89 本日は大嵐ゆえに、暴風雨なり 4
移民船団を護るための護衛艦隊である以上、移民船団を放り出して艦隊決戦に持ちこむという安易な策は採れない。
まぁ……、『艦隊決戦だ!』と意気込んだところで戦力比は圧倒的に不利であることに変わりはない。
正面から艦隊戦を挑んだところで磨り潰される事になるだろう。
よほどの奇策なりを用いなければ勝てない。
それが紛れもない冷徹な現実だと云える。
其れでは船団を護り切る事も出来なくなる。
無論の事、逃げの一手で無傷で済むかと云えば、済むはずもない
総旗艦たるカノーアもまた、強行突破時に中央部で優雅に指揮を執るという余裕はなく、被弾しているのだ。
継戦能力に支障はないとは云え、艦隊総旗艦ですら直接砲火を交えているという事実は、移民船団と艦隊に焦燥感を与えるのには十分な事実と云えるだろう。
しかも、いち早く追撃に移った敵集団に遅滞戦闘を仕掛けるべく、ルイテン及びアルテライン、そして三隻の護衛艦が転進していったのだ。
僅か五隻では『多勢に無勢であること』は皆も判っている。
そして、その五隻の勇姿を再び観ることは叶わない事も皆が判っていた。
遥か彼方に遠ざかった現時点では、彼の五隻が繰り広げたであろう奮戦と最後の勇姿を窺い知ることは既に出来ない。それほどまでに、距離が離れていたのだ。
一方で彼の五隻が繰り広げた遅滞戦闘の成果か、追撃の手が即座に伸びて来る事は無いようで、束の間とはいえ安息の時間が流れている。
だが、だからと云って追撃が無いとは言えない。
それどころか必ず追撃の手は伸びて来ると考えるのが、妥当と云える。
何故それほどまでに、執拗に攻撃を仕掛けてくるのかは不明だが、これまでの戦闘で、その確かな『意志』だけは窺い知ることが出来るというもの。
その頃、移民船団と護衛艦隊を落ち延びさせるべく転進し、熾烈な遅滞戦闘を繰り広げていた五隻の支隊のうち、既に三隻の護衛艦は撃沈されており、ルイテン及びアルテラインもまた満身創痍となっていた。そして、その両艦にも遂に最期の時が迫りつつあった。
複数の突撃襲艇から衝角【ラム】攻撃を受け、更には強行接舷からの直接移乗戦闘へと、その戦闘の様相は悪化の一途を辿っていた。
既に艦内へと侵入を許しており、白兵戦になるほどに戦況は悪化していた。
早晩のうちに、自艦が拿捕・接収されると危惧した両艦長は、自艦に突き刺さっている素行不良な突撃襲艇と、接収しようと不用意に接近してきた不埒な敵艦を巻き込んでの自爆を覚悟する。
そのため最大効果を狙って艦内戦闘を粘り強く続けていたのだが、遂に敵方は艦の主要区画への突入を試み始めたとの報せを受けたのだ。
そして、その主要区画には艦橋部も含まれおり、突入も始まろうとしていた。
「どうやらここまでのようだな……。機関部、オーバーブースト【過給圧過剰】を始めてくれ」
伝声管越しに応えが返されたが、どうやら機関部への突入も始まったようだ……。
罵声と怒声が同じく伝声管越しに聞こえてくる。
艦長席の横に配置された艦の状態を表す計器盤を見やれば、過剰加圧が始まったことを示す赤玉が二つ並んでいた。此れが五つ点れば機関臨界を迎えて爆沈する事になる。これで打てる手はすべて打ったことになる。
ふと顔を上げて、最後の見納めとして艦橋部内を見やり、次いで僚艦を見やった。彼方の艦長も偶然なのか、此方を見やり敬礼を送って来た。
……どうやら、あちらも最期の花を咲かせようとしているようだ。
答礼を返して後、艦長席に着座しながら静かに赤玉が五つ並ぶを待つ。
そして遂に艦橋部へと敵兵が雪崩を打って我先に乱入してくるが、無粋な連中は礼儀と云うものを知らないのか、有無を言わさず切り掛かってきたのだ。
