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87 本日は大嵐ゆえに、暴風雨なり 2

 そして長い航海の旅路は、早くも六〇日に達している。

 本来であれば、到着予定地に既に到着していたはずであった。

 総数二〇〇余隻を数えたかつての威容はいまや色褪せ、疲労と焦燥に彩られている。

 いまでは九一隻の移民船団と三二隻の護衛艦にまで減ってしまっていた。

 遭難したのではない。 ……撃沈されたのだ。

 それだけの激闘を演じなければならなかったのだ。

 眼を瞑れば『悔恨』の一言しか思い浮かばない。


 ・

 ・

 ・


 三〇日を越えて、引き返せない空域迄進出したところで襲撃に……、いや攻撃に遭ったのだ。それは突如に、そして整然とした攻撃であり、まるで『この空域を通過する事を判っている』かのような伏撃であった。

 つまりは『そういう事なのだ』と察する。『売られた』と云う事だろう。

 問題は『誰に売ったか』だ。そして、その対価が『如何ほどで、如何なるものなのか』も気に掛かる。だが、今はそれどころではない。

 この降り掛かる火の粉を、何としても振り切らねばならない!



 初撃を被ったのは、いつだったか……。

 緊張からくる強度の疲労と睡眠の不足で、記憶がいまいち定かではない。

 確かあれは、穏やかな空の雲の切れ間から垣間見えた併走している所属不明艦を発見した事から始まった。

 所属不明艦三隻から成るこの戦隊は、艦型照合簿で所属が判明する間もなく、有無を言わさずに攻撃をしてきたのだ。

 この第一撃で、老朽化しているが標準型護衛艦二隻と、輸送艦艇一隻が瞬時に爆発炎上し、空の藻屑となって墜ちていった。


 移民船団を護るべく、すぐさま護衛艦隊が反撃し、短時間の内に撃退に至ったが、この所属不明艦は恐らくは哨戒の任に就いていた戦隊であろう。

 偶発的接触にしては、有無を言わさず即座に攻撃を仕掛けて来た対応。

 そして僚艦が一隻撃沈されるや、即座に退く対応。

 其の事が示す事といえば唯一つしかない。こちらを探している『敵対する艦隊主力』が近くにいると云う事だ!


