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83 捨てる者あれば、拾う者あり

《 ガザニア傭兵連合国 暁傭兵団団長 》


「――ちィィいい~~……♪」

 図らずとも自分が歌っている歌詞が描く情景に、万感の思いが籠る。

 そんな情感を豊かに謳い上げていくが、そんな短くとも長い歌を俺は唄い終えた。

 

 コーラスと後奏が余韻を残して後に続き、やがて物悲しく残響音を残しながら、その場に溶け込んでいく。

 そんな残響音に我が身を浴しながらも、その残響音を創り出した者達に思いを馳せる。

 楽団がいるのも驚いたが、合唱を行う者達までいたのだ。これには、もはや論じようにも言葉がないというのが実感だ。 それほどまでに驚愕したが、その楽団もその技量は確かであったが、合唱をする者達もこれまた巧い。

 ……そんな巧者たちと共演する俺と云えば……、まぁ、なんだ、言わずもがなと云ったところだ。下手は下手なりに出来得る限りのことをするしかない。ヘタウマの段階に達していれば御の字だが、俺が至った実態と云えば……論を避けたいところだ。


 そんな俺は、謳い上げた後、頤【おとがい/顎】を僅かに上げて、天を仰ぐ。

 終わった……、全てが終わった。其れと共に俺の心は血涙を流していく。

 確かに支払い遅延という義を欠いた行いをした俺の評判は、既に地に落ちていた。   


 だが、そんな地に落ちた俺の評判といえど、少なくと地に横たわりながらも厳然として存在していたと云える。

 だが今となってはそんな俺の評判も、地の底に、奈落の底へとたった今を以って堕ちていった。

 

 さらば、昨日までは『そこそこイケてた俺』。

 こんにちは、今日の『諦観の境地に至った俺』。

 これが煩悩を断った『涅槃の境地』ならば、どれだけ良かっただろうか……。

 

 なんにせよ、本日の酒場は相も変わらず盛況な事になるだろう。そしてそんな酒場では、俺を酒の肴にして『嘲笑の嵐』が吹き荒れることになる。

 いわゆる悪い方の『噂のあの人』って奴だな……。良い方の『噂のあの人』でないことが悔やまれる。

 まぁ、俺の事はもういい。良くはないが、もういいとしか云い様が無い。

 それよりもお客様の方が気に掛かるが……。


「……」

 波濤のような歓声を期待していた訳ではない。

 瀑布のような嘲りを当然だが期待していた訳でもない。

 

 静かではあった。 かと云って全くの無音という訳ではない。

 喩えるならば『穏やかな波』といったところだろうか……。

 もしくは奥深い森の中で『息を殺しながら、こちらを窺っている』と云った方が良いのか……。

 云うなれば、ただただ『静かに在る』、ただ其れだけ。

 だが其れだけなのが、逆にもどかしい……。

 

 そんな想定していない反応に、俺の心は否応なく搔き乱される。

 なんというか、居た堪れない。居心地が悪いと云うべきか。

 

 だからこそ、俺は静かに一礼する。そして踵を返してゆっくりと、そして堂々と胸を張り歩を進める。

 ……走り出したい衝動に駆られるが、俺は逃げなかった。

 歌い切った、遣り遂げたからこそ、最後までこの矜持を保つべきだ。

 そんな俺を、俺は褒めたい。


 満身創痍の上に心にまで深い傷を負った俺と入れ替わりに、如月統括長が声出しをしていく。


「はい、ありがとうございました。

『――戦友達から託された報せを届けるべく、彼【か】の者は今も駆けているのでしょうか。彼の者の胸に宿る『必ず戻る』と誓った言葉の重み。彼の者の背から聞こえる突撃の号令。彼の者は振り返りたい想いを断ち、駆け出す。一日でも早く、一刻でも早くこの報せを届けなければならない。そして戦友達の下へと再び戻らなければならない。彼の者は己の夢ではなく戦友達のために、風と共に今も戦場を駆けていく――』

 そんな情景が思い浮かぶ歌でしたね。

 ただいまの歌唱を披露してくれましたのは、暁兵団団長殿でございました。


 はてさて、楽しき刻と云うものは思いのほかに早く過ぎていくものでございます。惜別の念もありましょうが、此れにて本日一回目の余興の幕を下ろさせて頂きます。次回の余興は昼過ぎの予定となっております。次回迄幾許かの時間もありますので、是非に店内へと足を運んで頂ければ幸いでございます。また当店舗前に協賛いただきました飲食店の露店もございますので、此方も併せてお声掛け頂ければ幸いでございます」


 満身創痍の上に心にまで深い傷を負った俺と入れ替わりに、常人なら臆する事受け合いのこの一種異様な雰囲気に呑まれる事も無く如月統括長が物怖じせずに流暢に声掛けをしていく。


 その様たるや、一言で云えば『デキるッ!』を体現していると云えよう。

 そんな声を俺は背に聞きながら、何とか立ち直るべく別の事に考えを振り向ける。

 この場で俺の歌のみならず、統括長の挨拶などを聞いていた者達は気が付いているのだろうか?

