90 本日、ある晴れた嵐の中で食べられちゃいました。
「全艦船に告ぐ。
これより敵艦隊からの追撃を断つべく『白壁』へと進入する。
『我に続け!』、繰り返す。『我に続け!』 」
自分が発した命令が忠実に伝達されていく様子を、私は傍から観ている事しかできない。
第一艦橋部は直撃は免れたが至近弾を浴びて損傷し負傷者が出ていた。その負傷者には艦隊司令も含まれており、本来は私もその負傷者に含まれているはずだったが、直ぐに負傷も癒えていく。
そこからが明らかにオカシイ状況であった。
私は、自分自身を第三者の目線で見続ける事になったのだ。
応急対応として艦隊司令部の機能を第二艦橋部へと移し、艦隊司令として私が艦隊の指揮を執り始めたのだ。
第二艦橋部へと移る際に、昔から仕えてくれている側仕えの者と合流したのだが、その側仕えの者からお小言を言われてしまった。
疲労が蓄積し深い眠りについていたその側仕えの者を置いて、第一艦橋部へと上がった際に、居り悪く被弾したのだ。その衝撃で側仕えの者は叩き起こされて目を醒ましたのだが、仕えるはずの主がいない事に動転し慌てて探していたらしく、私を発見した時は安堵の溜め息をついたというのだ。
もっとも、その私といえば、その被弾時に重傷を負っていたはずなのだが、なぜか傷が癒えて無傷であった。
ただ、衣服は相も変わらず血に塗れている。着替える時間も惜しい現状、優雅に特等船室に戻って着替える時間など取れない。そのため急いで替えの服を持って来させて手早く着替えていく……。
優先順位が違うような気がしないでもないが、泣きながら詰め寄られては抗い様が無いというもの。
困惑と苦笑しているそんな自分を、私は眺めていたのだ。
第二艦橋部へと入ると、着座もせずにいきなり命令を発する私。
「全艦船に通達。
これより敵艦隊からの追撃を断つべく『白壁』へと進入する。
――『我に続け!』――
信号手、平文にて全艦船に速やかに通達せよ」
命令を受けた艦隊旗艦の信号士は、自分が送っている『信号の真偽』と『その真義』を疑いながらも職務に忠実であった。
そんな信号士が職務を遂行したのを観てから、自分が艦長席の隣に据えられている席に着座するのを眺めていた。
そして側仕えといえば、私が着座した席の後ろ立ち、私の座席の後部にある握り部を掴んでいたが、その手が微かに震えているのが判る。
同じく着座している私に、チラリと艦長の視線を送ってきたが、何かを述べる事はなかった。
……おい、艦長。未だ付き合いが浅いとは言え、それでも一年以上に渡って面突き合わせてこの航海の打ち合わせをしてきただろう……。私の眼の色が違うことくらい、気が付けよ!
そんな心の声を、私は声を大にして言いたい!
