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『三点鐘―三回鳴る夜、人が消える―』  作者: asnt2026


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34/40

第34話 同じ癖

「指紋は?」


千尋が聞く。


「志乃さんの部屋から採取したものと、秋庭絵麻の八年前の資料を比較中です」


「八年前の指紋なんて残ってる?」


「免許更新時の資料にはありません。ただ、失踪当時の私物が保管されていれば」


秋庭絵麻の家族。


母親が、


娘の古い荷物を一部残していた。


ノート。


筆箱。


化粧品。


古いカメラ。


完全な指紋が取れる保証はない。


それでも試す。


DNA。


絵麻の母親から協力を得る。


志乃本人のDNAはまだない。


「部屋から取れませんか」


折原が言う。


「生活痕からは取れる。でも本人のものだと確定させる必要がある」


歯ブラシ。


コップ。


髪。


複数ある。


慎重に進める。


一方、


千尋は写真を見ていた。


秋庭絵麻。


鴻上志乃。


並べる。


八年。


二十八歳から三十六歳。


痩せた。


髪型。


眉。


化粧。


眼鏡。


さらに、


志乃の左頬には薄い傷がある。


絵麻にはない。


「整形?」


折原が言う。


「大げさなものじゃなくても、事故や治療で印象は変わる」


「声は?」


八年前の電話録音。


ほとんど残っていない。


母親への最後の通話は、


音声データ保存なし。


仕事関係の取材テープ。


一部に絵麻の声が入っている可能性。


探す。


数時間後。


古い音声ファイルが見つかった。


絵麻。


笑う。


質問する。


短い。


今の志乃より、


声が少し高い。


だが。


話す前に、


わずかに息を吸う癖。


語尾を落とす。


似ている。


「これだけじゃ証拠にはならない」


千尋は自分に言い聞かせる。


その日の夕方。


秋庭絵麻の母親が県警へ来た。


写真だけでは判断できない。


実際に志乃を見てもらいたかった。


ただし、


志乃はまだ見つかっていない。


代わりに、


防犯カメラ映像。


会話記録。


母親は画面を見つめる。


志乃が歩く。


止まる。


ペットボトルを持つ。


三回の音。


右手で、


左の親指を包む。


母親の顔が変わった。


「これ」


声が震える。


「絵麻です」


千尋はすぐには答えない。


「顔じゃありません」


母親が続ける。


「この手」


「昔から?」


「怖いときだけ」


母親は画面へ近づいた。


「小さいころ、雷が怖くて。いつもこうしてたんです」


目に涙が溜まる。


「大人になってからも治らなくて」


千尋は胸が重くなる。


母親は、


志乃の顔を見る。


「でも」


首を振る。


「違う」


「どちらですか」


「分からないんです」


母親が泣きながら笑った。


「こんなに長く娘の顔を見てないんですよ」


八年。


「親なら分かると思ってました」


千尋は何も言えなかった。


母親は画面を見つめる。


「もし絵麻なら」


「はい」


「どうして帰ってこなかったんでしょう」


その問いに、


答えはまだない。


夜。


DNAの速報。


志乃の部屋にあった歯ブラシから採取した検体。


秋庭絵麻の母親との、


親子関係を否定できない。


正式鑑定は後。


だが、


確率は極めて高い。


折原が紙を持ったまま、


何も言わなかった。


千尋も。


しばらく、


誰も話せなかった。


やっと折原が口を開く。


「志乃さんが」


「秋庭絵麻」


千尋が言った。


言葉にすると、


八年前の事件が、


突然現在へ戻ってきた。


死んだと思っていたわけではない。


でも。


生きているなら、


いつか見つかるかもしれない。


そんな曖昧な期待を、


八年の間にどこかへ置いてきた。


その人が、


ずっと近くにいた。


「見つけないと」


千尋は立ち上がった。


その瞬間。


スマートフォンが鳴る。


非通知。


出る。


「鳴瀬です」


無音。


千尋は待つ。


やがて。


女の声。


『分かりましたか』


志乃。


もう、


声だけで分かった。


「秋庭絵麻さん」


電話の向こうが静かになる。


『……まだ』


「何が」


『まだ、そこじゃない』


「六人はどこ」


『五人です』


千尋の目が細くなる。


「唐沢を除いて?」


返事なし。


「あなたがやったの?」


長い沈黙。


そして。


『来てください』


「どこへ」


電話の向こうで、


金属音。


カン。


一回。


『最初に』


通話が切れた。


千尋はもう分かっていた。


最初。


霞ヶ瀬療養館。

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