第11話 茜ちゃんはファースト世代
ナニソレスキーは投擲されたナイフを真っ向から受ける。
刃の雨は刺さるものの、厚い胸板を貫くまでは適わない。
破れた肉から一層瘴気が噴き出した。
「観念しろ佐喰莉子。この私、瘴気変異体『ガスソレスキー』を――」
「『イキクサスギー』で良いよ」
ナイフは弾丸と同等の投擲速度だった。
だがそれ以上の速さで投げた張本人はナニソレスキーの眼前まで急接近した。
「ゾンザップ詐欺事件って知らない~? ジムのプロテインにオハピッピ系薬物入れて会員ヤク漬け筋肉ドーピングしてたって」
大雑把な腕の大振りをすり抜け、掴もうとする手を搔い潜る。
莉子は霧のように男の背後まで回り込んだ。
「増強したゾンビ筋肉って、急に多量のオハピッピ活性剤入れると爆発するんだぁ」
ナニソレスキーの頸動脈に注射器を突き立て、注入した。
間髪入れず莉子は茜に檄を飛ばす。
「茜ちゃん、それ撃って」
「ッ、うん――!」
背後に気を取られ迂闊になったナニソレスキー。その胸に凶弾が一発放たれる。
「げふぁッ!」
弾丸は刺さったナイフの柄に直撃。その刃を五センチ押し進めた。
「一撃心臓ショット、バッチリじゃぁん」
ナイフと弾丸の衝突。刹那、火花が走る。
――小さな火種は漂うガスに引火。たちまちナニソレスキーを爆炎で包んだ。
爆発は体内まで巡り、ナニソレスキーを内と外の両側で焼くことになった。
「爆発って、可燃性なのかよ。ごっふぉッ……!」
「ガス撒くのと自分のウイルスへの耐性ばっか上げて、防御力ゼロだねぇ」
「ごふっ、そ、そんなステータスみたいに……」
「人体改造のエキスパートにそれ言う?」
「された側の台詞じゃねえ」
刺し傷から体内へ繋がる無数の穴と、気道全体を焼かれたことが致命的だった。
ナニソレスキーの体内はガスが絶え間なく発生している。爆発も続いているということだ。
臓器を焼かれ続けては、ゾンビの再生でも追い付かない。彼は死を悟った。
「たとえ私を殺しても、お前の元には別の私が――」
「で、死体にしといたナニソレスキーの山がこちらです」
「ほぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
通路の横から曲がり角の先まで続く死体の海。燃えるナニソレスキーは自分の炎で、己のクローンが全滅している光景を目にした。
「なんで!? 私より強い個体もいた筈だぞ! それに今こんなに苦戦してたじゃん!!」
「周り見えてなかった? 真琴ちゃんがだいたい片付けてたよ。あと多分、アンタのガスで巻き添え食らってるのも結構いる」
「……私が最後かーい」
最後にポンッ、と炭酸が抜けたような音を発してイキクサスギー。もといガスソレスキーは倒れた。
※
「無事か佐くらっ……すまなかった」
遅れて現場に着いた立花とその隊は、片腕になったゾンビ少女を前に謝罪した。
「ウチにはいーよ。真琴ちゃん、早く運んであげて」
「分かった。任せろ」
「代わりに立花さんの仕事減らしといたよ。縛っといた」
要塞の通路奥。自分で破壊した厳重なゲートと金属扉の先まで莉子は案内する。
そこには水中要塞とは思えない赤い絨毯と、英国貴族を真似た部屋があった。そこへ――
「裏の大物と思ったら、やはり貴方でしたか」
散乱するナニソレスキー達の死体平積み。その中央の椅子に、ワイヤーと疑似肉腕で捕縛された老人が座っていた。
顔のたるみに不愛想で不敵な笑みを滲ませた老人を、立花たちはよく知っている。
「覇賀谷幹事長」
政権与党、幹事長を務める男だ。茜でさえその顔に見覚えがあった。
「計算外だったよ。あの生物兵器を投下したことも、この佐喰を連れてきたことも」
「別荘にしては随分な辺境ですね、幹事長」
「意外と快適でね。四国独立紛争の時、うどんを求めてグンマに隠れ家を作ってな」
「与太は良いからさぁ、早く本題話してよおじーちゃぁ~ん」
莉子は銃の柄で覇賀谷の額を叩いた。
「小娘、理解しているのか? 私に歯向かうということは、私の同胞を敵に回すということだ」
