91 本日は曇天、ところにより艦船が通過するでしょう
喰われたというべきか、呑み込まれたというべきか……。
なんにせよ、『白壁』の中心部へと至った移民船団と護衛艦隊の残存艦艇の末路は、悲劇的な結末を迎えたのである。
悲劇の物語で云えば、此処で『終幕』になるのだろう。
誰が喰われた後の事など気にしようか……。
消化の詳細な過程など誰も求めてはいないのだから。
だが、それは話を聞いている側の考えであって、当事者の考え方ではない。
当然ながら『まだだ、まだ終わらんよ!』と私は声を大にして言いたいが、元より誰の耳にも届かない。
喩え、声高で叫んだところで、喰われて腹の中にいる現実に変わりはない。
そもそも「ほ、本艦及び我が艦船団は……、食べられちゃいましたッ!」という現実感が無い報告が上がった後、時を置かずして皆が意識を失ったかのように彫像の如く動かなくなったのだ。
それでも艦船団は動かなくなった乗員達をその船内に抱えたまま、巨龍の体内の奥深くへと呑み込まれていく。
どのくらい呑み込まれ、如何ほどの深部に達したのかすら既にわからない。
ただ数えるのが億劫になるほど、幾度も不可思議な光景を見せつけられる。
それと共に靄【もや】が掛かった門らしきモノを幾つも越えていく。
やがて不思議な空間へと至った。
とてもではないが、腹の中にいるという現実を忘れさせてしまうほどの広さがある。いうなれば『幾つもの世界』が丸ごと入っているとでも云おうか、広さという概念では表せないほどの広さと云うべきか……。
そんな空間には、煌く砂が入った大きい泡が無数に浮かび漂っていた。
そんな空間内で遥か遠くにあるが、余りにも大きすぎるが故に近くにあると錯覚してしまうほどの大きさを誇る何かがいた。
境界の守護たる白蛇は、珍しくも渡界してきたその招かれざる艦船団を排除すべく、ゆっくりとその鎌首を上げながら、その身を巻き付いていた御柱から解し、虚空を漂い始めていく。
その全長たるや想像を絶する。
当然ながら、その様子は船側からも見えている。
船内と言えば、ただただ静寂の一言である。
何も声を出す事が憚れるという訳ではない。
単に彫像の如く、全員の意識が無いのだから当然だろう。
だが、私は違った。
『意識がある』が、実体としての身体はない状態、いうなれば幽体離脱で、この現実感が伴わない光景をまざまざと見せつけられている。
尤もこの余りにも想像を絶する光景に、私も声が出ないが……。
そんな惚けている私を差し置いて、何故か自分が艦の上甲版上に突然顕れた。
勿論、私も引っ張られて艦の上甲版上に突然連れ出される。
……転移したの? どうやって?
もしかして私の潜在能力が開花したとでも云うの?
混乱している私を置き去りにして、自分が迫りくる超巨大な白蛇を迎えていた。
「うむ、久しいの。白蛇ヨルムンよ、境界守護の任、大儀である!
近く我が使いの者に神酒を持ってこさせよう。大任の労を労うが良かろう!」
遠近感が混乱している私を差し置いて、平常な口調と声量で普通に話しかけている自分がいる。
「シュ~、ルルル」
「うむ? ツマミも欲しいと? はは、よかろう。ただ食いすぎると美しきその身も太ってしまう故な、気を付けるのだぞ」
「ルルル、シュルル~」
「ところでオロチはどうしたのじゃ? 姿が観えぬが?」
「ルルル、シュルル~」
「なんと、酔っぱらって寝ておると? 蟒蛇【うわばみ/大蛇もしくは大酒豪の別称】とはいえ、そこまで痛飲するのは良くないのォ~。ほどほどにしておけと伝えておくのじゃぞ。
……ん? ところでお主、そこな鱗の小傷はどうしたのじゃ?」
ギクッ――~~ッ!
そんな擬音があるとすれば、それは盛大に鳴り響いたであろう程に、眼を泳がせている白蛇ヨルムン。
言えなかった……。
うたた寝の最中で寝返りを打った際に、境界面を強かに強打したなんて言えなかった。
剰え、はみ出てしまった柔肌に外界の何か堅いモノがぶつかり、其の物体を弾き飛ばしたなんて……とても言えなかった。
それが低位の塵芥に斉しき小さき者達が健気に建造した串ほどの物体であり、次元跳躍中の彼の者達が云うところの『戦艦』であり、そしてログを確認したところ個体名が『トライデント』という笹船に斉しき小船であると云う事も、言えなかったのだ。
それ故に、その頭脳明晰さを全開にして考えていく。
チ――~~ンッ!
