95 第一次接触【ファースト・コンタクト】
《 Side : 不時着した重巡洋艦トリアゾアの艦内 》
遠景にヒトらしきものが観えている。
私達が艦から降ろされた昇降用の階段【タラップ】を伝い降りていくのを見たのか、あちら側からも代表者が赴く為に歩みを進めるのが観えた。
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昇降用の階段【タラップ】を伝い降りながらも、現況を整理していく。
艦内の火災は、火勢は収まりつつあったが依然として火の手は上がっており、鎮火には至っていない。そのためか艦内には未だに煙が漂っている。
また不時着の衝撃からか、結構な数の負傷者も出ていた。その上、艦自体も損傷を被っており、直ぐに離陸してこの場から離れる事は出来そうにないとの事だ。
また医務室では重傷者への治療が優先されており、自分で動ける負傷者や軽傷者等は一旦、艦外へと搬出されていく。まずは艦内通路を開通させて移動路を確保しないと消火も復旧作業も救出も出来ないからだ。
そして、艦外へと避難した乗員達が負傷者に応急処置を行っている。
それと共に、各部署の点呼と人員の確認もが行われていた。
確認と云えば、私達が昇降用の階段【タラップ】を降りる前に、舷側から遠見筒【望遠鏡】で遠巻きにこちらの様子を窺っている街衆を観察したところ、武装した者が僅かではあるが確認されている。
この事が意味すること、それはつまり『戦い』に備えているという事である。
これは何も私達に敵意を向けているというよりも、この街の周辺にも『何らかの脅威が存在している』ということなのだろう。
だが、それが何なのかまでは判らない。
それでも戦いに備えるという『意志がある』ことだけは、疑いようがない。
まぁ、何れにせよ、我らとてあの街衆と何らかの接触を図らねばならない。
街の近傍に不時着したのだから、『状況の説明くらいはしておかねばならない』のは当然だ。
馬車の無断違法駐車でさえ迷惑千万なのだ。 ましてや所属不明の艦が、街の近傍に不時着し無断停泊しているのだから、迷惑千万どころの話ではないだろう。
それにもかかわらず『何の話も通さない』では、徒に【いたずらに】刺激し、警戒心を煽っているのと同義だとさえ言える。
それどころか、更なる事態の悪化を招きかねない。
そんな事は無論の事、避けたいし、避けるべきだと断言できる。
この地に不時着した事も重大な事態ではあるが、我らには後続の移民船団もいるのだ。 此処で無用に敵対しても意味がないハズだ。
それどころか、衝突ともなれば後々にまで不協和音が鳴り響くことに為り兼ねない。
(……まぁ、彼我の戦力を鑑みれば、敗けるとは到底思えないのだが……。それでも『敢えて不確定要因を増やすべきでははない』と考えるのは当然の事だろう)
それ故に、慎重にも慎重を重ねて、相対【あいたい】せねばならない。
その端緒となる第一次接触が行われようとしている。
ならば『第一印象は、すごく大事ッ!』と判断するのも、また当然の帰結と云える。
そんな思索の果てに、私はある結論を不本意ながら得たのだ。
そしてその結論を実行するために、割り当てられた自室に据え付けられた鏡に一大決心の下、止むを得ずに相対すると云う仕儀に至ったのである。
私事ではあるが、実は……私は、鏡はキライだ。
殊に幼少期の事故で左目の視力を失ってからというのも、今迄、鏡に映る己の鏡像をまじまじと真面【まとも】に見た記憶がない。
一応、外交官の真似事らしきことをしていた都合上、身嗜みの確認くらいはするが、それとて服装の確認くらいで己の貌を凝視する事などない。
其れこそ流れるような早業で、一瞬見るくらいだ。
だが、いまはそんな私的な感情に拘泥する段階ではない。
事ここに至っては移民船団の行く末に係わる大事であることから、『万難を排し、かつ万全を期す』ことは当然となる。
今迄は化粧などはお付の者に任せていたが、いまは私のみしかいない。
いつも側にいてくれるお付の者は、不時着の際に腕を盛大に強打してしまい、重度の打撲を負うていた。
そして今は艦外で応急処置を受けているのだ。
そうである以上、化粧という性質上、どうしても顔全体を観ざるを得ない。
意を決し鏡を覗き込んだが、無意識に白くなり光を喪った左目を観ることを避けるようとしてしまう。
これではイカンッ!
