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88 本日は大嵐ゆえに、暴風雨なり 3

 敵艦隊主力は半包囲を狙うかのような艦隊機動を取っているのが、遠目にもわかる。 そのため、陣形の翼端部が伸びつつあった。

 私は艦隊司令官の隣の席に座りながら、彼我の相対位置を思い浮かべていた。

 すると、ちょうど敵主力と自軍艦艇が正対している位置関係になるのが判る。


『   (敵主力)【 ⇦⇦⇦◎(自軍艦艇)   』


 艦隊司令は、この第一艦橋にある指揮所で艦隊全体の指揮を執っている。

 因みに艦隊司令の席は、周囲の状況と戦況を見極め易いように艦長席のある階層からも更に上層に配置されおり、今も頻りに遠眼鏡を覗き込んで、周囲の状況把握に努めていた。

 そんな艦隊司令が敵方の動きを注視しながら、その僅かな艦隊機動からすぐに相手の意図を察していく。



「彼方は、数の優位を生かしての半包囲戦術だな。

 だが『教科書通りに物事は進まない』と云う事を教育してやるとしようか。

 輸送艦艇は、敵艦隊から距離を取る様に内側に配せ。

 護衛艦隊は前進しつつ2列縦陣を組み反航する。

 装甲防御が厚い艦を敵面に対するように配置!

 一航過するぞ! 右舷砲戦準備! 敵の伸びた翼端を狙え! 

 一航過後、全艦最大戦速にて離脱する。 駆け抜けろ!! 

 此方は順風【追い風】で、あっちは逆風【向かい風】だ。

 敵艦は反転に手間取る!

 各艦の後部砲塔は、航過後に撃ちまくれ! 当たらずとも良い!

 敵艦が回頭する方向を見定め、その舳先【へさき/船首部】に撃ち込んで時間を稼げ!」



 艦隊司令の言葉を受けて、再び相対位置を思い浮かべてみる。


『   (敵主力)【   

       ⇦⇦⇦◎(自軍艦艇) 

         ⇦⇦⇦◎(自軍艦艇)』


 敵主力艦隊の戦陣:半包囲を企図した『偃月の陣形』

 自軍艦艇の戦陣:伸びた片翼を掠め過ぎて突破を図る『二列縦陣』



 艦隊司令から指令を受けた残存護衛艦が前進しながら陣形を整え始めた。

 そして飛翔空母群は、盛大に帰還を促す信号弾を上げていた。

 信号弾を確認した空戦中の各騎は、急ぎ反転して近場の飛翔空母に着艦していく。

 友軍騎の滞空数が少なくなり、あと数瞬で本格的な直接砲戦での戦闘が始まる事になる。


 そんな中でも、本来は鈍足の輸送艦艇なども順風【追い風】に乗る事で、速度が出ているのは僥倖といえる。

 いつ風向きが変わるかもしれない空域において、その利を最大に生かす艦隊機動を即座に採れる歴戦の艦隊司令官の判断は正しいと言えるッ!


 ・

 ・

 ・


「艦隊統制射撃! 主砲指向、先頭の敵集団! 火力を集中せよ!」 

「艦隊統制射撃。目標、先頭の敵集団、方位三一〇、距離三二〇〇。

 標的選定は適宜。各艦主砲装填よし。艦隊統制射撃、準備宜し」

「よし。撃ちィィ方……始めッ!!」

「撃てェイ!」 


 ドドォ――~~ン! ドドォ――~~ン! ドドォ――~~ン!


