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82 希望という名の怪物

 《 ガザニア傭兵連合国 暁傭兵団団長 》


 絶望に満ちた時代が生んだ希望という名の怪物。

 言い得て妙な物言いかも知れない。

 だが口に出して言ってみれば、これほど納得する言い方もない事に気が付く。

 

 絶望に憑りつかれた者、そして好む好まざるとに関らず絶望と共に歩まざるを得ない者達、そして絶望を利用しようとする者達からすれば、この希望という名の怪物は如何なる意味を持つのだろうか?


 概して行き詰った社会においての希望という代物は、大なり小なりの社会の変革を伴うことになる。

 だが、それはまた『別種の諦めと新たなる絶望』を齎すかもしれない。

 見知った絶望の中で、辛うじて指を掛けて生きている者達もいるのだ。それと同じく穏やかに日々を暮らす者達もいる。

 

 則ち『新たなる希望を齎す者は、既存の絶望を払拭するかもしれない』が、その希望は、日常を生きる者達をも同じく払拭するかもしれないのだ。

 勿論、それで浮き上がる者もいるだろう。だが同じく沈む者達もいる。

 それと共に何らの変化すらない者達もいるのだ。

 当然ながら、其処には多くの悲喜劇と共に、少なくない血も流れて行くことになる。 そしてそんな者達に倍する傍観者達もいるのだ。


 そんな悲喜劇を伴う社会の変革を目のあたりにして動揺し、『あまりにも急進的だ』と非難をする者達がいる。

 だがだ、それほどまでに激痛や出血を厭うなら、徐々にでも常日頃から自分達で改善なり改革なりをしておけばよかったのだ。

 ところが僅かな変化を恐れるあまり、停滞という甘い蜜の味に耽溺し続けた。

 ほんの少しづつ歪み、軋み、そして崩れていく社会。

 だがあまりにも緩やかに壊れていくが故に、多くの者は大過なく日常を過ごせてしまう。  

 そして違和感を自覚しても『いつか、誰かが、なんとかしてくれる』ことを期待し、停滞という甘い蜜の味に耽溺し続ける。

 無責任を繰り返し、歪んだ現状を看過して甘受し、そして放蕩に暮れて蝕まれていく。

 自分達が破局に突き進んでいることを理解していながら、何もしようとしなかったのだ。


 いや、おそらくは肌【体感】では判っているが、頭【理性】が理解したくないと言ったところか?

 もしくは、理性では理解しているが、感情で理解できないかだ。

 そうして傷と痛みを何とか抑えようと暗中模索を繰り返して小手先の対処で誤魔化そうとする。

 そしてもしかしたら『状況が好転するのではないか?』という存在しない期待に縋り、幻想に憑りつかれ、ただ無為に時だけが過ぎていく。

 なんにせよ、そうして『世を儚み、憂う真似を演じる己に満足し耽溺している』その間にも、破局に向かって進んでいるにもかかわらずだ。


 そして、いざ変革の大波が押し寄せれば、『こんなの聞いてない!』だの『なんでこんなになるまで放っておいたんだ?!』等と言い募る。


 そも急進的になるというのは、社会の疲弊が誰の目にも見えるまでに、具現化している証左と言える。

 つまりは、急進的になるというのは、それなりに急進的にならざるを得ない状況に陥っているとも言い換えられるだろう。


 だからといって、変革を拒めば絶望という名の負の連鎖に飲み込まれる。

 行き着く先は、縮小均衡という名の甘美な衰退だ。

 皆が緩やかに、そして確実に衰退していく。

 無気力を安息と捉え、諦観を安定と誤認した。

 いわば、遅効性の毒といっても良い。

 そして気が付いたときには、手が付けられない状況に陥り、些細な契機で一気に崩壊していく。

 

