第18話 なんか見覚えあったヤツ
南米風のグリーンカフェに喧騒はない。その静けさは豆の香りを誘う。
マスターが皿を磨く音、優雅なジャズの有線放送、あえてノイズの多い飾りのラジオが雰囲気を醸す。
『先日の病院テロで関係各所は……』
開店準備中、マスターに訪れる穏やかな一時。
だが『Close』の看板を無視してピンク髪の少女が来店する。
「おっは~! マスター、いつものぉ」
「アンタ期間限定しか頼まないだろ」
「あっははー覚えてたかぁ。じゃあアイスコーヒーでぇ~」
ずかずか入店して早々、カウンター席に莉子は腰かけた。
マスターがグラスと氷を準備する最中、少女は語り出す。
「――アンタの顔、既視感あると思ってたんだぁ~。それも何度となくぅ」
「……なるほど」
「長年通ってて盲点だったけど、ウチら以外のお客がアサシンだった時点で気づくべきだった」
莉子は頬杖をついて店内を見回す。一瞬止まったマスターも、何事もなかったようにコーヒーの準備を進めた。
「もっと考えれば、クローン作れる人の死体が上がったところで、本物かどうかなんて分かんないよねぇ」
カウンターの向こうで止まったマスターに、莉子は微笑みかけた。
「でしょマスター? いや――ナニソレスキー」
クローン達より更に老けたそのナニソレスキーは豆を挽いていた。
「……店員に顔見て注文してくれる子、いつもなら嬉しいんだがな」
初老の男は皮肉っぽい笑みでドリップを続ける。
「いつから日本に?」
「十年は前だな。クローン共と違って、俺は亡命して隠居したかったからな」
「完全別行動だったんだぁー。なら捕まるわけないよねぇ……けどクローンにもロンダリングと給料の払い方教えとくべきだったんじゃない~?」
「ははっ、教えられる筈ないだろう。資金繰りは店を経営してから覚えたんだからな」
「じゃあ麻薬の収益もクローンから流れてなかったんだねぇ。逆にそこまで隠居してたのに、最後はクローン手伝っちゃったんだ?」
「自分の厄介さは自分が知ってる。アイツらは本当に国を落とすと思って勝ち馬に乗ったつもりだったんだが……どうやら見通しが甘かったようだ」
その『甘かった見通し』の前に、マスターは淹れたてのアイスコーヒーを出した。
「オハピッピの元凶の隠れ家……まさかクラブでも繁華街でもない、昼から堂々営業してるカフェだったなんてね~」
「そんなあからさまな場所に隠れるものか。それに駅近でガラス張りの気取ったカフェの方が情報収集にも最適なんだよ」
「人の流れも大きいよねぇ。静かで盗聴もしやすいし、現代は酒場とかよりも合理的かも」
「自称意識高い系が集まりやすいな。奴らは謎に通の情報だけはよく持ってる。まあ、普通に長居されるのは店として迷惑だが」
「分かる。あれ鬱陶しいよね」
「その通りだ。パソコンや本を持ち寄って何時間も居座りやがる。ロクに注文もしないんだぞ! 通行人相手に家具屋のマネキンバイトでもしてるつもりか!?」
「あっはは、まさかマフィアの残党ボスとここで意見一致すると思わなかった」
散々死に際に俗っぽくなるクローン達を見てきたせいか、莉子はナニソレスキーの反応に懐かしさすら感じていた。
すると莉子の胸ポケットから通信音が割り込む。
『こちら便秘気味ファルコン。間もなく目標地点に到着する。オーバー』
「……無線、出なくて良いのか?」
「いーよ。時間になったら来るんだし」
少女はラジオのニュースに耳を傾け、カランと鳴る氷をストローでかき回した。
「今回の一件で、思ってたよりゾンビが国内で発生しちゃって困ってるんだってぇ」
「かつての誇りや礼節も、時代と共に消えつつある。一度ドラッグが入り込めば、この国の治安も百年は続かないぞ」
「だから今日、どさくさ紛れであちこち焼却するんだってぇ。グレーっぽいとこもゾンビ薬弾とか使って一掃ぉ」
「随分派手な灰汁取りだ」
皿洗いの手を止め、ナニソレスキーも自分で淹れたホットコーヒーを啜る。
いつもと違うルーティンだったせいか、雑な苦みが彼の口に広がった。
黒い水に映る自分を見つめ返し、ナニソレスキーは話す。
「俺もお前も、時代と薬に人生を狂わされたな。道は光と闇だが」
「そうかも~。けど、ウチはこれで満足かなぁ」
目を合わせることはなかったが、二人は揃ってコーヒーに口を付けた。
「ナニソレスキーってさ、出身どこなの?」
「アメリカ南部の街だ。と言っても親父が不法移民で、保育園の途中で国を追い出されたけどな」
「シビアだねぇ」
「当時は学校に通う金も、まともな働き口もなかった。ゴミ箱の残飯を食う日だってあったさ」
「それで入ったのが、麻薬カルテルだったわけねぇ」
「案外良いとこだったぞ? ヘマで殺される危険はあるが、それ以外は案外楽しかったもんだ」
どこか嬉しそうにナニソレスキーは振り返った。だが口に残った苦みが、思い出から彼を引き戻す。
「……俺も腕っぷしで金稼いで、大学行けたら良かったんだがな」
名残惜しそうに声を漏らし、ナニソレスキーはカップを飲み干した。
「ただ俺を追い出した国の復讐はある意味、国家崩壊という形で終わらせた。好きなだけ暴れもした。潮時だったのかもな」
「……次会ったら、一緒にゾンビ狩りで発散しよーよ。脊髄抜いてゴルフとか、結構スッキリするの」
「お断りだ。せめてちゃんとアイアンで打たせろ」
ケラケラ笑って、アイスコーヒーを飲み終えた莉子は席を立った。
出口に向かおうとする少女を、最後にナニソレスキーは引き留める。
「一つ気になった。お前がゾンビ推薦生なんてしてる理由はなんだ?」
「理由なんて結構フツーだよぉ?」
「進路や金の悩み捨てて、退屈な日々から抜けたいから、なんて言うなよ? そう言うにはお前は、ゾンビ殺しを楽しみ過ぎだ」
図星を突かれた莉子は堂々と白状する。
振り向きざま、彼女は子どもらしい満面の笑みを浮かべて答えた。
「薬キメるより、人ぶっ飛ばして褒められた方が、最っ高~に脳汁出るから!」
危なっかしく享楽的。それでもどこか清々しく、彼女の素直さが出ている理由だった。
その答えの馬鹿らしさと羨ましさに、ナニソレスキーは笑うしかなかった。
「……この国のこの時代に、俺も生まれたかったよ」
カップをカウンターに置き、その場の椅子にナニソレスキーは腰を下ろした。
「気が済んだ。とっとと出てけ」
「はーい! マスターじゃあねぇ~」
ドアが開かれ、入り口の鈴がカラカラと響く。
店を出る最後に莉子は、背中を向けたまま男に手を振った。
「それと、コーヒー美味しかったよ~!」
鈴の音が止んだ頃、また店は静寂に戻る。
最期の余韻に浸る中、ナニソレスキーはふと目線をカウンター上に向けた。
空のグラスがある横に、アイスコーヒー代の小銭が置かれている。
「……ハッ。ゾンビパニックで良かったな、サイコ娘」
――莉子が去った直後、カフェは空からの爆弾で全壊した。
木端微塵になった店は瓦礫の山に生まれ変わる。
炎へと消えていったコーヒーの余韻を噛みしめて、莉子は爆風に髪を靡かせた。