 ・

 ・

 ・


 遊弋している敵艦船とすでに複数回に渡り交戦しているのだが、その都度ごとに敵戦力が増強されていく。

 それに比例するように、我が方の損害も多くなっていく。

 墜ちていく艦船を、散っていく同胞達を何度見た事であろうか……。

 殊に移民を乗せた改装船舶は、直視できない。


 幼子を抱いた父母が、沈降していく船から必死に手を伸ばし、救難艇に子供だけでも移乗させようと必死に手を伸ばしている光景。

 爆発に巻き込まれて、身体を火に包んだ兵が船外へと大空へと飛び降りる光景。

 そして離船した救難艇を執拗に攻撃する敵……。

 そんな惨劇が繰り返されていく。


 無論、此方の護衛艦とて熾烈なまでの防御戦闘を繰り広げていく。

 時には自らの艦を移民船団の盾にし、損傷を受けた艦も少なくはない。

 だからこそだろう、移民船団の数に比して戦闘艦艇数が余りにも少なくなっていく。

 そして、そんな執拗な攻撃が繰り返され、徐々に我が方の消耗を強いられ漸減されていく。


 少しでも損傷と損耗を抑えようと、雲海の隙間を縫うように進んで行く。

 喩えそれが誘導されていると判っていても、そしてそれが予定航路から大きく逸れていようとも、移民船団を帯同しつつ進まねばならなかった。



 そして遂に、敵主力と対峙する事になったのだ。 

 それは、これまでの散発的な攻撃とは明確に規模も苛烈さも異なる大規模な戦闘になるだろうと、皆が判っていた。

 これから行われる戦闘は、我らにとっては『決戦』ではあるが、対峙している敵に取っては『一つの会戦』に過ぎないのではないかとの疑念が思い浮かぶ。

 そして、もはや予定の地に辿り着くことは出来ないだろう事も皆が判っていた。


 事ここに至っては、『そんな未来の杞憂よりも、今ある危機をまずは越えなければならない!』と皆がその心を一つにする。


 そして程無く戦闘が始まるが、まずは様子見の攻撃。そして徐々に激しい攻撃へと移り変わっていくのに時間は掛からなかった。


 ・

 ・

 ・


「速い! あの大きさで、これかよッ! 信じられん、あれで攻撃するつもりだってのか!?」


「なんだ、ありゃ!? 杭か?!」


 もはや艦の直衛騎は縦横無尽に飛び回っているが、群がる敵の数が異常に多い。

 その中で、デカい杭らしき物を抱えた敵騎が急速に接近してきたのだ。

 その騎影を発見した直衛騎が、阻止しようと接近していく。

 それを見て敵騎は、これ以上の接近は不可能と判断したのか、杭らしき物を掴んでいた足から離して、離脱行動を試み始めた。


 そして放たれた杭らしき物といえば、突如に炎を後方に吹き出させながら一気に加速して、艦へと突進していくのだった。



 突入してくる杭をみて、狙われた護衛艦の艦長は声を張り上げて、操艦を命じる。


「急速降下! 躱せッ!」

 やや彼我の距離があるが、そう悠長に眺めている訳にもいかない。

 それほどに突入速度が速いのだ。



 飛翔騎を艦載している飛翔母艦は、近接での迎撃を行いつつ、杭による攻撃を回避するべく回避機動を試みている。

 だが、飛翔母艦という艦種は総じて巨艦である。見るからに機敏な動きを見せる事など巨艦故に出来はしない。

 ジリジリと緩慢に艦種がやや下方に向き始めていく。

 推進力と艦自体の重さで速度を稼いで回避を試みていたのだ。

 そんな艦の艦首上方を、巨大な杭のような荒削りの巨木が轟音を上げながら猛速で通り過ぎていく。

 至近でみたその杭は、木製というか巨木そのものであったが、その先頭部は円錐形に成形され、ご丁寧に先端部には鋼が被せてあったのだ。

 あんなモノが、あの速度で直撃したら、ただでは済まないだろうと艦橋部にいた全員の額に冷や汗が滲む。



 一方で、艦内の重要区画では別種の事案が進行していた。

 この新鋭の大型飛翔母艦は、帆に風を送る風属性の魔石を大量に積み込んでいるが、いまは緊急時と云う事で、規定以上の風力を送り出し続けている。

 必然的にかなりの過負荷が掛かっており、増念回路は過熱し、冷却のため大量の水が掛けられて濛々【もうもう】と水蒸気を発していた。

 さらに自重を軽減するため魔術式を操る魔術師も乗り込んでいたが、いまは緊急降下のため術式を緊急停止していた。

 だがいつ何時、艦首を起こす操艦が伝達されるかもしれない。

 其の時には、班の全員が死力を尽くさねばならないだろう。それほどまでの大きさで建造されたこの新鋭艦が妬ましい。


 『なんでこんな大きさで作ったんだッ?!』と設計者を吊し上げたい気持ちで満ちていた。

 そんな心持ちになるのも当然であって、視線を流せば、違う部署を担当する同僚の術者達は、鼻腔から出血し、血涙や吐血までしている者までいるのだ。

 文字通り身命を賭して、術式を発動させていたのだ。


 そんな貴重な新鋭艦で、とてつもなく危険な航路を行かなければならない理由など本来はなかった。

 本来ならば、この新鋭艦は慣熟訓練を経た後は、外交使節団など乗せ、近隣諸国に対し友好的な【砲艦】外交の任務に就くはずだったのだ。


 それが、今や死闘を演じているのだから、世の習いの何と数奇な事かと苦々しく思わざるを得なかった。そんな一時の休息も束の間の出来事、今度は『上昇し艦首を持ち上げて立て直せ』との無慈悲な操艦の命令が下されたのだ。

