第16話 ゾンビにすれば良いじゃない
「おっ待たせぇ~。莉子ちゃん、完全復活」
ピンクの悪魔、戦線復帰。ナニソレスキーは顔を真っ青にして立ち尽くす。
茜は回復した莉子に微笑みかけた。
「待ってた。治ってすぐにごめんね?」
「ぜーんぜん。人に頼れる子になって偉い! そして見違えちゃったぁ」
「そうだ。借りてた銃とスタンガンだけ先返すね」
投げ渡された武器を掴み、莉子は筋肉質な武器人間に銃を向ける。
周囲の莉子クローン団は唸りながら開戦の合図を待った。
「最後の戦い行っとく? ナニソレスキー」
最悪の誤算に男は胃を痛める。が、まだその目に諦観は映らない。
「ミラーリングだ。私も数で対抗しよう」
指を鳴らすと同時。院長室に隠れていたゾンビ集団が押し寄せた。
『さヴぃざンンンンンンォォォォォォォォォォォ!!』
特殊な兵装や特徴はなく、ただ通常より理性の飛んだゾンビ兵隊。
ラリっているだけのゾンビ、好戦的に舌を出すゾンビ、犬のように構えるゾンビまで、凶暴さのみに特化させた兵隊であった。
だがそれでも顔は全て同じだ。
「ナニソレスキー軍団? おかわり要らないって」
「きっ、もち悪っ! ナニソレスキー犬……」
「ちょっと男子ぃ〜? 茜ちゃんが吐きそうじゃぁーん」
「知るか! 人の顔を見るや失敬な!!」
茜は酔い止めの代用で追いオハピッピを注入した。
「ところで推薦生。貴様の任務はゾンビを殺すことだけか?」
「どーゆーミーン?」
「民間人の避難はどうする、と聞いている」
「ッ、嫌なとこぉ」
いやらしげにナニソレスキーは口元を緩ませた。舐めるように茜に目を向けて。
「それと霧ヶ峰茜。お前を冷凍していたここの設備。そこに貴様から抽出した原型種のオハピッピを混ぜた」
「ッ――!」
「これだけの設備が吹っ飛べば病院はおろか、街も強化ゾンビで溢れるだろうな」
「爆破装置も仕掛けた感じかぁ。陰湿ぅ」
「実際は起爆装置もあったんだが、さっき担当がダンプで轢き潰されたせいで予定狂いまくった」
「あ、何気に私ファインプレーしてた」
少なくとも即爆発の危険性はない。それでも時限爆弾ならば猶予も不透明だ。
「茜ちゃん、パパ連れて脱出できる?」
「それっ、莉子ちゃんは、どうするの?」
「分かんない。けど人質ゾンビ達も助けたいから時間稼ぐ。援軍呼んでもらえる?」
その計算に莉子の脱出が含まれているのか。問いただしたくも時間はない。
「分かった。パパを逃がして応援連れて来る」
「はぁい。ウチは閻魔ちゃんに枕営業して、コイツ地獄に落ちるようお願いしてくるから」
ナニソレスキー陣と莉子陣の拮抗状態で、霧ヶ峰親子だけは窓から脱出が適った。
外から着地の足音が響いた瞬間、両陣に開幕を宣言した。
「……ってカッコつけたけーど。復活したてはオハピッピ打てないし、肉弾戦キツイぃ」
弱音を吐いても、莉子は恍惚な笑みを浮かべて引き金を引いた。
「いけ、リッコちゃんズ。バスターアタック」
狼とライオンを混ぜたような雄叫びが共振した。
負けじと武器ソレスキーがクローンゾンビ隊に指示を飛ばすが、
「いけっ、私のクローン達よ!」
「ひギッ、こ、ゴわい……」
「おっ、怖気ずくなゾンビだろ!? 私だって怖いわ!!」
凶暴性に特化させた筈のゾンビ達も、理性の飛んだ佐喰莉子軍団を前には正気を取り戻してしまう。なにより本能が彼女という存在を恐れている。
結果、発生する惨状は想像に容易い。蹂躙だ。
「ヤべでえェェェェェェおダずゲぇぇ」
「ぐルじっ、ぐルじっ」
「たイしょクダいコォォォつカわせロォォォォォォォォォォォォ」
掴まれ、引き裂かれ、噛み千切られる。クローン莉子達はナニソレスキー軍団を素手でミンチにした。
数の差があだとなり、入り口は詰まって屍が塞いでいく。逃げ場はない。ジワジワと追い詰められ、悲鳴を上げながらナニソレスキー達は壁際に追いやられる。
武器ソレスキーが唖然としている間に、ナニソレスキーゾンビ隊は息絶えた。
「もう壊滅かよ、私の軍団!」
「イキクサスギー二人いた方が良かったかもねぇ」
形勢は覆され、武器ソレスキーを莉子のゾンビ達が囲む。ほとんど無傷に等しい状態でだ。
絶望的状況。それでも武器ソレスキーは抵抗した。
「――食らえッ、好きなだけ鉛をな!!」
途端に体中から鉄パイプが飛び出す。
不規則に突起した銃身は次の瞬間、全方位射撃を開始した。
ガトリング並の連射性能、弾のサイズ。無敵の莉子ゾンビ達でも、着弾時の衝撃までは吸収できず身を反らす。
「一人づつ、始末してやろうっ」
武器ソレスキーは巨体を躍らせる。銃の突出と共に肥大化した腕は、人の腹と同じ太さまで膨れ上がった。
