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『三点鐘―三回鳴る夜、人が消える―』  作者: asnt2026


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12/17

第12話 一部屋多い

「出るぞ」


江口壮真は受話器を放り出した。


さっきまでの好奇心は消えていた。


朝比奈由莉も反対しなかった。


二人は玄関へ走った。


割れたガラス。


ロビー。


外。


湖。


そこまで見えている。


なのに。


玄関の手前で壮真が止まった。


「……何だこれ」


扉が開かない。


入ってきたときは簡単に動いた従業員入口ではない。


正面玄関。


壊れているはずの自動扉。


中央に隙間がある。


手を入れれば動かせそうだった。


壮真が力を入れる。


動かない。


「裏から出よう」


由莉が言う。


「そうだな」


振り返る。


その瞬間。


ロビー奥の階段上。


誰かが立っていた。


由莉は声を出せなかった。


人。


三階へ向かう踊り場。


白い服。


顔は暗くて見えない。


壮真も気づいた。


「誰だ!」


返事なし。


「警察呼ぶぞ!」


人影は動かない。


そして、


すっと横へ消えた。


歩いたのではない。


壁の向こうへ滑るように消えた。


「……見た?」


「見た」


由莉はスマートフォンを取り出す。


圏外。


「さっきまで繋がってたのに」


壮真も確認する。


同じ。


「外に出れば」


「裏口」


二人で従業員通路へ向かう。


その途中。


カン。


二回目。


壮真が止まる。


「また」


由莉は答えなかった。


一回目は電話の直後。


二回目。


霞ヶ瀬と戸鳴の報道を思い出す。


ネットでは既に、


三回の音。


そんな言葉が広がっていた。


公式には詳しく報じられていない。


ただSNSには、


「失踪直前に三回鳴る」


という書き込みが増えていた。


「三回目までに出よう」


由莉が言った。


壮真が頷く。


従業員通路。


厨房。


バックヤード。


来た道。


はずだった。


突き当たり。


壁。


「ここじゃない」


壮真が言う。


「でも来たときは」


由莉がライトを動かす。


右。


左。


扉がない。


「間違えた?」


「一本道だった」


廊下を戻る。


厨房。


もう一つの通路。


知らない場所へ出た。


細長い廊下。


壁には、


《従業員専用》


というプレート。


「こんなところ通ってない」


「うん」


由莉は図面を開く。


位置を確認。


ホテル一階。


厨房。


従業員区域。


「ここ」


画面を指す。


「この先、旧管理区画」


「出口ある?」


「図面だとサービスヤードへ出られる」


「行こう」


進む。


古いロッカー。


休憩室。


事務室。


その先に、


鉄製の扉。


鍵がかかっていた。


「最悪」


壮真が蹴る。


動かない。


由莉は周囲を見る。


壁。


廊下。


何かがおかしい。


「壮真」


「何」


「この廊下」


「うん?」


「長すぎる」


図面を見る。


実際の距離を見る。


歩数で考える。


「管理区画ってこんなに広くない」


「改装したとか?」


由莉は返事をせず、図面を拡大した。


建築当初。


改修後。


二つの資料を見比べる。


そして気づいた。


「……一部屋」


「何?」


「多い」


「さっきも言ってた?」


「三階だけじゃない」


由莉の指が震える。


「ホテル全体が少し変」


「どういうこと」


「図面より、内部の床面積が大きい」


壮真が眉をひそめた。


「そんなことある?」


「普通はない」


「じゃあ図面が間違ってる?」


「違う」


由莉は壁を見る。


「どこかに」


ライトをゆっくり動かす。


「図面にない空間がある」


その瞬間。


廊下の奥から、


リリリリリン。


電話。


由莉と壮真は固まった。


ここは従業員区域。


客室ではない。


それでも鳴っている。


リリリリリン。


音は、


壁の向こうから。


由莉は図面を見る。


そこには、


何もない。


「向こう」


壮真が呟く。


「隠し部屋?」


「分からない」


リリリリリン。


突然、


壁の一部から光が漏れた。


細い線。


扉。


壁と同じ色に塗られ、取っ手も外されている。


壮真が指を掛ける。


「開く」


「待って」


「出口かもしれない」


扉を引く。


暗い。


狭い通路。


冷たい空気が流れてきた。


由莉は嫌だった。


理屈では、


ここが怪しい。


だからこそ、


入りたくない。


だが背後。


ロビーへ戻る方角から、


電話が鳴り始めた。


一台ではない。


リリリリリン。


リリリリリン。


リリリリリン。


ホテル全体。


何十台もの電話が、


一斉に鳴っている。


「行くぞ」


二人は隠し通路へ入った。


扉を閉める。


音が少し遠くなる。


ライトを照らす。


コンクリート。


ホテルの内装とはまるで違う。


幅は人一人半程度。


床にはタイヤ痕のような黒い跡。


「これ」


由莉がしゃがむ。


「台車?」


壮真が言う。


「たぶん」


「何運んでたんだ」


由莉は答えなかった。


通路の先。


何かある。


鉄の柵。


その向こう。


階段が地下へ続いていた。


「地下行かないって言ったよね」


由莉が言う。


壮真は苦笑した。


「覚えてる」


「戻る?」


背後。


電話の音。


そして、


ギィ。


通路へ入ってきた扉が、


勝手に開いた。


二人は振り返る。


誰もいない。


だが電話の音が一斉に止んだ。


静寂。


その中で、


足音。


コツ。


コツ。


ホテル側から誰かが近づいてくる。


「地下」


壮真が言った。


今度は由莉も反対しなかった。


階段を下りる。


十段。


二十段。


地下。


そこは、


ホテルの地下室には見えなかった。


倉庫。


金属棚。


古い木箱。


そして床には、


最近ついたような泥の跡。


由莉が息を呑む。


「誰か使ってる」


壮真が答えようとした。


そのとき。


上の階段から、


足音が止まった。


静かになる。


二人は暗闇の中で動けない。


そして。


由莉のすぐ横に置かれていた古い電話機が、


鳴った。


リリリリリン。


由莉は悲鳴を上げる。


壮真が電話を払い落とす。


床へ落ちる。


受話器が外れる。


その向こうから、


女の声。


「そこじゃない」


由莉の呼吸が止まった。


「何?」


女はもう一度言った。


「そこじゃない」


壮真が受話器を拾う。


「誰だ!」


返事。


「早く」


「何から逃げろって?」


一拍。


「上から来る」


その瞬間。


階段上に、


人影が現れた。

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