 だがだ、誰だって座して死を迎える事など出来はしない。

 抗おうとする者も必ず出てくる。状況を打破すべく急進的に動かざるを得なくなる。だが、それすらも非難する者達が必ず出てくるのだ。

 もっと穏便な代替策があると声高に言い募る一方で、いざその穏便な代替策とやらを己が実行しようとはしない。 名と栄誉は望むが責任を背負いたくないのだろう。

 熟慮・熟考という美名の下で、空虚とも無為とも云える時をただただ浪費していく。


 恐ろしいのは、そんな内部の混迷に喘ぎ苦しむ時、そして敢え無く崩壊を迎える時、または対策を練っているその時を、外部の他者は『千載一遇【せんざいいちぐう】にして絶好の好機』と捉える事があるという事だ。

 当然ながら、世にいるのは己等のみではない。

 そしてその『外部の他者』も一様ではない、その思惑もまた複雑に絡み合う。

 そんな複数の思惑が絡み合えば、軋轢が生まれ抗争に発展する。そしてやがては紛争に為り、争いに変じていく。

 当然ながら、単なる人・物・材・財の消費であり、最後には心さえも消尽する。

 巻き込まれた所は、復興など出来るはずもなく、またもや縮小均衡という名の衰退の途に入り込む。 まさに連綿と続く負の連鎖に入り込む訳だ。


 悲しき現実なれど、これが戦国乱世の習いと実相だろう。

 泣き笑いで云えば、泣きが多くなる……。

 だが力なき者では、交渉の端緒すら掴めないのも、偽らざる現実。

 『武力を持ち、戦をする能力と意志もある』と示すからこそ、相手もまた交渉の席に着くのだ。 これは今も昔も此れからも、変わらない真実なのだろう。


 翻って我が身を顧みれば――『並ぶもの無き天下無双の武芸者に、俺はなる』――などとは、露とも思ってはいない。 されど、そんな俺以外の天下無双の武芸者に、常に挑める者ではあり続けたいと思うのだ。天下無双の武芸者が無法に逸ることの無い様に……。


 だが、俺はあの時、躓いた……。

 そして俺は、己の意志でそこで立ち止まろうとしたのだ……。

 だが禍福は糾える縄の如し。

 『すつる神あれば引きあぐる神あり【捨てる神あれば拾う神あり】』とは良く云ったものだ。

 良いのか悪いのかいまだ判然とはしないが、少なくとも其処で停まらなかった。

 拾った命、与えられた命。其れは余りにも重い。

 ――『拾う、与える、手を差し伸べる』――。なるほど、言葉に出すのは簡単だが、それを行う者は『重い決断の下で行動をした』と云う事を忘れてはならない。

 いつでも、どこでも、軽はずみに行えるものじゃないからこそ、重みがある……。


 ならば俺は己の出来る範囲で『己の名』に恥じぬ行いをしたい。

 そして『手を差し伸べてくれた者の名』を貶める事などしないと誓う。

 天が云ったかヒトが云ったか『今を生きて活きろ』と拾われ、そして引き上げられた。

 拾った命、与えられた命で俺は何を為せるのだろうか?

 何かを為さねばならないのは確かだが、今はまだそれが何なのかわからない。

 ならば、いま目の前にある事柄に全力で当たらねばなるまい。

 『何もしないよりはした方が良い』のは必然だろう。

 『何もしないで後悔するよりは、何かをして後悔したい』のだ。

 俺は傍観者には、為りたくない。 


 何かを為すために還って来た。

 そう……、俺は還ってきたのだ!

 待たせたなッ! 


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 そんな事をつらつらと考えながらも、俺は自らの境遇にも思いを馳せる。

 買収案を承諾し既に三カ月の時が過ぎている。

 買収提案書に合意し、調印を済ませてからその足で総合庁舎に赴いて傭兵団の代表変更手続きをし、ついで未払い金の清算をすべく各取引先を廻った。

 その際には如月殿も同行して経営主体が変わったことを説明していく。相手は踏み倒しを警戒したようだが、未払金の清算を一括現金払いで行っていく事に俺も相手も驚いたものだ。さらには些少の迷惑金も上乗せで支払われており、相手方も一応の納得はしてくれたようだ。

 もっとも肝心の継続取引に応じる所もあれば、断られてしまったところもある。 

 まぁ、義を欠いたのは此方だからな。これは致し方ない事だと受けいれる……。

 

