(二)
「そうか……そんなことがあったのか」
「うん」
ハクは泣いたのと歩いたのとで疲れて、俺の膝の上で寝てる。
「今は警察が家に居るんだ」
「え、なら竜斗、お前現場に居た方が良いんじゃないか?」
「行きたくない。おじさん、一緒に来てよ」
「……うーん、仕方ないか、行こう」
一部始終を全て話して、おじさんの家に住めるかどうか交渉していた。おじさんは快く俺を引き受けてくれた。なんだか緊張がほぐれて、涙が出そうになった。
「ママ……」
ハクの寝言。おじさんの肩がピクリと動く。
「ハク、泣いてる」
「……白亜はここに置いて行くか?」
「いや、俺がおんぶでもして一緒に連れてくよ」
俺も随分でかくなったから、ハクをだっことかおんぶとかするくらい簡単だ。昔はハクの方が大きくて、いつも「チビ」とか言われてたんだよなあ。
ハクは俺の一つ年上で、麗華女学園に通っている。偏差値は高くないけど、女子だけの学校。ちなみにハクは中学二年生。俺が一年。ハクがまだ小さかった頃に、親が離婚したらしい。原因は、俺もハクも分かってない。だから、母親の温もりも無く育ったハクにとって、俺の母さんは本当の母親の様だったんだろうな。
これが、俺の過去。
*
今日は憎いほどの快晴。澄み切った青空に、俺は機嫌が悪くなる。あの日も、こんな様な天気だったからだ。
あれから一年が経った。ハクはすっかり立ち直った。精神は強い方だからな。俺も、立ち直った。もうどうでもいい。今はおじさんが居るから。
「でもなあ」
おじさんに負担をかけてしまう。バイトでもしようかな。
「どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない。バイトしようかなって」
隣に居て、一緒に帰ってる蓮が団扇を仰ぐ。
今日はとてつもなく暑い。立ってるだけで汗ばむくらいだからな。
「え、マジ? 竜斗がやるなら僕もやる……」
「なんでそうなるんだよ」
「だって竜斗と一緒に帰れないなんてつまんないじゃん」
「そうだけどよ」
まず、一緒の時間にバイトができるかどうかも分かんないのに。そこは頭が働かないのかもしれない。
「まぁ、まだやるだなんて決まってないし、当分は一緒に帰れるから安心しろよ」
なんだろうなあ、これはカップルのような会話だ。ゲイじゃない。ゲイじゃないぞ俺は!
「うん。というか話が変わるんだけど、これなんて花かな、毎年気になってたんだよ」
春からこの時期に生える花。真っ白な、威嚇して周り拒むような格好の、道端に生えたシロツメクサ。シロツメクサ……。う、わ。
「ヤベ……吐く……」
「はっ? 何急に! 大変だ……ふ、袋がない! 仕方ない……ん、」
「……はぁ?」
蓮が手を差し出す。これに吐けっての?
「ふざけんなよ、んなお前に汚いような真似させっかよ」
「いいから」
いやいやいや、アンタ馬鹿? どう考えたって汚いしというかどうやったらその発想に至るの? ねえ馬鹿? 草に隠れて見えないような道に吐けばいいよね?
急に背中を摩られる。
うぇ、やめろよ!
なんて言う声も出るはずがなく、吐く。
「わぁ、少しでよかった。よし、僕は排水溝までダッシュしてくるから、ここで待っててね」
いや……お前はなんなんだよ……。
「何をどうやったらその発想になるの? 馬鹿すぎんだろ……! うぇっ」
あぶねぇ、叫んだからまた吐くところだったぜ。
シロツメクサ。
俺とハクと母さんとで、シロツメクサを使って花冠を作った。母さんは上手で、ハクはちょっと歪だったけど上手く出来てた。俺は、ダメだった。何なのか分からない変な丸い物ができた。訳が分からなかった。そしてハクと母さんに笑われて、すごく悔しくて泣きそうになったのを覚えてる。
でも、でも、すっげぇ笑ってた。頬の筋肉が壊れるかもしれない程笑った。腹筋だって死ぬくらい痛かったかもしれない。その時の記憶は定かじゃないけど、けど……三人で、笑ったんだよなあ。
「竜斗?」
「ハ……蓮、か」
「ついでに川で手洗ってきた。この後どうする? 一応は今日僕の家に泊まる予定だど」
大事をとって辞めた方が良いと?
「別にいいよ、もう大丈夫だから」
「……そう、じゃあ予定通りね」
また、蓮くんに迷惑かけて。
最近、幻聴が聞こえるんだ。母さんの、声で。やめてほしいね。早く消えろ。
……消えろ。




