第17話 因縁は終わらせとこっ
「う、ぁ……」
火傷と皮膚下で刃が折れた痛み、骨と内臓も潰れた苦しさに喘ぎながら、ナニソレスキーはゆっくり身を起こした。
見渡せば周囲は薄暗い機械室。そこは病院地下で稼働していた人体用冷凍庫だった。
天井を見上げれば、自分の姿で形取られた穴が五階から一直線に続いている。
「ゴテゴテ武器取れたら、めっちゃガリガリになってるじゃん」
「佐、喰ぃ」
冷媒用タンクに背持たれた莉子は細くなった男を見下ろす。
ナニソレスキーがヨロヨロ立ち上がる最中、少女は彼に敗北を告げる。
「残念、もうアンタの計画はご破算だよナニソレスキー」
ピッ、ピッ、と電子音が秒を刻む。
タンクに付けられた爆破装置を莉子はコンコン叩いた。
「茜ちゃんパパに連絡取った。もう避難はさっき終わって、ここで寝てる冷凍の人達はウチが解凍して外に逃がしちゃった」
「つまり、もう」
「そっ、人質ナーシ。病院にはウチとアンタしか今いないよ?」
「……いや、まだだ。まだ終わりじゃない!」
「知ってるよ。この装置に原型種以上のオハピッピウイルスが入ってる。濃縮したドラッグのガスも混ぜてるかな?」
考えられないほど冷静な莉子はとうとうと話を進める。
「ただ準備してただけあって、爆破装置は外せそうにないねぇ。この感じじゃ、どーやっても爆発でウイルス撒いちゃう」
「惜しかったな。計画が失敗しても、これだけは実行できるよう仕組んでおいたさ」
「――けど爆発前にウイルスが消えれば、それで良くない?」
ここで勝ち誇ったように莉子はニヤリと笑みを見せた。
「この中に入れて『撒くこと』が前提なら、ウイルスやドラッグは液体か気体になってる筈」
「無駄な解説だ。分かり切ったことを言うな」
「そんな人体で吸収しやすい状態で今も入ってるなら、やる方法は一つだよね?」
「ッ、な――!」
彼女が何をしようと考えているのか、ナニソレスキーは察してしまう。
驚愕している最中、ナニソレスキーは莉子に腕を掴まれる。抵抗する力は弱く、簡単に彼女へ引き寄せられた。
「まさか、本気か!」
「もっち~。ウチとアンタでウイルス吸収しきって死ぬの。ウチだけでもギリ十分だけど、道連れねぇー」
「こんの、サイコパス娘が!」
「女子高生と《《心中》》なんて興奮案件だよ? ほらもっと笑ってぇ」
「冗談じゃなく死ぬぞ! 原型種を上回るオハピッピだ。効力は私がよく知っている!」
喚いてもがくしか男は出来ない。そんな彼に構わず、莉子は笑って伝えた。
「ここで終わりにするよぉ~。ナニソレスキー」
聖母のような微笑み。それがナニソレスキーには死神の微笑に見えた。
「ウチもアンタも、時代が生んだバケモノってやつだからねぇ」
「はっ、はは離せ! やめろ」
「これでも好き勝手して殺したりしてきたし、こーゆー結末も覚悟はあったよぉ」
ナニソレスキーを抱き締めて莉子はタンクへ一歩、また一歩と後ろ向きに近付く。
「正気かッ!」
「そんな正気のとっくに置き勉してるよ~」
男の手首を強く掴み、金属タンクの前で振りかぶらせる。
「バケモノ同士、責任取って一緒に逝こっか」
「貴様っ、馬鹿な――」
「せっかくのJKなんだから楽しんでってよ。パパ活おじさん」
ナニソレスキーの手を握ったまま、莉子はタンクを貫く。
穴からガスが漏れ出すと同時に、オハピッピウイルスは二人の肉を蝕み始めた。
「がっ、は、ああァァァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁ」
過剰に促進される細胞分裂。灼熱と電流が全身を駆け巡る痛み。紫を超えて黒に変色した皮膚は泡立って膨らみ、皮膚の下から新たな皮膚が生え変わる。
