85 お忍び的事案
《 ラルキ王城 応接室 》
「この者らを用いると良かろう」
そんな詩織の言を受けて視線を流せば、片膝を着き頭を垂れて跪いている者達。
「えっと、先ずは面【おもて/顔】を上げてちょうだい。其れでは、お貌が見えないでしょう?」
そんなリーナの気兼ねない言葉を受けて面を上げるが、交錯するその眼光は余りにも鋭かった。
「それで、あの……詩織様……、この者達は?」
詩織から引き合わせたい者達がいると告げられると共に、人払いを求められたリーナはエミナを残して面談に臨んだのだが、想定外の申し出と予想外の鋭い眼光にリーナは困惑していた。
そのため、エミナがリーナの心情を代弁しているのだが、エミナもまた当惑しているのは誰の眼にも一目瞭然であった。
「ベルザルの暗部だった者達だ。ベルザルが潰えて務め口が無くなった。 ま、言うなれば仕える主を喪った浪人だな」
「暗部……。な、なるほど?」
当惑と困惑が綯い交ぜ【ないまぜ】になった表情を、リーナとエミナが浮かべている。
「問題は、陰たる暗部であった事から、当然ながらに内外の同業者やらに広く恨まれておってな。
影働きを行うゆえに実力は確かにあるのだが、一方で高度に専門化した故に、どうしても絶対数が不足しておる。また個々の者達も一騎当千とまでは言わずとも、間違いなく豪の者達ではあるのだが、やはり数で押し込まれれば、いつまでもその威勢を保てる訳ではない。加えて襲撃する者達も、それなりの腕前だ。いつかは確実に押し切られることになろうて。 言うなれば、孤立無援な上に多勢に無勢なのじゃよ」
「……」
リーナは言うに及ばずエミナとて、影に属する者達の噂は聞いた事がある。
その漏れ聞く噂の内容からして、あまり好き好んで交友を深めたいとは思えない。もっとも噂はあくまでも噂であり、確たる証拠がある訳ではない。
そもそもが、その姿を見た者がいないのだから、全容も掴めないのが当然なのだ。だが、その『その姿を見た者がいない』という実態が、全てを消し去る事を意味しているのではないかと、これまた噂になっていたのだ。
これが暗闘の末に対象者なり関係者なりが静かに処理されて、闇から闇に消えていくのであれば、まだ穏便? だと云えるだろう。
だが、実しやかに語られる不穏な噂の中身と云えば、『その姿を見た者全ては勿論の事、関係者問わずにその全てが始末されている』と云うモノなのだ。
云うなれば、『全滅させれば、目撃者などは存在しないことになる』という事と同義となる。
例えば、村落が謀略の舞台となれば、その村ごと消える。
例えば、ある商会が謀略の舞台となれば、都合よく強盗の憂き目に遭った挙句に火付けされて、奉公人含めて家人が全滅と云った具合だ。
これが貴族絡みだと、示威効果と抑止効果、そして教育効果を企図した、専門用語で云うところの『ワカらせる』という行為が、より苛烈に凄惨になる傾向が強く、各方面から増悪される一因ともなっていた。
それほどまでに虚実が綯い交ぜとなった悪名を馳せていると云える。
また、そんな悪名を敢えて受けて、其の悪名を使いこなしているとも云えるだろう。
だからこそリーナとエミナが、眼前の者達の素性を明かされて、表情が強張っているのも頷ける状況ではあったのだ。
そんな高まった緊張すら、露ほども感じずに詩織は話を続けていくのだった。
「――その上、先ほど述べた様に、その高度さ故に幾重もの緻密な支援体制と継続的な兵站を必要とするのだが、現状においてその支援と兵站を司るべき雇い主がいない。 加えて、己等のみで自立しようにも数が足りず、恨まれているので他所に助力を頼むことも出来ない。
結果、新旧の敵対勢力から襲撃を幾度も受け続け、多大な損失を被り、いまではこの者らの隠れ里は半壊の憂き目にあう有様でな。 このままでは遠からず壊滅が目に見え始めたところで、妾が新たなる主探し、要は就職斡旋を条件に一時的に配下に引き込んだのだ」
「そ、そう……なの……」
なんというか、二の句が継げない。
暗部の者達が集まる里に単身で乗り込み仕えるように話を付けてきた事を、まるで道端で震えている小動物を拾ってきたとでもいうような口調で伝えられる。
だが、よくよく考えると合点がいかない点もある。
この隠れ里の者らに、話を付けた事は『まぁ、良しとしよう』とは思う。
だがだ……、この者らの隠れ里を襲撃していた者らもいたはずだ。
そんな襲撃者らとも話を付けて来たのだろうか?