 腹に響く重低音が、現実感を伴わないまま鳴り響いていた。

 号令一下、我が艦隊の前衛隊が砲撃を始めている。

 次いで順次射程内に入った友軍艦艇も適宜に砲撃を始めた。そんな中、一拍遅れて敵艦も砲撃を始め応戦してきた。


 蒼い空を切り裂くように、双方の砲火が飛び交っていく。

 照準機器類の性能は此方に一日の長があるのか、命中弾をいち早く送り込んでいく。

 そして被弾した敵艦といえば火の華を盛大に咲かせ、黒煙を吐き出す様が遠目にも見て取れた。

 一方で隻数が多い敵方は、必然的に手数も多くなる。

『下手な砲も、そのうち当たる』を地で行く【じでいく】が如く、猛烈に打ち続けている。 そして遂に、その火力に捕捉される艦が出始めたのだ。


「巡洋艦トリアゾア、被弾するも継戦能力を維持! さすがは歴戦艦だ!」

「駆逐艦アザンテⅢ、多数被弾! 沈降するも砲撃を継続!」

「標準型戦艦ユーリアス、被弾するも健在。損害は軽微な模様!」 

「戦列艦イーライ、被弾! 速力低下する!」

「護衛艦ルトルガ、爆沈! 救難艇は観えず!」 

「輸送船ミライ、同じく輸送船リュイガ、被弾炎上中! 速力が急速に低下」

「――」


 止めどなく報告が挙がってくる。

 その報告が挙がる度に、思わず視線を流して被弾した艦船を探してしまうのは……、私が戦場に慣れていないからだろうか……。

 双方共に黒煙の葉を伴って、幻想的な火の華を咲かせているが、そんな大輪の紅い花の下では、乗員達の血肉が撒き散らされる地獄絵図が繰り広げられていた。


 それでも猶、移民船団を護りつつ護衛艦隊は敵の側方を通過しようと、苛烈な攻撃を加え続けていった。

 一方で、敵艦隊は半包囲陣を敷くため両翼を広げつつあった矢先に、片翼の先端に集中的な痛撃を喰らってしまった。それのみならず被弾による損傷で、航行能力の喪失や操舵不能などに陥り、艦同士が衝突し擱座して浮遊する事態が続発していた。

 そのような状況下では、僚艦の戦闘機動をも大きく阻害し、友軍誤射の危険もあることから攻撃の手が緩んでしまう。

 あちらから観れば突如、片翼が団子のようになってしまった状況と云えるだろう。


 そんな敵の側方を、移民船団と護衛艦隊が順風【追い風】を受けて増速しつつ、全速力で強行突破を図ろうとしているのが観える。


 混乱している友軍部隊を見て、中央に布陣していた敵艦隊主力は艦隊陣形を保ったまま悠然と大きく迂回している時間的猶予はないと、判断したようだ。

 このままでは、『取り逃がす』という最悪の状況も想定される中、止む無くその場での急速回頭を命じたのだった。

 だが元より逆風【向かい風】に正対する陣形であったため、回頭を始めた事で無防備な船体側面に猛烈な烈風を受ける事になってしまった。

 猛烈な烈風を受ける船体面積が急増した事で、艦の姿勢を御せずに翻弄され、更に衝突を回避しようとして、艦隊陣形が大きく崩れていく。

 そして、ここでも小規模ながら艦同士の衝突が起こってしまう事になった。

 片翼が団子状態で、中央もこれまた猛烈な烈風により大きく陣形が崩れているところに、各艦の舳先を法弾の軌跡が掠めて通過していく。


 護衛艦隊は、当たる当たらずを気にせずに、回頭中や減速している敵艦の舳先に砲撃を加え続けていたのだ。

 一方で、撃たれている方から観れば、まるで自艦を狙っているかのように火線が幾条にもその舳先の至近を掠めて飛んでいく。



 ヒュゴォッ――ンン! ヒュゴォッ――ンン……。


「至近弾、挟叉されているぞ!」

 絶叫交じりの報告が上げられるが、そんな報告を聞くまでも無く、その艦の艦長や操舵手も艦橋要員も至近を通過する法弾を観ているのだ。


 そのため至近弾が通過した艦は、自艦が捕捉されていると誤認し、各個に回避運動を始めてしまい、僚艦の機動が全く読めなくなっていく。

 そんな僚艦の回避運動で、より混乱の度合いが深まったところに、偶然の命中弾で僚艦が擱座したり爆散する姿が散見された事から、更にそして確実に火力が集中されていると誤認し、更なる混乱を生み出していた。