それよりも、着座している自分の脇に突っ立ているこの私の姿に誰も気が付いていないということは、全く見えていないという証左である。
やはり私は既に、あの時に『亡くなっている』のだろうか……。
ならば、誰か相応しい者に後事を託さねばならないが、どうやって託せば良いのかが判らない。
なにせ自分は平然と動いて指揮を執っているのだから、後事を託す理由が無い。
解任されれば話は別だろうが、解任する理由も無いのだ。
私はこの着座している自分に対して、解任動議を出すことも出来ない。
本来の艦隊司令は負傷し意識不明で、後任で艦隊指揮を執る事を艦長に認めさせているのだから解任される理由すらないと云えるのだった。
もはやただ観ている事しか出来ない自分が、もどかしい。
そんな葛藤劇が演じらている事など当然ながら判り様は無い信号士といえば、突然、艦隊の指揮を執る事になった先の護民官が発した命令を寸分違わずに送っていたが、内心では『正気なのか?』という不遜な考えも抱いていた。
だが、この艦の最上位者たる艦長自身が、先の護民官がこの艦隊の指揮を執る事に同意し承認している事実は重い。
ここで反旗を翻しても、命令不服従として『抗命罪』に問われて拘束される事になる。
そもそも、このように煩悶【はんもん/心中で思い悩む事】している間にも、敵艦隊からの猛烈な砲撃は続いているのだ。
このような『連べ打ち【つるべうち】』状態で、命中弾が出始めて砲撃の諸元が定まれば、全滅は必至となるだろう。
いまや我々が置かれている状況と云えば、――『前方の峻峰』と『後方の絶崖』――とでも称するべき現状である。
そのいずれにせよ『進むも荒行、退くも苦行』の連続であることに変わりはない。
そしていま現在、此の艦船団の指揮を執っている先の護民官は『信頼と信用』を置くに値する為人【ひととなり】だと思う。
本邦で護民官となる前からも、その言動と行動は『音に聞く【おとにきく/評判が高い】』ほどであった。
もっとも、その名声の高さに嫉妬する政敵は多かったようだが……。
またその経歴と就いた職位の高さからも、自分とは『接しうる情報、得られる情報、知っている情報の質と多寡』に差異があるのも、また当然と考える。
もしかしたら、この先の護民官は『何かの情報』を持っており、確信をもって下命しているのかもしれない……。
ならば己の軽率な判断よりも、一縷の望みを託して、その命令に己の命脈を賭けてみるのが、最善のように思えてきたのだった。
一方で、その信号を受け取った艦船団の各信号手は、送られてくる『信号の真偽』と『その真義』を大いに疑っていた。
端的に云って、艦隊旗艦の信号手は『恐怖と絶望で錯乱している』のではないか? と疑ったのだ。
それほどまでに、この信号の内容は『常軌を逸している内容』と断言できるほどのモノであったのだ。
繰り返すが、軍船・民間商船の乗員問わず、『白壁』の事は聞き及んでいる。
――『白い壁は、周囲の雲を撒きこんでいる証左であり、その内部は雷と烈風が渦巻く超巨大積乱雲の巣窟。 近づけばその纏う磁場で方位を見失い、知らずに風に誘われて、やがて帰れぬ渦に取り込まれる』――
そんな警句が各々の胸中に蘇っていたが、それと共に『嘘か真か真偽不明の噂話』も各々の胸に思い浮かんでいた。
曰く――
『白壁内はその外縁部でさえ、落雷・乱流が入り乱れている』
『白壁の内部は『龍たちの踊り場』とでも云うべき空域であり、比喩表現ではなく
実際に龍たちが存在し、うろついている空域である』
『風龍・海龍・雷龍・炎龍など多種多様な龍が存在し徘徊している』
『混血なのか環境に適応したのか、新種の龍達すらおり争っている。なぜそんな龍達が、闘争本能に任せて争っているのかは不明』
『ある説では、龍達は自己進化を果たそうとしているとすると説かれ、またある説ではただ暇なのだろうというと説かれる。他には龍だからであるという説とも言えない説だったり、来【きた】る審判に備えての鍛錬という説であったりする。果ては中心部に黄金の城があり、その城を守護しているのだという説まで、まさに諸説入り乱れている』
――等々、異説・怪説・奇説に珍説と、一通りは揃っていた。