恐らくは抜かりのない剣聖の事だから、其処等の事にも万事に手抜かり無く話はついているのだろうとは思う。話が付かなければ、話が付くように『ワカらせた』のだろうと云う事も、なんとなくは判る。
だからこそ、敢えて其処には踏み込まない。
『不用意に踏み込んではいけない事が、歴然としてある』という事が判る位には学んだのだ。 人はこうして心に棚を作り、巧く整理していくのだと実感していくエミナとリーナであった。
だが、一方でよく聞く『拾ってきた小動物を私が面倒みるからといって飼い始める』のとは、内容も規模も違う。今回の内実は、暗部の就職斡旋である。
しかも、指揮権と最終決定権と責任は国王たるリーナに帰し、状況に拠っては報告が直接リーナに成される事もある。
こういう組織は必ず首座として最高位者(この場合は国王たるリーナ)が就くモノなのだと詩織から薫陶を受けている。
なんでも他の者に直接に指揮監督を任せてしまうと情報が捻じ曲がったり、すり替えられたりと碌な事にならないらしい。もっとも現実的には最高位者とて、それだけに専従する訳にもいかないので代理権限をもつ長をおいて間接的に指揮監督に充てさせることになる。それとて必要とあれば、『いつでも最高位者に直接情報を上げられ、かつ最高位者が直接的に指揮監督をする』ことが肝要なのだとも教えられていた。
そんな責任重大な事案に、リーナとしても何と応えるべきなのか、逡巡せざるを得ない。
かと言って、諜報を担う目と耳も持たない王など『態の良い木偶人形』と成り果てるのも、また事実。
ラルキはまだ建国してから、さして時間も経ってはいない。
此れから組織を作り、構成員を集めて訓練するとなると、途方もない時間と財貨が掛かる事になる。その間に外部勢力の根が入り込めば、遠からず禍根を残す事にもなる。しかもその根が深く入り込めば、仔細を明らかにするだけで途方もない時間がかかる事になるだろう。その間にも、干渉されるのは必然だと云える。
そのため早急にエミナなどが防諜を始めとする諜報機関の構想を練っていたのだが、流石のエミナも苦戦苦闘している。だが、そんな懸念事項を一挙に解決する策というか、『実力と実績?』もある出来あいの組織を丸ごと持ってきたのである。
喉から手が出るほどに渇望するとは、正にこの事だろうと実感する。
あとはこの者らの信頼をいかに勝ち取り、同じくエミナとリーナがこの者らをどれほどまでに信用するかに懸かっていると云えた。
「うむ、この三名はその里の代表とその補佐を務める者達でな。一名に里の管理を任せ、一名をここラルキの拠点に常駐させる。そして残りの一名を連絡要員として城勤めとするのが良かろう。また報酬だが、前の雇い主は吝嗇【けち】であったらしく相当に渋く、十二分に潤沢な報酬という訳でもなかったようだ。加えて待遇も悪く『端者』として扱っていたようでな。状況と事情を考慮に入れて一考して欲しいのじゃよ。話を繋いだ妾から一言申すならば、『諜報と防諜』は専門職ゆえに、相応の待遇と報酬を確約するべきであろうな」
そんなリーナとエミナの思慮を慮る事などせずに、話しが続いて行く。
「それはそうね……。『情報を軽視するのは、己の命脈を軽視するのも同じ』ですものね……」
「ほォ~~! よく覚えていたの!」
詩織が感心したように声を挙げているが、そんな詩織に向かって『ムフ~』と得意気な表情を浮かべているリーナ。その横ではエミナが為たり顔【したり顔/物事が巧くいって得意げな顔・ドヤ顔】でリーナの横に佇んでいた。
何の事はない、詩織の講義や何気ない会話で気に入った言い回しなどを事細かにエミナが書きつけていたのだ。このいわゆる『詩織語録』をリーナも読んでおり、事あるごとに引用していたため、名君との世評と噂が挙がっていた。
「そうね。待遇と報酬は、どれくらいがいいのかしら? それと支援体制の整備も考えないと……。ん~~」
思案顔のリーナとエミナを見て断定や誘導はしないように注意しながら、詩織が助言をしていく。
「そうよな、『態勢を整える事』は『投資なのか、投機なのか、賭博なのか』、どれに該当するのであろうな?」
「それは『投資』でしょうね。其れも実績と実力を兼ね備えた勝ちが観える投資。いわゆる『価値ある投資』でしょうね……」
「陛下、我らはこのような組織を抱えた事はありません。故に相場と云うモノが判りませんが、早急に組織を編成しなければならないのも、また事実。言い値とは申しませんが、実力ある者たちならば相応の待遇が必須であると考えます」
「そうよね……。ところで貴方達は以前はどれくらいの報酬だったの?」
