第13話 『佐喰莉子』インストール!
自動車やゾンビの死体で作ったバリケードと塹壕。院内から響く悲鳴と銃声。炎と硝煙が立ち昇る。
マスコミのヘリやロケバスは貰いグレネードで次々に爆発した。
戦場と化した霧ヶ峰病院は大混乱の中、特殊機動隊と半ゾンビソルジャーズの銃撃戦が繰り広げられていた。
「お前ら、死体持ってきて塹壕補強しろ! 俺んとこの壁もあと一体だけだ」
「立花さん! それリポーターリポーター! ガッツリ人間です!!」
「うっせぇ! ゾンビと変わんねぇよ!!」
防壁に隠れ、覗いては発砲するの繰り返し。機動隊どころか莉子でさえ突入のタイミングがない。
「人質が大勢いんなら、スタグレや投薬で無力化もナシ。隙を作れて防弾シールドでの突入も佐喰だけが限界だ……」
それでも狙撃手の数が多過ぎた。銃撃が途絶えることはなく、常にどこかから連射され続ける状況。
身を潜めつつ移動する必要もあり、膠着状態は続く。
「チクショウ、あちらさん銃弾どんだけ仕入れてんだよ」
「空爆部隊はぁ~?」
「民間人がいんのに爆撃できっかよ。ウイルスも爆炎で拡散する」
「それじゃ、莉子ちゃんのお父さんは!?」
「国から投入許可が下りなかった。アレ使うのにインターバル的な休暇必要なんだと」
「それにお父さんココにぶち込んだ方が被害広がるよぉ」
「政府も大国が倒れて油断ブッコいてたな。ここまでの規模の国内ゾンビテロ、マニュアルも用意してねぇ」
立花も手元のリロードが心配になってきた頃、病院から拡声器でやる気のない要求が流される。
『こちらー、えっと……あ、義兵団だー。直ちに要求を飲めー』
明らかな棒読み演技。カンペを見ている事も紙をめくる音でバレバレだった。
屋上で犯人がカンペを読む姿は報道ヘリがしっかり収め、動画サイトのニュースチャンネルで生配信されていた。
スマホの中継には、莉子達にとって見覚えしかない欧米顔が映る。
「まーたナニソレスキー!!」
「もう見るだけで天丼でゲロ吐きそ。何回か会ったってレベルじゃない感じぃ~」
画面をよく見れば他にも、と言うよりも全ての兵隊がナニソレスキーのクローンであった。
服装や体格差、覆面などで差別化を図っているが、同じ顔である事と頭の薄さだけは隠し切れない。
「見てて恥ずかしいぐらい屋上のナニソレスキーもたついてるじゃん。ダサいぃ」
「きっとアドリブだ。初っ端から責任追及で病院にヘイト向けるために、元々のシナリオを無理くりテロに変更したって感じだろ」
「政治家らしいねぇ。あの幹事長らしーな~」
冗談を交えつつ、莉子は中継や肉壁の隙間から敵の状況を観察する。
そしてまだ、院内のゾンビが目立って出現していないことを悟った。
「原生種……茜ちゃんの反応見る感じ、院内のもビビってるほど強力じゃないかもね。少なくともウチの治療薬で消えたし」
「じゃあ患者さんも皆ゾンビ化しても助かるってこと!?」
「んーそれは別問題かな。抑えるまでの被害大きいし、流石に真っ白な民間人まで殺しちゃうのは推薦生でもご法度ぉ」
「強硬策は、これまでみたいにいかないよね」
「それにナニソレスキーは落ちぶれてもオハピッピを開発した一人。撒くのは本当に純粋なオハピッピかな?」
「まさか、私から抽出したウイルスを更に!」
「可能性の話だけどねぇ。茜ちゃんが脱走する前に、アイツらが少しもウイルスを採取出来なかったってのも考えにく――」
偵察の最中、銃声と硝煙が莉子の反応を僅かに鈍らせた。
崩れた壁の肉、病院からチラつくスコープの反射光、通ってしまった射線上に立っていた茜。
