第12話 霧ヶ峰茜は目指したい!
――平坦な『日常』に深い絶望はない。けど奇跡みたいな希望もない。
「……E、判定」
ママが死んでから最初の夏。その真実を模試の結果が告げてきた。
「霧ヶ峰さんは模試どうだった?」
「第一志望は、ダメで」
「医学部目指してるんだっけ? 大丈夫だって。まだ高一だし、他の学部ならA判もあるし」
同級生に褒められても心には響かなかった。
「もっと、頑張んなきゃ。パパとママみたいな医者になりたいから」
天国の母に恥じないため、父を傍で支えるため。そして憧れた両親の背中に追い付くため。
ママの死もきっかけで、何もなかった私は夢に固執した。
パパの病院を継げる医者になりたい。でも医大に入れる学力には足りない。
だから私は――医学部の推薦枠を目指した。
「定期テスト、次はもっと上位に……あ、提出物も終わらせとかないと。山下先生、内職に厳しいから」
ノートと参考書が散らばった床、殴り書きのメモが貼られた壁、転がる空のボールペン。飲みかけのペットボトル数本と教科書の山が覆った学習机。
内申集めのボランティア以外、勉強に費やした。友達もほとんど作んないで。
それぐらいじゃないと私じゃ届かない。医学部推薦に何としても滑り込みたくて、必死に机に向かった。
「……はぁ」
窓の隙間から漏れる月光を参考書と『受験合格』のポスターが遮る。
自分で作った部屋ながら、そこはまるで監獄の独房みたいだった。
けどそれは未来のためだと思って、胸の息苦しさを見て見ぬフリし続けた。
ただ私の進路を聞いたパパは、良い顔をしなかった。
「私は医学部に行きたいの! だから推薦でも入れるようもっと勉強しなきゃ!」
「ダメだ茜」
医者の親ならこういう時に『もっと良い大学を目指せ』とか『一般入試しか認めない』みたいなよくある起こり方ならまだ分かったけど、
「大学に行くのは構わんが、勉強で無駄に時間を使うな! もっと遊べ!」
予想外過ぎた叱られ方でフリーズした。
「あそ、えぇっ、勉強は……?」
「そんなのどうでも良いから、ほらもっと友達作れ! 部活とかサークルとか、バンドでも良い! お前歌が好きだったろう? ライブハウスにでも行ってくると良い」
「待ってどうして!? 娘が遊んでばっかの放蕩娘になっちゃって良いってわけ?」
「そしたらウチで養うから良い! ウチの医者から旦那選ぶも良し。男拾ってきて二人に資金援助するでも構わん! 遊び呆けなさい!」
「意味が分からないよ!!」
親がヒモニートを勧めて来るなんて思いもしなかった。
真意は分からないけど、パパの目は本気だった。余計に腹が立った。
「私がっ、どんな思いで勉強しようと……」
「もちろん芸大とか音大とか、学びたいことがあるなら良い。だが違うなら――」
「なんで私の気持ちが分からないの!? もう知らないっ!」
ベタ過ぎる台詞を吐いて家を飛び出した。
すぐ『ベイベイ』で家出用のお金が送られた時はスマホ叩きつけたくなったのを覚えてる。
「はぁっ、はぁっ、どうしたら、良かったのよ……」
夜道を走ってる自分がどこに向かってるのか分からなかった。
逃げてるのは父親からか、勉強か、それとも進路か。何も分からないまま泣いて、宛てもなく駆けた。
夜風は胸のモヤを晴らしてなんてくれない。心の臓に刺さった棘の輪郭をハッキリさせただけ。
(あれっ、なんか、視界が――)
突然体の自由が効かなくなった。この時にきっとゾンビ化したんだと思う。
顔からアスファルトを迎えたのが、二十年前最後の記憶……
※ ※ ※
「それで、家出した、と?」
「お恥ずかしながら……」
茜は顔を真っ赤にして悶える。
暗い身の上話を身構えていた一同、唖然。幹事長まで揃ってポカンとしていた。
「親バカと生真面目娘ってこんな相性悪いのか」