「諸君、歓迎しよ―― ザクッ! ……(全くなんて無粋な輩だ。最後のキメ台詞くらい、言わせろよな……)」
そんな事を思いながらも、消えゆく意識のなかで、赤玉が五つ並ぶのを確認し息絶えたのだった。
それから数瞬の後に、機関臨界点を迎えたのか機関室で爆発が起こり、次いで揚弾筒【ようだんとう】及び弾薬庫内でも爆発が巻き起こっていく。
そして一瞬のうちに連鎖誘爆が起こり、凶暴なまでの爆発力が外向きに向かって解放されていった。
接舷していた敵艦のみならず付近の敵艦に、火焔と破片が降り注いでいく。
突き刺さっていた突撃襲艇は勿論の事、接舷していた艦艇も爆散に巻き込まれ、接収しようと不用意に接近していた敵艦複数隻が中破もしくは炎上し、また移乗していた戦闘員は全滅という損害を被ったのだった。
この自爆に巻き込まれて損傷を受けた艦の救難活動に少なくない艦が残り、艦隊主力は取り逃がした移民船団と護衛艦隊への追撃に移っていく。
『窮鼠に噛まれた猫』のように当然ながら激昂しており、もはや分別もなく我先にと全速航行を続けていたのだった。
もはや『なりふり構わず』といった態で、猛追している敵の艦影が未だ遥か彼方にある頃、移民船団と護衛艦隊といえば、ひたすら飛翔航行を続けていた。
しかしながら強行突破の代償から、損傷を受けている艦船も多い。
それ故に、その航行速度は徐々に遅くなりつつあり、徐々に彼我の相対距離は近づきつつあった。
やがて夜が訪れる中、灯火管制下でも航行を継続していたが、その速度は余りにも緩慢と云わざるを得ない。
各艦が大なり小なりの損傷を受けており、その損傷の確認と復旧を行わなければならない。加えて機関部の冷却や法弾類の給弾と物資類の確認も必要となる。
なによりも夜間の航行は、此の強風下では相応の危険が伴うからだ。
二回目の朝日が昇り始め、空は朝焼けで一種幻想的な色合いを醸し出している頃、蒼穹の遥か彼の遠景に追いついてきた敵艦群を認める旨の報告が挙がり、緊張感が全艦船に走った。
だが、ある者達は別種の焦燥感を抱いていたのだった。
「おかしいぞ! 何故、夜明けの日が右舷側から登っている?!
南天【南半球】廻りで東に向かって進んでいるのだから、正面から日が昇って来るはずだろう!?
操舵、方位盤を確認しろ!」
「方位角は東を指しているが……、夜明けの日が右舷側から登っているのも、また確かな事実……。 これは、一体何が起こっているんだ?! 観測班、状況を確認してくれ!」
方位盤を観て困惑している操舵長からの指示を受けて、観測員が状況を確かめようと危険ながらも船外通路に出た時、偶然に風に巻かれて帽子が飛んでしまったのだが、其の事がある事実を示していた。
「風に乗っている……と云うよりも、これは引き寄せられている?」
舞う帽子を目で追うことで、艦正面の遠景を観たときに違和感が覚える観測員。
「なんだ? 雲……か?」
紅の朝焼けから、陽光を浴びて青みを帯び始めるはずの大空に『白い壁』が聳え立っていたのだ。
通称『白壁』とも称される巨大な雲塊が遥か彼方に聳え立つが、あまりの大きさに遠近感がオカシクなっている。
なにせ比較する物さえなく、地平線まで続く壁一面が真っ白なのだ。
正に壁と称しても良いが、その正体はそれほど暢気で可愛げのあるモノではない。
慌てて観測員が環境に報告を上げていく。
「は、白壁だッ! 吸い寄せられているぞ!」
「なんだと!? あ、あれが『白壁?』 」
騒いて外を見ようする艦橋の要員達に視線を流すことなく、艦長は即時に指示を出していく。
「右に急速転舵。全速!」
「面舵【おもかじ/右に転舵】、急速転舵。全速!」
