第15話 喧嘩したら仲直りだね
院内の敵を残さず鏖殺。通路をナニソレスキーの血と爆薬の煤で汚しながら、茜は病院の隅々を回った。
時折生存者の避難誘導を行い、莉子に代わって任務も遂行する。
「やっと、来れた……」
そして彼女は院長室前に辿り着く。周囲に警戒しつつ、茜は重い木製扉を蹴破った。
「パパぁ!」
「――あか、ね?」
院長デスクの前で腰を下ろす初老男性がそこにいた。
腕を噛まれて白衣に血が飛んでいるが、ちょうど刺していた注射の効能でゾンビ化は免れている。その男性を注意深く見て、茜は涙を滲ませる。
父親の姿はやはり、彼女の思い出の中よりずっと老けていた。
「パパっ!」
「おかえり……長い、家出だったじゃないか……」
「言ってる場合じゃない! こっちは誘拐と監禁されてたのっ!」
「あだぁっ!?」
重傷でないと確認してから、茜は父のみぞおちを殴った。
「おっご、ご、ごめん……二十年ぶりの再会で、カッコつけちゃった」
「記憶喪失で連絡も取れなかったのはごめんだけど、この状況で映画の真似事したら流石に殴る」
「だが、本当に良かった……お前がいなくなってから、ずっと心配していたんだ」
父親は娘の無事を泣いて喜んだ。
茜も抱き着きたかったが、先に任務を優先する。
「パパ、患者さんは? それに病院関係者も」
「地下シェルターで冷凍した。騒動が収まった時に解凍できるようにね」
「ホントに冷凍設備あったんだ。起きたらパパがとんでもない医療技術作っててびっくりしたよ」
「そうだよな、ハハ……だけど全員は無理だった」
よろよろ立ち上がった茜の父はデスクからホログラムモニターを投影する。
宙の画面には病室から霊安室、食堂、男性アイドルのグッズだらけな看護師長室まで映し出されていた。
それら全ての部屋はシャッターで出口を封鎖され、中には無数のゾンビがうろついている。
「院内はオハピッピ感染対策でロックダウンシステムがあってね。個室にゾンビ化した患者や仲間達がいる」
「凶暴化してる……本当にこれしかない状況だったんだね」
ナニソレスキー達に占領されている最中、この程度の被害で済んだことは奇跡だった。最善の手だったと茜も考える。
だが後悔はなくとも、茜の父は自分の無力さを嘆いた。
「これだから責任というのは嫌いだ。今だって自分の身すら守れないくせに、守るべき娘に守られてるんだからな」
「パパ……」
「少し、話せるかな。あの日パパが、茜に『勉強で無駄に時間を使うな』と言った理由だ」
頷いて茜は父の前に腰を落とす。
男は息を整え、娘に真実を告げた。
「……パパな、医者になんかなりたくなかったんだ」
「――はぇ?」
「ってか今もモチベ低い。こんな仕事嫌だ! 忙しいし大変で責任重大! 何歳になっても好きになれない!!」
「え、ええっ!? パパ、医者になりたかったんじゃ」
「いーや全く。親が学歴厨で強制的に行かされただけ。未だに親にビビッて退職もできないし、誰も院長変わってくれない!」
「うっそぉ」
「ちなみに茜のおじいちゃん達は存命だぞ。そのせいでパパ引退できないんだ」
予想もしていなかった父親の告白は茜の人生史上最大の衝撃だった。
「学生時代はもっと青春らしく遊び呆けていたかったし、友達も作りたかった。その未練を大人になっても引きずったままで生きてきた」
「そうだったんだ……」
「パパはこの医者の世界しか知らない。だからこそ、娘のお前には自由に生きて欲しかったんだ」
全ては彼なりの愛情。出し方の不器用だった親心だった。
「青春を、諦めて欲しくなかったんだ」
「下手くそすぎるよ。馬鹿」
「けどお前は、こんなところに来れるほど立派になった。戦ってここまで来たんだろう? その強さを、パパは信じてやるべきだった。もっと……」
「……そんな強くないよ。ちょっと最近、変わったことが多過ぎただけ」
凍っていた茜の秒針が動き出す。
「私は病院を継いで、パパやママみたいな医者になりたかった。私なりの親孝行って思ってたら根詰め過ぎちゃって。喧嘩の時も、上手く言えなくて逃げちゃった」
「良いんだよ。ちゃんと聞いてやれなくて、ごめんな」
「パパが謝んないでよ」
想いを吐き出せた茜はそっと、細くなった父親に抱き着いた。
「ただいま。ごめん、仲直り遅くなっちゃった」
「おかえり。無事に帰ってきて良かった」
