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窓の外の世界

連れてこられた部屋は、華やかで、息苦しいほど洗練されていた。天蓋つきの寝台、分厚い絨毯、彫刻の施された調度品。しかし——扉には、外から鍵がかかる音がした。どれほど美しくても、鍵のかかる部屋は牢だった。


ルナが寝台の縁に腰を下ろした時、扉が開いた。入ってきたのは、小柄な老女だった。


 丸い顔に深い皺が刻まれ、温かみのある焦茶色の瞳。灰色の使用人服を清潔に着こなし、両手に水差しと布巾、そして簡素な夜着を抱えている。

魔力の気配は一切ない。彼女の纏う空気だけが、この城に来て初めて、肌を刺さないものだった。


「お嬢様。私はマルタと申します。殿下の命により、お嬢様の身の回りのお世話をさせていただきます」


声は穏やかで、抑揚が少なかった。大袈裟な感情を込めない。けれど、その短い言葉の端々に、長い年月をかけて磨かれた丁寧さが滲んでいた。


「……驚かれたでしょう。この城での生活に慣れるのは、時間がかかると思います。何かあれば、遠慮なく私にお申しつけください」


マルタは水差しを卓上に置きながら、押しつけがましくない距離を保ったまま言った。


森を出てから、初めて「お嬢様」と呼ばれた。品でも商品でも所有物でもなく。


「──あの人は...いつもあんな感じなのですか」

口をついて出た言葉は、自分でも予想していなかったものだった。


マルタの手が、布巾を畳む動作の途中で僅かに止まった。

 数秒の間があった。その沈黙の中に、何年分もの記憶と感情が折り畳まれているような、重みのある間だった。


「……殿下は──不器用な、お方です」

マルタは言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。

その一言には、長い時間をかけて主を見つめ続けた者だけが持つ、静かな理解が滲んでいた。


マルタが去り、再び鍵の音がした。

ルナは窓へ歩いた。

窓枠には首輪と連動する魔法陣が刻まれていた。手を伸ばしてみたが見えないバリアに張られて手を外に出すことが出来なかった。


それでも窓から見える景色にルナは息を呑んだ。

圧倒的な色の氾濫。赤、橙、黄、紫——森には存在しない、鮮烈な彩り。家々の灯り、魔法の灯火。立ち上る煙。その豊かさに圧倒されながらも、ルナの心はどこにも着地できなかった。


ただ一つ確かなのは、空に浮かぶ赤い月。ここからも見えた。常闇の森と同じ、終わらない月食の赤銅色だ。


ふと、胸元に手を当てた。カイルが作った、あの不格好で温かい笛。


——なかった。衣服を着替えさせられた際に奪われたのか、どこかで落としたのか。


(……泣くな)

こんな場所で泣いて、何が変わる。この部屋は牢だ。首輪は鎖だ。だとしても、同胞たちがどこにいるか、まだ何も分かっていない。


(必ず——必ず見つける)

その言葉を胸の奥に押し込み、ルナは一人、異国の夜を迎えた。泣かないと決めた夜だった。

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