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81 深く静かに、にじり寄る 其の三

「投票剣……か」

 簡素な箱に厳重にしまい込まれて、壁に立てかけられている物に視線を送りながら、はてさてどうするかと思い悩む。


 如月殿が所望するからには、なにか望外の使い途があるのだろうか?

 まぁ、それが判ったとて俺に同じことが出来るとは限らない。

 俺には使い途が判らずとも少なくとも『値が付く事』は判ったのだが、だからと言って『他所に話を持っていった』としても、それで金貨三百枚の値がつくとは……到底思えないんだよなァ~……。

 この『投票剣』を所有している者は、ガザニア傭兵連合国の『評議会』に参加して議決に票を投じることが出来るのだ。たしかに国政に己の意思を一票として反映させられる事を鑑みれば、稀有な剣ではある。


 そんな『投票剣』だが、所有すればしたで『面倒な手続き』やらがあり、持っていなければいないで『己の意志を示せない』事になる。その上、『評議会』の決定はガザニア傭兵連合国の施政方針となり、強制力が伴うので正に『そんなの聞いてないよッ!』な決定にも従う事になる。


 だがだ……、その肝心の『評議会』が、近年では頓に【とみに/急に】開かれなくなっている。かくいう俺の記憶でも『評議会』に参加したのは、四回くらいしか記憶にない。


 現状では所有している負担の方が大きいくらいであろう。そんなある意味で悩ましい投票剣が俺の手元にあるのには、これまた来歴がある訳よ。


 以前に老舗の傭兵団が任務をしくじって、戦力を大幅に減じた事があった。

 基幹戦力の損耗と古参の幹部が相次ぎ死傷し、再編すら困難なほどの大打撃を被っており、早晩立ち行かなくなるのは目に見えていた。

 たとえ傭兵団として残っても、やがては立ち枯れる事になるのは当人達も判っていたのだろう。再起を図ることもなく、思い切りよく解団する旨が告知されたのだ。

 構成人員は引き抜かれたり、引退したりと散って行く。

 そんな中で、件の老舗傭兵団の団長が『暁兵団』を訪ねて来たのだ。

 人員の引き取りと契約の引継ぎの要請であったが、それらと共に別の案件を持ち込んできたのだ。


「――そんじゃ、それで頼むわ。事務は引き受け手がどうしても少なくてな、困ってたんだ。だが『暁兵団』が受け入れてくれる。 此れで彼奴らにも、漸く顔向けが出来るってもんだ」


 負傷した身を押して、知己の相手を廻って人員の再就職を頼んでいるのか……。

 全くこのおっさん……、やるじゃねェか……。


「俺はよォ、お前さんを高く買って【評価して】いたんだぜ。俺が引退する頃合いで、俺の傭兵団をお前さんとこの『暁兵団』に、くっつけちまおうと思っていてなァ……。それが俺の方が『しくじっちまった』もんだからよォ、目算が大いに狂っちまったのよ」


「……」


「おっと、いまさら俺の与太話なんざどうでも良いことだな。すまんな、最近じゃ昔を懐かしむ様になってな。彼奴らもいまじゃ、思い出の中にしかいねェもんでな……。ま、忘れてくれ。それで本題なんだがな、俺のところに『投票剣』てのがあってな。これを引き継いで欲しいんだわ」


「……『投票剣』?」


「応よ、この『投票剣』ってのはな――」


 思い出話が所々に織り交ざっているので、そこそこに話が長い。

 そこを搔い摘んで説明すると、こういう事らしいんだがそれでも長い話だった。


 一言でいえば『評議員の投票権』に関する事柄なのだ。

 それでこの『評議員』てのは、ここガザニア傭兵連合国の『評議会』の構成員の事を指している。

 そして『投票権』ってのは、その『評議会』で議事・議題に対して決議票を投じることが出来る『権理』を表わしている。そしてその『権理』が、実際に剣の形をしているという実に変わった代物なのだそうだ。