 声が拡声されていた事に……。

 そう確かに大きく声を出してはいるが、それとて限度というものがある。

 いや、外から見ても『大きく声を挙げている』からこそ、なかなか気が付かないのかもしれない。

 如月統括長や店長、そして俺の首元に、小型の集音機が装飾品のように付いていることに。

 そして小型集音機が拾った音が、店舗の外壁に巧く隠すように取り付けられた拡声器から出ている事に……。

 こんなことが出来る理屈が皆目にして見当がつかない。

 だが恐らくではあるが、如月統括長は理屈を判っている。

 だからこそ、この地で商会を興し運営するのならば、信頼のおける護衛が必須となるのだろう。そしてその信頼のおける護衛に俺達が選ばれたのも、今になって漸く理解できた。一時的に雇うよりも専属の方が良いし、専属よりも商会の一部門の方が都合がよいのは自明だろう。

 しかも強引に買収した傭兵団よりも、破綻寸前の傭兵団を買収した方があれこれと口を出せるのは当然だろう。今回の俺のように『歌え』と要望されれば善処するしかない。なんでもかんでも『命令』の一言で済まされないだけ僥倖と言える。この事からも、如月統括長は良い上役と云えるだろう。


 反面、商会の一部門になる事が指し示すのは、俺達も深く関わると云う事だ。

 そして、……離反するならば、眼を覆わんばかりの苛烈な制裁が待っていると推察される。その論拠は、如月統括長について来ていたあの護衛だ。

 眼を見ればわかるが、あの眼は『幾人も殺っている眼』だ。しかも何の感慨も湧かなくなっているほどに『殺り慣れている眼』だ。

 俺たち傭兵達とまた別種の『眼光』なのだ。

 影に生き、陰と共に在る。そんな暗闘を見て来た者の眼だ。

 そして影ゆえに無形であり、変幻自在なのだろう。

 幾つもの仮面をつけて、雑踏の中に入り込んでいく。

 ……そんな数ある仮面の一つが、『新規開店の歌が巧い店長』という仮面であっても然して驚かない。

 まぁ、なんだ、ヒトは見かけに拠らない事の好例だろう。

 店長として見れば親しみやすい雰囲気で、いつも柔和な笑みを湛えている。

 俺とて、最初に護衛としてやってきた際の眼を見なければ、佳い店長と誤認しそうなほどだ。逆に云えば、それほどの『熟達した練達』という事だろう。

 世の中は『思いのほかに広い』と実感できる良い実例だろうな。

 そんな『思いのほかに広い世の中』は『戦乱』に満ちているが、其の対極には『平和』という概念がある。だが、その字義にはいくつかの意味があるのだ。

 その中でも異説とされる考え方に――『平和とは、敵を平らげてその骸の上で、和む』――と云う考え方がある。 

 つまり殲滅すれば、世は平穏であり、心は静謐であると云う事だ。

 そして、そんな『平和』の中で光が強く輝けば、影はより一層に濃くなる。

 もっとも影が濃いからと言って、光が燦然と輝いているとは限らないがな……。

 ははは、なんにせよ、思わず納得しちまったよ……。

 

 

 ようするに如月統括長とこの店長の属する組織は、言葉は悪いが通り一遍のありきたりな商会ではないと云う事だ。かと言って暴虐無道にして悪逆非道を好み、傍若無人な立ち居振る舞いをするのかと思えば、決してそうではないのだ。

 孤児院を買収していると聞き及んだときは、人身売買にでも手を染めているのかと危惧したが、その内実は全くの逆であった。まだ買収から日が浅いとはいえ、身を清めさせて文字と計算を学ばせているのだ。『なぜそんなことを?』と問えば、『後続の人を育てねば立ち枯れるからだ』と返されたのには絶句した。つまりはそれだけ先々の業容拡大を図っていると云う事だろう。そしてその目論見は上手くいくのではないか……と俺は見ている。