操舵長が復唱しつつ、全力で操舵をしていく。
その操舵に反応して艦首が向きを変えていくが、進行方向は変わらない。
誰もが感覚として『白壁』の方角に引き寄せられて横滑りしているのだと、判ってしまう。
そして徐々に方位盤の示す方角も乱れていく。
『白壁』により磁場が乱れている証左であり、同時に近づくにつれて、その影響が強まっている証左でもあった。
そして『影響が強まっている』事自体が、徐々に『白壁』に引き込まれている事をも示している。
軍船、民間商船の乗員問わず、『白壁』の事は聞き及んでいる。
――『白い壁は、周囲の雲を撒きこんでいる証左であり、その内部は雷と烈風が渦巻く超巨大積乱雲の巣窟。 近づけばその纏う磁場で方位を見失い、知らずに風に誘われて、やがて帰れぬ渦に取り込まれる』――
そんな警句が艦橋部にいた各々の胸中に蘇る。
一方で焦燥感が満ちた艦橋部の状況など露知らず私は、割り当てられた自室で休んでいた。強行突破に一応の成功をしたことで気が緩み、心身の疲労から部屋に戻って休んでいたのだ。
だが、快眠には程遠い浅い眠りゆえに、艦を覆う緊張感で目が醒めてしまう。
「後方に敵艦隊、見ゆ! 相対方位一七〇、高度同じ。距離二七天、敵艦隊増速、急速に接近中」
ビイィ――、ビイィ――、ビイィ――!
けたたましい警報音が全艦に鳴り響き、それと共に全ての乗員に緊張感が走る。
追撃の敵艦隊と云えば、我先に獲物を貪り喰おうとして陣形を組む事すら、その頭の中から抜け落ちたかのようであった。
「あ、彼奴ら、正気か?! 『白壁』が見えないのか!?」
当然ながら、あちらの艦隊も、此れ以上近づけば低気圧帯の気流に吸い込まれることになる。
まだ距離があるから、反転すれば離脱できるはずだが……。
「距離四三〇〇! 敵艦隊、発砲!」
「冗談だろ! ここで砲戦をしようってのか!?」
今度はあちらが、見ようによっては順風状態にある。そのため砲戦距離が伸びる事を見越して、遠距離砲戦を仕掛けて来た。
もっとも全艦での一斉射撃ではない。
大型艦の主砲での砲戦を仕掛けて来たのだ。
中型艦や小型艦が近距離砲戦を仕掛けるべく接近しては、この乱流に巻き込まれて脱出できなくなると考えたようだ。
当然ながら此の乱流では、艦載騎での雲霞の様な航空攻撃もない。
ある意味で常識的な手法と云えるが、それは敵方の頭が冷えて冷静さを取り戻したとも言えるだろう。
今現在、我が艦船団は『白壁』に吸い寄せられつつある現状で、狂乱状態の敵艦隊に突っ掛かられても困るが、冷静になられて淡々と攻撃されても困るのだ。
敵大型艦からの砲撃を撃たれ続けているが、乱流で弾道が安定しないのか、命中弾は未だ無い。
だが、徐々に相対距離が縮まっており、早晩の内に被弾してしまうことになるだろう。
一方で、此方は向かい風となっており、射程減衰から未だに応戦していない。
砲戦距離の射程もそうだが、其れよりも問題なのが『白壁』との相対距離がどんどん狭まっている事だ。
無論、全艦船が機関出力を全開にさせて引き寄せられまいと足掻いているが、それでもジリジリと引き寄せられている。
加えて、近づいてくる『白壁』に敵の放った法弾が盛大に突き刺さり、弾着の痕跡として雲柱が幾条にも衝き上がってくるのが観えるのだ。
そして敵艦隊はその雲柱をみて弾着修正を行っているのか、衝き上がる雲柱が徐々に我が艦船団に近づいてくるのが判るのだ。 そんな光景に、より一層のこと焦燥感を募らせていく。
誰がどう見たって、時を置かずに必ず敵弾が命中する未来が可視化しているのだ。
もはや問題は『いつ、誰』が被弾するかに集約されていると言って、過言ではない。 そして遂に、被弾するという悪夢が現実に反映してしまうことになった。