 俺もなんとなくではあるが『評議会』の事は知っている。

 ただ、『なんとなく知っている』と云う位には、形骸化しているのも知っているのだが……。


 それらを鑑みれば、こう言っては何だが『剣の形をしている』だけで、特段に目新しい物では無い。 

 それどころか『評議会』自体の形骸化が著しいので、『実利』が伴っていないような……。

 だが由来を聞けば、それはそれで興味深いものではあった。


 ・

 ・

 ・


 事は、アルス大帝国の成立にまで遡る。

 なんでも『俺は建国王になる』という、聞けば皆が笑いだすような戯言をいつも言っている『ほら吹きの若造』に手を貸した傭兵団がいたそうだ。そして時は流れて、紆余曲折、波乱万丈の聞くも涙、話すも涙の物語で、その若造は本当に建国するに至った。そして助勢した傭兵団は、若造が壮年となり皇帝陛下と成る戴冠式の際にも列席するという栄誉を賜っている。其れもかなり皇帝に近い場所でだ。

 これは事実上の側近扱いと云う事だろう。


 ここまでくれば、並み居る諸侯と同格で、各諸侯もその傭兵団長を諸侯のように遇していたらしい。『特権意識と家名』を何よりも誇る貴族たる諸侯が、平民風情の傭兵団長を諸侯扱いなのだから、発言力と影響力、そしてその実力が相当なモノであった事が窺い知れるだろう。


 当然ながら、誰もがその傭兵団長は貴族に叙され、高位爵位も当然だと考えていたところ、その傭兵団長は自治領と自治都市の勅許を願い出たと云うのだ。


 領地付の爵位であれば、必然的にその領内に街なりが付いてくる。

 街などが存在しない領地を配領ともなれば、文字通りに一から全てを始めなければならない事になる。

 若造を皇帝にまで押し上げるという大きな勲功があったのにも関わらず、無主・無人の地を賜るなど『一種の罰』と看做されかねない。

 一からの開墾ともなれば、それほどまで重い役務となるのだ。

 爵位付きですら『尻込み』するのに、爵位は要らずに『自治領・自治都市を望む』とは、『やはり平民上がりか。度し難い馬鹿だ』と内心、嗤いが込み上げるのを隠すのに懸命な貴族達。

 そのため徐爵される栄誉より『自治領・自治都市を望む』という貴族社会から観れば、自分達を否定しているかのような要望は、波乱を呼ぶ事も無く速やかな賛同の下で認められた。


 貴族達から観れば、貴族が増えることは歓迎できない事なのだ。しかも貴族に叙されれば、確実に自分達よりも爵位は上位で、しかも実力まで兼ね備えているともなれば、名実ともに大貴族となるだろう。そんな『目の上のたん瘤』になるかもしれない者が、まだ存在していない自治都市とその周辺域をくれというのだから、満面の笑みで賛同するのは当然だろう。


 ただ、此の自治都市なるモノは、在り来たりの都市ではなかった。

 付帯条件として『永世武装中立』なる聞いたことの無い条件が付いていたのだ。

 平たく言えば『俺らはお前らに口を挟まないから、お前らも口を出すな』と云う事だ。

 言い換えれば、『どことも組まず、与せず、どこにも屈しない』という表明に等しい。

 だがよく読むと隠された含意もある。

 そう、『攻めない』とは書いていないのだ。

 自治都市と周辺域を存立させるために、その軍備は『防御』を本義とするが、受動的防衛のみならず、必要とあれば『積極的防衛』の行動を採るとも解される。 

 つまりは自治が危ぶまれる事態ともなれば、積極的防衛の名の下で単独で攻め込むということを明言している。しかもその『自治』の解釈範囲は自分達が自在に決めるのである。

 確かに一見では『良いこと尽くめのイイとこ取り』のようにも見えるが、『受動的防衛・積極的防衛』を問わず、何処からも『支援・援助』を受けられない事を意味し、極論『降伏・恭順・協調』も出来ない事を意味している。

 言い換えれば、それほどまでに自治・独立に重きを置いているとも言える。


 何にせよ、アルス大帝国の建国で、長きに渡る戦乱の世は収束することになったのだ。

 一方で、大規模な戦の世が終わり告げれば、軍の根幹をなす兵士や傭兵といった猟犬の多くは無用となる。

 だからと云って、戦いに長けた猟犬を数多く野に解き放つ訳にも行かない。

 そこで移民という美名で『棄民策』と『棄兵策』が大々的に行われたが、それなりの長い期間を経た結末といえば『無惨にして盛大なまでの大失敗』という結果に終わる。

 その内実といえば、移民先の大山脈向こうでは主導権争いが始まり、並行して移民元の各諸侯家内でも家督争いに端を発する内紛の煙が立ち込め、それどころか諸侯間では大規模な抗争までが勃発すると云った具合だ。