 そんな事を徒然【つれづれ】と考えていると、下がって来た如月統括長に声を掛けられた。


「ふふふ。団長殿、やってくれましたね……」

【ふふふ。団長殿、見事なまでに演ってくれましたね。素晴らしい!】


「えー、まぁ……。出来得る限りの事はやりました」

【えー、まぁ……。見事なまでに討ち死を演じちまったが、それでも辛くも惨劇を演り遂げたぜ】


「皆さんに大変好評なようで、その歌に大いに感銘を受けていましたよ」

【情感の籠った歌唱に、お客様は大変な感銘を受けたようで、その余韻に浸っていましたよ】


「尽力した甲斐があったというものです」

【俺の演じた悲劇で感銘? を受けてもらえたことが、せめてもの救いか。もっとも公開処刑で俺の心は散華したが……】


「次の舞台も期待していますよ」

【これは常設化しても良いかも知れませんね。あと新たな歌い手も探さないと!】


「粉骨砕身努力します……」

【骸になおも鞭打ち、スケルトンになっても尽力しろとは……、これまた手厳しい。確かに暴虐無道・悪逆非道・傍若無人ではなかったが、暗黒商会ではあったか……。しまった、これは見誤ったかも知れない……。商会傘下に入ったことは軽挙妄動であったのであろうか。……かといって、全てを御破算にして今から自らの力のみを頼りに独立しようにも、最低でも金貨三百に今迄の経費も用意しなければならない。いまの俺にそんなことが出来るか? 出来るはずがない。そもそも無理難題を押し付けられて難詰されている訳でもない。ただ『歌え』と言われただけだ。これらを鑑みれば、結論としては『俺は滅私奉公するしかない』と云う事だ。時期も折柄も良く、俺の心はつい先程に血涙を流して滅したのだ。ならば俺にできる事は限られている。それは、絞り出すかのように『粉骨砕身努力します』という言葉を紡ぐ事のみ!】


「皆さん、楽しみにしていますよ! 露店の方も次回公演の時間合わせのために立ち寄っていただいている様で活況の様です。声を掛けて出店を促した手前、『失敗したらどうしましょう?』と憂いていましたが、杞憂に終わったようで何よりです。私からも、店長と団長殿に御礼申し上げます」


 そう言いながら軽く頭を下げている。

 普通に考えて上役がとる態度ではない。

 軽く雑談を取り交わした後、諸務を見るために如月統括長は店舗内に戻っていく。 

 そんな後姿を俺は静かに見送ったのだ。


 先程までは如月統括長の言葉を裏読みして邪推していたが、どうやら本心から喜んでいるようだ。となると先ほど掛けられた声も本心からと云う事になる……。

 

 ふぅ~~……、どうやら俺も随分と捻くれちまったようだな。

 まぁ……、いろいろあったからな……。

 それを差し引いても、これは気を付けないと世の全てが歪んで見えてしまう事になりそうだ。

 

 善意や好意には、異論を挟む余地もなく裏がある、下心があると邪推する。

 注意される事を、謂れなき糾弾と声高に訴える。

 礼節を強制と感じる。

 規則を不当な弾圧と捉える。

 己が見聞きしていない事、知らない事、不利になる事は全て誰かが仕組んだ陰謀であり、ときには歓待すらも策謀と考える。

 配慮される事は当然であり、天より賜りし至高の権利であると見做す。

 自己の権益は、須らく不磨の大典であると信仰している。


 これらはすべて『己を中心とした基準で判断する』が故の反応だ。

 つまりは『自らを考えの基準』に据えているからこそ、相手もそうに違いないと勝手に見做しているのだ。

 その根底は『自我の歪な肥大』と『世の中に対する際限なき甘え』に拠っている。 

 突き詰めれば『如何なる暴論・暴挙も己は良くて、他者が行う事は許されない』とか『己のみが正しく、他の者は須らく誤りである。それが故に正しい自分が教え諭し導かなければならない』という独善に陥り、『失敗したり巧くいかないのは、全て愚かな他の者の責任である。従って追及され糺され批判されなければならない』となるのだ。

 恐るべきは、際限なき自己正当化であり、突き抜けた全智全能観と云えるだろう。


 まぁ、このように自戒を込めて慎重に論を進めていたのだが、会話を反芻【はんすう】した事で先ほどの如月統括長が宣った『とある言説』に注意が向いた。


 ――『次の舞台も期待していますよ』――


 ……ん? あれ? 歌うのは初日の一回だけではなかったのか!? 