そしてそんな各説を調査・検証しようにも、それができない。
調査・検証しようと勇気ある者がこの『白壁』内に入るが、調査のために留まったものは誰一人帰ってこない。
従って、その者がどれほどの深部に至ったのかも知れないのだ。
それでも時が経つにつれて、艦船の性能も上がっていく。
それに伴って新航路開拓のため、当時の最新鋭大型艦が一〇隻が意気揚々と進入しても、深部空域に到達できない。それどころか帰還したのが僅か一隻というほどの空域なのだから当然といえる。
その帰還した一隻とて実力で押し通るという事ではなく、龍達の気紛れに頼って見逃してもらう、もしくは龍達の闘争の間隙【かんげき】を縫い、息を殺して刺激を与えず、闘争の余波に巻き込まれないように祈りながらの帰還だというのだ。
(因みにこの時、初めて龍の存在が現認されたのは、また別の話である)
そのような幸運が度重なっての偶然の帰還であったが、当該飛翔艦の乗員の内、三分の一は二度と飛翔船に乗らないために自発的に船員であることをやめていった。また三分の一は、心身に変調を来し強制的に船員をやめさせられ、残りの三分の一は乗務員を続けるも、その内で極少数は再びこの空海域に行きたがり、そして実際に再訪した船員は帰ってこないというほどの空海域だった。
要するに三分の一未満の生証人がいた事になるが、好んでこの話をしようとする者もいない。
もっとも話したとしても信じてもらえず、当人達もまた、思い出したくも無い話ではあったからだ。
――『ある艦は、風龍が通り過ぎる際の気まぐれで一瞬にして強制的に回転させられ姿勢制御ができずに、錐もみ状態のまま墜落していった』
『ある艦は、雷龍の雷撃を受け、文字通り爆散した。おそらく、当人達はなぜ爆発したのかさえ認識できていないだろう』
『またある艦は、墜落することを恐れて低高度で航行中、突然の数百メルトルの高さに及ぶ高波に艦体を捉えられ、その波と共に海面に叩き付けられて海の藻屑と消えた』
『そしてある艦は、避難するため着水すると海の底から突如上ってきた大泡に包まれ、海中へと”転落”して消えていった』
『水滴が凄まじい速度で刺さり、帆柱が削られたかと思えば、鎌鼬【かまいたち】にでも切られたかの如く、突如船体が真っ二つに両断された』
『一瞬で、氷結し砕け散った艦もあった』
『周囲を警戒するために左右を見て、再び左を見るその刹那で、僚艦が消えているという慄然【りつぜん】とする現実が、あそこには在る』 ――等と云う荒唐無稽な話を、誰が信じるだろうか?
何も出来ず、僚艦が消えていくのをただ観ている事しか出来なかった無力な自分達を誰が思い出したいだろうか?
真実と事実を述べたところで、聞く者が理解できないのだから信じてもらえるはずもない。それどころか『おかしい酔客の戯言』と看做されるのだ。
そのため、時が経つにつれて尾鰭と背鰭が付いた『戯言』として受け流され、やがて『よくある酒の肴的な面白い昔話』と成り果て『聞く者たちが理解できる範囲で歪曲された仮初の現実』に帰着させられていったのだ。
ところが、そんな『面白い与太話』が『もしかしたら……』という可能性どころか『剥き出しの現実』として、己等に立ちはだかり、実体験として実証される事になるのではないか? と、突然に思い当たったのだった。
従って、各艦は艦隊旗艦に応答しつつ命令の確認を求めていたのだった。
『全艦船は、我に続け!』
命令の確認に対する応えは、端的であった。
率先して『白壁』に進入していく艦隊旗艦カノーアであったが、その艦体を直ぐに雲塊に沈めることはない。自らの艦体で少しでも風を遮ろうと艦体を鳴動させながらも境界面に留まっている。風の通り道を創り出した意図を察した僚艦と船団が、その命運を賭けて『白壁』内へと駆けていく。
駆け抜けていく僚艦と船団と、何故か艦隊の指揮を執っている自分を観ながらも、私は自問自答していた。
『白壁』が如何なるところなのかも、知っている。
此の空域に至るまでに、多くの艦船が沈み、幾百倍もの多くの同胞達が散っていった。
そして残った艦船団の命脈をも、『白壁』内部へと誘う事で、私が断とうとしているのではないか?
私は、判断を誤ったのか?