その言を受けてチラリと長が詩織に視線を送ったのを受けて、詩織が言葉を繋いでいく。
「答えにくいようなので、妾が代わりに応えるとしようかの。報酬なのじゃが、これがまた呆れてしまうのじゃがの、その内実は――」
「そ、そんな……に? 国運を賭ける事すらある政治の基たる情報に、そんな安値を付けたの? 言い換えれば相手の事も軽んじているって事じゃ……ハッ?!」
此の隠れ里の長が先ほど云い淀んだ事も理解できる話であった。
恐らくはラルキの事も調べていたのだが、その対価となる報酬が余りにも軽いので、ラルキを愚弄していると誤解されるのを恐れたのだろう。
それほどまでに、安い……。
情報を得るのも命懸けであるにも関わらずに、あまりにも安い。
其れは延いては『己の命をも値切っている』のと同じ。
ベルザルは己の命脈をも値切ったのだ……、正に『滅ぶべくして滅んだ』とも云える。
「うん、わかったわ。貴方達を雇い入れます。待遇は国の士分格とし、帯剣と名乗りを許します。また報酬・俸禄は以前の十倍とし、別途に任務報酬も用意しましょう。また里を直轄領とし、其処に定住と自治を許可します。また開墾も当分は自由とします。細かな所は後ほどエミナも交えて話を詰める事になるのだけど、大枠としては此れでどうかしら?」
「?! あ、有難き御言葉でございます。我ら一同、精魂尽きるまで陛下と御国に尽くす所存でございます」
以前は僅かな報酬のために、その身命を賭していた。
帰らぬ者や深手を負う者も多かったが、不平を述べる事すら許されなかった。
報告を上げるにも人手を介し、時間がかかる。さらにはその報せさえ捻じ曲げられた末に曲解され、捏造さえされる始末。
そんな情報を基にした施策が巧くいけば自画自賛のみで、里には雀の涙ほどの益しかなく、失敗すれば『誤報』との叱責を受け、その責任は里に押し付けられる事が常態化していったのだ。
剰え、ダンジョン勢との戦で劣勢に陥り『窮すれば鈍ずる』なのか、達成不可能な任務【暗殺任務】を命じられた挙句、熟練の手練れを数多く失ってしまった。
余りの無能さを雇い主に実演されて見せつけられたのである。いまにして思えば、あの時点で『心は既に離反していた』と言っても良いだろう。
その兆候は以前から、確かにあったのだ。
例えば、『汚れ仕事を請け負わされ、悪名のみが轟く』などだ。
諜報は影働きゆえに功名など不要なのだが、その事すら理解していない。
繰り返される馬鹿げた任務によって、本来の諜報活動にさえ支障が出始めてしまう。されど、もはや止め様が無いほどに馬鹿げた任務が繰り返されていく。
ここまで来ると敢えて悪名を轟かせて、『予防効果を狙うしかない』ところにまで至るが、これが悪手であった。
かえって『有る事無い事』まで噂が立ち、方々からも敵愾心を買ってしまう。
しかも弱り目に祟り目なのか、『窮すれば鈍ずる』を地で行くが如く、報酬の支払いさえ渋り始めるという醜態を雇い主に見せつけられ、最後には当のベルザルが潰えるに及んでしまった。
支援と兵站を担っていた雇い主が潰えてしまえば、残された里とて安穏としては居られない。
諜報任務と云う高度な技術ゆえに、支援が滞れば途端に窮する事になる。
潜入先で資金が尽きて、這う這うの体で脱出せざるを得なかったことなど数知れず……。
偽装工作の基が脆くも崩れ果て、諜報任務に就く者が戦闘などの大立ち回りをする事など論外であるにもかかわらず、戦闘に至る事もまた数知れず……。
遂には、里にまで強襲が成され、死傷者が出始めた。
また本来は隠れ里であるにもかかわらず、その位置が露見している事自体が、いわば異常事態である。
とても里の者が口を割ったとは思えない事から、ベルザルの残党に『捨て値で売られた可能性』が非常に高かった。
強襲が一定の戦果を生んだ事を好機と捉えたのか、同業者のみならず扇動された輩にまで徒党を組まれて、襲撃される事が幾度となく重なる。
幾度かは襲撃を打ち払ったが、その度に死傷者が続出していく。
そんな窮状で里長は、ある決断を強いられる事になった。
それは、女子供だけでも逃がすべく、最後の攻勢に出るという決断だった。
そのための準備が静かに成されていく。
女子供と若干の護衛を山に分け入れさせ落ち延びさせるべく、最後の攻勢が敢行されるそんな前日の夜、里の者達は互いに最後の別れを済ませていく。
そして、いざ打って出ようしたある日の朝に、里の者達は目撃したのだった。
まるで山が燃えているかのように、山肌に赤い靄【もや】が掛かっていた。
