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『三点鐘―三回鳴る夜、人が消える―』  作者: asnt2026


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第9話 三回だけ

翌朝。


捜査本部のホワイトボードには、四人の写真が並んでいた。


新堂茉莉。


平尾航。


唐沢岳人。


藤枝琴葉。


「二件を同一線上で扱います」


鳴瀬千尋が言った。


捜査員たちの視線が集まる。


「共通点は三つ」


ボードに書く。


一。


心霊スポット。


二。


匿名情報による誘導。


三。


失踪直前の金属音。


折原が補足する。


「霞ヶ瀬から戸鳴まで、ほぼ四十八時間です」


千尋が数字を書く。


48。


「偶然とは考えにくい」


「次もあると?」


誰かが言う。


「ある前提で動く」


「場所は?」


千尋は別の資料を貼った。


新堂茉莉が残した研究ファイル。


三つの名前。


霞ヶ瀬療養館。


戸鳴隧道。


八汐レイクホテル。


室内の空気が変わった。


「次は八汐?」


「可能性が高い」


「封鎖しますか」


「管理者と自治体へ連絡。警戒を強化。ただし、犯人が場所を変える可能性もある」


千尋はボードを見る。


三つ。


なぜ三つなのか。


なぜ四十八時間なのか。


そして、


なぜ三回なのか。


会議終了後。


廊下に出ると、


鴻上志乃がいた。


「どうしてここに?」


千尋は露骨に顔をしかめた。


「新堂さんのお母様と一緒に来ました」


「ご家族は?」


「別室です」


志乃の視線がホワイトボードのある部屋へ向く。


「また、消えたんですね」


千尋は答えなかった。


「唐沢岳人を知っていますか」


突然聞く。


志乃の目が、ほんのわずかに揺れた。


「動画を見たことはあります」


「それだけ?」


「はい」


「戸鳴隧道で、自分の名前を呼ばれています」


志乃は黙っている。


「その後、八年前について聞かれた」


一瞬。


志乃の右手が動いた。


ペットボトル。


握る。


千尋は今度こそ見た。


「八年前という言葉に心当たりが?」


「ありません」


「唐沢さんとは面識がない?」


「ありません」


「本当に?」


志乃が千尋を見る。


「刑事さんは、私を疑っているんですか」


「全員疑います」


「失踪者の家族に雇われた人間まで?」


「家族に雇われたから疑わない理由にはならない」


志乃が少し笑った。


「正しいと思います」


まただ。


反論しない。


それが千尋には引っかかる。


「三回の音について」


「はい」


「昨日、戸鳴でも記録されました」


志乃の表情が消えた。


「……三回?」


「知っていました?」


「いいえ」


「霞ヶ瀬では、あなたは三回聞いたと言った」


「そうですね」


「戸鳴でも同じだった」


志乃は視線を落とした。


「偶然ではないでしょうね」


「何だと思います?」


「分かりません」


「霊視できない?」


皮肉を込めた。


だが志乃は怒らなかった。


「できることと、できないことがあります」


「便利ですね」


「そう思われても仕方ありません」


千尋はしばらく黙った。


「唐沢という名前を聞いたとき」


「はい」


「何か言いかけませんでした?」


志乃が初めて答えるまでに時間がかかった。


「何も」


「『まだ、その名前』」


志乃の目が千尋へ戻る。


「聞き間違いでは?」


「私は刑事です。人の言い間違いを聞く仕事もしています」


二人の間に沈黙。


志乃が先に口を開いた。


「唐沢さんは」


千尋は待つ。


「……何かを隠していると思います」


「霊視?」


「いいえ」


「では?」


「動画を見れば分かります」


「何が?」


「怖がっている対象が違う」


千尋の眉が動く。


志乃は続けた。


「子どもの声を聞いたときより」


少し間。


「八年前と言われたときの方が、ずっと怖がっていました」


それは千尋も感じていた。


「それだけ?」


「それだけです」


志乃が立ち去ろうとする。


千尋が呼び止める。


「鴻上さん」


「はい」


「三回の音」


志乃の背中が少し固くなる。


「あなたは怖いんですか」


長い沈黙。


振り返らないまま、


志乃は答えた。


「嫌いです」


「なぜ?」


「理由はありません」


そのまま歩いていった。


千尋は背中を見送る。


折原が横へ来た。


「怪しいですね」


「何が?」


「全部です」


「雑」


「でも、三回の音を嫌いって」


千尋は返事をしなかった。


その日の午後。


鑑識から連絡が入った。


戸鳴隧道。


壁の補修部分。


内部に空洞がある。


そしてその近くから、


小型の音響機器らしきものが発見された。


幽霊ではない。


誰かが、


声を流していた。


だが。


機器を取り外した技官が首を傾げた。


「おかしいですね」


「何が?」


「これ」


スピーカーの仕様書を見せる。


「事前に登録した音声を流すだけです」


「それが?」


「唐沢岳人という名前の音声は入っています」


「でしょうね」


「でも」


技官は画面を切り替えた。


登録音声一覧。


子どもの声。


『ねえ』


『こっち』


『たけと』


そして数種類の泣き声。


それだけ。


千尋は一覧を見る。


「八年前は?」


「ありません」


「女の声は?」


「入っていません」


千尋の目が止まった。


動画に残っている。


確かに聞いた。


『八年前のこと、覚えてる?』


『あなたは、私を知ってる』


その音声が、


仕掛けの中には存在しなかった。

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