この航海の前も、航海の最中でも幾度も、幾度も、幾度も己に問うた。
そんな問いを再び問う。
僚船が沈み、僚艦が炎上してゆくのを見届けた。
様々な発光信号が、その煌きと煌きに乗せた意志と共に、暗雲の雲海や海原に消えていった。
避難民を乗せたある船は最後まで発光信号で国歌を唄っていた。
ある船は自船が炎上し墜落しつつあるにも拘わらず、僚船・僚艦の無事なる航海を願うと発光信号で送ってきた。
護衛の戦闘艦は敵艦との戦闘で損傷、艦体が傾斜して砲の仰角【ぎょうかく】・俯角【ふかく】が取れず、照準をとることさえできないにも関わらず、最後の瞬間まで砲を撃ち続けていた。その砲声はまるで咆哮とも慟哭とも聞こえる。
それでも留まることはできない。亡骸を弔うことさえできない。
ただ最期を見届け、見送ることすら出来なかった艦船もある。
そんな発光信号による国歌を聴き、願いを受け、そして砲声を聞きながら戦域を離脱していくが、幾度も、幾度も繰り返された……。
ギイイイィィィ……、ギイイイィィィ……。
軋む音が聞こえているが、艦の軋む音なのか、私の心が軋む音なのか……。
私にも、それは判らない。
だが一つだけ、判る事がある。そして成さねばならぬ事がある。
……私は……、私は同胞を導かねば……。
そして愚かな私よりも遥かに優れた者達へと、愛する我が同胞達を託さなければならない。
『白壁』内を征けるか、征けないかという可能性ではない。
もはや、進み征くしかないのだ。
「全艦船が『白壁』内へと進入。本艦も『白壁』内へと進入を開始します!」
――『行こう、姫様! 前に進む者のみが、道を見つけられる!
雷雲の園庭に雷の列柱。そこを進めばやがては大空に浮かぶ白い城壁が顕れる。
その中に招かれば助かる! って、とと様が言っていたッ!』――
何かの演劇の台詞が思い浮かぶ。
なぜか、昔の事が思い浮かぶ。
これが回顧……、いや走馬灯か……。
識者によっては、それは『死神で、死への誘い』と云う者もいる。
だが、事ここに至っては『前に進む者のみが、道を見つけられる!』というあの演劇の台詞は正しい。
そう信じるしかないのだッ!
何気なく周囲を見渡しているかのような雰囲気で着座している自分が、私にその貌を向けて来た。
そして私を其の金色の瞳で見つめながら、心にのみ響く声で話しかけて来たのだった。
『キャハハ♪ 良き魂魄じゃのォ~~。気に入ったの♪』
「……(ついに悲嘆のあまり幻聴まで聞こえ始めたか)
ほう、これがあの名高きセイレーンの囁き【ささやき】か。
はたまた最近の死神は、このような小細工までするようになったのか?」
『キャハハ♪ 面白い戯言なのじゃ。進むべき道を指し示そうと思ったのじゃがの?」
「フハハ。この空域で進むべき道などない。あるとすれば、それは死出の道のみ!
たとえ『白壁』を越えたとて、その先はないも同然!
そのような戯言に惑わされるものか! 去れ!」
『まったく。誇りがあるのは良いのじゃが、ちと現状を見てはどうじゃ?
その小さき誇りのために同胞が死ぬぞ? 民を導くのじゃろう?
膝を折り助力を求める時と、その気高き誇りを推し通す刻は峻別すべきではないかの?』
「!?」
『やり直しじゃ、いま一度問う。進むべき道を求めるか?』
「……その道が……果たして」
『判断材料を集め分析を試みるのは当然じゃがの、決断をするのに全ての判断材料が揃っておることなど無いのではないか?
その材料が揃っていない事をも、一つの判断材料にするくらいの気概がなくては、前には進めぬぞ。
うむ、おっと? ちと待て。雷龍が来たようじゃな。
ふむ? どうやら攻撃の意思はないようじゃな? はて?』
すぐに艦橋部の窓から、雲海を見やると艦隊旗艦たるカノーアと並び飛んでいる雷龍が目に入ってきた。
並び飛んでいると言葉では表せるが、実際はかなりの距離があるように思える。
それにもかかわらず、並び飛んでいると云えてしまう位に大きいッ!
このカノーアよりもさらに大きく、……もはや見事としか言いようがない。
さぞ悠久の刻を過ごした名のある大龍なのだろう。
その威容たるや見てるだけで気絶しそうなのだから!
