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『三点鐘―三回鳴る夜、人が消える―』  作者: asnt2026


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第20話 秋庭絵麻

八年前。


鳴瀬千尋はまだ、


捜査一課に配属されて日が浅かった。


秋庭絵麻。


二十八歳。


フリーライター。


一人暮らし。


失踪。


その名前を見た瞬間、


忘れていたはずの記憶が戻った。


大量の資料。


夜遅くまで続く聞き込み。


家族の写真。


そして、


事件性は低い。


そう判断された案件。


「記録を全部出して」


県警に戻るなり千尋は言った。


古い資料が集められる。


秋庭絵麻失踪事件。


八月十九日。


午後九時頃まで仕事関係者と連絡。


その後途絶える。


翌日。


スマートフォンが駅のコインロッカーで発見。


財布なし。


自宅に荒らされた形跡なし。


銀行口座から現金三十万円を引き出し。


仕事先へ、


《しばらく休みます》


というメール。


「自発的失踪」


折原が言った。


「当時はそう見た」


「鳴瀬さんも?」


千尋は答えるまでに少し時間がかかった。


「そう」


嘘ではない。


あの頃の自分は、


疑うだけの材料が足りないと思った。


さらに、


目撃者。


唐沢岳人。


当時二十八歳。


東央施設サービスのアルバイト。


供述。


《八汐レイクホテル付近で秋庭絵麻を見た》


《男性と話していた》


《自分から車に乗った》


争ってはいなかった。


だから、


拉致ではない。


そう考えた。


「でも」


千尋は別の資料を探す。


「あった」


秋庭絵麻のノートパソコン。


未送信文書。


《あの車は、廃棄物を運んでいない》


それだけ。


続きはない。


折原が画面を見る。


「車?」


「彼女、不法投棄を調べてた」


資料。


取材先。


廃施設。


夜間搬送。


管理会社。


東央施設サービス。


八汐。


すべて現在の事件につながっている。


「八年前から?」


折原が呟く。


「もっと前かもしれない」


千尋は椅子から立つ。


ホワイトボードへ。


秋庭絵麻。


唐沢岳人。


東央施設サービス。


八汐レイクホテル。


線で結ぶ。


「唐沢は八年前、何かを見てる」


「だから戸鳴で狙われた?」


「可能性は高い」


「じゃあ霞ヶ瀬の二人は?」


またそこだ。


説明できない。


唐沢だけが標的なら、


なぜ先に二人消す必要がある。


「犯人は」


千尋が言う。


「唐沢だけを狙ってるんじゃない」


「目的が別?」


「たぶん」


折原が古い写真を見る。


秋庭絵麻。


「この人、生きてると思います?」


千尋は答えられなかった。


八年。


失踪。


身元確認なし。


遺体もなし。


だから、


生きている可能性はある。


ただ。


もし彼女が、


今の事件に関わっているとしたら。


そこへ、


鴻上志乃が捜査本部を訪れたという連絡が入った。


千尋の目が止まる。


「何の用?」


「新堂さんのご家族の件だそうです」


「通して」


数分後。


志乃が入る。


相変わらず静かな服装。


千尋は机に置いていた秋庭絵麻の写真を、


すぐには片付けなかった。


志乃が近づく。


視線が、


写真に落ちる。


ほんの一秒。


それだけ。


だが。


手に持っていたペットボトルが、


ミシ。


小さく鳴った。


千尋は見逃さなかった。


「知ってます?」


写真を指す。


志乃は顔を上げる。


「誰ですか」


「秋庭絵麻」


名前を聞いた瞬間。


志乃の呼吸が、


わずかに止まった。


「八年前に消えた人です」


「そうですか」


「八汐レイクホテルの近くで」


志乃は写真を見ない。


「今回と関係が?」


「調べてるところ」


「そうですか」


返事が短い。


千尋は椅子へ座ったまま、


志乃を見る。


似ている。


何が。


どこが。


分からない。


顔立ちは違う。


雰囲気も違う。


髪型も。


写真の女は二十八。


目の前の女は三十代半ば。


ただ。


目。


「鴻上さん」


「はい」


「あなた、何歳?」


志乃が少しだけ笑った。


「急ですね」


「答えて」


「三十六です」


秋庭絵麻も、


生きていれば三十六。


折原が千尋を見る。


志乃は気づいていないように見えた。


いや。


気づいている。


おそらく。


千尋はさらに聞く。


「八年前、どこに住んでました?」


初めて。


志乃の表情が完全に止まった。


数秒。


「それは」


カン。


音がした。


捜査本部。


誰も動かない。


金属音。


一回。


千尋が立ち上がる。


「今の何?」


誰も分からない。


カン。


二回目。


志乃の顔から、


血の気が引いた。


演技ではない。


少なくとも千尋には、


そう見えた。


「鴻上さん」


志乃は答えない。


「三回目が鳴ったら何が起きる?」


志乃の唇が動く。


声は小さかった。


「……閉まる」


千尋の目が鋭くなる。


「何が?」


志乃は、


自分が言ってしまったことに気づいた。


カン。


三回目。


その直後。


捜査本部の奥で、


重い扉が、


ガチャン。


ひとりでに閉まった。

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