 結局、各家の内紛が反乱になり、各諸侯間の抗争は帝国内の内乱となっていく。

 『乱』は『争い』となり、『争い』は『戦い』になり、それらは自然と糾合して『戦国乱世』の様相を映し出すのに時間は掛からなかった。

 また内乱の激しさに呼応して、皇帝の権威と権力も次第に衰微し始めるという悪循環に陥る。そしてある貴族の家門が潰える事態が起こり、皇帝の権威と権力が失墜してしまったのだ。劣勢に陥った皇家も幾度かは盛り返すが、結局は持ち堪えきれずに建国二百余年で帝国は事実上の瓦解の時を迎える事になったのだ。

 まぁ……完全に滅した訳ではないのが肝要な点ではあるな……。

 言うなれば『生かさず殺さず』の状態なのだが『成り行きでそうなった』のか、もしくは『そうなる様に状況を巧く持っていった』のかは、判断が別れる所だろうな。『そうなる様に仕向けた』ならば、誰が発案して、誰が行ったのかも気には掛かる。 なんにせよ、未だに皇家の命脈が存続しているのは紛れもない事実だ。



 とまァ……、此れが帝国のあらましなんだが、戦いを生業とする俺達のような傭兵側からすると、帝国成立の前後からその待遇は目に見えて急速に悪化していたらしい。契約金の減額、報酬の未払や勝手な契約改定、保証無しの途中解約の憂き目等々、筆舌に尽くしがたい待遇に遭っていたようだ。

 単独で交渉しようにも『貴族相手に不敬だと取り合ってもらえず、市井の者相手だと横暴だと罵られて訴えられる』の繰り返しで、更に『領主裁判権の下で裁く側の貴族も、傭兵に不利な裁定を下す』事が常態化していた。

 そのため交渉力をつけるためにも、縒り集まる事が必要となっていたのだ。

 そんなときに、自治都市が勅許されて成立したのだ。しかもその自治都市の初代総督が傭兵出身である事から、大小の傭兵団が数多くその本拠を移し集まっていく。

 『ヒトが集まれば金も集まる。金が集まれば市場も出来、市場が立てばヒトも集まる』という循環で、あれよあれよという間に自治都市が成立したのだった。


 ……それって、それを見越して初代皇帝と図った上で、自治都市を願い出たんじゃないのか? 闘い慣れた猟犬を野放しにする訳にも行かずって考えなのは何となく理解は出来る。

 だがだ、猟犬が手に余るなら、それこそ山向こうの新天地に送れば良いだろうにとも思えたが、大規模に傭兵が派遣されると『新天地の取り分が減る』と考えた貴族達が反対していたようだ。 


 なんにせよ、そうして成立した自治都市領をより盤石にするために、初代総督は相当の強硬手段と強権、そして実力で独裁気味に物事を押し通していったらしい。

 そうこうするうちに、再び『きな臭い煙』が立ち込め始めて、傭兵の需要も回復していく。そして自治都市からの派遣という制度が、徐々に出来上がったようである。


 それでも無軌道な傭兵が集まれば、混迷が深まるのは必然だろう。

 だが初代総督は其の事も想定していたのか、ある程度基盤が固まったところで施政方針の大転換を、またもや強権を以って推し進めていく。

 総督府政庁で、呼びかけに応じ参集した多くの傭兵団長たちに施政方針の大転換を、告げたのだ。


「餌欲しさに災禍をまき散らす戦争の犬と蔑まれるよりも、孤高の餓狼である事を望む。 されど孤高の餓狼とて、飢えの極致ともなれば暴虐の獣になる。そうなれば討伐の対象となり、都合の良い贄として生き恥を晒す事になるだろう」