 

 初日の一回のみと考えたからこそ、俺は血を吐き血涙を流しながら、不本意ながらもこの公開処刑を遣り遂げ乗り切った。

 だがだ……、如月統括長の語調と会話の流れを鑑みるに、まるで俺が三日間、毎回公演する事が前提のような口振りではなかったか?


 な、なん……だ……と?! 

 じょ、冗談だろう?! え? また『歌え』と云うのか!?

 そんなバカな事があって良いのか?!


 や、やはりこの商会は身も心も志も、そしてその魂魄さえも暗黒面に堕ちた商会であり、如月統括長は暗黒面を体現する暗黒卿であったのか?!

 な、なんてこった……。


 神々よ、俺に『救い』は無いと云うのか?!

 俺が進む道は『茨の路』しか残されていないと云うのか?!

 それでも、猶も天は俺に『活きよ』と云うのか!?

 神々よ、応えられよッ!   


 遥かなる天を仰ぎ見て問うも、応えはない。


 ――『蒼天の遥か高き御座、未だその頂は見えず。 故にその御姿と御声もまた遥けき彼方の果てに在り』――


 俺も暗黒面に堕ちそうだ……。

 ……漆黒教会とか暗黒教団って、どこにあるのだろうか?


 ・

 ・

 ・


《  とある商会の地域統括人 如月弥生 》


「……ふふ(ぬふふ、思いのほか盛況な事に安堵しますね! それにしても団長殿はなかなかの逸材でした。まさかあれほどの歌唱の才があるとは、望外の喜びであると申せましょう)」


 こういう状況の事を何というのでしたっけ?

 え~、あ~、ん~『左の頬を叩かれたら、相手の右の頬を殴り返せ?』は明らかに違いますし『飛んで火にいる夏の虫』も何か違いますね……。

『棚から誰かが隠した金子?』も違いますし……。

 う~ん……『青天の霹靂』は、当たらずとも遠からずな感じでしょうか。


 まぁ、なんにせよ団長が逸材なのは明らかです。

「歌ってほしい」と御願いしたところ、夜な夜な郊外まで赴いて遅くまで歌の練習をしていましたからね。

 涙ぐましくも微笑ましい努力の賜物で、才能が開花したと云ったところでしょうか。

 それにしても真夜中にこそこそと出かけるものですから、内通でもしているのかとハンゾウ殿の配下の者が気を揉んで尾行までしていましたからね。

 もっとも、団長殿が真摯に歌の練習に臨む御姿を拝見して、触発されたのか自らも歌の練習に励む結果となったのは僥倖の一言でしょう。

 

 それとも、ここは『くくく、全ては計画通り』と、ほくそ笑みを浮かべて云うべきなのでしょうか? 

 もちろん計画などしていませんけど、全てを了知しているかの如く、全知全能であるかの如く振舞うのが、此のセリフの醍醐味でしょう。

 事情を知らない者が此のセリフを聞けば、その胸中がザワザワと騒めく事受け合いで、『之は敵わじ』と誤認してくれるかも知れない便利な言い回しです。

 

 なんにせよ、これで団長殿の世評も好転するでしょう。

 

 ――『逃げずに、恥を忍んでも、誠実にその務めを果たした』――

 

 此の世評は、殊の外に大きい影響を及ぼす事になるでしょう。

 しかも赤心【せきしん/嘘や偽りのない純真無垢な誠意や真情を表す】のまま歌いあげた歌が、巧かったのです。隠された才と言っても良いほどです。

 これは明日、明後日の余興も楽しみになってきましたね。

 折角、佳い雰囲気になったのですから、私も気を引き締めなければなりません。

 かくいう私も、最終日には一曲披露しなければならないのですからッ!

 勿論の事、『備えあれば嬉しいな!』との格言もある事から、私も修練を積んで声を整えております。

『結果は、事前準備で大勢が決まる』のですよ。委細に渡り怠りは無く、遺漏も無し。

 ふふふ、これぞ完璧、パー壁、完フェクトッ!

 美しい響きの言葉です。


「統括~! 露店の代表の方がご挨拶と打ち合わせにお見えですよ~」


「は~い! いま伺いますね~!」


 店舗内を見て回っていましたが、店員から声を掛けられました。

 皆も楽しそうで何よりです。

 

 さて気合を入れて推して参りましょうかッ!

 ホライゾン商会地域統括人、如月弥生、征きます!

お読み頂きありがとうございました。

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