧的親交を命令するのも、一つの方策なのかもしれない。

 もしくは、初めは融和的に接しながらも徐々に地歩を固めていき、内部に協力者を仕立てあげて、侵蝕する方策も良いだろう。

 技術格差を押し立てて、此方を利用しているように相手方に錯覚させながらも、内部侵蝕を図るこの策は、かつてトライディアが近隣諸域を服属させる常套手段であった。

 このような手法と共に、恫喝と実力の行使も併用して首尾よくアトワイト連邦を成立させ、主導権を握ったのだ。

 トライディアの権益を伸長させる際には、当事者同士での単独対話と称して、国力の差を押し立て威圧し譲歩を迫る。

 同じくトライディアの権益が損なわれそうになると、アトワイト連邦全体の問題として多国間対話を強行し、牽制して撤回なり緩和なりを迫るといった具合だ。

 二枚舌・三枚舌は当然で、ときに背反する取り決めすら取り交わす。

 または第三者を撒きこんで対立を煽った挙句、現状を観るに時期尚早と先送りを図りつつ策謀を練る等々、まるで息をするように相手を翻弄し、弱体化を図っていくのだ。

 悪辣とも言えるが、それが政治とも言える。

 もっとも近年では、そんな悪行と悪辣な手法が悪名と共に広まり、トライディアの『信用と信頼』に翳りが差している。

 更には頼みの綱の『国力の差』も埋まりつつあった。 

 様々な場に赴き、幾度も交渉を経験した私ですら、構成国から投げかけられる不信感が宿った視線が、地味に堪えるのだ。 

 交渉の端緒から、既に『うさん臭い』と思われ、『騙そうとしている』と疑念を向けられているのだ。 

 これが交渉をどれだけ難しくしているか、民達は想像できるだろうか……。


 無どころか、負【マイナス】から始まる交渉。


 崩れ行くかつての栄光を妄信し、空々しい称讃に耽溺する。

 公僕が己の立身のみに固執し、上役の歓心を買おうと美辞麗句で磨き上げた虚ろな成果を誇張し、上役も実態の無い輝かしい成果として公に喧伝する。

 そして、それを疑うことなく信じるあまり、考える事を放棄した無垢なる民達。

 『現実は常に厳しく、そして苦い事』を都合よく忘却し、耳障りの良い成果のみを渇望するという負の連鎖。

 『平和と安定』という誰もが希求する概念と、そんな影に隠れた思考停止とも言うべき罠に自ら飛び込み、その場限りの場当たり的悦楽に身を委ねていく。

 虚栄心を満足させる欺瞞、豪華絢爛たる虚飾に満ちた繁栄。

 『そうであって欲しい』と願う願望は、何時しか『そうでなければならない』という捏造にすり替わり、やがては意に添わない事実や真実を忘却し、忘却できなければ編集・編纂・改竄を経て『そうであるべきだ』と他者へと強制する。

 受け入れなければ、その相手を高尚な理念を理解できない愚か者と断じて、その存在すら否定する。

 ただただ阿諛追従【あゆついしょう】を求め、曲学阿世【きょくがくあせい】の徒を集めて、無限の礼賛に耽溺する事を熱望していく。


 これでは生きる屍を造り出し、苦難であっても前に進もうとする者達を押し留めているのと同義ではないか?


 そんな局面を幾度も見続けて、私は『ああは成るまい』と誓ったものだ。

 それと共に、私はある結論に達したのである。

 それは、結局は成功も失敗も広く周知し、また交渉に当たっては『誠実に勝る交渉は無い』という至極もっとな結論だ。


 若気の至りとはいえ、かつて初めて交渉を任された際の私を、今の私が見たならば『天を仰ぎ、嘆息の後に縊り殺していた』と確信するくらいには、傲慢【ごうまん】な態度であったと断言できる。