いま、艦内では大騒ぎなのだろうな……。
そんな感慨が湧く中で、艦橋部の窓から雷龍を見やっていた自分が唐突に問題発言を投げ込んできたのだ!
『なんじゃ? 随分と『若造』じゃの? いま少し話の分かる者はおらなんだかの?』
「?!……!?」
ンなァァ――~~ッ! おいッ、何を言っているんだ、私はッ?!
その言葉を聞き愕然として雷龍を見やると、なんと雷龍が苦笑していた。
なんとこの雷龍は超常なる存在なのか、この発言が聞こえているようである。
それと共に、龍は笑えるのかと全く場違いな感心に耽ってしまったのだ。
だが、それとてほんの一瞬であり、『あ、これ終わったわ……』と悟り、諦観という名の絶望が私の心に湧きたつ。
超常なる存在の雷龍を怒らせて生き残れると思うほど、私は楽観的には成れなかったのだ。
・
・
・
一方その頃、追撃しようと『白壁』内に進入した敵艦隊といえば、削られ、砕かれ、圧し折られ、爆散し、縦横に回転し、撥ね飛ばされて墜落していく艦が続出していた。
被害が続出し報告が上げられる最中に、当該艦艇の第二報が上げられるも、其処に付された言葉は、決まって『沈黙』か『消失』であった。
数瞬の内に消えゆく僚艦を目にして、恐れをなして『白壁』外へと逃れていく艦艇が続出していくが、近づく龍達を追い払おうと艦載火器群を見境なく打ち続けていたのだった。
一方でそのような所業は、龍達から観れば不埒にも己等の住処に攻撃を加えている慮外者と看做されるには充分であった。結果、『白壁』外にまで龍達は出てきて攻撃され鏖殺されていく。まだ『白壁』内で追撃に移っていた方が、幾許かはマシであったとも言うべき惨状に陥っていたのだった。
・
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『白壁』内を、どれくらい飛翔しているのだろうか?
幾日だろうか、数刻だろうか、それとも一瞬であろうか……。
極度の疲労と緊張で、もう時間の感覚が無い。
瞬きをするのさえ、恐ろしい。
あの会話? の後、私は助力を自分に乞うた。
『何を言っているのか?』とも思うが、自分でも何を言っているのか、判らない……。
なんにせよ、件の雷龍があの後に咆哮すると、雷の列柱が現れて路を作った。
我らは、その雷の回廊を進んでいる。
その周囲では、雷光に照らされて大小様々な龍達が乱舞し、その龍達もまた死闘を演じていた。結果、これまた様々な赤・青・黄・白・黒・緑・紫といった光が幾条にも煌きながら虚空を切り裂いていたが、此の回廊の中にまでは飛び込んでは来ない。
拍子抜けするくらいに『白壁』の深部を比較的安全に突き進んでいると言って良い。
そんな状況で、ある者が『もしかして『白壁』の噂って、実は大した事ないんじゃないか?』と発言した数瞬後、その幻想と願望は完全に打ち砕かれたのだった。
敵の戦艦と思しき大型艦が、縦に横にと回転しながら我らの横を通過し、雷撃を浴びて爆散したのだ。
その他にも、中型艦が輪切りにされるのを至近で拝見させられることが数度。
飛びながら、砂が崩れるかのように摩耗して消えていく様を観させられる事が数度。
炎上しながら凍り付いて行く様を観ること数度。
そのほかに想像を絶するような惨劇を観せつけられる。
「……」
ある一名を除いて、もはや皆が無言だったのは言うまでも無い。
時間が停まったかのような静寂の時を過ごすが、それも唐突に終わりを迎える事になった。
雲塊が途切れ、静逸な青空が広がる空域に至ったのだ。
我らは遂に『白壁』を踏破したのかと歓喜するが、観測士の意図しない独白が無情な現実を突きつけて来る。
「……ここは……、中心部……か?