 些か幻滅しながらも、死力を尽くしていく術者達。

 どのみち、艦が撃沈されれば一蓮托生なのだから、文字通りに身命を賭して死力を尽くすしかないのだった。



 飛翔騎兵の攻撃にさらされ、なす術もなく陥落していく城砦。

 飛翔騎兵に包囲され、突破を図るも阻止され撃破されていく部隊。

 このように飛翔騎兵は、使い処を間違えなければ、それはとてつもなく有用な戦力となる。


 一方で、洋上での飛翔騎兵の闘いと云えば、地上を見下ろしての戦闘とは、その様相が一変する。

 損傷するなりしても地上に不時着と云う訳にもいかない。

 しかも高空での戦闘である。撃墜されれば助かる見込みなどないに等しい。

 ましてや還るべき飛翔母艦が撃沈しようものなら、還るべき場所すら失う事になる。

 また当の飛翔母艦とて、本来の自艦に所属する艦載騎数以上は着艦させられない。補給を受けさせられないのだ。これは精神面云々よりも、現実的な積載量の問題であった。

 したがって、敵味方を問わず飛翔騎兵は飛翔母艦を何としても守ろうとするし、優先目標ともなっていた。

 また飛翔騎兵自身も、過酷な訓練を乗り越えた選抜兵員である。

 だが今この時に在っては、飛翔騎兵自身よりも艦の兵員の方に問題が生じていた。

 急な編成で進発した弊害が、ここにきて露わになっていく。


 飛行中に状況を確認すべく飛翔騎兵が周囲を見渡すが、眼の端にキラリと光るモノが見えた。


「ん、なんだ? 光? な、バカが! なんで着艦誘導灯なんて点けてるんだ?! 沈められたいのか!?」


 そんな言葉を吐いた直後に光の元が動揺し、ついで件の着艦誘導灯が消えていく。

 さらには、黒煙を靡かせて徐々に沈降していくのが見えた。

 民間の貨客船を改装した特装飛翔母艦に配属された新兵が、飛翔騎兵を安全に着艦させようと気を利かせて、全通上部甲板上の着艦誘導灯を灯したのが、この惨劇の端緒であった。


 洋上で上も下も蒼いなか、白い雲間に飛行する船体の灰色。

 そんな中を着艦誘導灯が煌々と燈れば、映えるどころか『狙ってください』と言っているのも同然である。

 そして案の定、複数の敵機に群がられて幾つもの火球を浴びていく。

 いくら改装改修船とはいえ、元は民間の貨客船である。

 元来の構造からして軍用艦船とは違う上に、碌な装甲防御も施されてはいない。

 更には致命の一撃として、先ほどから飛び交っている巨大な杭に船体を貫かれたのだ。


「……くッ!? このクソ蟲がァァアアッ、墜ちろォォオオッ!」


 その光景を観た飛翔騎兵達が、近場の敵を撃墜していく。

 その内の一騎は撃沈されたあの艦に所属していたのか、報仇の昏い情念に憑りつかれたかの如く、単騎駆けで敵陣に向かっていったのだった。


 また別の艦も幾多の波状攻撃で損傷し、其の命運もまた尽きようとしていた。


 左右両舷を前後に全通して伸びる発着艦専用飛行甲板と、中央船体部に艦橋部が置かれたその特徴的な艦影【H型】の正規飛翔母艦であった。

 この艦にも船体の左右両舷側面部に添って、着艦誘導灯が配置されているが、さすがにこの戦場で着艦誘導灯を煌々と点ける事はなかったのだが、大型艦故の大きさと、そしてその特徴的な艦影【H型】ゆえに非常に目立つ。