 言葉を区切り、檀上の上から各団長たちを見回す。

 上手く状況が呑み込めていないのか、静まり返る会場で、総督は更に声に力を込めて宣言を行う。


「かかる事態を避けるためにも、歯止めとして合議政を一部取り入れる。

 そして、この合議に参与する評議員には、施策を決する投票権を与える。また如何なる者が評議員であるかを明示し、かつその責任の所在を明確に表すために、ここに参集した各位に『剣』を贈る。我らが進む道をその剣にて切り拓き、降り掛かる危難をその剣で打ち払うのだ」


 このような施策の基盤を初代総督一人で成立させたのだから、大した傑物だと断言できる。当初、集った者達は合議の意味が理解できずに、自分の『空気が詰まった頭』を押さえつけられると考えて、大きく反発したようだ。もっともその反対も、初代総督がその実力を遺憾なく発揮して黙らせたようだが。


 これが『投票剣』の由来なのだが、……なんというか一連の改革案を独善的に推し進めるあたり、やはり独断専行の片鱗が見える。さりとて当時の傭兵団長たちに施策の内容が理解でき、賛意や協調が出来たのかと問われれば、これまた甚だ疑わしいと言わざるを得ないがな……。


 それにしてもこの状況を何と言えばいいんだ? 『改革独裁』とでも云えばよいのか? 何にせよ、一味違うどころか、二味、三味くらいは違うのが判る。

 なにせ自らの家門の世襲を許さないほどの苛烈さが、この初代総督にはあるのだ。


 ある酒宴の席で初代総督の長子と次子が「この地の次代の王は、この俺だ!」という失言を初代総督の前で演じて、両名は共に初代総督から追放処分に処せられたのだ。実際は、この二名をその場で斬り捨てようとしたところ、その長子と次子の母、つまりは初代総督の妻が泣いて取り縋り、なんとか追放で済ませたらしい。もっともその処断に長子と次子の母、つまりは初代総督の妻は精神的衝撃を受けて臥せってそのまま亡くなってしまった。

 後年に迎えた継室が生んだ第三子の長女が総督位を継いだが、此れとてその長女が自らの実力を示して評議会の承認で就任している。附言するとこの第四代総督は、『剣王』の武位を実力で保持していたくらいの武辺者であった。

 因みに第二代総督・第三代総督は、初代とは無縁な者が就任したが、いつしか私利私欲に逸ってその位から引きずり降ろされた。殊に第三代総督の腐敗ぶりは筆舌に尽くし難かったらしく、演壇の上で不運にも公然と短剣に複数回ぶつかって『不自然な事故死』を遂げたようだ……。剣呑剣呑……。


 さて、この第四代総督【初代の長女】の実力の凄まじさといえば、武賛協会が定める、つまりは武神が定めるとされる階位 ――『剣聖【一名】・剣帝【四名】・剣王【一六名】・剣公【六四名】・剣師【二五六名】・剣相・剣豪・剣司・剣令・剣勲・剣壮・剣士』 の常置一二階位―― の中で、定数の決まっている三番目の称号たる『剣王【一六名】』を実力で持っているのだから、相当どころか、世界でも上位に位置する実力者だろう。


 因みに此の定数の覚え方は簡単で四倍すれば良いのだが、何故に四倍かいうと、北天・南天・東天・西天の四方位に分かれているからである。

 つまり剣帝は正確には『北帝・南帝・東帝・西帝』という呼称となる。その基に便宜的に各階位が連なる事になるのだ。

 ついでに附言すると、剣皇【二名】なる特別な位階もあり、これは一名の剣帝が四方位の内、複数を兼ねた際の呼称とされているが常置されてはいない。


 そして件【くだん】の第四代の女総督殿は『東の第三席剣王』という位置づけになる。

 もはや『上から数えた方がはるかに早い』というのが、判るだろう。

 また、この一二階位は『剣相の位』が境目で、剣相以下は雑号位とも言われて人数に定めがない。武賛協会の名簿にも載らない。対して剣師以上は定号位と称されて武賛協会の名簿に載る。