となると……上昇気流なり下降気流なりがあるはずだが……なぜ無風なんだ?」
「ここが中心部?!」
穏やか過ぎる周囲を見廻して観察すると、白い壁が輪となって取り囲んでいるのが観える。
やはり未だ『白壁』の中にいて、その中心部に至ったという事なのだろう……。
そして、まだ半分しか来ていないという現実に眩暈がしてくる。
状況とこれまでの経過が異常過ぎて、何が何やら全く以って理解が追いつかない。
それは僚艦・僚船も同じようで、艦船団は身を寄せ合うが如く集結していく。
此処がどこにせよ、如何なる状況にあるにせよ、此の刻を巧く用いる事が肝要であると考えて、損傷の確認や救護を始めていく。
もっとも何かをしていないと、不安なのかもしれない。
この静かな刻は『嵐の前の静けさ』なのだと、皆が何となく理解していたのだった。
周囲を囲む白い壁は雲ではなかった。
実際は、蜷局【とぐろ】を巻く巨大龍の中心部に出ていたのだ。
そして、この数瞬後にその事実を理解させられる事になった。
ズズズ――……
もし音があるとしたら、こんな感じなのだろうか……。
今いるこの空域自体は、無風であり静かだと言っても良い。
だが、隣接している空域は暴風吹き荒れる空域であり、『ゴォォ――ッ』という音が鳴り響いているのだ。
対照が極端すぎて意味を成していないのだが、それでも敢えて心理上の音響効果を附すならば『ズズズ――……』が、やはり最適なのだろう。
遥か上空から光が差している。そんな暖かい光の柱が艦船団を包み込み照らし出していく。其れは我らの導く光明のように感じられたが、その数瞬後に影が差した。
こんな高空で影が差す事が理解が出来ずに、上空に視線を向けると、何か判らないが、何かが迫って来るのが見えた。
そして周囲の白い壁も、何故か動いているのが判る。
眩しい光を避けるために額に手を翳し、眼を細めて様子を伺っていると、遥か頭上にゆっくりと姿を現したのは、余りにも大きすぎて視界に収まらない巨龍の頭であった……。
そして遥か上空から迫るその龍の口が、ゆっくりと大きく開いていく。
その開け放たれた開口部には山かと思うほどの牙らしき物が連峰のように連なっており、死の顎として迫って来る。
これって……、安酒場で吟遊詩人がよく謳いあげる『英雄の最期に出てくる場面』によく似ているような……。
多くの者達の共通した感慨と認識は、現実面に忠実に反映される。
……『死の顎』が大きく開かれて、近づいてくるのを、ただ見守るしか術がない。
自分達の最期を……ただただ眺めているしか術がないのだ。
そして……
パクッ!
「ほ、本艦及び我が艦船団は……、食べられちゃいましたッ!」
現実感がない報告に、艦橋どころか全艦船団の全ての乗員が、茫然自失となった。
そして一名を除いた皆の胸中に、ある共通した想いが燈る。
それは「「「「「あ、これ終わったわ……」」」」」という想いであった。
・
・
・
同じ頃、満身創痍で辛うじて飛行している敵艦隊が、同じ中心空域? に出て来ていた。
追撃するべく雷の回廊に入ったのだが、招かれざる珍客は歓待される事など無い。
徐々に雷の回廊が端から消え始めていき、回廊から脱落した艦から『消失』していったのだ。
問題は、追撃のために雷の回廊に入ったがために、『白壁』の深部にまでは入り込んでしまった事だろう。 もはや引き返す事も出来ない。
追撃どころではなく、消えゆく回廊を全速で進むしかなかったのだ。
そして漸くの事で、風が凪いだ空域に出たところで、目的の艦船団を発見したのだ。
未だ此方を発見していないのか、やけにその動きが緩慢である。
損傷したのか!?
我らとて、この有様なのだ。彼方【あちら】とて同じだろう事は容易に予想がつく!
