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『三点鐘―三回鳴る夜、人が消える―』  作者: asnt2026


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第16話 白い女の正体

霞ヶ瀬療養館の三階は、昼間に見ると拍子抜けするほど普通だった。


割れた窓。


埃の積もった床。


剥がれた壁紙。


夜になるだけで、同じ場所が別の建物に見える。


鳴瀬千尋は、平尾航が残した写真を手に窓際を歩いた。


「ここ」


折原が立ち止まる。


一番左。


「最初に白い人影が写った位置です」


次。


さらに二つ隣。


その次。


少しずつ移動している。


「同じ人間だと思う?」


千尋が聞く。


「体格は似ています」


鑑識担当が答える。


「問題は移動時間です。映像上では数秒しかありません」


「普通に廊下を走ったら?」


「間に合わないと思います」


千尋は窓から外を見る。


そこで気づいた。


窓と窓の間。


壁が妙に厚い。


「図面」


折原が広げる。


三階病棟。


廊下。


病室。


「この幅、おかしくない?」


建物の外寸と内部の寸法が微妙に合わない。


「またですか」


折原が言う。


八汐。


霞ヶ瀬。


どちらも図面から消された空間がある。


壁を調べる。


古い棚。


錆びた金属板。


その奥に、細い扉。


開ける。


人ひとりが通れる程度の通路があった。


窓の裏側を一直線につないでいる。


「サービス通路」


技官が言う。


「医療スタッフ用ですかね」


「なら、表の廊下を通らず窓から窓へ移動できる」


千尋が中へ入る。


埃。


蜘蛛の巣。


だが床には、最近ついたような擦れ跡。


奥に白いものが落ちていた。


防護服。


フード付き。


鑑識用の手袋をした折原が広げる。


「これ着てたら……」


白い女。


そのままだ。


さらに窓の横には、小型の照明。


遠隔操作できるよう改造されている。


一つ点灯。


消える。


次の窓。


点灯。


消える。


暗闇から見れば、


女が瞬間移動しているように見える。


「幽霊一人、解決ですね」


折原が言った。


千尋は答えなかった。


防護服の腕を見る。


航の写真に写っていた縫い目と一致する。


少なくとも、


あの白い女は人間だった。


そのとき。


サービス通路のさらに奥で、


何かが動いた。


ガサ。


折原がライトを向ける。


「誰かいます!」


返事はない。


二人が走る。


通路の突き当たり。


壁。


誰もいない。


「ネズミ?」


「たぶん」


千尋は壁を照らした。


そこに文字があった。


油性ペン。


古く、かすれている。


《見られたら戻す》


「何これ」


折原が顔を近づける。


その下にも。


別の筆跡。


《窓三つ》


さらに、


《今日は二人》


千尋の背中に冷たいものが走った。


落書きではない。


作業メモ。


「写真」


折原が撮る。


千尋は古さを確認する。


最近書かれたものではない。


少なくとも、


今回の失踪よりずっと前。


「昔から使ってた」


「白い女を?」


「違う」


千尋は通路を見渡す。


「この場所そのものを」


その日の午後。


防護服から微量の皮脂が検出された。


DNA照合はこれから。


だが、


さらに重要な結果が出た。


防護服の製造年。


少なくとも七年前。


つまり、


霞ヶ瀬の白い女は、


今回だけの仕掛けではなかった。


夜。


千尋は自宅で航の映像を見返した。


一回目。


白い女。


二回目。


三回目。


人工的な照明。


人間。


全部説明できる。


そして最後。


玄関横のガラス。


二人の後ろに映った白い女。


千尋は映像を止める。


拡大。


何度見ても、


変だった。


三階で見つかった防護服とは形が違う。


袖がない。


輪郭も細い。


そして、


足元が映っていない。


「別の人間」


そう呟いた。


そう考えればいい。


だが。


拡大した画面の中で、


白い女の顔が、


こちらを向いているように見えた。

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