床が弾むほどの怪力で進み、遠ざけるために莉子のゾンビを殴り飛ばす。
本人はビビッて拳を繰り出しているだけだが、その威力は本物だ。
「ちゃんとパワータイプはしてるんだ」
「だったらこの筋肉の意味ないだろう!」
腕には銃だけでなく、無数の刃物が刺さっている。腕の大振りは同時に斬撃だ。
無我夢中でゾンビを殴り、切り裂きながら、武器ソレスキーは莉子本人の眼前まで迫る。
しかし上半身も消し飛ぶダメージすら厭わず、彼女のゾンビ達がそれを阻む。
「攻撃は自分の分身に任せちゃおっか」
「マッ、じか……」
頭や体が弾け飛んでも、莉子ゾンビは瞬く間に再生。下半身から頭部まで復活するのに、五秒とかからない。
「邪魔なの削いじゃって」
残る莉子のゾンビ達はナニソレスキーに飛びついた。全身の肉を剥ぎ、武器をへし折り、鉄の筒を引き抜いた。
身包みを剥がされる武器ソレスキーは悶絶するしかない。
だが男の表面を綺麗に削ぎ落とした所で、莉子のゾンビ達は蒸発を始めた。
「時間制限〜。ちょっと削り切れなかったかなぁ」
設定されていた時間制限により莉子ゾンビは消滅。
その場に立っているのは血まみれで肩を上下させるナニソレスキーと、薬のブーストがない莉子だけとなった。
「最後のタイマン、がんばっちゃお」
つまみを回し、莉子はスタンガンを下向きに構える。
スタンガンの先からは刃渡り一メートルのビームが伸びた。
「光線系サーベルは卑怯じゃないか?」
「スタンガンだよ? 電気の出し方カチカチ変えれるのー。霧吹きもあるよぉ」
「庭用のシャワーじゃねーか」
その会話を最後に、両者は本気の突進をしかけた。
僅かな銃口から放つナニソレスキーの弾丸。跳弾で四方八方から莉子を襲う。
それに少女は剣舞で応じる。縦横無尽にスタンガンを躍らせ、ビームで銃弾を弾く。あるいは焼き切って接近。
その隙にナニソレスキーは岩のような拳を振り下ろす。莉子の毛先がざらついた腕を撫でた。
「まだっ!」
前傾姿勢で走っていた状態から反転。床に鼻先をかすめながら、回転して莉子はナニソレスキーの股下を通過した。
床が沈むほどの巨体が反応できる速度はない。拳を床に落としてからやっと武器ソレスキーは振り向いた。
「逃がすか――」
「って思った時点で遅れてる」
自前の機動力で莉子はナニソレスキーの肩に乗っていた。巨体に生えたチェーンソーにしがみついて。
「さて、どっちが速いかな?」
「はぁ、最悪だよ。これ使うと自分も痛いんだ」
チェーンソーは駆動した。ナニソレスキー自身の肉を裂きながら暴れ、走る刃は不規則に莉子を襲う。
それでも彼女は反射神経で交わす。避けつつ、スタンガンのビームでナニソレスキーを斬り付けた。
だが高圧の電気サーベルでも武器ソレスキーは貫けない。どころか皮膚表層を焼く程度だ。
(かったいなぁ。これ削ってると爆発まで時間ない――)
ロックダウン下の病院に人質ゾンビは数百を下らない。避難も考えれば、爆発阻止には間に合わない。
「あ、ならゾンビ放流でいーじゃん」
武器ソレスキーの肩を蹴り、一回転して莉子は院長のデスクに降り立つ。
そしてデスク上のボタンを蹴り叩いた。
次の瞬間、画面の向こうでは院内のシャッターと鍵が全て開け放たれる。
けたたましいサイレンと赤いランプが回る中、無線から立花の慌てた声が届いた。
『佐喰ッ、なんの警報だ? 何があった!?』
「ロックダウン解除っ! 今からゾンビが数百人出るから、安全地帯に入ったら速攻性ワクチン弾撃って~!」
『おまっ、バカっ、弾で足りるか! ワクチンガスを散布するから、なるべくまとめて外に出せよ』
病院内に生身の人間はいない。莉子の目論見通り、閉じ込められていたゾンビ達は病院から飛び出していった。
院長室の窓からは、ダンプで空いたエントランスより飛び出すゾンビがよく見れた。
「人質が……ゾンビ化がまさか、仇になるとは」
「推薦生も結構使う手だよぉ。勉強不足だったねぇ~」
「ここまで計算し――」
「ところでナニソレスキー。自分の体重とか把握してる? 健康診断引っかかるよ?」
「は?」
「さっきから暴れすぎて床、脆くなってる」
ナニソレスキーは足元を見下ろした。自分の足が亀裂の入った床の上にあると認識した途端、彼の冷汗は逆流する。
意識をそらされた隙をつき、莉子はロケットランチャーを床へ向けて抱えた。
「福岡ロケラン、取っといて良かったぁ~」
最後の一発は床に落ち、閃光と爆炎が院長室を包んだ。
爆発は足場を崩し、巨体を下の階へ誘う。
衝撃も追い風となり、ナニソレスキーは床を貫通しながら地下まで落とされていった。