 その後も、退団者の処遇やら従来の契約先への説明やら取引先の新規開拓やら、傭兵団の代表変更手続きでの審査とその打ち合わせやら、各ギルドへの登録やらと、雑務が続いていく。

 殊に鍛冶ギルドへの登録では重大な問題が起こったが、まぁ……思い起こすだけで不可解且つ不愉快な顛末で内なる心情が騒めくが、それを表に出す事はない。

 

 平静を装いながらも、何事も無かったように周囲に視線を流していけば、ちょうど『始まりの前口上』が終わろうとしていた。


「――となります」

 俺の上役が、前口上を高らかと述べて此方を振り返った。


「さ、団長さん。いよいよ始めますよ、新たなる時代を切り開きましょう!」


 そう声を掛けられて、俺は無意識に腰に手をやる。

 確かな感触がある。冷たい金属の感触だ。

 これが高らかと掲げられるとき、その時こそ新たなる戦いの、そして新たなる時代の幕開けとなるだろう。


 皆が俺を見やり、注目している。

 『今か今か』と様々な剥き出しの感情を、俺は一身に受けている。

 

 『血沸き、気猛り、肉躍る』この感覚……。 久しい、じつに久しい!

 高揚感がこの身に満ちていく。

  

「刻は満ちた、今ですッ!」

 そんな上役の号令一下、俺は新たなる時代を切り開くべき腰に佩いたモノを抜き放ち掲げる!

 ――『さぁ、いまこの刻をご照覧あれ!』――そんな気概と共に掲げられたモノは陽光を受けて輝いている。

 願わくば『その光で皆を導きたいッ!』と俺は真摯に思ったのだ。


 カラ~ン♪ カラ~ン♪ カラカラ~ン♪

 カラ~ン♪ カラ~ン♪ カラカラ~ン♪

 

 軽やかに澄んだ音色がベルから鳴り響いていく。

 そんな音色がゆっくりと残響を残して消えていくが、入れ替わりに鈴の音のような心地よい声色で宣言していく俺の上役たる如月弥生統括長。


「大変長らく、お待たせ致しました。

 ただ今を持ちまして『崑崙七号店』を開店いたします。

 本日、ご購入頂きましたお客様には漏れなく『福くじ』をお渡し致しております。

 この福くじは、厳正なる抽選の下で景品と引き換えとなりますので、お取り置き頂きお楽しみください。また本日より三日間に渡り開店記念の催しが定期に開催されますので、こちらもお楽しみいただければ幸いです。

 『崑崙七号店』開店いたします。それではご入店ください」


 如月弥生統括長と店長、そして警備主任の俺が並んで一礼する。

 今日このとき、新規開店という『晴れの大舞台』を迎えたのだ。

 天もまた祝福しているのか、抜けるような群青の空で快晴である。

 

 ギィ~~、大扉がゆっくりと開け放たれて店舗の中が垣間見えていく。


「「「「「「「いらっしゃいませ~~ッ!」」」」」」」


 明らかに訓練された店員達が揃いの制服に身を包み、店内で整列している。

 そして来店客を歓待するべく一礼していた。

 お客様の期待が否が応にも高まっていくのが、判る。

 

「いらっしゃいませ~~、いらっしゃいませ~~♪

 『崑崙七号店』開店致しました~~、いらっしゃいませ~~♪」

 鈴の音のような心地よい声色で、如月弥生統括長が呼び込みを行っている。

 そんな如月弥生統括長を見遣りながらも、俺は視線を流して、待機していた者達に微かに頷いて合図を送った。


 この日に雇った孤児達が、着せ看板を着て街中に散っていく。

 因みにこの孤児達は、やたらと身綺麗になっている。

 この店舗に隣接された公衆浴場で、ほぼ毎日のように身を清めているからだ。

 聞けばこの公衆浴場は、如月弥生統括長が属する商会が運営しているとの事だ。

 更に聞けば孤児院も買収しているという……。

 その他にも手広く展開しているようだが……、聞けば聞くほど一商会がやる規模ではないような……。

 だが、今はまだ深く立ち入り聞くほどには、信用もされていないし、俺も信用はしていない。

 だがだ……、これは『面白くなる』と云う事だけはわかった。

 

