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『三点鐘―三回鳴る夜、人が消える―』  作者: asnt2026


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32/40

第32話 霊視ではなかったなら

翌日。


千尋は霞ヶ瀬療養館へ戻った。


理由は単純だった。


最初から、


もう一度見たかった。


志乃が最初に立っていた場所。


斜面。


裏手。


図面にない扉。


「この辺です」


折原が言う。


二人で歩く。


昼間。


鳥の声。


遠くの車。


夜に来たときとは、


まるで違う場所に見える。


「志乃さん、ここから建物見てましたよね」


「ああ」


「それで風がどうとか」


「建物の中へ入っていく感じがする」


「実際、扉の下から風が出てた」


千尋はしゃがむ。


鉄扉。


下の隙間。


確かに、


注意していれば空気の動きに気づく可能性はある。


「霊能力じゃなくても分かる」


「観察力?」


「あり得る」


「でも初めて来た人が?」


千尋は立ち上がる。


「だから調べてる」


サービス通路へ入る。


三階まで上がる。


白い女が移動する仕組み。


志乃はここへ入っていない。


少なくとも警察が確認している限りでは。


なのに、


後から彼女は、


「女は窓の前を歩いていない気がする」


と言っていた。


当時は霊的な感覚を語っていると思った。


だが。


窓の裏側を通っていたのなら、


その言葉は正しい。


「折原」


「はい」


「志乃さんの発言、全部起こせる?」


「録音がある分は」


「最初から」


「全部ですか」


「一言ずつ」


午後。


捜査本部。


録音。


メモ。


家族の証言。


志乃が口にした言葉を時系列で並べる。


《ここではありません》


《あちらを見た方がいい》


《風が中へ入っていく感じがする》


《何かを隠していると思います》


《電話はここだけじゃない》


《向こうに空間があります》


《三回目が鳴る前に出た方がいい》


《閉まる》


どれも曖昧。


霊能力者らしい言い回し。


でも、


違う見方をすれば。


全部、


知識。


「未来を当てたんじゃない」


千尋が言う。


折原が顔を上げる。


「知ってた?」


「それなら説明がつく」


「全部?」


「少なくとも大部分は」


千尋は八汐の映像を再生した。


志乃が廊下を歩く。


308号室前。


電話を見る。


数秒後、


鳴る。


「これ」


何度も見る。


電話を見たというより、


時計を確認するような動き。


「時間を知っていた?」


「遠隔操作のタイミング」


折原が言う。


「でも、誰が操作してたんです?」


「志乃本人じゃない」


映像上、


彼女に操作する動きはない。


「共犯?」


「可能性」


「それか」


折原が言いかける。


「それか?」


「事前に設定してた」


千尋は黙った。


タイマー。


自動。


十分あり得る。


「戸鳴の音声も」


唐沢の名前。


琴葉の名前。


事前に用意できる。


しかし、


《八年前のこと、覚えてる?》


あれは発見された装置には入っていなかった。


別経路。


人間が現場近くから流した可能性。


誰が。


そして、


志乃はその頃どこにいた。


「位置情報」


千尋が言う。


「志乃さんのスマホ」


「令状取ります?」


「まず本人の同意を取る」


電話。


つながらない。


メッセージ。


既読にならない。


「またです」


折原が言う。


「都合が悪くなると消える」


「決めつけない」


そう言いながら、


千尋自身も苛立っていた。


夕方。


志乃が住んでいるマンションへ向かう。


管理人立ち会い。


部屋の前。


インターホン。


返事なし。


「昨日から見てませんね」


管理人が言う。


「普段は?」


「静かな人ですよ。あんまり人付き合いは」


「いつから住んでます?」


「半年くらいかな」


また、


半年。


「その前の住所は」


「知りません」


郵便受け。


ほとんど空。


宅配ボックス利用履歴。


少ない。


生活が、


薄い。


部屋の中へ入る権限はない。


千尋は廊下から玄関を見るだけ。


そのとき。


中から音がした。


カタン。


折原が身構える。


「誰かいます?」


返事なし。


管理人が青ざめる。


「いや、でも不在って」


千尋が扉へ近づく。


「鴻上さん」


沈黙。


「鳴瀬です」


何もない。


そのあと。


微かに。


カン。


千尋は息を止めた。


折原がこちらを見る。


一回。


待つ。


来ない。


「管理人さん」


千尋が言う。


「この部屋、隣と配管つながってます?」


「そりゃ建物ですから」


音が伝わっただけ。


そう考えればいい。


だが、


千尋は扉から離れられなかった。


ドアの向こう。


誰もいないはずの部屋。


もう一度。


カン。


今度は、


はっきり聞こえた。

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