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『三点鐘―三回鳴る夜、人が消える―』  作者: asnt2026


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第19話 怪談を売る男

波多野朔の事務所は、


探偵事務所らしくなかった。


雑居ビルの三階。


本棚。


段ボール。


古い新聞。


壁には地図。


そして、


三つの赤い印。


霞ヶ瀬。


戸鳴。


八汐。


「ずいぶん前から調べてたのね」


千尋が言った。


「兄が消えてからです」


「十三年?」


「はい」


波多野はファイルを出す。


「三つの怪談を流していた人物がいる可能性については、私も前から考えてました」


千尋の目が細くなる。


「どうして警察に言わなかった?」


「言いました」


波多野が笑わず答えた。


「何度も」


千尋は黙る。


「証拠がなかった。心霊サイトへの書き込みなんて、事件資料にはならない」


「今もそれ単体ならならない」


「だから集めました」


ファイル。


十年以上分。


印刷した掲示板。


削除済みブログ。


動画コメント。


その中に同じハンドルネームが何度も出ている。


《夜番》


「誰?」


「分かりません」


「投稿内容」


霞ヶ瀬の裏口。


戸鳴の点検路。


八汐の従業員通路。


内部を知っている。


そして、


妙に具体的な怪談。


「この人間が元?」


「中心人物の一人だと思います」


千尋は波多野を見る。


「あなたじゃないでしょうね」


一瞬、


空気が変わった。


波多野が笑う。


「そう来ますか」


「あなたは三ヶ所に詳しい。過去の失踪者も知ってる。怪談も調べてる」


「動機は?」


「兄を探すために人を呼び込んだ」


「そして六人消した?」


「可能性を考えるのが私の仕事」


波多野はしばらく黙った。


「いいですよ」


パソコンを向ける。


「私の過去十三年の投稿記録、端末、契約回線。必要なら令状取って調べてください」


「随分協力的」


「疑われるのは慣れてます」


千尋は画面を見る。


波多野本人が怪談を流していた証拠はない。


だが、


奇妙な情報があった。


《夜番》の投稿が、


八年前を境に一度途切れている。


約一年。


その後、


文体が微妙に変わって再開。


「別人?」


「私もそう思っています」


「引き継いだ?」


「あるいは」


波多野が言う。


「同じ名前を何人かで使っていた」


怪談を育てる仕事。


交代制。


もしそうなら、


個人の趣味ではない。


「組織的」


千尋が呟いた。


「かもしれません」


波多野は別の資料を出す。


東央施設サービス。


さらに、


外注業者。


運送会社。


廃棄物処理業者。


人材派遣。


「何これ」


「三ヶ所に共通して出入りしていた会社」


会社名は違う。


だが取締役。


住所。


携帯番号。


どこかで重なる。


「同じグループ?」


「名義を分けてる可能性があります」


千尋は一枚の伝票を見る。


八年前。


八汐レイクホテル。


深夜作業。


作業内容。


《廃材搬出》


使用車両。


大型箱型トラック。


その日付。


千尋の目が止まる。


「これ」


「気づきました?」


八年前。


ある女性が失踪した日。


同じ夜。


八汐から大型車が出ている。


「誰が消えた?」


波多野が一枚の写真を出した。


若い女性。


落ち着いた顔。


肩までの髪。


名前。


秋庭絵麻。


千尋の胸の奥で、


何かが小さく動いた。


見覚えがある。


「この人……」


「ご存じですか」


「いや」


知っている。


資料で。


昔。


どこかで。


そのとき、


波多野が写真の横にもう一枚置いた。


八年前の聞き込み記録。


目撃者。


唐沢岳人。


千尋の記憶がつながった。


「……私、この事件にいた」


自分の声が遠く聞こえた。

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