第五話 『23時59分』
壊れる時って、
案外静かなんだと思う。
少しずつズレて、
少しずつ狂って。
気づいた頃には、
もう戻れなくなっている。
時計が止まっていた。
23時59分。
秒針は動かない。
なのに、
時間だけが嫌に重く流れている気がした。
『また明日』
『また明日』
『また明日』
周囲の人間たちは、
壊れたみたいに同じ言葉を繰り返している。
コンビニ店員。
サラリーマン。
女子高生。
全員、
感情のない顔で。
「っ......なんだよこれ......!」
足が震える。
理解できない。
夢だと言われた方がまだマシだった。
でも、
隣にいる梨乃だけは、
真っ青な顔で光景を見ていた。
「......こんなの、
初めて」
「お前も知らねえのか!」
「知らない......!
こんなの、
今まで一回もーー」
その時。
ピシッ。
何かが割れる音がした。
「......え?」
駅前のガラス。
コンビニの窓に、
小さなヒビが入っていた。
そこから、
ゆっくり。
黒い線みたいなものが広がっていく。
まるで、
世界そのものにヒビが入っているみたいに。
「やばい......」
梨乃が小さく呟く。
「何がやばい」
「世界が、
ループに耐えられなくなってる」
意味が分からない。
でも、
冗談じゃないことだけは分かった。
『また明日』
突然。
一人の女子高生が、
こちらへ歩き始めた。
不自然な動きだった。
ぎこちない。
壊れたロボットみたいに。
「おい......」
その後ろから、
別の男も歩き出す。
一人。
また一人。
全員、
こちらへ向かってくる。
『また明日』
『また明日』
『また明日』
「逃げるよ!!」
梨乃が俺の手を掴んだ。
その瞬間。
頭の奥で、
また”知らない記憶”が弾ける。
夜の屋上。
『なあ、
もし明日が来なくなったらどうする?』
笑う俺。
泣きそうな梨乃。
『私は、
明日なんかいらない』
しこで記憶が途切れる。
「っ......!」
息が詰まる。
「悠真!?」
梨乃の声が遠い。
頭が痛い。
視界がぐにゃぐにゃ歪む。
その時だった。
スマホが震えた。
画面を見る。
知らない通知。
【ループ回数:38】
「......は?」
全身が凍る。
なんだこれ。
こんなの、
今まで出なかった。
「梨乃、
これーー」
見せようとした瞬間。
梨乃の頭から、
血の気が引いた。
「なんで......」
「え?」
「なんで、
君にそれが見えてるの......?」
その声は、
本気で怯えていた。
次の瞬間。
ブツッ。
周囲の音が消えた。
風の音も。
踏切の警報音も。
人の声も。
全部。
世界から、
音だけ切り離されたみたいだった。
そして。
駅前の人間たちが、
同時に口を開く。
『思い出して』
ぞわっ、と背筋が凍る。
『君が望んだんだろ』
『終わらせないって』
『また明日を』
頭痛。
視界が白く染まる。
その瞬間。
知らないはずの記憶が、
今までで一番鮮明に流れ込んできた。
雨の夜。
泣いている梨乃。
そして、
自分の声。
『ーー君を忘れるくらいなら、
ずっと今日でいい』
心臓が止まりそうになる。
その言葉。
俺は、
確かに言った。
「......え」
梨乃が、
絶望したみたいな顔で俺を見る。
「思い出しちゃったの......?」
次の瞬間。
世界が、
大きく軋んだ。
第五話読んでくださってありがとうございます!
今回は、
かなり大きめの伏線と、
物語の核心に近い部分を少しだけ出してみました。
ここから物語は、
”ループの謎”だけじゃなく、
”主人公自身の真実”にも近づいていきます。