「二十年寝坊しちゃってごめんね」
「気持ちよさそうに寝てたぞ。毎日寝顔を見てたよ」
二十年間もそびえた氷の壁は、親子の体温で解けていった。
「――素敵な再会だな。おめでとう」
その絆に水を差す拍手が院長室に響く。
「今際の際だ。好きなだけ抱き締め合うと良い」
筋骨隆々な外国人。全身から刀やチェーンソーを生やし、銃口を肩から突出させた異形の姿。
頭頂部が薄めなブロンド男はニヒルな笑みを浮かべて現れた。
「初めまして、霧ヶ峰親子」
目が合った茜は辟易した顔を見せる。
「もう胃もたれしてるから顔見たくないって。ナニソレスキー」
「胃もたれってなんだ胃もたれって!?」
「あキャパ超えた……パパ、スーパーの袋ってある?」
「今は有料だからないね……ってパパの白衣で拭かなっ、あーあ……」
口からリバースしたものを親の白衣で拭き、茜は立ち上がる。
「けどもう終わりだね。残りはアンタだけ倒せば事件解決だよね、ナニソレスキー?」
「正気か小娘?」
「そんなもの置き勉してきた。友達の受け売り」
「フッ、なら仕方あるまい」
全身に突き刺さった刃物と銃器。それらを伸ばし、鳴らしながらナニソレスキーは高らかに吠える。
「この『武器ソレスキー』が貴様らに引導を渡すとしよう!」
「じゃあ使っちゃおうかな。莉子ちゃんから貰ってた隠し玉」
茜が鞄から取り出した武器。それはグンマの要塞前で渡された特性手榴弾だった。
「ボーン!」
ピンの抜けたグレネードは放物線を描き、ナニソレスキーの足元に落ちる。
パキッ、という破裂音が部屋で反響した。
「しまッ――ん?」
「え?」
爆発は起きない。ガスもない。不発弾だとその場の全員が思った刹那。
「っ! なんか、出てる!?」
グレネードから漏れ出す紅色の液体。それは沸騰し、分裂し、膨張する。
直後、破裂音を立てて液状化したその肉は無数の人型を作り始めた。
「よオオぐルルルルぅぅぅぅぅぅ!」
「ヒィィィィヒッヒッヒィィィ!!」
「ぅ、アはは」
「ふぁァァァァァァァァきぃぃぃぃェェェェェェェェ」
同じ顔と体躯、同じ姿形のゾンビが手榴弾から出産される。
獣のような息遣いと眼光で集団ゾンビはナニソレスキーを舌なめずりして拝む。
秘密兵器から飛び出したのは他でもなく――佐喰莉子のゾンビ達であった。
「これって……!」
『――っと繋がった。霧ヶ峰、すぐ安全なとこ避難しろ! 佐喰達に殺されるぞ!』
「立花さん! この莉子ちゃん見えてます!?」
『見えはしねえが状況は分かる。使ったらアラート鳴る仕組みになってんだ、その兵器』
無線の向こうで立花は心底焦っていた。
「これ全部莉子ちゃんですか?」
『それもヤツの脳細胞から再生させたゾンビ。事実上のクローンだ!!』
「クローンはダメなんじゃ!?」
『半分国家機密だが、そいつらは脳の機能制限と消滅時間が設定してある。ギリギリ動く肉片ってことらしい』
「倫理観……たしかに莉子ちゃん持たせるはずだぁ。これあったら絶対負けないもん」
『とにかく親父さんと逃げろ。お前を識別できるほど知性があるかも分からん! すぐそこから――』
「大丈夫ですよ」
茜は一歩前に進み、自分の存在を莉子のゾンビ達に主張した。
短時間出現といえど、理性を失った佐喰莉子のゾンビ軍団だ。
有象無象のゾンビを蹴散らし、一騎当千の最強ゾンビ達。ピンチどころか都市でも落とせる威力だろう。その危険性も破壊力も茜は理解している。
だがそれよりも、
「――莉子ちゃん。助けて?」
茜は彼女の優しさを知っていた。
毅然とした態度で真っすぐに、茜は莉子の分身と向き合う。その瞳をクローンゾンビ達はしっかり覗き込んだ。
「……にひっ!」
言葉を持たない彼女たちは笑顔と親指だけで答え、再び茜に背を向けた。
『マジ、か。制御できんのかよ』
「莉子ちゃんは善良な市民も無差別に襲うような子じゃないですよ。それにもう……来ますから」
背後で窓ガラスが割れる音が響く。それでも茜は振り返らない。
地上からジャンプだけで七階まで昇ってこられる人物など、考えるまでもない。
「――茜ちゃんナーイス」
ロケランを抱え、デザートイーグルを咥えた少女が着地する。
ショッキングピンクの髪を豪快に揺らし、最強たる張本人は登場した。
「莉子ちゃん、参上ぉ~!!」