プライドか、政治家ゆえの肝の座り方か、覇賀谷は易々と怯まない。
「ゾンビ推薦を棒に振りたいと言うのなら、話は違うかもだがねぇ」
「十七でゾンビぶっ殺せる女子高生が、その程度でビビると思ってる?」
だが二丁の銃でこめかみをグリグリされては気迫も途絶える。
「……脅迫るのはよそう。命が持たない」
「おじいちゃんオムツ履いといてよ。漏らされたらヤダ」
「余計なお世話だ! とうに履いとるわ!」
早速白旗を振るが、幹事長はまだ余裕の表情だ。
「だが甘いな。ゾンビ私兵がいたとしても、現状の証拠で私を拘束する理由など――」
「アンタが買収してた地区の警官、賄賂の出どころ辿って締めといたぞ」
「なぁ!? なぜ、賄賂のルートがバレた!」
「お前、ロンダリングの係に給料ケチってたろ? すぐゲロったぞ」
幹事長は国会での定番芸『おとぼけ顔』で乗り切ろうするも、立花からのビンタで止めた。
「まーそれはそれとして? 賄賂貰った連中は半ゾンビ状態で爪剥いといたよ。今頃はカサブタのネイル楽しんでんだろ」
「お前たち一応自衛隊だよな? 国家権力が飼ってて良い野蛮さではないぞ?」
「灯台下暗しだな。飼い犬の手強さ侮ってたろジジイ」
前線で命を張る国家公務員として、汚職現場を前に立花も苛立ちは抑えられなかった。
「日本を舐めたツケ、きっちり払ってもらうぜ」
「フッ、良いのか? ここで消してしまっては、計画の全容も分かるまいに。何より……」
老獪は厭らしく微笑む。
「その娘が霧ヶ峰大学病院、院長の娘だということも聞かずに」
「――ッ」
凍結されていた記憶が、霜焼けしていた思い出が、霧ヶ峰茜の脳内に蘇る。
断片的だった風景は繋がり、歯車のような音を立てて彼女の頭の中に響く。
よろめく茜を咄嗟に支え、莉子はその背を摩る。
「院長の娘かぁ。やーっぱりお嬢様だったねぇ~。腑に落ちた」
「莉子ちゃん、気づいてたの?」
「お金持ちか業界人かなぁって思ってたぐらいかな。正解はどっちもだったけーど」
立花は幹事長を縛る肉の腕を指して教える。
「てかお前の親父さん、その疑似肉腕とか作ったド偉い医者だぜ? ゾンビ再生医療界の権威」
「うぇっ? じゃあ悪趣味なあの武器を作ったのパパ!? 最っ悪……」
「立花さん意地悪いなぁ~? 知ってたなら言ってよー」
「話す暇も安全もなかったんだよ。お前こそ、霧ヶ峰って苗字で気付いても良かったじゃねぇのか? 医学界の重鎮だぞ」
「総理の下の名前も怪しい女子高生にそれ求めます?」
立花は言い返せず「あー……」とだけ声を漏らす。
「で、こっちも合点がいった。茜ちゃんが狙われてた理由――ゾンビウイルスの原型種保有者、だよねぇ?」
「げんっ、けい、しゅ……?」
「今流行ってる薬物やウイルスってね、二十年前のとはとっくに種類が変わってるのー。何度も変異や再調合したから、ぜーんぶ当時の劣化版」
「仮に原型種がまんま国に入ってきてたら、日本も他国みてえに滅びてた。なんて話には聞く」
幹事長の頭を雑にノックして莉子は尋問する。
「その原型種を復活させて悪さしよう、ってとこでしょ~?」
観念した覇賀谷は陰謀を明かす。
「0811、『ReF-0811』……二十年前の八月十一日に起きたゾンビパニックは社会を元に戻しかけた――『ReFlat』。世界の初期化だよ」
発言から莉子と立花は幹事長の計画全てを察した。
「茜ちゃんはゾンビパニック初期でも、ダディが医学界の先駆者だったから超レアな冷凍設備で眠ってられた。当時の凶暴なウイルスもセットで」
「それを聞きつけたアンタらは、不法入国したナニソレスキー共の兵隊に嬢ちゃんを誘拐させた。原型種を抽出するために」
「でぇ、そのレべちなオハピッピ撒いてもっと自分が支配しやすいよう社会リセット~って、シナリオだよねぇ?」
「クッ、脳筋のゾンビ推薦生にしては頭が回る」
「ジジイからの評価なんてどーでも良ーんだけど、それより茜ちゃんの問題よねぇ」
刻を取り戻した彼女は呼吸も落ち着きつつあった。
茜は深呼吸を繰り返してから言葉を紡ぎ出す。
「……お待たせ。全部、思い出せたよ」