またとない好機の到来と雄躍して攻撃しようと態勢を整えようとした矢先に、遥か上空から影が差したのが観えた。
そして、まだ彼我の距離があるため、事の一部始終を詳らかに見続ける事になる。
信じられない程に巨大な何かが、その顎を大きく開けて、対象の艦船団を喰ってしまったのだ。
パクッ!
「て、敵艦船団は……食べられちゃいました……」
幼児退行したかのようなオカシな口調で、観測員が事実を端的に報告してくる。
そんな冷静というよりも、ただ単に棒読みしている報告が耳朶を打つ。
もっとも報告された俺たちとて、非現実的なその光景を唯々……、眺めているしかなかったのも、また事実であった。
だがそんな中でも奇異な言動で無理難題を主張する、ある種の狂気を抱いた教務士官殿だけは違うようであった。
このあまりにも非現実的光景から影響を受けて、正気に立ち戻ってくれれば良かったのだが、一周廻って、つまりは『より輪をかけて狂気を孕んだ』ようである。
「み、認めんぞォォオオ――ッ! この我が許さんッ! 我の獲物を喰うなどッ、断じて許さん! 司令! あれを攻撃し、俺の獲物を吐き出させろ! 今すぐにだッ!」
「御冗談を……」
もはや奇特な御仁に付き合っている段階ではないのだ。
大山脈に向かって矢を放って、どうなる?
大地を斬りつけて、どうなる?
大嵐の中、外で蝋燭を灯して、どうする?
大海の海中で説教垂れて、どうなる?
天に向けて槍を投じて、どうなる?
あんな天龍に向かって攻撃して、どうなる?
「な、なんだと! 貴様ッ! 教団の、この俺様の命令に反命すると言うのか?! 貴様なぞ、抗命罪で――「黙れ」ァガッ……」
激昂して我を失っている慮外者を殴り倒して、気を失わせる。
「副長、今何か見たか?」
「いえ、何も見ておりません」
「貴官らは、どうだ?」
艦橋にい者達に視線を送りながら問う。
「はッ! 小官らは己が任務に服しており、何も見ておりませんでした。また何も聞いてはおりません」
「そうだな、この艦橋には教務士官殿はいなかった。そういうことだ」
「「「「「はッ! 教務士官殿はお見えになっておりません」」」」」
「それで、コレをどうしますか?」
副長が斃れ伏している者に、『ゴミを観る』かの様な視線を送りながら艦隊司令に問うてきた。
「任務に忠実で教義に熱心な教務士官殿はあの大龍に説諭すべく、船外通路に陣取られたが、居り悪く吹き荒れる暴風にその御体を攫われてしまった……、と云う事でどうだ?」
「なるほど、我らもお止めしたのですが、誠に残念な結果と成りました。全くオカシイ人を亡くしたものです」
艦橋という密室での犯行、動機と凶器は見つからない。
そして被害者すらいない。
つまりは、何も起こらなかったのだ。
そして何も起こらなかったのだから、誰も疑念を抱かない。
疑念を抱かないから異議を挟む事も無い。
つまりは、そういう事である。
誰もが、あの巨竜に挑もうなどとは思わない。
挑んで何になるというのだ? というのが皆の一致した想いであった。
「副長、オカシイではなく『惜しい』だ。訂正するように」
常に冷静さを保つことを本懐とする副長すら、取り繕おうとしても、どうしても本音が出てしまう。
それほどまでに、あの教務士官殿は疎まれていたという証でもあった。
「失礼致しました。敬愛(唾棄)すべき教務士官殿が身罷られましたこと【死亡した事】に、我が心中も(歓喜で)震えてしまった様です」
「全くだな、オカシイ人を亡くしたものだ……」
そして同じく教務士官を疎ましく思っていた艦隊司令も本音を吐露する。
共犯関係の成立であった。
「司令……」
「惜しい人だ、聞き間違えるな」
「……(まったく、あの教務士官殿は厄介だったからな。清々したぜ)」
零れ聞こえる上層部のやり取りに、艦橋部にいた要員全員が、心を一つにした瞬間であった。
お読み頂きありがとうございました。