「辛い過去とかそういうのじゃなくて、思春期特有の突発飛び出しだったのが……ホント顔ないです」
「ま、まあ親子仲もそんな険悪じゃないみたいで良かったじゃねぇか」
「そぉーだよぉ。その感じなら、家出した挙句二十年も冷凍状態になった娘でも全然許してくれるって」
「うぐっ!? 正論だし、想像できるから、余計心が……」
「やめろ佐喰。トドメ刺すな」
茜は床でしばらく震えた。
「にしても原型種か……ある意味運が良かったかもな。当時の感染者は未だほとんど冷凍状態。ウイルスの危険性が未知ってことで、解凍許可が下りねぇんだ」
「でも立花さぁーん。それって最感染地域帰りの海外渡航者とか限定だったよね? 茜ちゃんの話なら海外行ってないはずじゃない~?」
「最初期は感染者の隔離規制がなかった。霧ヶ峰病院にオハピッピ患者が運ばれた可能性も十分にある」
「そっか! 原型種って凶暴だけど極端に湿気弱かったんだっけ。なら茜ちゃんパパからの三次感染も――」
「そういえばパパ、疑似肉腕みたいなの家に置いてたかも。レプリカだと思ってたけど、今考えればゾンビの腕だったような……」
「「それじゃん」」
茜は遠い目で血のシミを数えた。
「けど記憶戻って良かったねぇ。多分時間かかったのは、ナニソレスキー達の解凍が雑だったからだね」
「解凍雑だと、どうなるの?」
「死ぬ。それか記憶破損してマジゾンビになるよぉ~。沖ノ鳥島行きぃ」
「あそこがお墓になるとこだったニアピンっ!!」
いつもの談笑の中、ようやく一件落着と思ったその矢先だった。
「安心してるとこすまん。最悪のニュースだ」
立花のスマホにライブ中継が映っている。
『霧ヶ峰病院にて立てこもり事件発生。医者と患者を人質に、テロリストを名乗る集団が――』
キャスターの背後は既に銃撃戦と爆弾の投げ合いが始まっていた。病院から火も出ている。
「ククク、どうした若造共。小娘一人を誘拐するだけで何も工作しなかったとでも?」
老獪は奇怪な笑いを上げた。
「あの病院は日本最先端のゾンビ医療設備を備え、収容患者数も国内一」
「人質取り放題セールってことぉ? 汚いねぇおじーちゃん」
「人質であり兵隊だ。関係者の半数に手を回し、院内の点滴から入院食に至るまでオハピッピを混入させた」
高みの見物気分で、幹事長は厭らしく口元を歪める。
「責任は誰かが取らねばならん。そして事実が我々に盾突かぬよう、帳尻合わせをしておくものだ」
「茜ちゃんパパ」
「この状況で院内に原型種のウイルスが撒かれ、完全に落ちたらどうなると思う?」
「――とんだ下衆だよ。クソジジイ」
「負け犬の遠吠えか……は?」
幹事長は目を疑った。
自分を罵った者が、死体の山から起き上がったということ。
そしてそのブロンド男が今、銃口を向けている事実に驚愕した。
「次は好物に生まれ変わると良い。フォアグラだったか?」
ナニソレスキーは発砲。銃弾は覇賀谷の額を貫き、脳漿を床に撒いた。
一度だけ引き金を引いた男は、そのまま銃を落とす。
「まだ生き残ってたのぉ!?」
「撃たなくて良い。ほっといても直ぐ死ぬから、静かに逝かせてくれ」
「どうして、最期におじーちゃんを? そっちも安月給だった?」
死にかけのナニソレスキーは憂いの目で話す。
「この爺さんは正義を免罪符に保身と汚い欲望を求めた。同じ外道でも、あまりに見苦しくてな」
「まーアンタも十分クズだけどね」
「フンっ」
「でもクズTier1からは格下げだけしといたげる」
「はンっ、そりゃどーも」
微笑んだナニソレスキーはそのまま倒れて動かなくなった。
「じゃ行こっか、茜ちゃん」
「やる事は一つ、だよね」
莉子は茜の肩を叩いて笑う。
「病院の敵殺りまくって、パパと仲直りぃ~!」