ズズ――~~ンン……。ズズ――~~ンン……。
敵弾が飛び交い、着弾していく。
そして不吉な音が鳴り響く。
そんな中を私は手早く身嗜みを整えて、艦隊司令のいる第一艦橋に足早に登っていた。
そして入室した瞬間に、その第一艦橋の至近に被弾したのだった。
直撃ではなかったが、結構なその衝撃で薙ぎ倒された。
その際に、側頭部を強かに床に打ち付けてしまう。
視界が暗転し、意識が遠のいていく。
だがその一方で、斃れている私を私は眺めていた。
私はいま『死』を迎えようとしているのだろうか……。
キィィ――――――――~~ンン……
耳鳴りが止まらず鳴り響いている。
周囲には死傷者が倒れ込んでいる。
斯くいう自分は、そんな惨状の中でも立ち上がり、何かをしようとしていた。
周囲では、負傷者が何かを叫んでいるようだが、その声すら聞こえていないようだ。
まるで自分が自分では無いような感覚に陥る。
『自分で自分を外から眺める』と云えば確かに奇異に感じられるが、正に『人形を眺めている』としか云いようがない不思議な感覚だといえる。
そんな人形を見やれば、両眼が金色に染まっているのが判った。
わ、私の目の色は茶系のはずだ……。そして幼少期の事故で片方の視力は失われているはずなのに……。
そして負傷したのか、または他の誰かの血なのかも判らないが、頭部は血に染まっている。
そんな頭部に手をやり髪をかき上げた際に、大きな裂傷が観えた。
普通なら致命傷となるような外傷だろうが、まるで巻き戻るかのように傷が塞がっていき、こびり付いた血も塵のように消えていく。
一瞬の果てには、元より何事もなかったかのように平然と立っていたのだ。
だが、その身に着けている衣服には血痕で染みが出来ており、誰が見ても何かあったのは歴然としていたのだが……。
そんな自分を観ながら、私は呆気に取られていた。
だが、そんな私を置き去りにするかのように事態はさらに進んでいく。
「第一艦橋が被弾した。医療班は至急、第一艦橋へ駆けつけるのじゃ」
何故か冷静に手近にあった伝声管に向けて状況を、淡々と冷静に述べている私。
ジリリィ~~ン♪
呼び出し鈴を鳴らしている機関部からの伝声管を悠然と優雅に手に取り応える私。
「機関部、何用か?」
「あ、え? 誰でしょうか?」
「儂じゃ、それより何用か? 機関部に支障が出ているのか?」
「あ……、いえ。機関部に支障はありません。その……、艦の上方部に被弾したとの知らせを受けて、艦橋部の安否を確認するために連絡しました」
「艦橋至近に被弾し負傷者が出ておるが、艦の指揮系統は健在じゃ。ダメージコントロール【損傷管理対応】のため、以後の報告等は第二艦橋におる艦長の方に回すが良い」
通話を切るや、再び第二艦橋宛ての伝声管を手に取り、通話を始めたのだった。
「艦長か? 艦隊司令が負傷し一時的に指揮を離れる。その間は儂が指揮を引き継ぐ。承認せよ」
次いで淡々と事実を告げている中、予想外の事を云い始めた自分に、私が眼を白黒させて困惑していく。
「はッ? えッ?!」
同じく全く予想にしていない内容を伝達されて艦長も困惑しているようだが、再び耳朶を通り抜けた強制認識を伴う有無を言わさない声質に、艦長のお脳が服従を選択するのに時間は掛からない。
「承認するのじゃ」
「はい、承認いたします」
有無を言わせない天からの命令に応える絶対的使命感で、なぜか承認を復唱している艦長当人でさえ眼を白黒させている。
己の発言に困惑しているのは、一目瞭然であった。
そして、艦長を始めとした幾人かのそんな雰囲気は、伝声管越しにも伝わって来るのであった。
お読み頂きありがとうございました。