 ……まぁ、あれを名簿と言えるかは、一言あるがな。

 なにせ石碑だからな。あれを名簿と言っていいのかさえ不明だろう。

 では、あれは何んだと問われれば『名簿』としか答えられないのだが……。


 まぁ、いい。話を元に戻すが、この第四代総督は、その実力もさることながら、史書に乗るくらいの『名うての傑物』でもあり、世評もまた高い。


 第三代皇帝の御代において暴政が罷り通り、暴君の名を欲しいままにしていた砌【みぎり/頃・時分】に、帝都の御前会議に乗り込み、当代の皇帝を退位させて市井の民の喝采を浴びたほどだ。

 その際の口上は『初代皇帝陛下との盟約により、民草を絶やさんとする暴君を廃しに罷り越しました。私に剣を取らせる不敬をさせませぬように、ここに声を大にして御忠告いたします」と凄んだのだ。


 因みに城内の親衛隊は全員斬られて死傷、御前会議の場に居た近衛の騎士は殺気に当てられ一歩も動けずにいたと云う。無論、御前会議に参列していた諸侯は息も出来ずに顔面蒼白、官吏は失神するいう各々の悲喜劇が演じられた中で、当代皇帝は震え声で、自らの退位を宣言したと云う。


 一方でこの一件から盟約とやらが露見し、好機とばかりに『不偏不党』『中立』に反すると口撃されたが、『我らガザニアはアルス大帝国あっての自治領であり、帝国の動揺は延いてはガザニアの独立を揺るがす事態である』と公言し、『かかる危急の事態において皇家を守護するという契約を、我らは果たしたまでだ』と断言したのだった。自治領としてではなく一傭兵団が、その務めを履行したと主張したのである。

 勿論納得しない貴族達もいて、自治領に対して圧力を掛けて一戦を交えたが、潰えたのはその貴族達であった。飛び地となった獲得領地を皇帝に献上して、封地替えの名目で近隣地を獲得していく事、実に七回。 かくして現在のガザニア傭兵連合国が成立したのだった。

 またこれらの一件から『皇家の守り人』や『アルスの番人』という別称も冠する事になったガザニアといえば現在でも、名のみにまで零落したアルス大帝国皇家に対して守護の衛兵の派遣しておる。

 もっとも当のガザニアとて長い年月の経過と共に『少しづつ変質』しており、かつて掲げた理念からの齟齬が生じている。 


 さて、ここで件の投票剣がどう係わってくるかだが、この投票剣の持ち主は評議員として議決に関与できるのみならず、当の評議会の開催を要請することが出来るのだ。但し、あくまで要請にとどまる。要請を受けたからと言って、総督は評議会開催の義務まではない。ただ、開催しない理由を公表しなければならない。また不開催の理由に疑義がある場合は、投票剣を持つ者の過半数の同意で、評議会が強制開催となるのだ。

 余り利得がないかとも思われるが、投票剣を持っていないと『総督の選定』において、立候補も出来ないし投票も出来ない。

 無論のこと、自分が立候補したとしても必ず選定される訳ではないのだが、この投票剣を持っていなければ関わることすら出来ない。加えて、この投票剣は必ずこの自治都市に存在しなければならないとされており、この投票剣を置いておく必要からも、投票剣を所有している傭兵団は本部をこの都市に置かざるを得ない。

 多数の有力傭兵団が本部を置けば、情報も財貨も傭兵も集まることになる。定まった拠点があれば依頼もしやすく、連絡も取りやすい。また定まった拠点である以上、一定以上の雇用が必ず生まれる事になるし、税の徴収もしやすい。

 また大規模傭兵団がガザニアから離反する予防策としても機能している。もちろん本拠を他国などにも移せるが、いざ評議会が開会されても参加する事は事実上不可能だろう。遠方に本拠があれば、その往来だけでも一苦労どころの話では済まない。

 そもそも評議会開会の報せは、総督府政庁に張り出されて告げられるのだから、自治都市にいなければ知り様が無い。事務所を設けて人員を配しても、その報せを届けるのにも時間を要してしまう。其れでは本末転倒だろう。