「あっ」
「避け――――」
莉子の反射神経はコンマ一秒、遅れてしまった。
茜は突き飛ばされて倒れ込む。辛うじて受け身は取れていた。
彼女の無事を見届ける莉子の――その眉間に鉛玉が沈んだ。
「莉子ちゃんッ……!!」
薄紅の花弁が散るように、少女は背中から倒れた。
「ぁ、あ……」
「佐喰? おいっ、おいッ! しっかりしろッ!」
立花が抱えた莉子。その額は完全に弾痕が刻まれ、血を噴き出していた。痙攣して目の焦点も合っていない。
――それでも、莉子の意識は残っていた。
「ァ……チ、めイしょ……」
「おいおい、マジかお前」
「りっこちゃん! ごめん、ごめんごめんなさい、しっかりッ!!」
「待て、もしかして……」
立花は恐る恐る傷口を覗く。
その開いた浅い穴には鉛の花が咲いていた。弾は莉子の脳まで達していない。
「なんてこった、額で弾丸が止まってやがる。これで『致命傷だから大丈夫』ってか? どんな頭蓋骨だよ」
痙攣状態の莉子はゆっくり、右の人差し指を口に向ける。
「おク、ば……」
「奥歯? って、おまっ、口ん中のゾンビ薬噛んで摂取したってか!? 忍者かよ」
「立花さん、莉子ちゃんは!」
「どうやら本人曰く致命傷だが、咄嗟のゾンビ化とスチール並みの頭蓋骨で絶命は免れてる。人間業じゃねえよ」
「よ、よがっだ……」
ホッとした途端に茜の目から涙が溢れた。だがそう安心していられる状況でもなかった。
「それでも当たった場所が悪い。衝撃で脳にダメージは負ってる。十分再生を待つ必要があるから……しばらく、佐喰は戦線離脱だ」
この拮抗状態で莉子の戦力は不可欠。形勢は一気に悪化した。
「そんな……っ、あ」
だが茜はこの瞬間、自覚した。
ただこの状況を打開するだけでなく、彼女に父親の元まで連れていってもらおうとしていた、人任せな自分の心に。
――その一歩は、これまでの疑問に答えを示す。
『どうしたら、良かったのよ……』
なぜあの日、父の前から逃げ出したのか。
『なんで私、今スッキリしてるんだろ』
なぜ莉子が父親と戦った背中に、憧憬を抱いたのか。
『狭苦しい日常なんてクソ食らえ。憂鬱なもの全部ぶっ壊して!』
なぜその言葉に、強く心が震えたのか。
(そうだ、変えたかったんだ……日常を、自分の手で)
胸の中で銃弾が装填され、頭のセーフティは解除される。
引き金を引く準備を、少女はその瞬きに完了させた。
「――私、出ます」
「なっ!? 待て霧ヶ峰。お前は敵にとって最大ターゲットで、犯人と交渉できるカードなんだぞ!」
「けどここで立ち止まってたら何も変わらない。そんなの……屍と同じです」
「ッ――!」
決意に満ちた目に気圧され、立花は口を閉じる。
(なんだ、今の気迫は。佐喰かと思った)
茜はそっと手を握り、莉子のバッグに手を伸ばす。
「莉子ちゃん、武器借りるよ」
「ぁ、う……!」
気絶する直前、莉子は震える手で親指を天に立てた。
「ありがとう。回復するまで、任せて」
彼女のスカートからナイフ半分を借り、茜は包帯で足に巻き付けた。
イニシャル入りリボルバーと手榴弾は万能ワイヤーで胴体に括る。音響弾とワイヤーガンを腰にぶら下げて装備。
背中には二本の疑似肉腕をクロスさせて差す。その手で更に一丁のアサルトライフルを持たせた。
「最後に、これだね……」
目を閉じて少女は最大の武器を心に装備する。
丁寧に、「いただきます」と言うように、頭のネジをイメージの中で引き抜く。
――彼女が知る莉子の姿を想像して。
「霧ヶ峰茜、行ってきまぁーすッ!」
その意志は解き放たれた。




