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『三点鐘―三回鳴る夜、人が消える―』  作者: asnt2026


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第21話 閉まる音

捜査本部の奥で扉が閉まったあと、誰もすぐには動かなかった。


重い防火扉。


普段なら人が押さなければ動かない。


それが今、


ガチャン。


という鈍い音を立て、完全に閉じている。


鳴瀬千尋は鴻上志乃を見た。


「今、何て言った?」


志乃は答えない。


「三回目が鳴ると、何が閉まるの?」


「分かりません」


「さっきは『閉まる』って言った」


「聞き間違いです」


「折原」


千尋が視線を向ける。


折原は戸惑いながらも首を振った。


「僕も聞きました」


志乃の顔から感情が消えた。


千尋は立ち上がる。


「鴻上さん。あなた、三回の音について何か知ってるでしょう」


「知りません」


「霞ヶ瀬でも怖がった。八汐でも三回目が鳴る前に出ろと言った。今は、鳴る前から閉まると分かってた」


「……分かったわけじゃありません」


「じゃあ何?」


「そう思っただけです」


「何を根拠に?」


答えない。


千尋は一歩近づいた。


その瞬間、別の捜査員が防火扉を開ける。


「故障ですかね」


何度か押し戻す。


普通に開く。


「自動閉鎖装置は?」


「火災報知器とは連動してますけど、作動履歴はないです」


「磁気保持装置?」


「異常なし」


原因不明。


それだけなら珍しいことではない。


機械は壊れる。


古い設備ならなおさら。


だが、


三回目の音の直後だった。


千尋は志乃を見る。


志乃は防火扉を見つめていた。


怖がっている。


確かに。


そこだけは演技には見えない。


「今日は帰って」


千尋が言った。


「もういいんですか」


「いいとは言ってない。必要になったら連絡する」


志乃が小さく頭を下げる。


出口へ向かう。


千尋は背中に声をかけた。


「鴻上さん」


志乃が止まる。


「秋庭絵麻って名前」


動かない。


「本当に知らない?」


「……知りません」


「そう」


志乃は振り返らずに出ていった。


折原が隣へ来る。


「絶対何か知ってますよね」


「そう見える」


「捕まえます?」


「何の容疑で」


「……ですよね」


「怪しいのと、犯人なのは別」


千尋は秋庭絵麻の写真を手に取る。


二十八歳。


八年前。


写真の中では柔らかく笑っている。


「顔、似てません?」


折原が言う。


千尋はもう一度見る。


「似てる?」


「いや……目元とか」


「それだけで同一人物扱いしたら問題になる」


「年齢も同じです」


「偶然はいくらでもある」


そう言いながら、


千尋自身も気になっていた。


ただし。


志乃を秋庭絵麻だと仮定すると、


別の問題が出る。


秋庭絵麻は八年前に失踪した。


もし生きているなら、


なぜ戻らなかった。


なぜ家族にも警察にも連絡しなかった。


そして、


なぜ今、


霊視者を名乗っている。


「折原」


「はい」


「秋庭絵麻の家族、連絡取れる?」


「調べます」


「それと当時の捜査記録。省略されてる聞き込みまで全部」


「分かりました」


千尋は椅子に座り直す。


防火扉が視界の端に入る。


さっきの音。


カン。


カン。


カン。


そして、


閉まる。


何が。


どうして志乃は知っていた。


その夜。


千尋は八年前の捜査資料を一人で読んでいた。


秋庭絵麻。


取材先。


知人。


家族。


銀行。


目撃者。


その中に、


気になる記録があった。


失踪当日。


午後十時四十六分。


秋庭絵麻の携帯電話から、


母親へ着信。


通話時間、


三秒。


会話は成立していない。


母親の証言。


《何も聞こえなかった》


ただし、


通話の最後に、


金属のような音がした。


千尋の指が止まる。


古い供述書。


母親の手書きメモ。


《カン、という音が何回かした気がする》


回数については、


覚えていない。


千尋は立ち上がった。


八年前。


まだ三点鐘という怪談は存在していない。


今回の犯人が作ったはずの音。


なのに。


秋庭絵麻が消えた夜にも、


金属音が鳴っていた。

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