 近隣域に本拠を移したとしても、其の新たな地で傭兵団が必要とする物資や情報、ヒトが集まるかと甚だ疑問だろう。まして移った場所で重用されるとは限らない。

 これら各種の繋ぎ止め策と徴税効果、そして心理的抑制をも兼ねた策なのだろうと、いまにして考えれば思う。よく出来た策じゃねェ~か……。

 そしてこの投票剣を持つ事が『アルス大帝国皇家の守護衛兵』を出せる条件ともなっている。いまでは『名ばかり皇家』と呼ばれるまでに零落れたアルス大帝国皇家に衛兵を出す事に何か意義があるのか? と思うだろうが、此のおっさんの言い分だと此れがあるそうだ。


 捕捉すると、いまでこそ『名ばかり皇家』とまで云われてはいるが、『名ばかり』に至る過程の最中では、まだかなりの権勢を誇っていたのだ。そこは『腐っても皇帝家』という奴である。


 まずアルス大帝国皇家の守護衛兵と云う名の『監視役』を引き受ける見返りがある。この『監視役』の費えは各諸侯が立て替える。その際に、情報を各諸侯に提供することで更なる見返りが期待出来る。

 次に各諸侯との関係を構築し維持できる機会があると云う事。しかもかつてのアルス大帝国の各諸侯家は、いまでは各国の王家に変じている。そんな各王家とも一応の連絡が取れる立場と云うのは得難いものだ。

 まぁ、たとえこちらから連絡を取ったとしても『華麗に無視されるかもしれない』が、可能性があるだけでも段違いだろう。普通に考えて、一傭兵団が書き送った文など各王家に届くはずがない。そう考えればそこそこの意味はあるとも言えるだろう。


 そして最も重要な利点として、アルス大帝国皇家の守護衛兵として装備類や補給品を運ぶ都合上、通過する地域での『税の減免』があることだ。

 必然的に何処を通過するかは、その傭兵団が選定する事になる。

 此れが何を意味するかと云えば『領域間輸送業の真似事』が税の減免付きで出来る事を意味している。

 傭兵国に所属する団が運ぶのだから安全・確実で、しかも税の減免迄受けられるのだから、大規模商会からの御指名が多い。

 また大規模商会が依頼する荷ともなれば高額商品か多量の物資となるので、傭兵団にとっても看過できない依頼料が舞い込む事になった。


 かく云う俺も、其の『おこぼれ』には幾度かあずかっている。

 だが……正直、旨味はあるが、大味で薄味であったのもまた事実だ。

 端的に言って『実りそこそこ、労多し』といったところではあったな。


 無論、これは脱法行為そのものであったが見逃されていた。 

 様々な要因が絡みあうと共に、様々な旨味が関係者各位にあったからだ。そして、その中には皇家自身も含まれている。


『名ばかり皇家』とはいえ、腐ってもアルス大帝国皇家の名は一応の権威付けとして有用ではあるのだ。そこで『皇帝陛下のお傍【そば】にて侍り仕える』という美名で、政争に敗れた者を配流【流罪・流刑】する先として皇帝領は好適地であった。そのためにも皇帝領に確実に送り届ける必要がある。脱走されたり、旅程の途中で亡くなってしまうと要らぬ波風が立つ恐れもあり、信頼できる護送者が必要であるのだ。また、送り届けた後の監視役も必要となる。無論の事、その様な副次的任務は傭兵団にとっても副次的収入を大いに齎す事になったのだった。

 また皇家にとっても、政争の当事者が配流されてくるので機微な情報に接せられるうえに、様々な文物と共に支度金も持参してくる。

 それ故に、衰微しているアルス大帝国皇家にとっても、外の世情に触れる貴重な機会ともなっていた。もっともそれとて時の経過と共に、先細りの下り坂であったのだが……。


 また諸侯が自領内で失政・失策等をした場合でも、アルス大帝国皇家の名と意向によるものとして有耶無耶にすることが相次ぎ、この責任押し付け策は各諸侯が乱用しすぎて、アルス大帝国皇家の失墜に更なる拍車をかける事になった。

 時の流れに比例して、まるで転がる様に零落ていき、遂には『名ばかり皇帝・名ばかり皇家』とまで揶揄されるに至り、もはや誰の眼にも帝国皇家の衰退ぶりは目も覆わんばかりであった。

 名声と権勢と権威が霧散する中、関与すらしてない施策の責任を取らされて、直轄領すら切り売りさせられる事で、より一層に凋落していく。ここまでくると、もはや人畜無害を体現している。

