第四話 ズレ始めた世界
人は、
思い出したい記憶ほど、
思い出してはいけないものだったりする。
「今までは、
こんなの出なかった」
梨乃の声は、
明らかに震えていた。
駅前の大型ビジョン。
ノイズ混じりの黒画面は、
数秒後には元の広告へ戻っていた。
周囲の人間は誰も気づいていない。
笑いながら歩く学生。
スマホを見ている会社員。
みんな普通だった。
「......俺だけ?」
そう呟くと、
梨乃はゆっくり頷いた。
「たぶん」
「たぶんってなんだよ」
「本当に、
今までこんなのなかったから......」
彼女は画面を見つめたまま、
小さく唇を噛む。
その横顔を見て、
ようやく理解した。
こいつも、
全部知ってるわけじゃない
「......お前、
何回繰り返してるんだ」
聞いた瞬間。
梨乃の肩が、
ぴくりと揺れた。
「覚えてない」
「は?」
「途中から、
数えるのやめたから」
その言い方が、
妙にリアルだった。
冗談には聞こえない。
「......そんなに?」
返事はなかった。
代わりに、
彼女は小さく笑う。
でもその笑顔は、
疲れ切っていた。
「最初も頃はね、
もっと必死だったんだ」
「最初の頃?」
「毎回泣いて、
毎回叫んで、
絶対助けるって思ってた」
まるで、
遠い思い出を話すみたいな口調。
「でも、
何回やっても変わらなかった」
夜風が吹く。
梨乃の長い髪が揺れた。
「君、
絶対0時前に死ぬから」
さらっと、
怖いこと言う。
「......なんでそんな冷静なんだよ」
「慣れたから」
その言葉が、
妙に苦しかった。
慣れるほど、
繰り返したってことだ。
スマホを見る。
23時55分。
あと五分。
「今日はどこで死ぬんだ」
自分で言っていて、
現実感がなかった。
でも梨乃は真剣に考える。
「本来なら踏切」
「本来?」
「でも今回は、
世界がズレてる」
その時。
また頭痛。
知らない記憶が流れ込む。
『またコンビニ?』
笑いながら、
梨乃が俺の缶ジュースを奪う。
『お前それ好きだな』
『悠真が毎回買うからでしょ』
知らない。
でも。
その会話を、
俺は知っている。
「......っ」
思わず頭を押さえる。
梨乃が焦ったように近づいた。
「また見えた?」
「......なんなんだよ、
これ」
「記憶の残りカス」
「残りカス?」
「君、
本当はもっと覚えてるから」
その瞬間。
空気が止まった気がした。
「......は?」
梨乃はハッとしたように口を閉じる。
遅い。
今、
絶対変なこと言った。
「もっとってなんだよ」
「......」
「おい」
「......ごめん」
珍しく、
梨乃が目を逸らした。
「まだ言えない」
「なんで」
「君が全部思い出したら、
たぶんーー」
そこで、
また言葉が止まる。
その時だった。
駅前を歩いていたサラリーマンが、
不自然に立ち止まった。
「......え?」
男は、
ゆっくりこちらを見る。
いや。
正確には、
梨乃を見ていた。
その目には、
感情がなかった。
壊れた人形みたいに。
「おい......」
俺が声をかけた瞬間。
男が、
ぼそりと呟く。
『また明日』
ぞわっ、と背筋が冷える。
梨乃の顔色が一気に変わった。
「......逃げて」
「は?」
次の瞬間。
周囲の人間が立ち止まった。
コンビニから出てきた女子高生。
歩道の男。
駅へ向かうカップル。
全員。
同じタイミングで、
ゆっくりこちらを向く。
そして。
『また明日』
『また明日』
『また明日』
『また明日』
機械みたいに、
同じ言葉を繰り返し始めた。
「っ......!?」
意味が分からない。
でも。
”何かがおかしい”
なんてもんじゃなかった。
梨乃が、
震える声で呟く。
「......世界が、
壊れ始めてる」
その瞬間。
駅の時計が、
23時59分で止まった。
第四話読んでくださってありがとうございます!
今回は、
「ループ」だけじゃなく、
”世界そのものの異常”を少し強めに出してみました。
ここから少しずつ、
”普通のる^ぷ”ではなくなっていく予定です。




