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『三点鐘―三回鳴る夜、人が消える―』  作者: asnt2026


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第4話 霊視者

「警察の方ですか?」


最初に見たとき、鳴瀬千尋はその女を霊能力者だとは思わなかった。


白い服でもなければ、数珠も持っていない。


黒いパンツ。


薄いグレーのシャツ。


髪は肩より少し長く、後ろで簡単にまとめている。


年齢は三十代半ばくらい。


駅のホームに立っていても、誰も二度見しないだろう。


それが鴻上志乃だった。


「鳴瀬です」


千尋は警察手帳を見せた。


「こちらへ来た理由を聞いても?」


「新堂さんのお母様から依頼を受けました」


「何の?」


「娘さんを探してほしいと」


「それは警察がやっています」


「そうですね」


反論しない。


そのことが逆に千尋を苛立たせた。


「ここは立入禁止です」


「入りません」


「なら結構です」


千尋が去ろうとすると、


「刑事さん」


呼び止められた。


振り返る。


志乃は霞ヶ瀬療養館を見上げていた。


「二人は、あの建物の中では消えていません」


千尋は無表情のまま答えた。


「どういう意味ですか」


「そのままです」


「根拠は?」


志乃は少し考えた。


「そう感じます」


「では、捜査の参考にはできません」


「分かっています」


「それなら」


「でも」


志乃が建物の左側を指した。


「探すなら、あちらを先に見た方がいいと思います」


裏手。


急な斜面しかない。


既に一度、捜索隊が確認している。


「なぜ?」


「……風が」


「風?」


「建物の中へ入っていく感じがします」


千尋は何も言わなかった。


心霊的な言い回しをする割に、妙に具体的だった。


「失礼します」


今度こそ立ち去る。


少し離れたところで折原が待っていた。


「本当に霊能力者なんですね」


「肩書きはね」


「有名なんですか?」


「知らない」


折原がスマートフォンを見る。


「テレビにはほぼ出ないみたいです。行方不明者の家族から依頼を受けることが多いとか」


「警察は霊視で捜査しない」


「はい」


「何か言いたそうね」


「いえ」


「言って」


「……あっち、まだ十分に見てないですよね」


千尋が睨む。


折原がすぐ目を逸らす。


「偶然ですけど」


「偶然だから確認する」


「はい」


裏手へ回った。


斜面。


雑草。


崩れたフェンス。


確かに人を運び出すには向かない。


数人で調べる。


何もない。


「ほら」


千尋が言った。


折原は苦笑する。


「ですよね」


そのとき。


鑑識員が草の間へライトを向けた。


「これ、何ですかね」


コンクリート壁の一部。


蔦を避ける。


小さな鉄製の扉があった。


錆びている。


高さは一メートル半程度。


図面にはない。


「開く?」


「鍵がかかってます」


周囲を確認する。


扉の下。


わずかな隙間。


そこから――。


風が出ていた。


折原が千尋を見る。


何も言わない。


千尋も何も言わなかった。


解錠して内部へ入る。


狭い通路。


コンクリート壁。


配管。


古い施設のサービス通路らしい。


十数メートル先で建物内部へ接続している。


「こんなの図面にありませんでしたよ」


「古い改修前の設備かも」


床を照らす。


埃がある。


だが一部だけ薄い。


何かが通った跡。


「鑑識」


千尋が呼ぶ。


すぐに撮影が始まった。


さらに奥。


壁際で何かが光った。


小さなプラスチック片。


折原が拾おうとした。


「触らない」


「すみません」


鑑識が回収する。


スマートフォンケースの一部に見えた。


新堂茉莉のものではない。


平尾航のスマートフォンはまだ見つかっていない。


「まさか」


折原が言う。


千尋は答えなかった。


外へ戻る。


志乃はまだいた。


フェンスの向こう。


千尋はまっすぐ歩いていく。


「通路のこと、知っていました?」


志乃は首を振った。


「いいえ」


「以前ここへ来たことは?」


「ありません」


「では、どうしてあの場所を?」


志乃は少し黙った。


目線だけが建物へ向く。


「声がしたんです」


折原の顔が強張った。


千尋は逆に冷静になった。


「誰の?」


「分かりません」


「男性? 女性?」


「それも」


「何と言ったんですか」


志乃は千尋を見る。


静かな目だった。


「こっちじゃない、と」


千尋は数秒、志乃から目を逸らさなかった。


嘘をついているようには見えない。


だからといって、本当とは限らない。


「今後、勝手に現場へ入らないでください」


「分かりました」


千尋が背を向ける。


「刑事さん」


また呼び止められた。


「何ですか」


「三回の音」


千尋の足が止まった。


まだ公表していない。


報道にも出していない。


家族にも伝えていない。


折原も振り返った。


志乃は自分が何かまずいことを言ったと気づいたように見えた。


ほんの一瞬。


本当に一瞬だった。


「……何です?」


千尋がゆっくり尋ねた。


志乃は目を伏せる。


「この建物に来てから」


間。


「三回、金属の音がする気がしたので」


「いつ?」


「さっき」


「三回とも?」


「はい」


千尋は彼女を見た。


今朝。


自分が聞いたのは、


一回だけだった。


それ以上は誰からも報告されていない。


「そうですか」


それだけ言って歩き出す。


折原が追ってきた。


「鳴瀬さん」


「分かってる」


「怪しくないですか」


「霊能力が?」


「いや、そっちじゃなくて」


千尋は答えなかった。


背後を振り返る。


志乃はまだ建物を見ていた。


その右手が、


ペットボトルを異様なほど強く握りしめていることに、


千尋はまだ気づかなかった。

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