 既に『いてもいなくても良い』という境遇にまで成り果て、潰えるのも時間の問題と思われているのだ。 無視と無関心が罷り通れば、必然的にその利用価値も無くなっていくのだろう。


 また枢要な事項たる『税の減免』も、山向こうへの移住を促進するために各主街道が順次整備されたことで各諸侯間の交易が徐々に活性化し、より一層の振興を図るために有力諸侯間で約定が結ばれて代替策が少しづつ施行するに至り、その旨味も徐々にだが確実に減じていく。

 昨今では、守護衛兵での派遣すら傭兵団にとっては『悪運札』となっており、大手の傭兵団は軒並み従事せず、準大手や中規模傭兵団にその『悪運札』が回って来るほどである。端的に言って成り手がいない。


 更には配流の地としてすら疎まれ始め、彼の地に配流されるのならば今ここで自裁するとまで言い募る者が続出しだしたのだ。安易に亡き者にできないから流刑に処す……失礼、配流するのであって、その当人が自裁しては無意味どころか有害に成り兼ねない。

 自裁を『暗殺された』と言い換えられた挙句に、叛旗の御旗として祀り上げられる恐れすらあるのだ。

 そのため窮余の策として、配流先に各地の教団が選ばれる事になったのだが、これが各教団の振興を援ける結果になり、長じて政治への介入と云った現象を生む端緒ともなったのだ。


 ほかにも細々としたことがあるのだが、総じて実り少なく労多しと云った感じだ。……そんないまでは実利があるのかすら怪しい『投票剣』を所有している『暁兵団』ではあるが、如月殿の言を借りれば『座礁して浸水し、傾いて沈みかけている傭兵団』でもあるのだ。そんな傭兵団を『其の借財ごと買収』しようってんだから、どんな算段をしているのか、逆に興味が湧くってもんだ。

 昨日の会談の感触では、道を外れるような事などを行わせるつもりは無いようだった。

 俺が世話になった『あの団長の志』を、ここで借財如きで絶やす訳にもいかない。

 それに、もし如月殿の言が偽りで悪逆非道な行いを強いられたとしても、それに従わなければ良い訳だしな。受けた任務が失敗になったところで、その責任と贖罪と賠償を負うのは最終的に如月殿の商会だ。俺達には痛くも痒くもない。名と看板に傷が付くかもしれないが、解団しようとまでしていたのだから、今更だろう……。

 なるほど……、此れが巷で聞く『失うものも無く、何も持たないが故の無敵思考』って奴か?

 俺が言うのも何だが、こんな考えの奴が跋扈したら『厄介この上なし』って感じになるのだろうな……。 そんな事をまるで他人事のように考えていた。


 まぁ、何にせよだ……、この買収話には乗るしかない。

 そして、何よりも『俺の本能と直感が囁いている』んだ。

 『コイツはイケてるし、爆ぜるぜ』ってな……。

 この俺の『囁き』って奴は、存外に外れがないと自負している。

 ならば……、今回も信じよう、この『囁き』をなッ!


 ・

 ・

 ・


 まだ、朝には幾許かの刻がある。もう一眠りしようかと身体を横たえるが、そこでふとした疑問が浮かんだ。


『何故、ベルザルの時にこの囁きは、俺に囁かなかったんだ? 

 この囁きがあれば、これ程の苦境には陥らなかったものを……』


 悶々とした考えが頭を巡る。

 もしかしたら……、この『囁き』は、あまり信用ができないのかもしれない。

 いや……待てよ。 そう考えるのではなく、こう考えるのはどうだろうか?


『ベルザルの苦難は、如月殿の買収話を齎すための布石であった』のだと……。


 そう考えると辻褄が合う。

 些か我田引水的思考だが、この『囁き』は今まで幾度となく俺を援けてきたのだから、先ずは俺が信じるべきだろう。

 曇天【どんてん/空が雲で覆われる曇り模様】から一転して、青天白日の心意気となる。 うむ、心が晴れやかになったので、やはり一眠りする事にする。

 眠気混じりで如月殿と交渉を詰める訳には、いかないからな。

 さてはて、今日は如何なる交渉になるか楽しみだッ!


お読み頂きありがとうございました。

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