第30話 内部から来た指示
零号線の指示系統は、
単純ではなかった。
一人のボスが電話で命令する。
そんな構造なら、
とっくに崩れている。
使い捨ての端末。
共有ID。
時間限定のアクセス。
場所ごとに違う担当。
受け取った側には、
前後の情報が見えない。
だから長く続いた。
今回も、
表面上は通常指示に見えた。
霞ヶ瀬。
二名。
一時搬送。
戸鳴。
二名。
一時搬送。
八汐。
二名。
一時搬送。
だが、
サイバー班がアクセス履歴を復元する。
「ここです」
担当者が画面を指す。
「通常指示は、必ず上位認証を二つ通ります」
「今回は?」
「通っていません」
「なのに現場は動いた?」
「見た目だけ同じ指示を作ってます」
誰かが、
零号線の内部仕様を知っている。
しかもかなり詳しく。
「古い認証方式」
担当者が言う。
「今は使われていないものを利用してる」
「いつ頃の?」
「七年から八年前まで」
千尋の目が止まる。
八年前。
秋庭絵麻。
「当時内部にいた人間なら?」
「可能性はあります」
「運ばれた被害者は?」
担当者が困った顔をする。
「普通ならアクセスできません」
普通なら。
だが、
普通ではないことが起きている。
千尋は鴻上志乃の経歴資料を見る。
霊視者。
三十六歳。
半年前以前の活動記録。
少ない。
妙に。
住民票。
仕事。
銀行。
あるにはある。
だが、
生活してきた人間の厚みがない。
「折原」
「はい」
「鴻上志乃をもう一度洗って」
「やっぱり」
「犯人と決めるな」
「分かってます」
「半年前より前。特に八年前」
「はい」
千尋は別の画面へ戻る。
今回の六人。
指示データ。
一見同じ。
だが、
サイバー担当者が言う。
「一人だけ違います」
「誰?」
一覧。
新堂茉莉。
平尾航。
藤枝琴葉。
江口壮真。
朝比奈由莉。
すべて、
《HOLD》
一時保留。
そして。
唐沢岳人。
その欄だけ、
別のコード。
RECOVER
「意味は?」
「直訳なら、回収」
折原が顔を上げる。
「五人は保留」
千尋が言う。
「唐沢だけ回収」
六人。
同じように消えた。
同じように運ばれた。
そう思っていた。
違う。
「本命」
折原が呟く。
千尋は答えなかった。
だが、
その言葉が最も近い。
新堂茉莉。
平尾航。
藤枝琴葉。
江口壮真。
朝比奈由莉。
五人は、
事件を大きくするため。
警察を動かすため。
零号線へ導くため。
では、
唐沢岳人だけは。
「八年前のカード」
折原が言う。
「それを取り戻すため?」
「カードはもう警察にある」
「犯人はそれを知らなかった?」
「電話では、見つけたって知ってた」
「じゃあ今は」
必要なものは、
もう証拠ではない。
唐沢本人。
八年前。
秋庭絵麻を見た。
嘘をついた。
何かを知っている。
千尋は背筋に嫌な感覚を覚えた。
「唐沢に何をさせたい」
答えは出ない。
そこへ、
折原の端末に着信。
「鴻上志乃の件です」
「何か出た?」
折原が画面を見る。
表情が変わる。
「半年前より前の写真が」
「見つかった?」
「違います」
「何?」
「ほとんどないんです」
SNS。
仕事先。
住居周辺。
知人。
六か月前から急に、
鴻上志乃という人間が現れる。
それ以前。
記録上は存在する。
だが、
生活の痕跡がほぼない。
「偽名?」
「戸籍そのものはあります」
「本人確認は」
「調べています」
そこへもう一件。
秋庭絵麻の古い資料。
顔写真。
志乃。
画像照合。
単純一致ではない。
八年。
体重。
髪。
化粧。
顔の輪郭。
それでも、
一定の類似。
特に、
目の周囲。
折原が二枚を並べる。
千尋は黙って見た。
秋庭絵麻。
二十八歳。
鴻上志乃。
三十六歳。
別人。
そう言われれば別人に見える。
同一人物。
そう言われると、
否定しきれない。
「本人に会う」
千尋が言った。
「今ですか?」
「今」
志乃へ電話。
つながらない。
もう一度。
留守番電話。
居場所を確認。
自宅。
不在。
家族への依頼先にもいない。
「どこ行った」
そのとき。
千尋のスマートフォンに、
知らない番号からメッセージ。
画像が一枚。
暗い場所。
椅子。
そこに、
唐沢岳人が座っている。
生きている。
顔には傷。
だが、
確かに唐沢。
写真の下。
一文。
《一人だけ、返してもらう》
千尋の息が止まる。
続いて、
もう一通。
《残り五人は、まだ間に合う》
そして最後。
《鳴瀬刑事》
初めて。
直接名前を呼ばれた。
《八年前と同じことをしないで》
千尋は画面を握りしめた。
犯人は、
零号線だけを知っているのではない。
秋庭絵麻の失踪だけでもない。
八年前、
警察が何をしたか。
千尋が、
何をしなかったか。
そこまで知っている。




