好きの感情
「ってことが、あったの!」
後日、学校で、椿に佐代子さんのことを話した。
椿は終始、感心した様子で、真剣に聞いていた。
「その佐代子さんって人は、凄い人だね! Sランクの墨さんを操れるなんて……同じレベルじゃないと、とても無理だよ」
「じゃあ、佐代子さんはやっぱり凄い人なんだ!」
「言うなら、Sランク主ってところかな? 憧れるね」
「Sランク主。主の中でも、あるの? そういうの」
「ううん、あるわけじゃないけど、執事を完全にコントロール出来る人って、とっても有利なの。就職とか、家賃とか。いろいろ関係してくるの」
「就職……」
確かに、佐代子さんは大手企業に勤めていた。
この世界のルールを、改めて実感する。
違うのだ、全てが。執事がいる方が地位が上がり、自分も執事も強ければ、それは、数倍にも跳ね上がる。
就職も、住居も。何もかも、特別を味わうことができるのも、執事持ちばかり。
「恵まれたんだなー、私」
「……春子はSランク執事だもんね」
「でも、全然、コントロール出来ないし」
宝の持ち腐れ。本当に、この言葉は私だ。
「春子の言うこと、僕はちゃんと聞いてるよ!」
……午前中なので忘れていたが、紺は影になっているんだった。
にゅーっと影が紺の姿形を取り「春子は可愛いから、それで良いんだ!」と胸を張る。
そういう問題ではない。そのことは、椿にもわかるだろう。
「あのね、紺。そういう訳じゃないの」
「でも、僕は春子の言うことを聞く、良い子だ!」
「だから、そういうことじゃなくて!」
なんと言えば伝わるのか。
「……紺より、弱いでしょ、私は」
「僕はその方が良い!」
「私は良くないの!」
何度言えばわかるのか。
私は、弱いままでいてはいけないのだ。
「あの、紺さん。春子が弱くて、どうして良いの? メリットは……あんまり無いと思いますが」
椿が、おずおずと紺に話しかける。
確かに、と私は思った。いつも自分の主張ばかりで、紺の意見を聞いていなかったのだ。
こういうところでも、私の主としての余裕が無かった。
「…………」
紺は、椿に一瞬だけ視線を寄越したものの、答える気はないのか、すぐに私の影に戻ろうとした。
それを私が引き留める。
「紺、私も知りたい。答えて」
「え、春子も? うーん、理由なんか簡単だよ。春子が弱い方が、僕が守れる。良いところ見せられるでしょ」
「春子に、良いところを見せたいのですか?」
紺は、嫌そうにしたものの、椿の質問にも答えた。
「春子に良いところを見せれば、僕から離れなくなるでしょ? 僕を必要とする。だから、僕は強くて、春子は弱くなきゃいけない」
?? 何を言っているのか、いまいち理解が出来ない。
私が紺を必要とする? 私が紺から離れられなくなる? だから、なんだというのか。よくわからない。
「……なるほど。」
椿は理解したように、頷いた。
「つまり、紺さんは、春子にはずっと、傍にいてほしいと。ずっと、守ってあげたいと。そういうことですか?」
私は椿を勢いよく見る。
そして、目を張る。何を言っている? それは、まるで。
「まあ、そういうことだよ」
次は紺を、見張る。
え、それって……まるで。
「まるで、恋人になるのを望んでいるみたいですね。いや、むしろ、それを通り越して夫婦かな?」
「こ、紺? あの、わかっていると思うけど……」
恋人? 夫婦? 主と執事はそんな関係などではない。もちろん、そんな関係になれるわけもない。
「恋人? 夫婦? どうして、僕が春子にそれを望むのさ」
「…………だ、だよね!」
あ、焦ったー!!
なんだ、そういう意味じゃないじゃないか! 椿、変な聞き方するから! と、椿を見れば、真剣に紺を見つめていた。
「……紺さんは、春子が好きなのでは?」
「え」
「え?」
私と紺の声が重なる。
「そ、そんなわけ!」
「好きってなに?」
否定の言葉と、紺の疑問が重なる。
「あ、えっと、椿……」
好き、の説明など、よくわからない。
「あの、好き、は。恋愛感情ではないですか、と、私は思いました。なので、紺さんは……その、例えば、春子に恋人ができたら、どう思いますか?」
目を見開いた紺。「恋人? それって、口づけしたり手繋いだりするやつ」呟き、そして、じー、と私を無表情で見つめ、一言。
「殺す」
とよく通る声を出した。
決して大きくはないが、威圧感みたいなものが、包んだ気がする。
「春子は僕だけのモノだから」
私は、唖然と紺を見つめる。
え、もしかして、本当に、恋愛感情?
「……それは、恋愛感情だと思います。紺さんは、春子が好きなんです。きっと」
「……すき。すき。好きって、ずっと一緒にいて、ずっと暮らして、ずっと考えていたい気持ち? これが好きなのか! 僕、この感情に名前があるとは知らなかった!」
物凄い発見だ! と、紺は微笑む。
好き、好き、と繰り返す。
「あ、あの……?」
私は椿を見る。どうしたらいいの、と。
「ごめん、春子。先生に相談した方が良いと思う。私、執事が主に恋愛感情を持つのは、初めて見るの」
申し訳なさそうな椿に、私は何も言えず、紺は「好き。春子、好きだよ」と繰り返す。
私はいつも、例外ばかりだ。