 そのためか、これまた敵方からは格好の標的と認識されていたのだ。


 そんな艦にも、いずこから飛来したのか、その右舷後方側に連続して火球が吸い込まれていき、一拍を置いて爆発炎が咲き乱れた。

 次いで轟音と振動が艦全体を揺るがし、黒煙を吐き出し始めた。


 ビイィ――、ビイィ――、ビイィ――、ビイィ――、ビイィ――。


 警報と共に、緊急発艦を促す伝令が走り回る。


「補給は即時中断しろ! 出れる奴は急いで出せ! 沈降するぞ、急げ!」


 飛翔士が翼竜に飛び乗り、飛行装具を身に着けながら救難具一式を投げ渡され、それと同時に甕形【かめがた】燃焼弾・射出型鉄心槍や連射式小型法術筒に対する給弾が停止され作業員が離れていく。


 かなりの重量を装備して重そうにしながら、ヨタヨタと翼竜が歩んでいくのがあちこちで散見された。その向かう先は船内の緊急発艦用の装置である。そんな装置に慌ただしく近づき、次々と設置されているパレットにその身を置いて、射出用の術式が起動し、艦後方の下向きに発艦していく。いうなれば船底からの射出である

 これは見ようによっては環状の帯【 ベルトコンベアー】に据え付けられた荷役台【パレット】に乗って、下方に向けて射出されていると言い表す事が出来るだろう。

 

 また上甲板上で発艦待機していた各騎も、緊急発艦を試みていく。

 通常の発艦ならば、両舷の上部甲板にある射出装置に据えられたパレットをその脚で掴み、翼を広げて風を受けてながら射出されていくのだが、今は危急の時ゆえに、側面部に張り出した滑り台からも順次、自由落下で発艦していく姿が見れたのだった。


 なんにせよ、飛翔騎兵達は我先にと順次に、緊急発艦していった。

 母艦が被弾して高度が下がりつつあることに加えて、徐々に船体が傾斜しつつあるのだ。 

 現状では、この艦に着艦しようとする者はいない。

 そのために荷物搬入口も開け放たれ、補給待ちで装備が軽い飛翔騎兵らも急いで緊急発艦をさせていく。


 そもそも、翼竜自体もかなりの重量があり、加えて装備重量も加われば相応の重量ともなる。船体の傾斜が増していけば、そんな重量を抱え込んでいる翼竜自身も容易には動けなくなるので、とにかく出れる騎体から発艦させるしかないのだ。

 まして現状は沈降しつつある母艦からの緊急発艦である。文字通りに実質上、放り投げられているのと同義であった。

 放り出された翼竜とてこのまま落下するのはイヤなのか、すぐに翼を広げて飛翔状態に移ろうとするが、やはり下方射出のため落下速度が付いており、翼を広げて風を捉えてからの安定した飛行姿勢には早々には移行できない。

 せめてもの救いと云えば、落下速度が速いため、敵から狙い撃ちにされることが少ない事だろう。

 通常発艦の射出にしても、緊急発艦での落下にしても、空中に『飛び出る』という手順が挟まれる事から、必然的に一定以上の安全高度が必須となる。

 言い換えれば、ある程度の高度がないと発艦できないのだ。

 何らかの事情で高度不足の場合は、装備類を空中で投棄したり、飛翔士のみを乗せて発艦することになる。この場合はすぐに飛翔状態に移行できるが、戦場で無防備になるという危険があった。また僚艦に運よく拾ってもらっても、その僚艦とて積載装備に限りがあることから、出来る限りは装備類を着装して発艦する必要があるのだ。


 警報音が鳴り響く緊迫した雰囲気の中、整備と補給を担当する要員が、担当する飛翔騎兵に最後の状況確認を告げてくる。


「現在の補給状況は、2割未満だ。連続での出撃で疲労も溜まっている。そんなに長くは動けないだろう。すまんが、僚艦に巧く拾ってもらってくれ。……この戦いを始めたのは奴らだが、やるからには勝たねば――「そこッ、なにやってる! すぐに船体傾斜と高度が足りずに発艦できなくなるぞ、いそげ!」……いけるな? ……生き残れよ。発艦準備よし! 出すぞッー!」