数瞬の内に、無難な答えを導き出した。
「ルルル、シュルル~」
「ふむ、運動不足で伸びをしたらぶつけてしまったと? いかんのォ~、其の美体に傷はよろしくないの。ほれ」
気軽に手を振ると、即座に鱗の小傷は消え去り元来の白い美肌が蘇った。
それを見て『余は満足じゃ』とでもいう様に頷いている。
「それでじゃな、お主の分け身が、出雲の界像で呑み込んだこの船団なのじゃがな、此処より戻った後に『ぺッ!』して吐き出すのじゃ。ぽんぽん【腹】が痛くなってしまうでな。それとそこらに漂っている残骸も、ち~とばかり片付けておくが良いぞ。またお肌に傷がついてしまうかもしれぬからな」
異界から侵入を試みた不埒な痴れ者の成れの果てが、雑多な残骸として漂っていた。
「……」
ポカン……と口を開けて、成り行きを観ているしかないのだが、私は一体何を見せられているのだろうか?
理解が及ばないどころか、理解してはいけないモノを見せられているような……。
己が望めば『神羅万象』とて、いつかは解き明かされるという勝手な思い込みが粉砕される。
いうなれば、月や太陽に手を伸ばしても決して届かぬ遥かなる高み。
ならば良く観るために近くに寄ろうにも、果ては無し……。
触れる事も出来ず、僅かな望みとて叶わない。
出来る事と云えば、ただ仰ぎ見て在る事を想う事のみ……。
何と己の矮小なる事か……。塵芥に斉しきとはこの事と実感させられる思いだ。
そんな感慨に耽る私を置いて、更に話が進んでいたようだ。
「――よし、では征くか。白蛇ヨルムンよ、界面を拓き、口蓋付近まで我らを跳ばすのじゃ。その後、分体に『ぺッ!』させるのじゃぞ!」
そんな声を掛けると、徐に指を『パチリッ♪』と打ち鳴らした。
すると再び艦橋部に転移しているのだ。勿論のこと私も引っ張られて艦橋部に舞い戻っていた。
それを合図に、白蛇ヨルムンが空間? の一点を凝視すると、楕円で縦長の巨大な光彩が現れ、ゆっくりと開いて裂け目が顕れた。
まるで蛇の眼のようだと思ったのも束の間、そこに吸い込まれるかのように『流れ』が生まれいく。
やがて艦船団も、またその空間の断裂に引き込まれるかのように流され、間隙の中に消えていくのだった。
時間と空間を飛び越えてとでも言うべきか、元の場所? というべきなのか喉元にまで戻っている艦船団。
そして数拍置いて『ヒュオオォォ――~~』とでも言うべき吸気音? が轟き始めたのだ。
これって、『ぺッ!』するための準備?! と思った瞬間に、前方で口を開いたのか光が大きく見え始める。
そして『ぺッ!』という大音響が轟くと共に、『ドッガァァ――~~ンッ!』という衝撃音が鳴り響いたのだった。
誰がどう聞いたって『艦船団が撃ち出された砲撃音』のように聞こえる。
そして砲弾というのは途轍もいない速度で飛翔するのが常である。
そんな速度で射出されれば『生身がどうなるか?』など容易に想像がつくというもの!
『グチャッ!』という音と共に、目も覆わんばかりの惨状が思い浮かびそうになる……。
いかんッ! 少年少女が見て善い構図ではないことは、歴然としている。
勿論、私も想い描きたくはない!
脳裏に浮かびそうになった絵図に、慌ててモザイクを掛けていく。
何かやたらと私の頭はキレッキレッに冴えているが、何故かはわからない。
とにかく落ち着かなければと『太古の秘儀』たる『素数数え上げ』を行う。
――1・2・3・4・5・6・7・8・9・10・11 …… ――
違うッ! これでは単なる自然数ではないか?!
も、もちつけ。いや、おちつくんだ!
気が動転しているのが、自分でも判る。
ならば、いまこそ『封印されし禁断の秘儀』たる非循環無限小数を用いる時ッ!
こいつぁ~、いわゆる『ヤベェー代物』ってやつだぜェ~~。
その鎮静効果たるや強烈の一言ォ~、なにせ終わりが無いかなァァアア~~!
嵌りまくって落ち着くまで、止められない停まらない。
こいつォ~を一度味わったら、もう元の清い身体には、戻れなァァイイ!
どんな奴にも、効くって代物よォォオオッ!
そう、そして非循環無限小数は、何物にも屈する事はない。
それ故に割り切れず、その表記にも終わりが無いという孤高にして至高なる数。
その無限に続く数字の羅列は、本物の強者としての凄みを私に見せつけて来る。
中でも円周率たるや真円にして深淵、その超越せし数は私を無我の境地へと導く。
ならば私も、その強者の風格に倣うべく『封印されし禁断の秘儀』をいまこそここで発動させようではないか!