ウイルスはナニソレスキーの全身へ瞬く間に広がり、体内から溶かされるような苦痛を味わう。
泡を吹いて痙攣しても意識は途切れない。ウイルスの蝕む痛みと再生が意識を繋ぎ続ける。
「ううっ、ぐ、い……あっはっはっは」
莉子も同じ痛みを全身に受ける。
意識的に皮膚からオハピッピ成分を吸収し、体内でウイルスが絶命するまで活性化させ続ける。
人体実験で得た抗体など焼け石に水。ナニソレスキーと同じ痛みを共有する彼女に出来るのは、出来る限りゾンビガスを吸収し切ることしかなかった。
吸収した成分が暴れ、死の輪郭を莉子に教え始める。
視界の色が飛ぶ中、少女はどこか清々しかった。
誇らしく張った胸の中では、温かな思い出が蘇る。大事な人たちが笑っている記憶が。
(楽しんだ人生。こんな終わり方も悪くないのかな……)
「――道連れでトントンなら、もう一人いたら中和できるかな?」
走馬灯を遮って、莉子の頭上から彼女は呼びかけた。
透き通る淡青の髪がタンクの上で揺れている。
「貴様、霧が――」
「茜ちゃん、ご一緒しまーす!」
茜は躊躇なく拳で貯蔵タンクを貫いた。
「ッッッ、キタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
全身にウイルスが駆け巡り、肉を内から焼く苦しみを味わう。
だがそのウイルスの源流は霧ヶ峰茜のもの。吸収率も浄化能力も、三人の中で最も優れていた。
「まァだ、余裕あるヨっ……!」
そして来る直前打ったオハピッピで彼女の痛覚は飛んでいる。
その中身のみならず、タンクから繋がる管に、また別のゾンビガスを含んだタンク。全てのウイルスを集中的に吸い上げた。
「あかねちゃっ、そんなんして大丈夫!?」
「莉子ちゃん珍しく焦ってるね。フフッ、凄く苦しいけどいけそう。こっちにもウイルス回しちゃって」
「……あっはは、りょーかい!」
ウイルスの供給を茜に渡しながらも、負けじと莉子も吸収を続ける。血管から神経を犯すオハピッピ。その侵略に少女達は固い意志をもって対抗した。
運命を変えようと抗う彼女達の力は、とっくに限界など捨て去っている。
だがそれに全員は着いてこられない。
「ナニソレスキー!」
輪郭を失い、巨大な紫肉の塊と化していたナニソレスキー。
顔も腕の境界も消滅した風船のような姿だが、残った眼球は茜を恨めしそうに睨む。
「莉子ちゃんは超人じみた肉体と沢山のゾンビ抗体。私は原型種のオハピッピに、その莉子ちゃんの抗体もちょっぴり貰ってる」
「ッ!!」
「歳の差に世代差、厳しいよ? ナニソレスキー」
破裂する間際、男は激しい断末魔を上げた。
「霧ヶ峰、あかねぇぇぇェェェェェェェェェ!!」
ナニソレスキーの肉が爆ぜたと同時、ウイルスは少女達の中に飲まれて消滅する。
爆破装置のタイマーが鳴り響いたのも、まさにその瞬間であった。
※
「おい、佐喰と霧ヶ峰はどうなった……」
病院の外で控えていた立花達は、空へ立ち昇る真っ黒なキノコ雲を見上げた。
ゾンビから戻った患者らが生還を喜ぶ最中、立花は胸を締め付けられる思いだった。
「嘘、だよな。まさか、あのまま……」
「んー。多分だいじょーぶじゃないっスかね」
不安を露わにする立花の横で、後輩隊員は軽く答えた。
その後輩は目を凝らして、爆煙の先を見つめている。
「飛んできてるアレ、ご本人たちだと思うんで」
直後、煙の中から黒粒が空に飛び上がった。
双眼鏡で覗くと、ソリのように男の脊髄を掴んだ女子高生が二人。笑いながら空から落ちて来ていた。
「バッ、おまっ、誰かマットかパラシュート! 広げて構えとけッ!!」
救助用マットが大急ぎで広げられた頃、少女達の笑い声は鮮明に辺りへ響き渡っていた。




