好き。
「春子、好きだよ。凄く好き」
紺は「好き」とよく言うようになった。
その「好き」が、果たして恋愛感情なのか、私はまだ怪しんでいる。
例えば、お気に入りのおばちゃんの作るコロッケや大好きなシュークリーム。どちらも取られたくないし「好き」だ。
紺のは、そういう「好き」の可能性もある。
なにせ私達は執事と主。役割も、生きている意味も、考え方も、恐らく違うだろう。
「あのさ、紺? ちょっと話したいんだけど」
まず、私は話し合いの場を設けることにした。
「好き」と連発されるのも、恥ずかしさがある。控えられるなら、控えてほしかった。特に、人前。
「嫌だ。僕は春子が好きなんだ。やっと言葉が見つかったんだよ? 好きな時に、春子が好きだと伝えたい」
「紺、嫌じゃないの。貴方は私の執事。私の言うことを聞くのが普通でしょ?」
「弱い春子に強すぎる僕。執事が主に恋をする。どちらも普通じゃない。ということは、言うことを聞かなくても、僕たちなら普通のことだよ」
何を言っているのか…執事は執事らしくするのが一番に決まっている。
それなのに。
「とにかく、恥ずかしいから止めてよね、人前では特に!」
「恥ずかしいって……春子、照れているの?」
嬉しそうに、そう、それは満面の笑みで紺は問う。
「恥ずかしいのは、照れてるんじゃなくて……」
私が弁解しようと強めの言葉を発すると、紺は追いかけるように笑う。
「照れているんだ! ふふ、僕に好きだと言われるの、そんなに恥ずかしい? 春子も僕のことが好きなんだね!」
きゃっきゃっとまるで両想いが発覚し、耐えられない、というようにはしゃぐ紺。
「ちょっと待って! どうしてそうなるの!?」
「そうか、春子も僕が好きなんだ! 僕も好きだよ! 両想いだね! ってことは……そうだ! 今から僕たちは恋人になるんだ!」
「は!? ちょ、何言って……」
「僕たちは恋人になったんだ……ふふ、恋人か……僕、初めてだよ! そうだ! 報告しなきゃ!」
否定するより先に、初めてなの!? 本当に? っていう衝撃より先に、紺は走り出していた。
私の部屋を満面の笑みで出た。
紺が走る反動により、私の身体が浮く。
それを察したのか、紺は物凄い早さで引き返して来た。
「紺! ちょっ、危ないでしょ! 私達は二メートルしか……って、わっ!!」
次の瞬間、私を抱き上げた。
横抱きにし、少し頬を染めながら、真っ直ぐに私を見た。
その表情に、悔しいが、顔が良い。格好いいと感じる自分がいた。
忘れかけていたが、紺の容姿はめちゃくちゃ優れている。
こういう時に、それを使ってくるのはゲーム上で言うチートバグというやつかもしれない。
「紺、あの……」
言いたいことはたくさんあるのに、依然として顔を見上げることしか出来ない私。
「行こう!」
幸せそうに微笑む紺に、どこへ? と聞き返せなかった。
「まあ! お付き合いを始めたの? それは嬉しいわ~! 良いことじゃない! 紺ちゃんなら大歓迎よ」
「ううん、お付き合いじゃないよ、春子のお母さん。僕たちは恋人になったんだ!」
「紺ちゃん、いい? 恋人は、お付き合いをしている状態なのよ。恋人とも言うし、お付き合いとも言うわ。で、紺ちゃんは彼氏で、春子は彼女になるのよ」
「……僕が彼氏?」
「ちょ、待って! お母さん、変なこと教えないでよ! 紺は間違えてるの! 勘違いなの!」
私が吠えるが、二人の耳には入らなかったよう。
「彼氏っていうのは、彼女を守るよの。紺ちゃんが春子を守るの! って、あら? 今までと変わらないわね~」
「春子を守るのが彼氏である僕の勤め」
真剣に、呟き、繰り返すように、紺は頷いていた。
そして、目を輝かせた。
「春子に近づく男は僕が排除する!」
「そうよ! 紺ちゃん、その意気! 頑張って~」
そして、どうしてここまで仲良くなったのか、二人でハイタッチをしている。
「ねえ! 聞いてってば! 紺のは勘違いで! 私は付き合った覚えはないの!」
力一杯、声を張ると、二人でこちらを見た。
笑っているのが怪しいが、注目されたため、力説する。
「だから、紺は勘違いしてて! 私は主と執事の関係のままで良いいの!」
「春子ったら、まあ~。やーね、恥ずかしがっちゃって……」
「春子は照れ屋だからね! 僕もそれは知ってたし。だから、大丈夫だよ! そんなところも好きなんだ!」
「あら~!! 紺ちゃん、男前じゃない!! うちの春子をよろしくね」
「任せてよ!」
二人して頷き、そして、二人の間では決定事項になっているらしい。
はあ、疲れる……そして面倒くさくなってきた。
家の中だけなら、まあ良いか。
そう思う、私であった。