軽く眼を瞑り、息を深く吸い込み息を整えていく。
そして再び目を見開き、鏡像の自分の視線を配する。
「……。ふぅ~~……」
万感が籠った吐息を吐きながら、鏡に映った己の貌に手を伸ばし、映っている鏡像を柔らかく人差し指でなぞっていく。
やがて鏡像に映っている左の眼にも指をやり、そしてそっと手を戻していく。
今しがた観た現実を受け止めるべく、再び目を閉じ大きく息を整えた。
いま私の頭の中に思い浮かんでいる像は、先ほどまじまじと観た自分の鏡像である。
白くなり光を喪った左目は、かつての見覚えのある茶系の瞳の色を宿していた。
厳密には、やや右の瞳の色合いと違う。
なんというか茶に金を強く混色した様な色合いと云うべきか……。
「……(う、うそでしょ!? あれェーー~~ッ?! な、なんでェェエエ~~ッ?!)」
これぞ挙動不審ッ!
絵に描いたような動揺ッ!
しかし狼狽えてばかりでは、いられないッ!
第一発見者でかつ容疑者、そして実行者のような顔色をしながら再び眼を開き、意を決して鏡を覗き込む。
そして確と鏡像の己の貌と瞳を指でなぞって確認するが、ふとある事に気が付いた。
『逃がしはしない!』という気魄と共に、信じられない速さで鏡台の縁に掴みかかる。そして貌を鏡に近づけて、映った己の貌を睨みつけた。
「いや、いヤ、イヤ?! なんでェェエエ~~ッ?!
なんで、そうなるゥん?
し、視力が戻っている?!
まて、マテ、まてェェ~~イッ! マテぇぇ~~いッ!
いやいや、そうはならんやろ?!」
語調がおかしくなり、息も乱れていく。
「だが、なっとるがな!?
……なっとるけど、いやいや、そうはならんやろ!?
なんで、そうなるゥんよ?!」
己が口にした問いに、己で突っ込みながら応じるも、頭の中では『???』が乱舞していた。
現実が認識から乖離しているのか、それとも現実から認識が乖離しているのか……。
大声で叫ばなかっただけでも、賞賛に値するほどの衝撃であった。
「これは……、いったい何がどうして、こうなっ……た?
ゥん? ……お肌の張りと艶が? ……ハハ……、嘘でしょ……、若返ってる?」
ペタペタと貌に手をやり、頬を撫でてみたり押してみたりと感触を確かめていく。
それと全く同じ動作を鏡の鏡像もしているのだが、それが疑わざる現実であることを示していた。
おい、オい、オイ!?
さすがに、これはヤベエェェエエよッ!
いくらなんでも此れは、やり過ぎだッ!
学会発表どころか実験室送り……。
いや、それどころか、解剖案件だぞ……これはッ?!
学術の発展という崇高な理念ではなく、若返りという切実な欲望の名の下に、迅速かつ確実に解剖が遂行される所業が、眼に浮かぶ!
そして『薬瓶に薬剤漬けで保存される』そんな悍ましい絵図すら、明確に思い浮かぶのだ。
何より恐ろしいのが、そんな惨状が想像や明晰夢としてではなく、確実に迫りくる不可避の現実だと明確に判ってしまう事だ。
加えて、なぜか先程から『語調と口調がオカシイ』のも気に掛かる。
『健全な精神は、健全な肉体に宿る』と言うが、『肩こりも腰痛も片頭痛も無い』ことから『健康っちゃ健康だ』わな、確かに……。
だがだ、これは流石に不健全、いやこの場合は有害とすら云えるだろ?!
『なんで若返る』んよッ?!
これは、つまり私の『語調と口調がオカシイ』のも、若返るという『不健全』な事象に起因しているって事か?
そりゃそうだわな……。誰がどう考えたって『四十七才が二十才くらいまで、巻き戻っちゃ【ロールバックしちゃ】不健全』だろう。
それとも何か、『物事の評は、考え方次第、見方次第、捉え方次第、感じ方次第』で、変幻自在のご都合主義って考え方か?
いやいや、どう考えてもそうはならんやろ!?
『若返っている』んだぞ、物理的というか生物的に?!
これはマズイって!?
一体全体、これは『なんの試練なんだよッ?!』って話だ。
試練てのは、挑む者に『試練を越えようとする意志と超えられる能力がある』という前提があるから『試練』と称されるのだ。
解剖ありきな上に、絶賛殺意増量中【当者比】の確殺・必殺・滅殺含みの事象なんざ、それは試練ではなく『罠』だろうが!
しかも恐ろしく複雑で手の込んだ罠……、『私じゃなきゃ、見逃しちゃうね』なんて言葉が、脈絡もなく思い浮かぶ。
……ま、まぁ……斯くいう私も『若返っている』んだから、術中に嵌っているんだが……。
――『くくく、全て判っていますよ。全ては計画通り』――なァ~~んて、大所高所から意味ありげに一人で宣って己をも欺こうとするも『若返った』事実に変わりはない。
さまざまな思いと共に混乱した思考が私を苛むが、時間は無情にも過ぎていく。
そして扉をノックする音が、この私を現実へと引き戻すのだ。
「閣下、相手側に動きがあります。そろそろお願いします」
「わ、わかった」
そんな返事を返すが、ふと疑問に思った事がある。
私はいつから『若返っている』んだ?
