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石の檻の中で

目が覚めると、石の天井があった。


 灰色の、何の装飾もない石。(ひび)が走り、その罅に沿って水染みが古い地図のような模様を描いている。見知らぬ天井だった。


 そして──暑い。


 息が止まりそうなほど、暑かった。


 経験したことのない暑さだった。常闘の森では、夜風が肌を撫でる心地よい冷気だけが空気の温度だった。けれどこの場所の空気は、まるで生き物のように重く、ルナの肌にまとわりつき、毛穴という毛穴から水分を奪っていく。石造りの壁に切られた細い窓から、刺すような白い光が差し込んでいた。


 昼だった。

 その光を浴びた瞬間、体の奥から力が抜け落ちるのを感じた。月の一族にとって、強い日差しは生命力をゆっくりと削り取る毒と同じだ。


けれどこの光は──ただの日差しではなかった。異常な熱を帯びている。まるで太陽そのものが怒っているかのような、理不尽で圧倒的な灼熱。窓から覗く空は残酷なほどに青く、その青さの向こう側で巨大な炎が燃えているのが見えるような気さえした。


 (この暑さは──何?)


 常闇の森の涼やかな空気しか知らないルナの体には、この熱は文字通り致命的だった。日差しだけではない。石の壁そのものが熱を蓄えて呼吸しているかのようで、床に触れた掌が、じわりと焼けるような感覚を返してくる。


 体を起こそうとして、手首に重みを感じた。


 銀色の枷。細いが重く、何かの力が込められている。力を入れても微動だにしない。両手首を繋ぐ短い鎖が、床の金属の輪に繋がれていた。足首にも同じ枷がある。立つことはできる。けれど走ることも、跳ぶことも──不可能だった。


 そして、枷の金属が熱い。異常な暑さを吸い込んだ金属が、肌に触れるたびに火傷しそうなほどの温度を返してくる。手首の内側の薄い皮膚が、じりじりと灼かれる痛みに、ルナは奥歯を噛んだ。


 (意図的に、昼の光が入る部屋に閉じ込めている。これは──偶然じゃない)


 月の一族の体質を、知っている。日差しの中で弱らせ、熱で消耗させ、抵抗する気力を奪う。


 ルナは深く息を吸った。


 石と埃の匂い。遠くから水の流れる音。そして、壁の向こう側から──複数の足音と、帝国の言葉での話し声。


 「競りの前に洗わせろ。銀髪に傷がついたら値が下がる」


 「一番の上物だぞ。準備は丁寧にやれ」


 「今夜の会場は満席だそうだ。久しぶりに値が跳ねるぞ」


 ──競り。


 その言葉が、灼けた石の床の上で、ルナの胸に静かに刺さった。


 拳を握ろうとした。枷が金属同士でぶつかり、乾いた音を立てた。


 恐怖よりも先に来たのは、怒りだった。


 仲間の三人は無事なのか。同じようにどこかに閉じ込められているのか。あの十六の少女は、今どれほど震えているだろう。


 夜を待て。


 夜になれば、体力が戻る。月の一族の力は夜にこそ満ちる。枷の魔力も、昼ほど強くはなくなるはずだ。夜になれば──考えられる。動ける。


 そう、自分に言い聞かせた。


 窓から差し込む光が、壁を這うように移動していた。時間は流れている。けれど、こんなにも遅い。この灼熱の昼がどれほど続くのか、ルナには分からなかった。


 胸元に手を伸ばそうとして──枷に阻まれた。銀笛は、まだあるだろうか。衣服の内側に仕舞い込んだはずだ。けれど確かめることすらできない。


 (カイル──無事でいて)


 あの叫び声。自分の名を呼ぶ声。遠くなっていく声。


 彼が生きているのか、捕まったのか、それすらも分からない。


 窓から切り取られた空は、どこまでも青かった。ルナが知る空はいつも暗く、星か赤い月しか浮かんでいなかった。こんなにも広く、こんなにも明るく、熱い──こんなにも残酷な空があることを、初めて知った。


 その青の向こう側で、陽炎(かげろう)がゆらゆらと歪んでいた。まるで世界そのものが、熱に灼かれて輪郭を失いかけているように。


 

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