 その要員と敬礼を相互に取り交わす。

 パレットから緊急射出される騎体から離れ、直ぐに別の騎体に駆け寄っていくそんな姿が、騎手の視界から流れ去っていく。


 そもそも艦の沈降が始まっていると云う事は、艦の重要区画に在る浮遊気嚢に何らかの機能障害が出ていることを意味している。

 そして戦闘中に浮遊気嚢を修理・修復できるほど浮遊気嚢は簡便な造りはしていない。だからこそ艦の重要区画として厳重な防御化に在るのだが、それが損傷してしまった事実は、あまりにも重かった。



「護衛艦隊は、なにをやっているんだ! 母艦がやられたぞ。俺たちはどこに帰りゃいいんだ!」


「いま、空に出ているだけでもありがたいと思え! 補給で戻っていて緊急発艦が間に合わない奴は、一緒に墜ちているんだぞ!」


 大型飛翔空母の護衛を行う護衛艦も被弾炎上し黒煙を靡かせているが、その黒煙を煙幕代わりにしようと動ける限りにおいて、その船体を動かしている。


 だが、その黒煙越しにも接近してくる敵の編隊が見えるのだ。

 さらに、その遠方には敵艦隊まで見え始めていた。

 彼我の距離は、直接砲戦の距離にまで近づきつつあったのだ。


 そんななかでも奮戦しているのが第一護衛戦隊の戦隊旗艦であったが、その終焉の始まりを告げる報告もまた、飛び交う怒声と悲鳴と共に、艦橋要員から唐突に告げられた。


「敵騎、方位角五〇、右舷上方より急速接近、数七! 艦隊旗艦たるカノーア【飛翔母船】に向かう!」


「カノーア【飛翔母船】に夾叉弾を認める! 狙われているぞ!」


 観測員の怒声が、伝声管から艦橋に響き渡る。

 遂に直接砲戦の距離まで、詰められてしまったのだ。

 直接砲戦の距離で夾叉弾が出ているという事は、相手の照準と測距が適合しているという事を意味している。

 それは乃ち、そのまま撃ち続ければ、遠からず命中弾が出るということなのだから、観測員が怒声を張り上げるのも当然だった。


「カノーア【飛翔母船】の横に着けて、射線を塞げ! 前にでるぞ、第一戦速! 近接防空戦闘、法弾を惜しむな、撃ちまくれ! 敵騎の接近を許すなよッ!」


 襲来する敵騎に向けて、左舷舷側の小型弩弓砲からは矢が雨の様に吐き出され、回転砲塔内の術士から術法撃の火線が伸びていく。そのほとんどは虚空を貫いていくが、彼我の距離が近づくにつれて集弾されて、ついに敵騎を捉えた。

 火線に捕捉された敵騎の内、一騎は火球の直撃を受けて爆発四散。もう一騎は弩弓に翼を傷つけられ高度と速度を落として離脱していく。


 また残った五騎の内、一騎は直衛騎に撃墜され、残りの四騎が回避行動をとりつつ攻撃態勢を整え、再度の隙を伺っていた。


 一進一退の様相を醸し出す戦場には、辺り一面に黒煙が立ち込めて視界が塞がれていく。

 各護衛艦はそんな視界不良と給弾が重なり、一時的に火線形成と弾幕が薄まってしまった。


 その間隙を縫ってまた別の敵騎編隊が再度接近を試みてくる。

 そして火球が六条放たれ、カノーア【飛翔母船】に向かっていった。

 カノーア【飛翔母船】の監視要員も直ぐに声を張り上げて報告を上げるが、カノーアへの直撃コースに乗っているのは歴然としていた。


「敵火球六! 近い!「最大戦速ッ! 艦を、火球にぶち当ててでも止めろ! 総員、衝撃に備えろ!」」


 ズズズゥ――ン!