事情が分からない幼子などは暢気に『紅葉のようだ』といって喜んでいたが、戦場で働く事もある者達からすれば、違った事象として見ることが出来た。
あれは――『血霧』――だと。
そしてその日の晩に、複数の使者が震えながら連れ立って来訪し、ある事を告げて急ぎ去っていくという事があった。
――「血盟が成された。以後の攻撃は断じてない!」――
それが使者達が震えながら述べた言葉だった。
不思議なのは皆が皆、異口同音【いくどうおん】なことだろう。
もっとも、その不思議さも翌る日【あくるひ】の朝方には解消したのだが……。
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そんな物思いにふける里長達を観ながらリーナは言葉を紡いでいく。
「この条件で受けてくれて有難う。だけど口頭だと不安でしょう? 後ほど書面を公布するから、少し待っててね?」
里長が再び頭を垂れて謝意を表し、ここに契約は成される事になった。
何というか、――『ほんわか』した主君だな――と云うのが里長の偽らざる第一印象であった。
まぁ、無駄に苛烈な主君よりは、遥かに良いのであろうが……。
一方で、あまりに『ほんわか』していると、付け入る隙があるのではないか? とも危惧するが、面を上げよと命じられた際に、一瞬ではあるが垣間見た『怜悧な目つき』をしたリーナを見逃さないだけの力量を、里長と補佐役は確かに持ち合わせていた。
「御言葉のみならず、ご高配まで賜りし事、有難く。(……なるほど、これは面白い。果たして、どちらが本性であろうな? 血霧殿の薫陶を受けている事からも努々、軽んじる事は出来ぬ。後にでも里の者達に厳命しておかねばなるまいて……)]
言葉の裏で、違う事を考える事など造作もない事だ。
だが、考える事と感じる事は、文字通りに『天と地ほどにも違う』のだ。
もしこの新たなる主君を軽んじ愚弄すれば、今度は里が『血霧の里』と成り果て消え去ることになるだろう。
思い返すは、あの日の出来事だ。
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使者達が講和? を告げて、まるで逃げ帰るかのように足早に去った夜は、いつもより深く、そして昏く感じられた。
そんな夜も静かに明けて迎えたあの日の朝方に、白地に朱色で彩られ黒で縁取りされた狐を模した仮面を被った女人がふらりと里に来訪し「骸を葬っておけ、獣と疫病が寄ってくるでな。後ほどまた来る」と、まるで塵芥を捨てておけとでも云う様に命じられた御姿が思い起こされる。
腕に覚えがある猛者たちが一歩も動けずにいたあの威風。
皆が一様に『歩く告死』という言葉が思い浮かんだと云う。
まさに『身の毛がよだち、背筋が凍りつくほどの戦慄を覚える』とはこの事だろう。
命じられる筋合いなど本来はないはずだが、死にたくはないのか、皆がその命令が当然であるかのように従っていく。
そして訳も分からずに、恐れながらも山に分け入って目にしたのは、目を疑わんばかりの骸の数……。
いま思い返すだけでも身震いし、吐き気を催す。
……そして何よりも恐ろしいのが、その骸が綺麗な点だろう……。
抵抗した手傷と云うモノが、一切無いのだ!
つまり一刀の下で斬り伏せられている。
あの人数を、一撃のもとで打ち倒している事実が、……余りにも重い。
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もし、あの剣技が我らに向けられたならばと、考えてしまうのだ。
そんな里長らを置いて、エミナは何やら小声で呟きながらも書付をしている。
里長らは、先ほどの約定の草稿を練っていると考えていた。
……口頭の約定を書き残すか。
口約束では終わらせないとの事だが、どうやら本当のようだな。
なんとも誠実で面倒事を厭わず、忠実【マメ】に行う様子に安堵する。
……これは存外に『当たり』の主君かもしれんな。
一度【ひとたび】信用を向けられたならば、信頼で返さねばなるまい。
そして信頼とは、行動で示され勝ち得るモノ。
ならば……いま一度、野を駆けようぞ。
そんな感慨を覚える里長であったが、エミナが書付けているその内容といえば、里長の考えているモノとは全くの別物であった。
「ブツブツ……、( ――『投資なのか、投機なのか、賭博なのか』――。 なるほど、物事を見立てる際の一つの基準ともなる。うむ、……含蓄が深い!)」
また一つ、詩織に感化されるエミナであった。
お読み頂きありがとうございました。