 国力を拠り所とする砲艦外交の真似事は慎むべきだが、かといって無責任に無防備なままでよいとも、無定見に軍備を軽んじている訳でもない。

 交渉をするにも、相手を席に着かせる必要があるのだ。


 実力を行使する事で、大願や望みを成就をさせようとす輩は、何処にも当然ながらいる。

 そして、それが『此の世の常』ならば、そんな暴虐の輩を打ち倒して制圧し、交渉の席に着かせる実力は必須となるだろう。

 それどころか、暴挙を思い止まらせる抑止力としての実力を保持しなければならない事も、また『此の世の常』と云えるだろう。

 そして交渉の席に着かせた後に、如何なる交渉態度で臨むかは相手次第となる。

 だが、少なくとも『交渉の端緒くらいは、誠実でありたい』と私は思うのだ。

 さりとて『誠実でありたい』からと言って、何でも相手の横暴な要求を受け入れる訳ではない。

 此方を舐めて侮り、戯けた相手の要求には毅然として拒否し、必要とあれば鉄拳制裁をも辞さない。逆説的に、そこまでの覚悟を示して初めて相手も此方を信用するのだ。

 牙も無い、爪も無い、意志も無いでは、たとえ約定を取り交わしたとしても、外部からの要因で容易にその約定を破るだろう。


 何時でも、そして何時までも、手を差し伸べられるのが『当然』等と考えるのは傲岸である。

 それはその手を握る側の驕った【おごった】考えであり、手を差し伸ばす側もそれなりの覚悟と決意がいると云う事を都合よく割愛している。正に不遜の極みだと云える!


 だからといって、何でもかんでも舐めた要求に応じていれば、与しやすいと誤認される原因と成る。

 波風立てないことを望むあまり、安易な譲歩や妥協を繰り返す事は、気分的にも心地よいだろう。

 ……だが、受け入れられない事案が必ずや出てくる。

 そして軋轢が発生し、やがては双方に不満が鬱積していく。

 そんな事が繰り返され、延いては当事者間の紛争と内部争乱の遠因とも成り兼ねないのだ。


 この他にも、懸念となる胎動の萌芽がある。

 それは、昨今のアトワイト連邦内で殊更になぜか大声で主張される『無定見な軍事の軽視』なのだが、私はこの考えには与しないと断言する。

 信用や信頼と同じく、軍備が一度失われれば、再構築するには途方もない時間がかかる事になる。

 再構築出来ればまだ良いが、再構築すら出来ずに歴史の徒花として消えていき、今はもう史書の中にしか存在しない勢力の何と多い事か……。

 まぁ、そういう風に追い込んだのは、かつてのトライディアではあるのだが……。

 なんにせよ、『外交と軍事は表裏一体』なのだという事を決して忘れてはならない。

 此れが、浅学非才な私が学び得た数少ない理となる。


「艦長、僚艦との連絡を密に保ちつつ、地上戦闘の用意をしてください。 其れと、街衆との交渉には私が赴きますので、護衛を借り受けたい」


 艦長が、私の目を凝視してくる。

 決意は固いと見極めたのか、無言で頷いたのが観えた。

 そして振り返りながら護衛の手配をしてくれる。


 はてさて、この先の展望がどう転ぶかは私でも判らない。

 だからこそ『交渉の端緒くらいは、誠実でありたい』と考える。

 そのためにも、まずは街衆が交渉の席についてくれなければ、『始まり様も無い』と云える。だからこそ、此方の様子を伺っているあの街衆が、理性的な者達である事を切望したい。

 少なくとも理性的な者達ならば、『有無を言わさず、いきなり攻撃!』という事もあるまい。

 もっとも攻撃されたら、こちらも応戦するしかないのだが……。

 その結果は、双方にとって目も当てられぬ惨状となることだろう。

 街への被害もそうだが、我ら移民船団も怪異溢れる地での困難極まる開拓となる。  


 そんな暗澹たる事態は、出来れば避けたいものだ。 

お読み頂きありがとうございました。

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