第22話 八年前の証言
秋庭絵麻の母親は、県外の小さな町に暮らしていた。
電話口の声は落ち着いていた。
八年という時間が、
悲しみを消したわけではない。
ただ、
泣き続けることができなくなっただけなのだろう。
『見つかったんですか』
開口一番だった。
千尋は一瞬言葉に詰まった。
「まだです」
『そうですか』
短い返事。
期待させてしまった。
「ただ、八年前の件をもう一度調べています」
『今になって?』
責める口調ではない。
だから余計に痛い。
「今回起きている別の失踪事件と、関係がある可能性が出ています」
長い沈黙。
『絵麻は、生きてるんでしょうか』
「それを確かめたいと思っています」
千尋は正直に答えた。
「当日のことを、もう一度聞かせてもらえますか」
『何度も話しました』
「分かっています」
『それでも?』
「お願いします」
しばらくして、
母親が息を吐く。
『最後に電話があったのは夜でした』
「午後十時四十六分」
『覚えてるんですね』
「記録があります」
『出たら、何も言わないんです』
「無言電話?」
『違います』
千尋はペンを止める。
「何が違うんですか」
『息遣いが聞こえた』
資料には書かれていない。
「絵麻さんの?」
『分かりません。でも、誰かいました』
「周囲の音は」
『車みたいな音。それから』
母親が黙る。
「金属音」
『はい』
「何回でした?」
『そこまでは……』
「三回では?」
また沈黙。
『どうして?』
千尋は答えなかった。
『刑事さん』
「はい」
『三回だったと思います』
背中が冷える。
『カン、カン……少し空いて、もう一回』
「そのあと?」
『大きな音』
「何の?」
『扉が閉まるみたいな』
千尋は何も言えなかった。
志乃の言葉。
――閉まる。
「絵麻さんは、何か言いましたか」
『最後に』
「何と?」
『お母さん』
声が一瞬揺れた。
『それだけ』
千尋はペンを置いた。
八年前。
三回の金属音。
扉が閉まる音。
そして秋庭絵麻は消えた。
「もう一つ」
『はい』
「鴻上志乃という名前に心当たりはありますか」
『ありません』
「写真を送っても?」
『何の写真ですか』
「確認していただきたい人物がいます」
数分後。
志乃の写真を送る。
返事が来るまで長かった。
千尋は机の上を見つめていた。
やがて着信。
『違います』
母親は即答した。
「そうですか」
『絵麻じゃありません』
千尋は少しだけ肩の力が抜ける。
だが、
母親が続けた。
『でも』
「何です?」
『目が似ています』
千尋は黙る。
『絵麻は、怖いとき左の親指を隠す癖がありました』
「親指?」
『右手で握るんです』
千尋の頭に、
ペットボトルを握る志乃の姿が浮かぶ。
『その人』
母親が尋ねた。
『どういう人なんですか』
「まだ分かりません」
それしか言えなかった。
通話を終える。
折原が資料を持って来た。
「唐沢の当時の供述、詳細版ありました」
千尋は受け取る。
八年前。
唐沢岳人。
当時は東央施設サービスのアルバイト。
供述開始、
午後三時十二分。
終了、
午後三時三十六分。
たった二十四分。
「短い」
「事件性低い扱いになってたので」
千尋は読む。
秋庭絵麻を見た。
男と話していた。
揉めていない。
自分から車に乗った。
車種は、
白系のバン。
ナンバー不明。
男性の顔は、
暗くて見えなかった。
「おかしい」
千尋が言った。
「どこがです?」
「この場所」
唐沢が見たと証言した位置。
ホテル裏側の駐車場。
照明は当時すでに撤去。
「暗くて男の顔は見えないのに」
指で文章をなぞる。
「絵麻だとは分かった」
折原が顔を上げる。
「知り合いだった?」
「唐沢は面識なしと供述してる」
さらに。
《女性は紺色の上着》
だが失踪当日、
絵麻は白いシャツに薄いベージュのカーディガンを着ていた。
家族。
仕事仲間。
駅の防犯カメラ。
複数の記録が一致している。
「別人を見た?」
「それなら秋庭絵麻だと言い切れない」
千尋は供述書を閉じる。
「唐沢は嘘をついた」
八年前。
警察は、
その嘘を信じた。