 そして更に『面白くなる』ためには、俺も信用を勝ち得なければならない。

 そして『信用を勝ち得る』ためには、行動が伴わなければならない。

 そして『行動を伴う』ことで『信頼を得る』のも判るのだ。

 

 如月弥生統括長は、それらを実践した。

 なにせ統括長自身が足を運んで、俺の不始末を詫びて清算し、誠意を示したのだ。此れで信義を示していないとは、流石の俺も云えない。


 ならば次に筋を通して信義を示すのは俺だろう。それが仁義って奴だ……と思う。


 だがだ……、俺にできるのだろうか。じっと我が手を見る。

 三日間に渡る開店記念の余興で、俺は複数回にわたり『歌を披露しろ』と命じられたのだ……。

 

「歌って踊れる警備主任なんて、目新しいではないですか。良い余興になりますよ?」


 如月弥生統括長が、朗らかに、そして満面の笑みを湛えて言い放ったのだ。

 俺は、我が身命を賭して『踊る』という項目だけは削除を願い出た。

 その甲斐あって『踊る』という項目は削除されたが、「歌う警備主任」の歌唱回数が増える羽目になったのだ。


『俺は一体どこに向かっているんだ?!』

 そんな自問自答が俺の胸中を駆け巡るが、同じく時も駆け巡る。

 そんな『時』を押し留める事など俺には当然ながら出来ない。

 そして遂に俺は現実に追いつかれ、噛みつかれたのである。

 斯くも……現実は無情なのである。


「さぁ、団長さん。『刻は今』と云いますが、まさに其の時が近づいてきましたよ」

 月弥生統括長が、朗らかに、そして満面の笑みを湛えて『その時が来た』と言い放ったのだ。


 く、殺せ……。いっそ、一思いに殺してくれ……。

 そんな情念も清らかな鐘の音色の前に、虚しく霧散していく。


 カラ~ン♪ カラ~ン♪ カラカラ~ン♪

 カラ~ン♪ カラ~ン♪ カラカラ~ン♪


『これより、開店記念の余興として歌唱を披露致したく思います。

 皆皆様におかれましては、是非にご高覧頂きお楽しみ頂けますならば、我ら一同、此れに優る喜びはございません。 

 また力の及ばぬ節や稚拙な点等ございましたら、その熱意に免じてご容赦のほどを賜りたく存じます』


 俺は、俺は……。


「それでは、第一の歌い手として当店の店長から一曲披露させていただきます。

 歌は世につれ、世は歌につれ――、それでは歌っていただきましょう『喜びの乾杯♪』」


 紹介を受けた店長が一歩前に踏み出して一礼する。

 それを合図に前奏が始まった。

 前奏? ……どこからと見遣れば、仕切りで区切られた場所に楽団まで控えていた。

 ……ほ、本格的過ぎて二の句が継げない。

 というか、楽団の生演奏何て初めて聞いた。お客様も絶句している。

 こう言って何だが、音曲を聞く機会などは酒場の吟遊詩人の弾き語りが精一杯だろう。

 どこの御貴族様をお迎えしているのかと思うほどの歓待ぶりであった。

 此れで『余興』と言い切る感覚が信じられない。

 そして信じられない事が、猶も続く。 

 

 な、なんてこった、この店長……。歌が、巧い!

 じょ、冗談だろう?! この後で、俺に歌えって云うのか?! 

 

 『生きて活きろ』と云うが、其れは命あっても物種でもある。

 だが俺がここで歌う事で、俺は『社会的な死に至ってしまう』かも知れない。

 ならば、ここは恥を忍んでも逃げるべきなのではないか?

 逃亡を『するべきか、せざるべきか……。それが問題だ!』

 ど、どうする、俺?

 

 決断の時は……、迫っているッ!

お読み頂きありがとうございました。

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