つい先程、不時着の衝撃で『若返った』とは到底思えないのだ。
扉の向こうの者に、き、聞いてみるか? だが何と聞けばよいのだ?
――「ねェ……、私を見てどう思う? いつから若くなっているのかしら?」――
とでも、聞けばよいのか?
事情を知らない者が聞けば、何という自意識過剰な問いに聞こえるだろう……。
しかも今、ドアの前にいるのは、艦長が気を利かせて付けてくれた女性士官である。
――『若返った』であろう自分をどう思うか? ――などと聞くこと自体が、「ね? ほら、簡単でしょ?」と、瞬きするのと同じくらい容易に難問を解いておきながら、屈託の無い無邪気な笑顔と共にほざくあの台詞と同じだ。
あの台詞の真髄は、無意識ゆえに悪気すら微塵もない煽りにあると云える。
つまりこの『若返った』であろう自分をどう思うか? という問いは、そんな無自覚な最上級の煽りだと断言できる!
女性という身でありながら軍籍にあり、更に艦隊勤務という激務をこなしているのだ。 常に緊張と共に在り、更に身命を賭してでも軍務に就く者が、そこまで事細かに美容にまで気が回るとは思えない。
迂闊な一言、間合いを一歩どころか半歩間違えても、刺されるかもしれない……。
私に起こっている事象は無視だ、完全に無視するしかない!
見なかった事、気が付かなかった事で押し通すしかない!
いまは第一次接触と交渉を始めるという一大局面を迎えようとしているのだ。
ここで私が拘禁されたり、討たれて斃れる訳にはいかないのだ。
まずは万難を排して、この交渉を纏めなければならない。
そんな事を考えながら、通路を通り上甲板のデッキに上がっていく。
そして艦長と簡単な打ち合わせをした後、気を引き締めてタラップを降りていくのだった。
その際に、ちらりと周囲を窺うが、私に向けられる奇異な視線は無いように思われる。
『視力の回復』と『若返り』に気が付いていないのか?
何か……、違う意味で不安になるのだが……。
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《 Side : マキナ装甲機兵中隊 先遣隊 》
マキナ装甲機兵は後方の程近い森林帯に隠してある。
いきなりあの機体を押し立てて威圧的に接触を図れば、拗れてしまうと考えたからだ。
それに現時点ではマキナ装甲機兵は、極少数しかいない。
この現状では、逆に侮られかねない。
だが、時間は常に『我らに味方している』とも云える。
追々に、中隊の各機も駆けつけてくるのだ。
また俺自身も、現在の状況が『未知の勢力に属する浮船の不時着』という未曾有の状況であると確認した事から、イザヨイ本宮に至急電で『戦力増強と外交担当者の派遣』を要請している。
今頃は、大慌てで編成に取り掛かっているハズだ。
もしかしたら、もう進発しているかもしれない。
まだだとしても、あと数刻もすれば進発するはずである。
夜通しの緊急展開と行軍で二日かもすれば、ここに到着する事になる。
言い換えれば、『戦力の派遣と増強が確実に図られている状態』だといえる。
ましてや、近隣の駐屯部隊が増援として駆けつけるとなれば、一日掛からずに戦力増強が実現する事になるのだ。
それらを鑑みれば、いまは『無用な刺激を与えるべきではない』という結論に達する。
なにせ、上空には戦闘艦艇と思しき二隻の浮船が滞空しているのだ。
無用な刺激を与えて、攻撃でもされたら被害が街にまで及んでしまう。
時間さえ立てば、戦力比でも逆転し始めることになるのだから静観一択だろう。
静観一択とは言え、このまま放置という訳にもいかない。
ならば時間稼ぎを兼ねて、相手方の目的と意向を確認せねばなるまい。
要は、俺が変な言質を取られたり、無用に刺激したり挑発しなければ良いのだ。
端的に云って『現状維持で引き延ばせればよい』という事になる。
そう考えれば、幾分なりとも気が楽になるし、気分も落ち着くというもの。
そこで、まずは『顔合わせ』という事になる。
そのため、彼我の中間地点に向けて歩みを進めていく。
此方の意図を察したのか、相手方も代表者を送るようで、船の舷側に掛けられた階段【タラップ】を降りてくるのが遠景に観えた。
緊張の初対面に臨むべく、歩みを進めていく。
そして、おおまかに彼我の中間地点で、その歩みを停めて相手方を待つことにしたのだ。
待つ間にも、簡易ながら持参した吹き抜け式の大きい天幕が張られていく。
さすがに露天で会談という訳にはいかないとの判断からだ。
サクサク設営して、さっさと会談に入るとしよう。
のんびりしていると日が暮れてしまう事になる。
事実、既に日は昼中【ひるなか】を過ぎ傾き始めているのだ。
この事からも、本格的な交渉事は明日以降になるハズだ。
まずは警戒されないように、礼儀正しくも思慮深い面を前面に押し立てて第一次接触を図り、『ほォ~~、こいつデキるなッ!』と思わせなければならないッ!