 そんな最中でも残った片翼は、何とか回頭しつつあった。

 中央の部隊に比べて、戦力配置が薄い事が結果的に功を奏したといえる。

 そんな回頭を終えた片翼の隊も、応戦に手間取っていた。

 射線が殊もあろうに擱座したり、混乱している自軍艦艇に塞がれてしまったのだ。

 更に被弾した敵味方の艦艇から漏れ出る黒煙が風に散らされて煙幕のように広がり始め、視認性が低下し始めていた。


 そんな中で、遠目にも相手方の艦船団は強行離脱しつつあるのが判る。

 この状況下で『相手を見失う』訳にはいかない。

 長期航海と連続した戦闘で、補給状況は逼迫していたのだ。

 大戦力を投入したが故に、物資の消費もまた大きい。

 やむを得ず、単独で追撃するべく増速を開始した。




 何とか敵側面を突破し強行離脱しつつあったが、それでも追撃の構えを取る敵部隊が遠景に観える。

 護衛艦隊のみであれば、まだ引き離せるかもしれない。

 しかし移民船団の大半は、改装・改修された民間船である。

 いくら順風で速度が稼げると言っても、そこまでの速力の優位がある訳ではない。

 加えて、いつまでもこのままの船速を保てるわけでもないのだ。

 いまは敵艦隊の混乱に乗じているが、混乱から立て直れば喰らいついてくる。

 それまでに、どれだけ距離を稼げるかが本作戦の枢要となる。


 艦隊司令や参謀を始めとして艦橋要員の全てが、追撃してくる敵艦群への対処に頭を悩ましていたのだが、そこに想定していない報告が監視員から挙がって来たのだった。


「戦艦ルイテン及び戦艦アルテライン、共に減速、転舵回頭中!」

「続いて少数の艦も続航しています」


「なんだ?! なぜ回頭している!?」


「ルイテンより発光信号! 読みます。

 『ワレ、気嚢きのう圧低下。高度ヲ維持デキズ、速度低下セリ。

 本艦ハ艦船団ノ行動二追随デキズ。

 コレヨリ本空域ニ留マリ、最期ノ戦闘二望マントス』

 ルイテンが左へ転舵。急速回頭、転進しています!」


「同じくアルテラインより発光信号! 

 『ワレ、主帆柱【メインマスト】及ビ機関損傷、出力低下。

 旗艦及ビ艦船団ノ行動二追随デキズ。

 コレヨリ最期ノ戦闘二望マントス』

 同じくアルテラインが左へと転舵。急速回頭、転進しています!」


「続航している各艦より発光信号! 読みます。

『我、護衛戦群ノ両旗艦ヲ援護セントス。

 艦隊本隊及ビ船団ハ、速ヤカニ現空域ヨリ離脱サレタシ』

 以上です」


「なぜだ?! 被弾はしていたが、損傷は軽微であったはずだぞ!」

「馬鹿な……。なぜここで転舵を? 陽動? いや……時間稼ぎ……か……」


「ルイテン及びアルテラインより発光信号! 読みます。


 『移民船団及ビ、護民官殿ノ武運長久ナル事ヲ祈ル。

 アトキリア連邦ノ大志二、再ビ光ガ燈ル事ヲ確信シ、以テ別レノ言葉トスル』


 ……別れを告げています……」


 言葉にならず項垂れている水兵を、艦隊司令は下がらせる。

 アルテラインが属するアルロイト諸邦出身の水兵なのだろう……。

 そしてアルテラインの勇姿を観るのは、これが最後なのだと水兵ゆえに分かったのだと察した……。


 すでに二艦とそれに続く三隻は、回頭を終えつつある。

 その動きを見るに、やはり致命的損傷など受けておらず、いまなお戦闘能力を維持していることは明白だった。

 発光信号にあった通り、艦船団を逃がす遅滞戦闘のために、現空域に留まるつもりなのだと理解する。


 この新鋭戦艦たる二隻は、アトキリア連邦の領邦・構成国の在地艦隊を指揮する旗艦として、建造された新鋭戦艦であった。

 そんな新鋭戦艦たる二隻を今回の移民事業に託けて、無理やり編入させたのだ。  

 この船団と艦隊を率いる総旗艦カノーアと共に、艦隊の主力を担っていたのだ。

 そんな主力艦の二隻が……、僅か三隻の護衛艦と共に、追撃に移った敵艦隊を迎撃するべく猛然と進んで行く。

 再びその雄姿を観ることは叶わないだろう……。

 私には、唯々その雄姿を見送る事しか出来ない……。


 自分は『何もできない』という残酷な現実が露わとなり、我が心を苛んでいく。

 自分には己の拳を強く握り締め、散り逝くその雄姿を見届ける事しか出来ない。

 ……これほどまでに、自分は『無力なのだ』と痛感した事は無かった……。

お読み頂きありがとうございました。

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