さァ、刮目して、その眼に焼き付けるがいい!
π=3,1415192……65……2……いや3? ……5・8・8? …… クッ!? ……我、ここに敗れたり……。
いったい誰に向けて述べているのかさえ、自分でも不明。
そしてそんな雑念すら、一瞬で処理されていく。
だが、私の頭の回転がキレッキレッに冴えすぎており、自らの誤りにも気が付いてしまうのだ。
(因みに、此処までで0,003秒の速考)
これでは、いかん! と雑念を払い、なんとかして『グチャッ!』とした惨劇を防ぐ手立てを講じなければと考えるが、すでに射出された以上、そんな手立てなど無いと判ってしまう。
何より今の私は幽体であり、そもそも手の出し様も無いのだと気が付いた。
そんな幽体な私に出来る事と云えば、ただ叫ぶ事だけだった……。
「ニギャァァアア――~~……って、あれッ?」
砲弾射出に斉しき急加速で、乗員は『グチャッ!』となり各艦・各船は空中で分解するかと思いきや、艦船団が丸ごと何かに包まれており、衝撃自体は無い。
流れゆく外の雷雲と暗雲などを観るに、音速の十倍は超えているのではないか?
つまり……我らは、ついに音の壁を超えたのだ!
この記録は燦然と科学技術史に刻まれ、永遠に讃えられ……、讃え……。
讃えられ……ない?
あれ、記録を証明する手立てがない?
私一人が騒いでも、何の証明にもならないのではないか……。
しかも再現しようにも、その方法が『ぺッ!』では話にならない。
悪くすれば、頭の中身を疑われる事態になりかねない。
何ということ……。何という事だ!
此の偉業は、誰にも語り継がれず、誰にも認められない秘史となる……。
そんな悲嘆に暮れている間にも、艦船団は突き進み、あれよという間に『白壁』を突き抜けていく。
『一体如何ほどの速度が出ているんだ?!』という尤もな疑問と、何故に何の衝撃も無いのかという、これまた尤もな疑問が思い浮かぶ。
ぼんやりと周囲の艦船団を見やれば、紅い繭の様なものに包まれているのが判った。
元よりこのような色合いなのか、大気との摩擦で赤熱しているのかすら判然としない。
『おお、語られざる歴史が、また一頁……』と着座したまま、あまりの悲嘆に己の額を抑えて嘆く……。
ん? いま私は『自分の額に手をやっている』だと!?
「か、身体に意識が戻っている?! な、なぜ?]
歓喜のあまり思わず立ち上がり、己の身体をペタペタとあちこち触り喜ぶという動きをし続けた。
それゆえ意識が戻った艦橋部の乗員達の、生暖かい視線に気が付くのに時間がかかってしまったのだ。
「ん、ンゥンッ。護民官殿。いったい何をしているのですか?」
艦橋の要員が、わざとらしく喉を鳴らして注意を喚起しているが、その眼には懸念が浮かんでいた。
どうやら余りの緊張と使命感に、相当な精神的疲労に苛まれていると疑ったようだ。
「身体に意識が戻っているのですよ! ほらッ!」
意識が己の事に向いているためか、 話が通じている様で意味が通じていない会話が繰り広げられる。
乗員達は、何かカワイソウなものを見る目で護民官を見ていたが、当人はその事に気が付いてはいなかった。
「……(チラリ)」と艦長はお付の側仕えに視線を送る。
『護民官殿はお疲れのようだが、自室に軟禁した方が良いのではないか?』とその視線は無言で問いかけている。
側仕えもまた、其の無言の問いを察し『自室に戻って休みましょう』と仕える主に進言しようとしたが、当の主が声を張り上げた事で思い留まったのだった。
「ンッ?! 艦長、減速しているのではないか!? そろそろ通常の状態に戻る。警戒を厳にせよ。全艦船にも同じく通達せよ!」
皆の心には外の曇天のように翳りが差していたが、私の心は何故かとても晴れやかである。
気分爽快の心持ちゆえか、視界も晴れやかで『両の眼』がよく観える。
だからこそ流れゆく雲から、減速しつつある事に気が付いたのだった。
そして私自身が艦隊の指揮権を掌握している事にも思い至り、慌てて指示を出していく。
私が指揮を執らなければ、誰も指示を出せないのだから致し方が無いと云えるだろう。
艦長を始め艦橋部の要員も、この至極もっともな指示内容に一様に安堵する。
理解しがたい事柄が頻発しすぎて、もはや常識的な対応では対応しきれないのは明々白々。
曲がりなりにもこの先の護民官殿は、臨時とはいえ艦隊の指揮を執り、今でもこうして生きているという結果を残している。この事実は重い。
最低と最悪の中から、最適を選べる。
紆余曲折を経ても結果を導くことが出来る。
これらは稀有な才能と断言できる。
極限状態では、迷っている暇など無いのだ。
非常事態には、非常手段で対応するしかない。
戦場で鍛えられた嗅覚と培った本能が、『この人【先の護民官】は、運気を持っている』と告げている。
ならば賭けてみるのも一興ではないか……。
どうせ、『白壁』内へと進入するという先の護民官殿の決断が無ければ、全滅は必至であったのだ。
拾った命は確かに大事だが、同じく大事の刻に決断し動かなければ、その拾った命もやがては零れ落ちることになる。なにせ今は非常事態なのだから!