様子見の探り合いからの第一声は、相手方の代表らしき妙齢の女性からであった。
この女性、目力【めぢから】が途轍もないほどに強い。
加えて、知性の輝きと智慧の深さを湛えた上に、物事の全体と細部、本質を見通す眼力【がんりき】まで兼ね備えている。
誰が観ても一目で『ほォ~~、こいつデキるなッ!』と言う感想を抱く事、受け合いの女性であった。
まさにお付の護衛達とは、明確に一線を画していると云えるだろう。
これは侮れない。
心してかからねばと、己を律し背筋を正していく。
そして始まった会談の要旨といえば、こんな感じである。
まず相手方から自己紹介が成され、此方も自己紹介を行う。
そして正式な外交担当者が後日、此処に参る事も附言し、相手方の了解を得たのだった。
次いで相手方からは、まず以って、止むを得ずに不時着した事で街衆に不安を与え、かつその庭先を騒がせてしまった事の謝罪の弁が成された。
此方としても驚きはしたが、特段の被害が無い事を申し送りする。
加えて、不時着という現状を鑑みて、此方から必要な物資などの提供等といった支援を申し出ていく。
この申し出は相手方からも感謝されて、飲料と食料、医療品に衣服といった品々の支援を打診されていくのだった。
そこからは、取り交わされる穏当な言葉の数々が行き交い、穏やかに時が過ぎていく。
そして翌日の会談を約して、いざ散開になる段において、何気ない別れの挨拶の一言が一波乱を招いてしまったようである。
「イザヨイ・リン殿。いま、なんと仰られたのか?」
「はい? あ、いえ、護民官殿ほどの『うら若き才媛』は、そうは見かけない。自分は浅学菲才の身ゆえに、貴殿の『爪の垢を煎じて飲む』ほどに、私も研鑽を積まねばならないな……と」
「……(『私が若い』だと?! こ、こいつッ?! 私が一番どころか特上で触れられたくない話題を、触れるどころか遠慮会釈もなく大振りしてきやがった! このクソガキがァ~~ッ!)」
「……(あ、あれ? 睨まれている? な、なんで?!)」
――『郷に入らば郷に従え。所変われば、常識も変わる』――とはいえ、勝手に墜落、不時着したのは其方なのに、なんで睨むの?!
もしかして『お若い』というのが禁句相当とか?
『お若い』が『お前じゃ役不足』って意味に該当するとか?
それとも『爪の垢を煎じて飲む』のが婚姻の申し出とか?
これは、もしかして『第一印象が最悪ッ!』に該当するのでは?
『貴殿如きじゃ、俺様との交渉役として役不足なわけよ、おわかり?』とか、苦境に乗じて『うへへへ、俺様がお前を娶ってやるよ! 有難く思えよ! グへへ~~』と強要している様に見えるとか?
なんという悪の美学の欠片すらない三級悪役の小物感。
冷静に考えれば、もしかしなくても『第一印象が最悪ッ!』に該当するのでは?
それに、これって……たとえ巧く治まったとしても『手ごわい交渉相手【タフ・ネゴシエーター】』から、取扱注意の『堅物、難物』に昇格してしまったのでは?!
というか、盤上遊戯で云うところの『先手初手、投了』って感じ?
多分、そんな規則・規程は盤上遊戯には無いのだろうけど、何にせよ知らずに相手方の禁忌事項に触れて嬲って舐って弄んで辱めて蹴り飛ばしたって感じだろうか?
あれェェええ~~? ヤッバァァ~~イッ!
いやいや、初日の初手で、これはマズイですよッ!
何としても『挽回の一打、起死回生の一撃』を相手方の担当者殿に喰らわせなければならないッ!
明日以降の会談で、何か歓心と共に『心の琴線に触れる提案』をして、仕切り直さねばならないッ! できればイザヨイの外交担当者が来る前に和解したい!
な、何かないか!? この際、何でも良い!
なにが――『変な言質を取られたり、無用に刺激したり挑発しなければ良い』――だ?!
落とし穴の薄板を盛大に踏み抜いて、自分で自分を窮地に追い込んでしまった!
なんてこったッ?!
お読み頂きありがとうございました。