「本艦左舷に被弾多数! 気嚢壁損傷。艦の水平平衝状態維持できず。復原できません。船体が左に傾斜しつつあり、傾斜角は猶も増大中! このままでは、錐揉み状態で落下する恐れがあります!」


 本来、護衛艦は数発の被弾は当然のように想定されている。其れこそが戦闘艦艇の由縁ともいえる。また、たとえ被弾したとしても重大な損傷を受けない限りは即時に継戦能力を喪失することは無いのだが、すでに本会戦が開始されてから数時間を経ており、それ以前にも大小の散発的戦闘で損傷が蓄積されていたところに、本会戦でも幾度か被弾しており、防護隔壁まで損傷していたのだ。

 そして今回の連続での被弾で気嚢袋が損傷、圧力の均衡配分状態が崩れて船体傾斜が発生してしまう。

 この船体傾斜が過度に傾斜すると、天地が逆転する逆さま状態になるか、最悪で高度が維持できずに加速しながらの落下状態に陥ることになる。

 そんな状態で船体軸を中心に回転し始めれば、いわゆる『錐揉み状態』に陥ってしまうだろう。そうともなれば、もはや制御のしようがなくなるのだ。


 そして、この錐揉み状態で落下するという事は、確実な破局を意味する。

 錐揉み状態にでもなったら、もはや操舵は不能であり、加えて遠心力で床に押し付けられ身動きが取れなくなる。

 つまりは脱出することさえ不可能になる事を意味していた。


 かつては、空中にある飛翔艦から脱出するということは艦から飛び降りる、つまりは身体一つで自由落下するという事を意味していたが、近年の技術導入で救命道具の開発と導入が進み、脱出艇が装備されるようになっていた。


「機関部、推進機関を停止させ、動転輪を止めろ! 総員退艦! 繰り返す、総員退艦! 右舷側の緊急通気弁を開けて気嚢圧を下げろ!」


「其れでは、艦の浮遊力が維持できません!」


「かまわん! いずれにせよ、この船はもう保たん! それよりも右舷に少しでも戻して時間を稼げ! カノーア【艦隊旗艦】はどうか!?」


「損傷は認められず、なお健在! 増速しています」


「敵突撃襲艇の接近を確認! 船首衝角【ラム】による攻撃です。また別の敵編隊が第三戦群に接近中!」


「信号をトリアゾアに送れ。

『我、戦闘能力を消失。護衛戦隊の指揮権を貴艦に移譲する』だ。

 同じく『第三戦群に警報、貴戦群に敵編隊が接近中。留意されたし』以上だ。

 さて諸君、諸君の勇戦に艦長として感謝する!」

 艦橋要員に向けて艦長が、謝意を表し敬礼を送った。


「ハッ! 我らも艦長の類稀なる【たぐいまれなる】指揮に与り、また薫陶を受けました事、我が誉れと成りましょう」

 それを受けて答礼を返す艦橋要員一同。


「と、まァ、こういう挨拶をするとだな、まるで今生の別れのように聞こえるが、まだ終わらんよ。そうだろう、諸君?」


「ハハハ、確かにッ!」

 破顔しつつ応えていく。


「脱出艇を装備させたのは、先の護民官殿の英断だよな。ま、なんだ、折角あるモノなんだ、当然使わせてもらわねばな! では副長。脱出艇の準備をしてくれ。俺は艦内を一巡してくる、三名ついて来い」


 艦長は部下を引き連れて、取り残された者がいないかを確認しに、艦内へと勇躍していく。

 副長はそんな艦長の姿を見送ると、直ぐに与えられた命令をこなすために残余の脱出艇を準備するべく、同じく駆け出したのだった。

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