そもそも、全ての物事を常識的に想定できていれば、非常事態にはならない。
言い換えれば想定できないから非常事態であり、非常事態なのだから常識的対応では間に合わないし、効果も無いだろう。
そしていまは正にその非常事態であり、そんな事態に対応できるのは『経験を積み』かつ『運気を持っている』と思われる先の護民官しかいないという結論に衆目が一致したのだった。
・
・
・
その頃、この艦船団が高空を高速で通過したある地域では一騒動が捲き起こっていた。
ある村では、幼き孫のお気に入りである昔話を、翁がゆっくりと聞かせていた。
その昔話は、もう遥か大昔の話で『天を衝くほどの大きく高い塔』が、自らを天に斉しき大いなる覇者と称して周辺域に戦いを仕掛けていたという話である。
その塔の邪悪なる目論見と、それを支える大いなる力は他を圧するほどであり、諸域が屈従するのも時間の問題とされるほどに劣勢に陥っていた。
窮地に陥った諸国は起死回生を図り、最後の反攻として決死の勇者隊を合同で結成し投入したのだ。
そして其の勇者隊を敵本拠地に突入させるために、陽動として諸域の兵力が集結し大会戦に臨むべく行軍していた最中に、天より放たれし大いなる『紅き破魔の矢』が、その『天を衝くほどの大きく高い塔【実態は塔型高層式ダンジョン】』を打ち倒し倒壊させるという奇跡とも云うべき神事を招いたのだ。
本拠地たる塔型高層式ダンジョンが圧し折られた末に倒壊し、統率を喪った塔型ダンジョンの勢力は、程無く瓦解するに至った。
だが、その残存戦力は各地へと散らばり、長きに渡る災厄の種をまき散らしていく事にも繋がったのである。
こうして近隣域に広く伝承として『大空を裂き、駆け征く紅き火矢は『破魔の矢』にして、大嵐の訪れを告げる先触れなり』と云う警句が残ったのだ。
そんな昔話を聞きながら、幼子は翁に語りかけたのだった。
「じぃじ……、じぃじ! あれ! 『あかきはまのや?』」
大きく開け放たれた木窓から、空を指さして大声を張り上げる。
「愛い子だのォ~、『紅き破魔の矢』は伝承にある話なのだよ?
そんな空を切り裂く大きい矢がある訳な……ィ」
幼子に物語と現実の違いを諭しながらも、一体何を観てそんな事を云っているのかと空を見上げれば、古き言い伝えをそのまま顕したかのような『紅き破魔の矢』が流れて征く様子をまざまざと見せつけれる。
「『紅き破魔の矢』が流れているではないか!
た、大変じゃッ?! て、天変地異の前触れじゃ!」
そんな騒動が、あちこちの村や町、そして国で捲き起こっていたのだった。
・
・
・
遥か遠くの大空と大地で様々な事物が動きつつある頃、中心部と思しき空域に至った追撃の艦隊は、息を殺して動かずにいた。
下手に動いて、ここの主たる巨龍に感づかれでもしたら、呑み込まれると恐れ慄いていたのだ。
さりとて、永遠にここに留まる事など出来はしない。
補給の問題は切実である。
かといって、踵を返して再び『白壁』内を進む事など不可能であった。
せっかく教務士官が御隠れになり、耳障りな説教が無くなったかと思えば、一難去ってまた一難である。
微動だに出来ずに考えあぐねていた最中、件の巨龍が口を開けながら吸気する音が轟き始めた。
「終わった……。龍の息吹【ドラゴン・ブレス】が来るぞ……」
ここにいる艦艇の全てが、確実なる終焉の刻を迎えようとしている。
もはや逃れる術など無いと断言できる。
「なんてこった……。
娘の誕生日には戻って祝うはずだったのにな……。
贈り物を巧く見つけてくれればいいんだが……。
こんな結末なら目立つとこに置いとくんだった……。
『後悔、先に立たず』とはよく言ったもんだ。クソッ!」
様々な声が聞こえては虚空に消えていく。
そして入れ替わりに『ドッガァァ――~~ンッ!』という音が鳴り響くと共に、強烈な乱流に巻き込まれて、乗員全ての意識が途絶したのだった。
お読み頂きありがとうございました。




